本文その2
「──それではまたしても書き込みコーナーの期待に応えて、早速開催いたしましょう! 『何で量子論が支配する学園で古典物理学の申し子たるラプラスの悪魔が、決定論的全知全能の力を振るうことができるの?』解明蘊蓄コーナー!」
つい最近見た覚えがある広々としたカラオケボックス内にて響き渡っていく、サイバーゴスロリルックの超絶美少女の煽り文句。
まさしく毎度恒例の夢魔少女による、夢の世界の中での蘊蓄コーナーの始まりであった。
「夢の中の法廷とは、これはこれでなかなか面白い趣向だと思うけど、何で僕がこの場に招かれているのかい? 僕は現下の学園を揺るがしている、生徒の皆さんによるサイキックバトルには、加害者としても被害者としてもまったく関わっていないんだけど?」
テーブル類をすべて撤去された室内のど真ん中のまるで『被告席』であるかのような場所にて、周囲を学園指折りの異能力を誇る数十名の生徒たちに取り囲まれているというのに、微塵もひるまず涼しげな表情をしている、庵野運少年。
その余裕綽々な様を目の当たりにしながらも、むしろ同様に不敵な微笑みを浮かべるばかりの、夢魔少女。
「それはあなたが、すべての黒幕だからに決まっているでしょう? 響お兄様のことを虎視眈々と狙っている、『ホモ男』さん?」
「根拠のない言いがかりは、よしてくれないか? 『ヤンデレストーカー妹』さん」
バチバチと視線を衝突させる、埒外な存在の者同士。
……もしかしてこいつら、僕を巡って争っているの? 非常に迷惑なんですけど。
「それにしてもお笑い草だね。脳内に『量子YO!』を埋め込んでいるという、まさしく量子論の申し子とも言うべき生体型の量子コンピュータであるこの僕を、決定論的絶対予言のラプラスの悪魔呼ばわりするとはねえ」
「おとぼけになられては困りますわ。むしろ量子コンピュータそのものの無限の未来のシミュレーション能力を持っているからこそ、ラプラスの悪魔そのままの決定論的絶対予言を実現することができるのではないですか?」
「……ほう?」
何だ、歌音のやつ。何をわけのわからないことを言い出しているんだ?
「そもそもが『ラプラスの悪魔』とは、古典物理学で言うところの『たった一度だけでもこの世界に存在するすべての物体を構成する原子の位置と運動量を把握できれば、後は古典物理学に則って計算を施すだけでそれから先の未来の状況をすべて予測することをなし得るのだから、すべての原子の位置と運動量を把握できしかもそれを一瞬にして計算処理することのできる全知全能の超人間的存在さえ存在していたら、理論上完璧なる未来予測が実現可能になる』という説に基づき、古典物理学を代表する数学者であったピエール=シモン=ラプラスによって生み出されたあくまでも概念上の存在なのですが、量子論に代表される現代物理学においてこれと同じことを行おうとすると、量子がとり得る無限の形態と位置情報の可能性をすべて計算し、それに基づいて同じく断じてたった一つなんかではない未来の無限の可能性を余すところなくすべて一瞬にして算出できるという、まさしく『量子論版ラプラスの悪魔』とでも呼び得る存在が必要となり、実はまさにこれこそが量子論における究極の目標的存在である、量子コンピュータそのものとも言えるのです。そして何よりも『未来の無限の可能性をすべて予測できる』ということはつまり、自分の望む未来となる筋道をすべて知り得るということであり、万事がそのルートに沿って進んでいくように誘導すれば、本来はけして前もって決定することのできないはずの未来を自分の思い通りに創り上げられるということなのですよ。例えば運さん、あなただったら、御自慢の『量子YO!』とやらによって得ることのできた、まさに生きた量子コンピュータとも言うべきあらゆる無限の可能性の算出能力を、未来予測だけでなく未来操作としても使ばいいのです。そう。一言で言えば、『唯一絶対の未来予測なぞできないけれど、未来を操作することで己の望む結果を手に入れることならできる』というわけなのですよ」
──‼
「まあ、むろんこれも全知全能なればこそのなせる業でありまして、ある意味攻略本を見ながらギャルゲ等の選択肢分岐型のゲームをするようなものなのです。もちろん世界としての構成要素がすべて極力シンプル化されたゲームとは違って、この現実世界においては目標とする未来を実現するまでの分岐点も選択肢も膨大なものとなり、すべての事象を自分の思いのままに進行させることなんて事実上不可能でしょう。しかしこのL学園のように、限定された舞台の中で属性が特定された人間ばかりが集められていて最初から『異能バトル』などといったわかりやすいストーリー背景の下で行動しているといった、まるで誰かに仕組まれたSF小説やライトノベルそのものの『箱庭』的シチュエーションにおいては、まさにゲームそのままにシミュレーションプレイ的に生徒たちを誘導していくことも十分可能だったのです。しかもそこには巧妙かつ悪意に満ちた手法すらも併用されていたのであって、何せ本来は唯一絶対の読心や未来予測なぞできないのであり、ある生徒に対してその人が心に思っていることをメールに記して送信したところで、それがまったくの見当違いだった場合ラプラスの悪魔の名前は地に落ちてしまい、それ以降の悪巧みは継続することができなくなってしまうことでしょう。しかしある生徒に対して、非常に関係の深い他の生徒の心のうちを暴いたメールを送るとしたらどうでしょうか? 何とこの場合は確実に人の心を読める必要はなくなるのです。何せ受信者自身には、メールに記された内容の真偽を判別することなどできないのですからね。そこで例えば生徒Aさんにとって普段からあまり仲の良くない相手である生徒Bさんに関する情報として、『生徒Bは君のことを非常に目障りに思っていて、近々異能を使って実力行使に出る予定だ』といったメールに送り、しかも同時に生徒Bさんに対しては、『生徒Aは君が自分のことを目障りに思っていることを知っていて、先手を打って攻撃するつもりだ』といったメールを送ることによって、双方を同時に疑心暗鬼に陥れて、本来は未来の無限の可能性の一例に過ぎなかったものを、情報を巧みに操作することによって『事実』にしてしまい、AさんとBさんを実際に争わせるといったことも十分に可能なのです。こうしてあなたは学園中の生徒たちを何かと理由を付けて相争わせていき、しかも人格の入れ替わり事件の際のように、標的と他の生徒との人格が入れ替わってしまって精神攻撃ができなくなってしまい手をこまねくばかりとなった加害者側の異能者等に対しては、『人の「本質」というものはあくまでも肉体側にあるのだから、たとえ人格が入れ替わっていようと普通に肉体を害することで標的を殺すことができるのだ』というアドバイスを、ラプラスの悪魔名義のメールで送信することによって見事殺人を成就させたりして、常に事態の推移の円滑化を万全に図っておられていたのでございましょう」
何だってえ? それじゃすべては、運君の手のひらの上だったということじゃないか⁉
しかしそんな夢魔少女お得意の長口上による『すべての謎解き』コーナーに対する、当の被告人の反応は、非常に淡泊なものであった。
「いやいや。御高説は確かに痛み入ったけど、残念ながら一番重要なことについては、まったく解き明かしていないじゃないか?」
「一番重要なことって?」
「当然、僕がすべてを仕組んだ黒幕であるという、確たる証拠さ」
あ。そ、そういえば。
「それはもちろん、現に動機があって、しかもそれを成し遂げる能力を持っているのは、L学園広しといえども、あなたただ一人だけだからよ。一般の生徒さんたちには学園全体を騒がせる理由なぞなくそもそも自分以外のすべての者を操作するような強大な異能を持った人なんていないし、言うまでもなく響お兄様は無能だし、真の全知全能の力を誇る多世界の住人たる私自身にしたって、この学園における多世界解釈量子論の導入実験推進派だし、後に残るは学長一派と何かと折り合いの悪い国連情報研究所から密かに送り込まれてきた、『量子YO!』を脳内に埋め込むことで人為的全知全能を誇る、あなたくらいのものでしょうが? ──それとも、現在この学園へと進攻中の、国連軍の皆様の証言が必要かしら?」
なっ⁉
「……ふうん、気がついていたのかい? さすがは夢魔にして多世界の住人だね。だったらこんな茶番なんか、いつまでも続けておられないんじゃないのかい?」
そんな運少年のいかにも意味深な言葉とともに、唐突に夢の世界全体に激震が走った。




