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幹事スキルで、修羅場も段取りできますか?  作者: tomato.nit


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第一話 配信の向こうのカリン

突如として、異世界の王国が丸ごと一つこちらへ転移してきてから、もう数か月が経った。


 地下鉄の駅には簡易結界が張られ、公園の立入禁止区域には「内部モンスター出現中」と書かれた看板が立つ。廃ビルは勝手にダンジョン認定された。


 ある日を境に、誰の目にも自分のスキルが見えるようになった。


 営業。事務。交渉。走力。料理。剣術。火魔法。治癒魔法。


 向いてる向いてないが、嫌なくらいはっきりした。


 通勤電車の中でも、その話題ばかりだった。


「戦闘適性Aだってよ。すげえな」


「昨日の配信見た? あのパーティ、マジで強かった」


「カリンちゃん、索敵Sなんだろ。そりゃ人気出るわ」


 俺も、スマホを握ったまま画面を見ていた。


 配信アプリのトップに固定されているのは、最近一気に伸びた探索者グループだ。


 前で剣を振るうイケメンは、コメント欄で毎回王子様扱いされている。


 大火力の魔法をぶっ放すお姉さんは、ひとつ派手な魔法を決めるたびに投げ銭が飛ぶ。


 そしてカリンと呼ばれているスカウトは、カメラが抜くたびにコメントの流れが一段速くなる。


 全員、その道の高レベルスキル持ちだ。


 強いなんてもんじゃない。見栄えもいい。トークも軽い。そりゃ人気も出る。


 俺も、その視聴者の一人だった。


 特にカリンが好きだった。


 罠を見つけるのも早いし、索敵も早い。派手な剣や魔法と違って、動きで魅せるタイプだから見ていて気持ちがいい。


 スマホの中で、今日もカリンが先行して通路を駆ける。


『この先、反応三つ! 小さいの二つに、大きいの一つ!』


 弾んだ声。軽い足取り。コメント欄も盛り上がる。


 いいよな、と思う。


 ああいうの。


 ダンジョンに潜って、強いスキルで活躍して、金も人気も手に入る。


 俺には縁のない世界だ。


 スキル欄を見れば分かる。


 幹事B。観察C。記録C。応急処置C。走力C。事務C。清掃C。料理D。交渉D。


 当たりとか外れとか以前に、しみったれている。


 器用貧乏という言葉にステータスがつくなら、たぶんこんな感じになる。


 こういうのが役に立つ場面なんて、来ない方がいいに決まっていた。


 だからダンジョンに潜ったことはない。


 街中のあちこちに入口が生え、探索者募集の広告がいくら流れても、どうせ役には立たないと分かっていたからだ。


 通勤途中の駅前広場にも、今は一つダンジョンがある。


 元は噴水広場だった場所だ。いまは中心に黒い裂け目みたいな入口が固定され、その周囲を柵で囲まれている。今日はそこで、ちょうど今見ている配信グループが撮影をしていた。


 画面の中と、現実の景色が一致する。


 スマホの向こうの遠い場所だったはずの景色が、今日は通勤路の真ん中にある。妙な気分だった。


 その時、配信の音が一段高くなる。


『え、ちょっと待っ――!』


 カリンの声だった。


 画面が大きく揺れる。コメント欄が一気に流れる。


『罠!?』

『うしろ!』

『切れてる切れてる!』


 まずい、と思った。


 何が起きたのか分からない。でも、まずいことだけは分かった。


 その直後だった。


 目の前のダンジョン入口から、人影が転がるように飛び出してきた。


 薄い装備。見覚えのある髪色。配信で見たばかりの顔。


 カリン本人だった。


 片腕で腹を押さえ、もう片方の手で地面を掴む。膝が崩れ、柵の手前でどうにか止まる。


 スマホの中で見た通りの顔が、現実の空気の中で血の気を失っていた。


 肩口が裂けている。太ももにも傷。いちばんまずいのは腹だ。押さえた指の隙間から、嫌な色が滲んでいる。


 なのに、腰のポーチに回復薬が一本もなかった。あれだけ人気の探索者が、そんなはずはない。


 周囲がざわついた。


 誰かが悲鳴を上げ、誰かが配信の続きだと思ったのか、まだスマホを向けていた。


 回復魔法、使える人! と叫ぶ声もあったが、叫んだ本人は一歩も動かない。スタッフらしい男は顔を青くしたまま、配信機材を抱えて立ち尽くしている。


 俺は考えるより先に走っていた。


「ちょ、ちょっと失礼!」


 柵を抜けてしゃがみ込み、カリンの手をどける。


 血の出方を見る。


 深い。けど、まだ間に合う。


 回復魔法なんて便利なものは使えない。


 でも、こんなこともあろうかと通信講座で一万八千円払って覚えた応急手当なら、使える。


 まさか役に立つ日が来るとは思ってなかったが、役に立つならこの際いいだろ。


 俺は鞄から圧迫用の包帯を引っ張り出しながら、周囲を見回した。


 野次馬。撮影。半泣きのスタッフ。ダンジョンの入口はまだ開いたまま。


 あー、この感じ知ってるわ。


 飲み会ではしゃぎすぎたやつの対処と、大して変わらない。


「そこの黒パーカー! 救急車! 今すぐ!」


「え、俺!?」


「他に誰がいるんですか! 配信止めて通報!」


「は、はい!」


「白いシャツの人、柵の前から人をどかしてください! 入口からまだ何か出るかもしれない!」


「え、あ、分かった!」


「そっちのスタッフ! 担架あるなら出して! ないなら長物と上着で固定できるもの持ってきて!」


 口が勝手に動く。


 人が動く。


 カリンの止血をしながら、俺は配信画面の切れたスマホをちらりと見た。


 コメント欄だけがまだ流れている。


『他の二人は?』

『切るなよ!』

『演出?』

『スポンサー案件で無茶した?』


 最後の一行に、指が止まる。


 その時、ダンジョンの入口の奥で何かが動いた。


 でも、俺の目が止まったのはそっちじゃない。


 配信画面の最後の数秒には、入口のこちら側にいるはずのカリンしか映っていなかった。


 なのに現実の入口の向こうには、壁際に張りつくように、細長い影がもう一つある。



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