■1■03:白い監視者の襲撃
静寂は、あまりにも唐突に、そして暴力的に破られた。
ドォン――ッ!!
鼓膜を震わせる爆鳴とともに、廃ビルの強固なコンクリートの天井が崩落した。降り注ぐ土砂と火花、そして立ち込める白煙。私はサチに腕を引かれ、間一髪のところで直撃を回避した。
「……来たか」
サチが低く呻く。彼のくすんだ灰色の髪が、爆風に激しく揺れていた。
崩落した天井の穴から、煙を割ってゆっくりと降り立ってくる影があった。
汚れひとつない純白の法衣。この薄汚れた泥と煤のスラムにおいて、その白さはあまりにも異質で、不気味だった。組織の監視員――元神父の白い悪魔だ。
彼の背後には、二つの影が従っている。
一つは、血のついた不気味なピエロの被り物を頭からすっぽりと被った、小柄な少女。もう一つは、その少女の影から這い出るようにして現れた、禍々しい深紅の霧を纏った「赤い悪魔」だ。その悪魔もまた、トカゲのような異形の顔を赤く染め、歯ブラシのような牙を軋ませている。
「不自然な不死は、等しく淘汰されねばならない。それが自然の摂理であり、世界の秩序だ」
白い法衣の男は、穏やかな、しかし感情のいっさい排された声で宣した。
「人間の精神は、永遠の肉体という檻には耐えられない。お前たちもいずれ狂い、世界を汚す化け物となる。ならば、その前に慈悲をもって終わらせてあげよう。……行きなさい」
神父の合図とともに、ピエロの少女が指を差し向けた。瞬間、彼女の契約悪魔である赤い悪魔が、爆発的な速度でこちらへと跳躍してくる。空気を切り裂く、深紅の爪。
「チッ……! 『----』、下がっていろ!」
サチが叫び、私の前に立ち塞がる。
彼の背後の影から、ボロボロに傷ついた灰色の狼の四肢が咆哮を上げるように膨れ上がり、赤い悪魔の爪を正面から受け止めた。
ギチギチギチ、と悪魔同士の肉体が衝突し、凄まじい衝撃波が狭い地下室を駆け抜ける。悪魔を殺せるのは、悪魔だけだ。普通の武器では傷ひとつつかない彼らの肉体が、互いの爪と牙によって激しく損壊し、赤と灰色の血飛沫が飛び散る。
「ガあ、あああッ!」
サチの口が大きく裂け、融合した牙が露わになる。瞳のない黒い目が、赤い悪魔を睨みつけた。不老不死の狂気を戦闘の衝動で無理やりコントロールしながら、サチは圧倒的な力で赤い悪魔を壁へと叩きつける。
しかし、戦況は過酷極まりなかった。
赤い悪魔の背後から、白い法衣の神父が静かに聖書を開く。彼もまた、組織の教義を精神のアンカーにして狂気を抑え込んでいる「悪魔」の一体だ。彼の手から放たれる白い光の杭が、サチの灰色の身体を正確に貫いていく。
「ぐっ、あああッ!?」
肉体が焼ける異臭が漂う。不老不死ゆえに即死はしないが、サチの再生速度を上回る密度で、白い杭と赤い爪が彼をなぶり、削っていく。
私は崩落の影に身を潜めながら、冷徹に戦況を見つめていた。
恐怖はない。私の心臓はサチの胸の中にある。サチが倒れない限り、私は無敵だ。だが、サチの限界は近い。彼の灰色の狼の四肢はボロボロに引き裂かれ、再生が追いつかなくなっている。
「サチ! 右!」
私の声に応じ、サチは視界を奪われながらも反射的に身体を捻った。直後、彼がいた場所を赤い悪魔の巨大な尾が粉砕する。私の的確なナビゲートと、サチの私への絶対的な信頼。恋愛感情のない、乾いた戦友としての絆だけが、この絶望的な防衛戦をかろうじて成立させていた。
「無駄な抵抗を」
神父の冷酷な声が響く。
「お前たちがどれほど信頼し合おうと、その器(心臓)がいずれ壊れることに変わりはない。悪魔の生に救いなどないのだ」
ピエロの被り物の少女は、感情を失った人形のようにただ佇み、赤い悪魔を操り続ける。彼女たちの歪んだ主従関係と、私たちビジネスライクな戦友関係。どちらが先に限界を迎えるか。
「ワタシは……まだ、終わらない……ッ!」
サチが血を吐きながら、牙を剥き出しにして再び地を蹴った。
崩れゆく地下アジトの中で、灰と赤、そして容赦のない白が交錯する、命を削り合う死闘が続いていた。




