女神様に殺された俺
比戸刈歩は、この日を待ちに待っていた。今日は、恋愛シュミレーションゲーム『ハートフル・メモリアル』の発売日だからだ。彼は、通販で頼み、宅配業者の配送時間を最速に設定し、今か今かと自室で落ち着かない様子だった。この『ハートフル・メモリアル』は、彼がこよなく愛する絵師・藤嶌巧美が書いた美少女5人とそれぞれ付き合うまでの過程を楽しむものである。初めて公開されたCGを見て、彼は衝撃を受け、さらには各店舗の販売特典も制覇するため、各店舗のサイトで予約してしまったのである。そして、ビッ○リマンチョコのシールやプロ野球チップスのカード目当てで、お菓子を捨てるような男ではなかった。うず高く積まれるであろうソフトは、使用用、保存用を除いて、『ハートフル・メモリアル』のパッケージを積み上げて壁を作ろうというのだ。彼はそのくらい、この作品に期待していた。そして、
「こんにちはー。お届けものでーす。」
と、宅配業者が荷物を届けに来た。マニュアルにあるような清々しいあいさつだった。
その声に反応し自室を出て階段を下りた男は、それに反してあまりにも真剣そのものの顔であった。それは、獲物を絶対に逃がさないと駆け巡るチーターのようであった。歩は、宅配業者が出した受取証に印鑑を押すと、「お疲れしたー!」と大きな声で勢いよく深くお辞儀をしてから受取証を渡した。
やや宅配業者は面食らったが、それに負けじと、
「失礼しましたー。」
と宅配業者は元気なあいさつでドアを閉め、次の宅配先に向かっていった。
一方、男はその手にした荷物を持つや否や、『ハートフル・メモリアル』が入っているであろう段ボールを鼻息荒くがっちり掴んでいた。その瞬間全力で階段を上り、自室に戻っていった。そして、段ボールを手際よく開け、『ハートフル・メモリアル』を手にしたのだった。
「ついに待ちに待った日が来た!」
発売日まで非公開となっていたパッケージのイラストはメインヒロインの四万野ことりがキス顔をしているものだった。歩はそのイラストを見て体中に電流が走るのを感じた。彼は、まじまじとパッケージを見つめ、そして誰もいないことを知っていながらも周囲をキョロキョロと見回し、改めて誰もいないことを確認した。そして、自身の顔をパッケージに向かって近付けてきたのだ。どうやら、パッケージの四万野ことりにキスをするつもりらしい。彼としては、パッケージイラストを見て、ここでキスしなければ逆に申し訳ないと、変な使命感を持ってしまったようだ。
「ことりちゅわーん」
と口ずさみながら、パッケージまでもう少しと思った瞬間、後頭部から強い衝撃を受けるとともに、目の前が真っ暗になった。
「こ、と、り、ちゃん」
と、歩は倒れ込んでしまった。
しばらく経ったのだろうか、真っ暗だった目の前が少しずつ明るくなってきた気がした。しかし、まだ完全に目覚めたという感覚は無い。しかし、そのまどろみの中で、「起きて」とかすかな声が聞こえた気がした。しかし、歩の頭がまだはっきりしていなかったため、目覚めることができない。そして、また「起きて」との声が聞こえる。少しずつ頭がはっきりしていくと、もしかしたらこれは、恋い焦がれたことりちゃんが現実世界に召喚されて、俺を起こしてくれているのではと自分にとって都合の良い変換がなされていた。そうとなったら起きるしか選択肢がないではないかと思い、目覚めようとした瞬間、
「起きろー」
と強くビンタされたのだった。その痛みで完全に目覚めた瞬間、目を開けるとあたりは見たこともない宮殿のような建物の中にいるようだった。
「ここは?」
と言った瞬間に、
「ことりちゃんは?なんだよ〜、俺とことりちゃんが結ばれる決定的瞬間を邪魔する奴は〜!」
と男が喚き叫んだ瞬間、
「何を世迷い言を言っているの?」
と宮殿内一面にから女の声が聞こえる。しかし、その姿は見えない。
「いくら慈悲深い私でも、あなたのような下郎に私に似た女の子がキスされるのを見放しておくことができなかったのよー。」
といかにも高飛車そうな口調で話す。
「お前、ことりちゃんに似ているのか?」
歩は、まだクラクラしている状態でありながら、ことりのこととなると、そこだけは頭がしっかりしていた。
「そうよー。私はあのゲームの女の子とうりふたつ。いくらイラストとはいえ、あんたみたいな下衆に陵辱されるのを見て見ぬふりはできなかったのよ。」
と姿の見えない女の声が聞こえたが、歩は陵辱という言葉が引っかかり、ことりとの様々な行為を想像していた。その想像のためだらしない顔つきになっていた歩の後頭部に強い衝撃が与えられた。その瞬間、家で受けた後頭部への一撃を思い出した。
「お前が俺の頭を叩いて、さらにこんな変な場所に連れ去ったのか?」
と激昂した口調で息巻いたが、
「でもことりちゃん似の子に殴られるのは、むしろご褒美かな?」
と言いながら、まただらしない顔になっていた。
「本当にあんたは、どうしようもない変態ね」
と言うと、歩は変態との言葉に反応してさらに興奮した面持ちをしていた。姿の見えない女は、かなり呆れているようだったが、歩の自分に対する期待に満ちた面持ちに少し気を許していた。そこで、
「しょうがないわね。ここまでどうしようもない奴に見せる顔ではないけど、特別に見せてあげる。」
と姿を表すことを話した。
「え、マジで?」
と歩の興奮はさらに高まった。
「とくと見なさい。これが正真正銘、女神様の姿よ。」
女の声が聞こえた瞬間、歩の前に激しい光が発せられた。その眩しい光は、あたりを真っ白な世界に覆い尽くすほどの輝きを放っていた。そして、しばらくの間発せられた光は、今度は逆に収縮し始めた。そして、その収縮した光の中に女と思しき影が浮かんでいた。歩は目が眩んで、目の前が真っ白になっていたが、しばらくすると、視力を取り戻しつつあった。そして、歩の頭の中で、このパターンは完全にことりちゃん似の天使様の降臨だと踏んでいた。今までの話のやり取りから推察して期待しないほうが無理だった。その抑えることができない胸の高鳴りを隠すことのないまま、完全に取り戻した目で、その女神がいる方向へ目を向けた。そして、その瞬間、彼は愕然とした。
そこには、あまりにも似つかない、ブサイクで小デフな女がそこにいたからだ。
「お前は誰だ。」
歩が話すと、
「私のあまりもの美貌に声が出ないようね。」
とその女神と思しきブサイクな女は、自信満々に話すのだった。
「私は、天界の女神・アウロラ。地球の人々は、オーロラと言ってるわね。私の美しきオーラが地球にまで届くときにオーロラが発生するのよ。」
と自らの美を強調し、鼻高々だ。
一方の歩は、それを聞いて愕然とした。
『あいつのオーラがオーロラを形成しているだと?あいつの体の脂分が、流れついたの間違いじゃないのか?これじゃオーロラの美しさに見とれている奴らが哀れすぎる』
と思った瞬間、
「あんた、いますっごく失礼なことを考えたわね?」
とアウロラは話した。
「え、お前、今俺が考えたことを分かっているのか?」
歩が少し焦った口調で話すと、
「当然よ〜!だって私は女神だもの。そんなことは朝飯前よ!」
と誇らしげにアウロラは語ったのだ。
「何だったら、あんたの恥ずかしい過去をすべて暴露することだってできるのよ!例えば、小6のときクラス一の美少女・千春ちゃんの〜」
と言った瞬間、歩の顔は真っ青になり、アウロラの口を塞ごうとした。しかし、その行動も見透かされ、敢え無く避けられてしまった。さらに、アウロラの姿は消えてしまい、音声だけがエコーがかって響いていくのだった。
「リコーダーをペロペロしてたわよね〜。あ〜気持ち悪。それから〜」
と言った瞬間、もはや敵わぬと悟った歩は、降参と言わんばかりに、
「あ〜分かりました。貴女様のお力は十っ分に思い知りました。貴女様が偉大な女神様であることをよ〜く理解しました。今後は、失礼なことは言わないと約束致します。」
と言いながら平伏した姿勢を見せた。その姿を見たアウロラは、満足気に改めて姿を現した。
「分かれば良いのよ〜。私は慈悲深い女神。私を崇め奉る民草を無下にはしないわ。」
と威高々に話す。
「だけど、あなたは私に似た者に陵辱しようとした罪があるわね。しかももう殺しちゃったし。」
とアウロラがポロッと重大な事実を話したことを歩は聞き逃さなかった。彼は、「俺が、死んだ?」と頭の中で反芻しながら、確認する術を模索した。足は?ある。頭の上に輪っかは?無い。死装束は?着てない。など思い浮かぶことを実行した。そして、顔を触ってみて、触った感覚が無いことに気付いた。そんなはずはないと、胸や手と手を合わせたり、挙げ句の果てに股間を触ってみたが、まったく感覚がなかった。そこで初めて自分が死んだことを受け入れざるを得ないと思った瞬間、深い絶望に似た感覚に襲われた。そして、アウロラの裾を掴み、懇願するように話した。
「つい出来心でやったことなのに、殺すまでやらなくていいだろ?しかも全然似てないし。どうやったら元に戻せるんだ。あんた女神なんだろ?」
似てないとの言葉に、アウロラはカチンときたが、さすがにやりすぎた感はあった。彼女は少し深呼吸をすると、手に持っていた杖を掲げた。すると、杖の宝玉が光りだし、杖の先から光のもやのようなものが出てきた。楕円形のもやができてくると、そこから鏡に少しずつ姿を変えていった。そして、完成した鏡の中をのぞいてみると、歩のいた世界が映し出されていた。そして、上空から地上に少しずつ近付いていき、見えたのは葬祭場であった。そして、葬祭場では『比戸刈歩告別式』の看板が掲げられていた。それを指さしながら、アウロラは、
「これを見て。この世界であなたの住める場所はもうないの。でも、あなたを別の場所に転生させることはできるの。しかも今までの記憶もそのままの状態でよ。」
と言うと、アウロラは優しく歩の頬に手を優しく添えた。
「あなたが、今まで得た知識や経験が新しい世界でも役に立つわ。ということで早速行ってもらいましょう!」
アウロラは、歩の混乱をよそに着々と異世界転生の準備をしだした。杖の宝玉を円形に掲げると、その軌跡に沿って金色の線が形成され、その中は大きな光に包まれていた。その光は、歩を吸い込もうとしていた。それに気付いた歩は必死の抵抗で、その光に吸い込まれまいとしたが、足で踏ん張る力が無い、手で何かにつかまろうとしてもつかまるものが無かった。歩はなす術もなく光の中に吸い込まれてしまった。自身の死や「ハートフル・メモリアル」を攻略できなかった悲哀など様々思うことがあって整理がついていないが、歩はその光に身を委ねるしかなかった。




