第11話 月下の会談 1
唯人たちが集まる一時間ほど前、オルトリーゼは晩餐会が行われた大食堂とは別の塔にある自室のテラスにいた。
そこで夜空を見上げつつ今日の出来事、これからの事、呼び出した者たちのことについて思案していたのだ。
今日の出来事。
自身が推し進めた異世界からの召喚。
これについては賛否が分かれており、大まかに分けると国家はもとより世界の危機であるため遺憾ながらも助力を願うべきという意見と、そんな人道に外れた事はすべきではないという意見、呼んだ人間によっては毒にもクスリにもなるのだから慎重になるべきという意見に分けられる。
これらの意見を出した者たちは官職に就いている貴族が主で、当然こんな額縁通りの意見を持っているわけもなく本来の思惑は、自分達が戦いたくない、けれど自らの領土も失いたくないし当然死にたくもない、じゃあ異世界の奴にやらせよう、とか、そんな得体の知れない儀式に金を掛けられるか!大体そいつらが生活していくために必要な金を出すのは我らなのだぞ!とかいったことを考えているものが大半だ。最後のものについてはどちらかについて後々立場が悪くなるのを恐れ自ら決断を下す事のできない日和見主義の者達が集まっている。
もちろん本当に先に述べたような意見を持っている者に心当たりもあるがそういったものたちは少数派であり真に国や世界の事を考えていないものが多数派である以上無用な軋轢が生まれるのは避けられなかった。
それでもこういった対立も召喚が成功すれば収まるはずであった。
望むべき事ではないが失敗したとしても収まるはずであった。
だが今回の召喚については成功したとも失敗したとも言えずどちらかの勢力が衰えるというわけでもない。
もう既に召喚が終わってしまったのだから実に不毛な事だとは思うが彼らには彼らの立場があり簡単には引き下がれないのだろう。
今回の対立において貴族達の見極めができたと言う意味では多少収穫もあったが、だからといって無能な者や不忠の者を切り飛ばすわけにもいかない。
貴族というのは国を運営する上での巨大な歯車のようなもので小さい歯車とは違い少々動きが悪かったりさび付いていたりしたところで外す訳には行かない。もし外すなら替えを用意しなければならないが早々そんな歯車が転がっているはずもなく、後釜に入ろうとするような者達は得てしてより性質の悪いものであったりするのが頭の痛いところだ。
そんな今後のことを考えていると思わずため息が出てしまう。
「姫様…。」
心労を溜め込む主人を見かねてか、傍に控えていた騎士が声を掛ける。
オルトリーゼが視線を移すと、鎧ではなく軍服のような衣装に身を包んだ燃えるような赤い色をした髪を後ろで一まとめにするいわゆるポニーテールの女性が目に入る。
そして髪だけでなく主人を心配そうに見つめるその瞳も同様に赤い輝きを放っている。
「…ふふっ。」
騎士の言葉に対しまさに思わずこぼれ出た、という微笑を返すオルトリーゼ。
「父上と母上、…いえ、先王と王妃が亡くなりわたくしが王位を継いで間もなく一年経つというのにクレアはまだわたくしの事を姫と呼ぶのね。」
少々意地悪そうな表情を浮かべたオルトリーゼがそう言うとクレアと呼ばれた騎士は困ったような、慌てた様な表情を浮かべ、
「そ、それは姫様が二人きりのときならば今までどおりでよいと仰ったので…。」
と尻すぼみな調子で返答する。
「確かにそう言いましたけれどまさかこんなに長引くとは思いもしませんでした。いったいいつまでそう呼ぶつもりなの?」
やや呆れたようなニュアンスを含んではいるが不快感は一切含まず尋ねると、
「それは、その、姫様がご結婚…いえ、お世継ぎをお産みになるまではと…。」
などというとんでもない返答が帰ってきた。
さしものオルトリーゼも一瞬顔を強張らせたがすぐに持ち直し笑みを浮かべ、
「…そう、ならばこの危機をなんとしても乗り越えなくてはなりませんね。」
自らに言い聞かせるように零した。
そんなオルトリーゼに気付いてかクレアは先ほど声を掛けた訳でもある本題へと話を向ける。
「はい!ですが姫様は何かお悩みの様子。私ではお役に立てないかもしれませんがよろしければお聞かせ願えませんか?」
オルトリーゼの前では少々頼りない様子も見せるクレアであるが、本来の彼女はとても生真面目で仕事は正確、そして何よりオルトリーゼが何を求めているのかを敏感に察知し補佐する能力に長けていた。
故にオルトリーゼにとって気を許せる数少ない家臣の一人であり女王という立場を抜きにすればこれまた数少ない友人の一人と言える存在である。
そんなクレアの率直な意見を聞きたいと思ったオルトリーゼは視線を夜空に移しつつ尋ねる。
「ねえクレア…。彼女達の事、どう思います?」
「彼女達…、勇、者?様達の事ですね。彼女達は自身のことを平民の様に仰られてましたが立ち居振る舞いを見る限りはそうとは思えませんね。もしくは彼女達の世界においての平民とこの世界の貴族の生活水準や教育レベルが同等かそれ以上ということなのかもしれません。勇者というものがどういったものかまだ良く分かりませんし、単純に戦力としてはまだなんとも…。ですが圧迫感と言いますか彼女達の中に根付く力の様な物は感じられました。恐らくそれが神の加護なのでしょう。」
クレアはオルトリーゼが望んだ通りの率直な意見を述べた。
「やはりそうでしたか。彼女たちについてはわたくしも同じように感じました。では、『彼』についてはどう感じましたか?」
ここで彼女が最も気になっている存在について切り出す。
「彼、というとあの姫様に失礼な態度をとったあの男ですか?もし姫様がお許しになられなければ私があの男の首をはねておりました。…いえ、さすがにそれは言い過ぎですが首に剣を突きつけるくらいはしたかもしれません。」
余談ではあるがオルトリーゼが王位を得る際、一部の貴族達は自分達にとって都合のいいものを次期王に擁立しようとしオルトリーゼと対立していた。
いくら有能であるといってもまだ若い、または女性であること、あるいはその両方の理由でオルトリーゼには荷が重いと言いつつ王族の遠縁を呼び出したりとなかなかに手を尽くしていたため、オルトリーゼも少々強引な手を使い王の座に納まることとなり貴族との間に溝が生じていたのだった。
しかしながら先王に仕えていた騎士団の者達は、『先王の遺志を継ぐ聡明な王女』という分かりやすい旗印に共感したため、騎士団を含む軍部からの忠誠は揺るがぬものとなりつつあった。
故に、クレアの反応はオルトリーゼに忠誠を誓う臣下であれば至極当然の反応といえる。事実彼女以外にも剣に手をかけたものは何人かおり唯人の印象は総じて最悪に近いものであった。
だが当のオルトリーゼは不思議と嫌悪感は感じていなかった。
しかしそれ以上に感じていたものがあった。
それは今までオルトリーゼが感じた事のないものであったがそれに近いものを一年ほど前に味わっている。
それは父母の命を奪ったマリシスの尖兵の姿を見たときと似ている。
それまでは預言者気取りののたまう絵空事だと思っていた。
それまでは魔獣のようなものだと思っていた。
それまでは世界を滅ぼすなどといっても国が力を上げて戦いを挑めば負けはしないと思っていた。
その姿を見るまでは。
その純然たる悪意を向けられた時、オルトリーゼは初めて真の恐怖というものを知った。
かつて父に、母に、乳母に叱られた時怖いと思いそれが恐怖だと思っていた。
だが違った。
クレアをはじめとする良く知る者達が危険な任務に出るという。
もしかしたら彼女たちが死んで戻らないかもしれない。
これも恐怖だと思った。
だが違った。
そんな過去に経験した『恐怖だと思っていたもの』など所詮思考の一端だったのだと思い知った。
その悪意の塊のような存在は恐怖に固まるオルトリーゼを見て醜悪な笑みを浮かべると、生かしながら刻み、潰し、削り、千切り、剥がし、抜き、刺し、抉り、砕き、嬲る所がなくなれば癒す事を繰り返していた父母をこちらへ放り投げると、
目の前で破裂させた。
父母の血肉だけでなく臓物、更には体内に残っていた汚物までもが降りかかる。
そんな状況に合っても恐怖に塗りつぶされたオルトリーゼには父母の死を悲しむことも、父母を殺したものを憎む事もできず、ただただこの状況をもたらした存在を見つめる事しかできなかった。
あまりにも唐突に訪れた日常の崩壊に呆然とするオルトリーゼ。
え?何故?何のためにこのようなことを?治療は?…無理。あれの討伐は?そもそもあれは何?
感情と状況把握のためにパンクしかかり行動を起こせない。そんなオルトリーゼの様子に満足したかのようにマリシスの尖兵はどこかへと飛び去っていったが、しばらくの間オルトリーゼはその場に立ち尽くしていたのだった。
こののちのオルトリーゼはまさに人が変わったかの様に行動を起こしていった。
その姿を見た貴族達からは気がふれたのではないかと揶揄される事もあった。
この経験がなければ異世界からの召喚など考えもしなかっただろう。
それまではこれも絵空事の一つだったのだから。
だが、『知る者』とはこと行動力において尽きるという事を知らない。
その行動力をもって今日という日を迎えたのだ。
その一番の理由、それは父母の敵を討ちたいのではない。民のためではない。国のためでもない。この世界のためでもない。ましてや知りもしない他の世界のためでもない。
自らに恐怖を与える存在を許せない。
当然先に挙げたものも理由のうちに入るのだろうが、何よりあんな存在がこの世にいると知ってどうして平和に暮らすなどと考えられようか。
いきなり現れて何のこともないように日常を破壊した存在。
それが再び現れないという保証もない。
さらには調べを進めるとあれが特別でも何でもないただの尖兵だとわかった。
どれだけの数がいるかは不明だがあんな存在が多数いる世の中でのうのうと暮らしていけるはずもない。
そしてあれを見ていないものが今この国、この世界を真にいい方向へ導けるとは思えない。
オルトリーゼにとってマリシスの尖兵は良くも悪くも強烈な印象を与え彼女を大きく変えた。
そんな存在と『彼』がどれほど似ているというのか。
自分の感じた事に疑問を持つオルトリーゼだったが、あの圧倒的な悪意を除いたとするならあるいは?と考え、最終的にはいずれにしろ只者ではないという結論に達したのであった。
「クレア。もしあなたが突然異世界に飛ばされたら…と言うのも難しいでしょうし…。突然行った事のない国に飛ばされたらどうするかしら?」
「そうですね…。恐らく混乱するでしょう。ですがまずは周りの状況を確認すると思います。」
クレアは主の質問に冷静に答える。
オルトリーゼの質問などに対しては変に見栄を張らず客観的な視点に立てるのが彼女の長所とも言えるだろう。
「では、わたくしと一緒に飛ばされたらどうします?」
更に尋ねると
「この身はもちろん何に変えてもお守りします!」
即座に返事が返ってくる。
その様子に微笑むオルトリーゼ。
「ふふっ。ありがとうクレア。ですが普通はあなたが言った様に混乱するもの。その後に言った周りの状況の確認、他の者を守ると言った事はそうそうできる事ではないでしょう。そして彼らの世界は争いがほとんどなく戦闘などとは無縁と言う事を信じるならば彼の行動は腑に落ちない点がいくつもあります。」
主の言う事に納得したのかクレアは黙って続きを待つ。
「あなたなら気付いているでしょうけど彼は常に彼女達とあなた達騎士、そしてわたくしに注意を払っていました。わたくしは最初は気付いていませんでしたがクレアの言う失礼な態度をとったときに兵士が剣に手を掛けたでしょう?あの時に気付きました。そもそもあの状況で私に失礼と取られるような態度をとるという事がまずおかしいでしょう。彼は彼女達を非常に大切に思っているようですしわざわざ危険を冒すようなことをするとは思えません。かといって先程の食事で話した限りでは思慮に欠けるといった印象は受けませんでしたし…。わたくしが止めると予想したのか、もしくはあそこにいた全員を敵に回しても彼女達を守りきる自信があったのか…。いずれにしろ彼を『勇者』に巻き込まれた一般人などと考えないほうが良いでしょう。」
まだ他にも奇妙な点はあるものの要点は最後に言った一言でクレアに伝わっただろうと言う事で省略する。
「確かに姫様の仰るとおりだと思います。では明日にでも勇者様達に彼のことを聞いてはいかがでしょう。」
「そうね。それに彼女達は彼を元の世界に返したいと言っていましたけれど、戦力として使えるようなら手元に置いておきたいですしね。明日聞いてみることに致しましょう。」
そう明日の予定の一つを決めるたところで声がかかる。
「ちょっとそれは困るなぁ。」
「「!!!」」
その声とともに現れた人影。
それはまるで何もない空間から突如現れたかのようであった。
「今宵はいい月が出ているね。ああ、この世界でも月って言って伝わるのかな?妙にでかい気もするし。あ、『月が綺麗ですね』。これってどう伝わってる?」
そこに現れたのは先程まで話題に上がっていた『彼』こと相澤唯人であった。
投稿ペース上げたいと思うのですがほかの投稿者様の小説が面白くてどうしても書く<読むになってしまう…。




