13 誰も彼もすべて
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僕は西堀さんに連絡しないまま、新しい年の最初の週を過ごした。父が自宅にいる間は極力外出した。漫画喫茶にいてもチェーン居酒屋にいても、あらゆる店員や客が憎たらしかった。父が赴任先へ戻ると、母の非難はますます強まった。SNSを時折開くが、何かを書く気にはなれなかった。寄木はバイトが忙しい旨の記事を書いていた。西堀さんがコメントをしていた。寄木が忙しい事にも、西堀さんがコメントをした事にも気分を害した。僕のアカウントには、また平内さんが閲覧した履歴が残っていた。この間会った時に前蹴りを入れそびれたので、復習しているのかもしれない。いっそ彼女が閲覧できないようブロックしようかとも思ったけれど、その勇気が僕にはなかった。バイト情報誌は十一月の表紙のものが部屋の隅で埃を被っている。夕方に目が覚めるとひどく冷えた。真夜中には当然出歩けないので、僕はますます人目が億劫になり、体も肉も緩くなっていった。どうにでもなれという投げやりの気分のまま、起きて食べてネットを見て眠る生活が続いた。
気が付くと僕はシャワーを浴びる時、また叫び声をあげていた。母にうるさい、とたしなめられて初めて、自分が声を上げている事が分かった。社会人の時のように叫び声をあげていたという事実を認めると、今度はシャワーを出しっぱなしにしたまま一時間ほど動けなくなっていた。母がまた僕を怒鳴った。まだシャワー出してるの?いつまでそこにいるの、と。いつまでいるか分からねぇよ、と怒鳴り返したら、母は何も言わなかった。僕は我に返ってシャワーを止めた。
西堀さんからの連絡は一向に来なかった。あんなに熱心だった共同生活への計画はどうなってしまったのだろう。平内さんは社内でクーデターを起こすとか何とか言っていた(クーデター?下らない表現だ)。平内さんが共同生活に参加しないのは明らかだ。とすると、西堀さんが僕に連絡してこないのは、もう利用価値がないからかもしれない。あの十一月の寒い日、鼻を赤くして白いマフラーを巻いた西堀さんの姿を、僕は脳裏に浮かべる事が出来る。僕は西堀さんもまた、憎しみ始めている。
一月の下旬、寄木からの連絡があった。西堀さんが辛そうだから、一度四人で集まって発散させてあげないか、との事だった。寄木は僕と平内さんの三人のチャットルームを開いて、誘いのメッセージを送ってきた。寄木がどこでそんな情報を得たのか分からなかった。西堀さんが寄木にSOSするとは考えにくかったが、もしかすると西堀さんがSNSに何かを書いているのかもしれない。僕は西堀さんのアカウントに履歴を残すのが嫌で閲覧していなかった。
平内さんは真っ先にその日の都合が良くないと返事をした。それで僕はその日なら大丈夫、と反射的に返事をした。返事をした後で、実際には会いたくもないし話したくもないのに、とひどく後悔した。いいさ、どうせ男二人だと西堀さんは会いたがらないだろうと僕はタカをくくった。予想に反して、西堀さんは僕たち二人を映画に誘った。飲みたい気分じゃないけれど、映画に付き合ってくれるなら、と。利用できるなら会うんだな、と僕は思わずにいられない。
僕ら三人はターミナル駅の時計台に集合し、午前中に映画を見た。映画は「レ・ミゼラブル」だった。最初はなんの映画か分からなかったが、罪人である主人公が教会で盗みを働き捕まった際、被害者の神父が「なぜ銀の燭台も持っていかなかったのか」と主人公を庇ったシーンで、ああ、昔道徳の教科書に載ってたな、と思い出した。西堀さんは中盤辺りから何度もとめどなく涙があふれてきている様で、しきりにハンカチで目元をぬぐっていた。喉が乾かないのかなと心配になるくらい泣いていた。
見終わった後、昼食の為にチェーン店のカフェに入った。西堀さんは泣き疲れて放心状態になったのか、心の揺らぎの中に自分を浸していたいのか、茫然として向かいの席に座っていた。思い出したようにトーストを齧る西堀さんの前で、僕と寄木はわしわしとホットドッグとポテトのセットや大盛りのパスタやらを食べた。時折映画の内容を寄木がぽつりと話し、僕が気のない相槌をした。西堀さんは全く話さなかった。僕も寄木の新しいバイトの話を聞きたくなかった。自分がみじめになるのは目に見えていたから。
「もういいわ」西堀さんはトーストを半分残して皿を押しやった。二人とも食べ終えて食後にコーヒーを飲んでいたところだった。
「ふたりは、この後お暇かしら。良ければ、案内したいところがあるんだけど」
西堀さんにしては押しの弱い誘い方だった。自信がないと言うよりは、来ても来なくてもいいという投げやりなトーンだった。




