本文その1&掲示板その1
※今回は後書きも本編に含まれますので、けしてお見逃しの無きよう、どうぞよろしくお願いいたします。
……まさか本当に、転校生がやってくるとは。
これも前ページの書き込みコーナーのやつらが、いかにもあからさまなフラグを立ててくれてしまったせい?
しかもまさしく『エヴァ』の呪縛パターン、バリバリそのまんまの展開だったりして。
「──はい、それでは次は、庵野君の番よ。パートナーを女子の中から選んでちょうだい」
週に一度の、男女混合の体育の時間。
女性体育教師の美里先生の言葉を受けて、全体的に色素が薄くまるで天使を具象化したような美少年がその場に立ち上って周囲を見回せば、女生徒の誰もが頬を紅潮させた。
しかし彼が選んだのは、彼女たちではなかったのだ。
「響君。お相手願えるかな?」
花も恥じらう乙女である自分たちではなく、男子生徒を──しかもファーストネームで呼んだことに悔しがってほぞを噛むどころか、なぜだかむしろ「きゃ〜ん」「やっぱり庵野君て、御神楽君のことを♡」などと、黄色い悲鳴をあげる(腐)女子たち。
……美里先生も留め立てするどころか、何だか期待に満ちた視線で見つめているし。
しかたなく僕が立ち上げれば、すかさずその手を取り、勝手に男性パートのリードをとって踊り出す、他称『国連が直接送り込んできた最後の生徒』。
「おいっ、庵野! 何でワルツの授業で、男同士で踊らなきゃならないんだよ⁉」
「──ダンスはいいね。君たち人類が生み出した、文化の極みだよ♪」
人の話を聞け! それにオリジナルはともかく、おまえ自身もれっきとした人類だろうが⁉
しかしここには『ピコピコ中○生伝説』のア○カ嬢のようなツッコミ役は存在しないので、エセ天使少年の暴走を止めることなぞ誰にもできなかった。
「それに僕のことは名字の庵野ではなく、『運』と呼んでくれって言っているだろう? 僕も君のことは、響君て呼ぶからさ」
やかましい。いっそのこと『カ○ル君』とでも呼んでやろうか?
そもそもが書き込みコーナーでも言っていたようにこの学園に転校生が登場すること自体がおかしいというのに、なぜだかこいつったら最初から僕に対してやけに親しげに接近して来て、わけのわからないことばかり言ってくる始末なのであった。
出会い頭からして、「僕は運、庵野運。君と同じ、運命を仕込まれた子供さ」などと、頭のネジの外れたことを言い出すし……。
しかし、引き続いての彼との応答は、僕の心胆を寒からしめるものであったのだ。
「……仕込まれたって」
それって、「仕組まれた」の間違いじゃないのか?
「実は僕の脳みその中には、『国連情報研究所』の手によって、超小型の量子コンピュータチップである『量子YO!』が仕込まれているのさ」
なっ⁉
「そう。君が妹さんの肉体を悪魔に売り渡すことで、多世界の住人たる生体型量子コンピュータの力を得たようにね」
「──!」
なぜ、そのことを⁉
「……運君。君は、いったい。それに、国連情報研究所って」
「ふふふ。嬉しいよ、君がようやく僕に興味を持ってくれたようで。わざわざ自ら第一の使徒から第十三の使徒たる、『ラプラスの悪魔』へと堕ちた甲斐があったというものだよ」
「つまり君もハルヒコ同様に国連が送り込んできた、スパイか何かなのかい?」
「あんな『クラス6』程度の出来損ないとは一緒にしないでくれよ。僕は汎用型の『電子YO!』ではなく、開発されたばかりの『量子YO!』を埋め込まれている、国連情報研究所唯一の『クラス9』にして、まさしく真に全知全能の存在なのだからね」
「わからないよ、運君。いったい君が何を言っているのか、これっぽっちも理解できないよ⁉」
……むしろテレビ版第二十四話の、シ○ジ君の気持ちがよくわかるよ。
つうか、これって本当に『エヴァ』なのか? 何か別のものが混じっていないか?
「──どうしたんだい、ダンス中にすっかり上の空になって。そんなに僕のリードで踊るのは退屈だったかな?」
回想シーンにすっかり没頭していた最中での、唐突なるいかにも艶っぽいハスキーボイスに我に返るや、すぐ目と鼻の先には、うんざりするほど麗しい美少年の顔が迫っていた。
「ちょっ! 近い近い! いくらダンス中でも、近づき過ぎだろうが⁉」
赤面しながら慌てて身を退けば、なぜだかまたしても「「「きゃー!」」」などと悲鳴をあげる、(腐)女子の皆さん。
「ひどいよ、響君。僕と踊っている最中に、考え事に没頭するなんて」
「……ああ、悪い。でも、ほとんど君のことを考えていたんだよ?」
「ほんとかい⁉ それは嬉しいな♡」
「「「きゃー!」」」(←(腐)女子の皆さん)
ただし、『頭痛の種』としてだがな。
「考え事といえば、例の件については、考えてくれたかな?」
「例の件って?」
「もちろん、邪悪なる悪魔だか夢魔だかとは手を切って、我が国連情報研究所に協力してくれることさ。──大丈夫。夢魔なんかの手を借りずとも、妹さんのことは国連情報研究所の最新の医療技術を駆使して、立派に健康体にしてみせるから。むろん君自身も、こんな収容所みたいな学園とはきっぱりおさらばさせてあげるよ」
「──っ」
またその話なのかよ?
「この学園において君のお父上を始めとする日本政府の秘密機関たる『L部門』が密かに行っている、人為的に創り出したSF小説的世界への多世界解釈量子論の導入実験なんて、これ以上看過しておくわけにはいかないんだ。過ぎたる知恵の実による無分別な進化の促進は、結局人類を滅ぼすだけなのだからね」
「でも、SF小説的思考──つまりは未来に対する飽くなき夢や希望こそが、この現実世界の閉塞しきった現状を打ち破り、真の進歩をもたらすことができるんじゃないのかい?」
電波な天使少年を刺激しないように恐る恐る至極もっともなる意見を述べてみたところ、いかにも「はあ〜、やれやれ」といった感じで、むしろこちらのほうが残念なものであるかのような視線を向けられてしまう。……何たる屈辱。
「どうやらすっかり夢魔に毒されているようだね。これは手遅れにならないように、早急に手を打たなくてはならないな。──いいだろう。だったら僕が自ら証明してやるよ。多世界解釈量子論に基づくSF小説的超常現象の理想的実現なんて、ただの机上の空論であることを。完全に決定論に呪縛されているSFマニアの少年少女たちにいくら量子論的異能を与えたところで、無駄でしかないことをね。まさしく国連情報研究所が誇る『クラス9』にして第十三の使徒『ラプラスの悪魔』である、この僕の全知全能の力によってね」
──!
「……ラプラスの悪魔って。運君、やはりあのメールを、生徒たちに送信しているのは」
「さあ、何のことだい? ──それにしても、面妖なことだよね。量子論的異能を有する生徒ばかりを集めたこの学園において、まさにその量子論によって淘汰されたはずの古典物理学の申し子たる『ラプラスの悪魔』を騙った、唯一絶対の未来予測を謳う謎の『絶対予言』のメールなんかが横行したりして、しかも本当に何から何までドンピシャと言い当ててしまうなんて。そのせいで生徒たちは皆疑心暗鬼に陥ってしまって、水面下では熾烈なるサイキックバトルすらも勃発しているそうじゃないか。やれやれ。誰の仕業かは知らないけど、人騒がせにもほどがあるよ。ねえ、響君?」
そう言うやまさしく天使そのままの無邪気な微笑みを向けてくる少年の姿に、完全に言葉を失う、学園唯一の無能力の傍観者。
まさにその時響き渡る、ホイッスルの鋭い音色。
「どうやらもう、ダンスの時間は終わりのようだね。残念だけど、しかたない。また機会があったら、一緒に踊ろうよ」
そんなことを言いながら、心底名残惜しそうに手を放し踵を返す、自称悪魔の少年。
……思わせぶりなことを散々言っておきながら、言いっぱなしで自分だけ御退場かよ? そんなところまで、オリジナルの真似をしなくてもいいじゃないか?
それにもう二度と、男同士でのダンスなんて、するつもりはないけどね。
そのようなことをあれこれと、エセ天使少年の華奢な背中に向かって、密かに胸中で毒づいていた僕ではあったが、
まさか近い将来予想だにできなかった絶望的な状況のただ中で、再び彼の踊る姿を目の当たりにすることになるとは、思いも寄らなかったのである。
『──って、本当に「エヴァ」そのまんまじゃん⁉』
『てこ入れとはいえ、露骨過ぎwww』
『いやいや。実はこっそりと隠し味的に、「別の作品」の影もちらついていると思うけど』
『別の作品て?』
『それに関しては、のちほどのお楽しみということで』
『おいおい、引っ張るなあw』
『それにしても運君(笑)の話にも出ていたけど、現在学園を騒がせている「ラプラスの悪魔」とやらの絶対予言メールのほうは、本当にすごいものだよな』
『何せ、メールで予告されたことが、すべて実現されてしまうんだからな』
『生徒たちのほうも、さぞや戦々恐々の心境だろうよ』
『つうか、すでに疑心暗鬼のあまりに水面下とはいえ、実際にサイキックバトルが勃発しているようだし』
『これまた、凄まじいものがあるよな』
『何せ攻め手も受け手も、全員何らかの異能持ちなんだからな』
『精神攻撃型の異能者が悪夢を見せて相手を発狂させ自殺に追い込もうとすれば、そこにすかさず人格入れ替えの異能者が人格をシャッフルさせて邪魔をするし』
『そうかと思えば、「人の『本質』というものはあくまでも肉体側にあるから、たとえ人格を入れ替えられていようが、肉体そのものを害せば殺すことができる」というラプラスの悪魔のメールの指示に従って、見事ターゲットの殺人をまっとうしたりして』
『一貫して事件の解決とラプラスの悪魔の正体を暴くことに全力を尽くしていた「名探偵」の能力者の生徒に対しては、実は量子論に基づけば「唯一の真相や真犯人」なぞあり得ず、たとえミステリィ小説的世界においても無限の真相や無限の真犯人となり得る可能性があることに気づかせて、いまだに時代錯誤な決定論なぞに呪縛されている本格ミステリィ的名探偵としてのアイデンティティを崩壊させて、自殺に追い込むなんて離れ業も見せられたし』
『その他にも、透明人間や時間停止能力者や不死者やテレポーターや陰陽師や霊媒師や自称宇宙人等々と、チート級の異能者たちも参戦してきたものの、結局彼らは「Lの悪魔」によって一時的に異能を与えられている単なるSFマニアに過ぎず、肉体を普通に攻撃すれば倒すことができるという、これまたラプラスの悪魔のメールの指示にお互いに従うことによって、ただの殺し合いを展開していって結局共倒れしてしまったんだよな』
『阿呆か、こいつら』
『阿呆だ』
『阿呆だ』
『阿呆だ』
『とにかく尋常ならないのが、ラプラスの悪魔自身だよな』
『何せ事前に誰と誰が争うことになるのか、完璧に予測するわ』
『しかもそのどちらが勝利するかすらも、あっさりと言い当てるわ』
『事態が混迷した場合も、すぐさま的確な指示をメールで送って、一気にケリをつけさせるわだしな』
『いやいや。何で決定論の申し子であるはずのラプラスの悪魔が、この量子論が支配している無限の可能性を秘めた現実世界において、これほどまでに全知全能の力を振るうことができるんだ?』
『本当にあの、庵野運とかいう転校生の仕業なのかねえ』
『それほどまでに彼の脳内に埋め込まれている、「量子YO!」とやらがすごいってことなのか?』
『案外「国連情報研究所」が裏から手を回して、いろいろとおぜん立てをしているかも知れないぞ?』
『まあ、その辺のところについては、我らが「ラプラスの悪魔たち」が誇る、恒例の蘊蓄解説コーナーにおける鮮やかなる謎解きのほどを、期待するしかないだろうな』




