14話 貴族教育
「かなり上達してきましたね……でもまだまだですからね」
「は、はい!」
私が公爵邸に来てから、二ヶ月程が経った。ここに来た時は雪が降っていたのに、今では花が咲いている。暖かな風が吹いている。
季節と共に変わったことも色々あって、まず私の部屋。正式な部屋が与えられて、あの客室から卒業したのだ。
正直ちょっと名残惜しい。けど、新しい部屋も同じくらいの広さだ。調度品も大体が同じもの……つまりは、ほぼ場所が変わっただけであった。
次に変わったといえば、貴族教育が始まったこと。
貴族教育は……公爵様に頼んだらすぐに受け入れてくれた。公爵位を持つ人間の妻なのだから、しっかり基礎をたたき込め、と。
そして現在。貴族教育担当のマレシア先生に、それはそれは厳しい教育を受けていた。
「もっと背筋よく!」
「はい!!」
社交界は私にとって無縁だった。なので、基本中の基本である動作すらわからない。教育が始まってすぐの頃、私の無知さに先生が驚いていたくらいだから。
作法、挨拶、言葉づかい。そして——歴史や現在の社交界について。
話を聞いた中で大切な事は……二つだった。
一つは、魔法の存在。
最初はおとぎ話かと思ったけれど、魔法は確かに実在しているものらしい。それでも魔法は扱える者が少ないため、魔法使いは集まって暮らしているらしい。
そして、二つ目は魔物の存在。
魔物は様々な姿形をした生き物。本来大人しいはずの彼らは、近年何故か襲ってくる個体が増えてきているらしい。
「この二つは覚えておきなさい」と念を押されたので、記憶によく残っている。貴族の間では常識らしい。
デビュタントもしていなかったから、本当に何もわからないのだ。今までの私は、きっと言動もおかしなものだっただろう。
先生はよく、「やる気だけはあってよろしい!」と言ってくる。本気で取り組む姿を見て、なんだかんだ褒めてくれたりする。気分屋の猫みたいな人だと思う。
「よし、今日はここまで。良く頑張りました」
「ありがとうございました!」
姿勢をキープしながら、私はレッスン室の扉を開けた。廊下を通る風が頬を撫でていく。
ふと、廊下の奥に影が見えた気がして。そっと近づいてみると——公爵様の姿がそこにあった。
……公爵様はあのお出かけの日から、やたらと食べ物を勧めてくるようになった。食事は別々だったのだが、最近は同じ机を囲むことが多い。
正直、何がしたいのか私にもわからない。いや、理解するのもちょっと怖い。
公爵様の背中をこっそり見送って、私は今度こそ自分の部屋に戻ろうと歩き始めた。
「夫人!」
角に差し掛かったところで、後ろから聞き慣れた声がかかる。振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたカオンさんが。
「カオンさん。どうしたんですか?」
「夫人にお客様ですよ! ディアナ様がいらっしゃってます!」
「えっ、本当?」
ディアナさんが来るなんて。貴族教育を進めていた私は、今まで全くそのことを知らなかった。
——私は、すぐに自分の身なりを確認した。相手はブティックを経営しているプロである。しっかり整えて前に立ちたい。
裾を直して、リボンの角度を調整して。さっき教わった通り、姿勢を完璧に……
「……よし! カオンさん、ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃいませ!」
駆け足——で行きたいところだけど、それでは身なりを整えた意味がない。足の筋肉を最大限使って、全力の早歩きで客室へと向かった。




