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学園へ、再び

 

 昔の話だ。

 城の周辺に現れる魔物を、

 気まぐれに狩ることがあった。


 歪な形をしていたり。

 妙に愛嬌のある動きを見せたりすれば――


 僕は、よだれを垂らすほどに、喜んでいた。


 捕らえて見世物にすれば、

 皆が笑うからだ。


 たとえ殺すとしても。

 どうすれば、より滑稽に見えるかを考えていた。


 ――今にして思えば。


 僕はカレンを狂人と呼べるほど、

 まともな人間ではなかったのだろう。


 それでも、思う。


 あの頃の僕を、殴り倒してでも止めてやりたいと。

 衆目に晒され、笑われ、消費された“彼ら”の前で――


 額を地に擦りつけて、謝りたいと。


 ようやく、分かったのだ。


 僕はいま、

 ようやく君たちの側に立っている。


「――見てあれ、噂の“ゾンビ君”じゃない?」


 視線が、集まる。


「――え、本当?

 もっと大男だと思ってた」


「――それなら歩くお墓だよ。

 “墓標くん”って呼ばれてたんじゃない?」


「――それもそっか」


「「――あははは!」」


 よし。

 奴らの顔は覚えた。


 僕はこれから――


 終わりを運ぶ者。

 “墓標くん”として。


 この世界に、

 屍の意味を教えてやる。


「イズヒト様」


 不意に、カレンの声が弾んだ。


「学園では、本当に人気者ですね。

 これほど注目されて……私も鼻が高いです!」


「動物園的な意味でだろう?

 人気と好奇は、似ているようで、別物だよ」


「おお。

 可愛らしいという意味でしたか」


 うん。

 お前のプラス思考は、時に人を不快にさせる。


 現実の方が、

 後から“正しい形に修正されるべきもの”として扱われるのだ。


 仮にどこかで遭難しても。

 ――「未開のリゾートに来てしまいましたね」と、

 本気で楽しめる類の人間だ。


「お前はいいな。

 現実の方が間違っている前提で生きられるんだから」


「……?」


 小首が、わずかに傾ぐ。


「この世の不幸なんて、

 全部“解釈の違い”で片付いてしまう程度のものですよ」

 

「謙虚の顔をした傲慢やめろ」

 

 こめかみの奥が、鈍く疼く。


 広間に集まる視線は、途切れない。

 いや――むしろ、増えている。


 魔術学園“夜明けの鐘(アルバ・カンパニュラ)”。


 再びここへ足を運ぶにあたり、

 僕はあえて、昼を選んだ。


 静けさの上に成り立つ時間だからだ。


 中庭には、誰かの詠唱の断片が風にほどけ、

 石畳の上で淡い光が瞬き、すぐに消える。


 木陰では、生徒が古い書を開いたまま、

 同じ一節を、何度もなぞっていた。


 遠くの講堂からは、抑えられた講義の声。

 それもまた、風景の一部として沈んでいる。


 ――すべてが、主張せずに、積み重なっていく。


 その筈なのに。


「――あれが、ソウマさんを倒したっていう“虚位インフェリオ”か!」


「――いや、どうせ八百長だろ。

 どこかの権力者の子息って線が濃い」


「――私、魔術演舞デュエロ・マギア観たよ!

 ……ちょっと、好きになっちゃうかも」


 ざわめきは、広がるのではなく――滲む。


 静けさの上に、ゆっくりと染み出して、

 気づけば、足元まで満ちている。


 ソウマとの決闘以降。

 僕は、学園に足を運んでいない。


「ナーラが話していた通りだな。

 元々“ゾンビ”で知られていた奴が、変に目立てばこうなる」


「良いではありませんか。

 汚名を返上する、絶好の機会です。

 晒せるものは、すべて晒して参りましょう」


「露出ゾンビに進化するだけだぞ」


 不名誉な冠はいらない。


 僕は、人の上に立ちたいわけじゃない。

 ただ――同じ地平に立っていたいだけだ。


「しかし、困りましたね」


 カレンの声に、足が止まる。


「……何がさ」


「イズヒト様の魅力が広まった結果。

 恋に落ちる乙女が、増えてしまうのではないかと――」


 一拍。


「カレンは、それを懸念しております」


 神妙な顔で言うことが、それか。


 一瞬でも、不安に寄り添った自分を殴りたい。


 そのまま、歩みを再開する。


「別に。

 僕が誰に好かれようが、誰に惚れようが――

 お前には関係ないだろ」


「ああーー!」


 甲高い声が、空気を裂いた。


「私という配偶者がいるのに、

 なんてことを仰るんですか!」


 息を吸い込む気配。


 嫌な予感が、間に合わない。


「この人、いま不倫を宣言しましたよー!」


「だああああ!

 お前、声がでかい!」


 反射的に、口を塞ぐ。


 細い顎。

 指に触れる体温は、やけに生々しい。


 ――このまま、折ってしまおうか。


 そんな思考が、

 ほんの一瞬だけ、自然に浮かんだ。

 

「お前、いつまで“その設定”でいるつもりだ」


 こいつはクァリーン。

 ――アーイシャではない。


 配偶者でもなければ、

 家族でもない。


 ただの、居候の幽霊だ。


「脳内の妄想も、大概にしろ。

 これまでのお前の所業も――

 千年前のよしみで、見逃してやっているだけだ」


「むむむ……

 私は本当にイズヒト様の――」


「それ以上、続けるな」


 一拍。


「……殺すぞ」


 言葉だけが、わずかに遅れて落ちた。


 もちろん。


 そんな手段はない。

 できるはずもない。


 感情的に吐き出しただけの、

 もはや妄言だ。


 カレンは一度、口を噤む。


 それから、不貞腐れたように、唇を尖らせた。


「……もう、死んでますよーだ」


 せめてもの反抗だろう。


 あまりにも、幼い。


 こうして改めて見ると、

 やはり、あの時の少女なのだと。


 どこかで、妙に腑に落ちてしまう自分がいる。

 

 互いに、不満げな視線を交わした、その時だった。


「イズヒトくーん!

 カレンちゃーん!」


 角笛みたいな声が、広間を突き抜ける。


 視線の先。

 小柄な少女が、腕を大きく振りながら駆けてくる。


 無駄に全力だ。


 それが太陽のように、眩しく思えて。

 少しだけ目を細める。


「ナーラか」


「お待たせしました!

 ……お二人は、本当にいつも一緒なんですね」


「ただ取り憑かれてるだけだよ」


 半ば投げやりに答える。


 ナーラには、事前に話を通してある。

 ――今日、僕が学園に来ることも。

 カレンの、“学園の案内役”として預かってもらいたいことも。


 そうでもしなければ、

 まともに調べ物ひとつ、進みはしない。


 仮に一人になれたとしても。


 あいつは、どこかで気配を殺して、こちらを見ている。


 ――見張る、というより。

 守っているつもりでいるのが、余計に質が悪い。


「じゃあ、ナーラ。

 この後、任せてもいいか」


「もちろんです!

 イズヒト君が社会復帰のために頑張るなんて、応援しないわけがありません!」


「……余計な一言が混ざってるな」


 小さく息を吐く。


「ありがとう。

 これから学園には、顔を出すことも増えると思う。

 主要な施設だけでも、教えてやってくれ」


「お任せください!」


 ぱっと笑って、敬礼。


 動きがいちいち大きい。


 ――まあ。

 この口実も、まるきり嘘ではない。


 これから先、ここに来る機会は増える。


 学園の構造も、日々の営みも知らないまま――

 迷子にでもなられたら困る。

 

「では、カレンちゃん。

 行きましょう!」


「はい。

 お願いします」


 カレンが、わずかに振り返る。


 名残を引くような視線。

 小さく、手が揺れた。


 僕はそれに応えない。


 二人の背中が、徐々に人混みに紛れていく。


 やがて、完全に見えなくなって――


「……静かになったな」


 ぽつりと、零す。


 取り戻した、というより。

 ようやく、余計なものが剥がれ落ちた感覚に近い。


 ――さて。


 やるべきことは、決まっている。


 カレンは、千年前に保護した少女。

 名は、“クァリーン”。


 アーイシャは――

 ハーリドによって、殺された。


 そこに、曖昧さはない。


 事実として、確定した。


 ならば。


 今もなお、鮮明に残るあの記憶は、何だ。


 病に伏していたアーイシャ。

 触れれば壊れそうなほど、薄くなっていた呼吸。


 ――あれは。


 どこから来た。


 調べる必要がある。


 記憶ではなく、記録で。


 この国に受け継がれてきた、歴史を辿る。


 ハーリドが王座に至るまでの過程。

 その過程で、何が削ぎ落とされ、何が残されたのか。


 アーイシャは、どう記されている。


 そして――


 僕は。


 どのように、そこに存在している。


 あるいは。


 存在しないものとして、扱われているのか。


 そのすべてを、暴く。



第三章 君のために書を綴ろう

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