第十一話 終わっていない
配信画面では鬼のように、コメントが流れている。
画面の端で、文字が止まらない。
『やば』『神回』『新人すげえ』『今の入った?』『鳥肌立った』
同じような言葉が、形を変えて、ずっと続いている。
現場の空気も、それに引っ張られて、浮ついていく。
「今のやばかったな」「ミアちゃん、持ってったな」「あれ、切り抜き確定でしょ」
さっきまでの緊張なんて、もうどこにもない。
笑い声まで混じってる。
配信としては、大成功。
確かに、成功はしてると思う。
ゴーレムは倒れたし、ミアも新人にしては大活躍。
配信としても、完璧に“当たり”だ。
でも。
……なんだ、この違和感は。
機材を片付ける音に紛れて、視線だけ動かす。
ディレクターは、少し離れた位置でスタッフと話している。
「今の、もう少し引っ張れたな」
引っ張れた?さっきのはどう見ても事故にしか見えない。
それなのに、あの状況を尺の話にしてるのか。
……おかしいだろ。
視線を外す。
これ以上見てると、気づかれる。
撤収の流れに紛れて、動く。
人と機材の隙間を縫って、通路の端へ。
ちょうどそのタイミングで、カリンとすれ違う。
一瞬だけ。
目が合う。
そのまま通り過ぎる。
「……ありがと。助かった」
足を止めないまま、カリンが小さく言う。
「無事で良かった」
それだけ返す。
視線は合わせない。
それで足りる。
すれ違う。
――のはずだった。
カリンの腕に、薄く血がにじんでいるのが見えた。
さっきのか。
足を止める。
ポケットに手を突っ込む。
指先に当たる。
回収したままの、回復薬。
それをそのまま差し出す。
カリンが一瞬だけ目を細めて、受け取る。
「……ありがと」
それだけ。
もう振り返らない。
そのまま、それぞれの流れに戻る。
現場は、そのまま終わった。
成功のまま。
何事もなかったみたいに。
外に出ると、静かだった。
さっきまでの音が、嘘みたいに消えている。
搬入口のシャッターが半分だけ閉まっていて、隙間から白い光が漏れている。
その下を、誰かがくぐって出ていく。
遠くで車の音が一度だけ通り過ぎて、すぐに消えた。
夜の空気が、やけに冷たい。
さっきまでの熱が、まだ体に残っているのに、外だけ別の場所みたいに冷えている。
歩きながら、さっきの光景が勝手に浮かぶ。
音。
台本。
ディレクターの間。
――あいつ、驚いてなかった。
普通じゃない。
あの状況で、あの顔は。
もう一つ。
あのタイミング。
動き出す前の、あの一瞬。
分かってたみたいな。
……いや。
分かってた、じゃない。
用意してた、みたいな。
立ち止まる。
コンビニの明かりが、少しだけ眩しい。
ガラスに映った自分の顔が、やけにぼやけて見える。
自動ドアが開いて、暖かい空気と一緒に、電子音が外に漏れる。
誰かが出てきて、俺の横を通り過ぎていく。
その匂いだけが、一瞬残る。
スマホを取り出す。
さっきの配信のアーカイブが、もう上がっている。
再生はしない。
タイトルとサムネだけを見る。
『新人覚醒』『神回』『奇跡の一撃』
……奇跡。
違うだろ。
指が止まる。
ディレクターの言葉が、頭に残る。
『もう少し引っ張れたな』
あれは、事故の後に出る言葉じゃない。
最初から、そのつもりで。
「たまたまじゃないよな」
画面を閉じる。
ポケットに戻す。
息を吐く。
白くならない。
思ったより、夜は冷えていないらしい。
結論は出ない。
出せる材料も、まだない。
でも。
……あのままは、よくない気がする。




