侍女、いーたいほーだい
「私への忠誠心を見せて欲しいの」
その表情は、とてもいつものおっとりタイプの姫さまとは思えない。
こんな感情をお持ちだったのかと、よく見れてなかった自分が少し悔しい。
ここにいる者皆、声を出さない。私の反応を、じっと待っているように思われる。
さて、どうしたものか。
下手な答えは言えない。ありのまま答えたら私の首が危ない。
だからといって、「忠誠心」たるもの適当に済ませるわけにはいかない。
うーーーん。
私はしばらく考えて、意を決した。
「それは、無理です」
その場の空気が一瞬にして変わる。今まで置物のようだった衛兵もこちらを見た気配が感じ取られた。仕える相手である王族相手に堂々と「忠誠心は見せられない」って、謀反の虞ありありなのでは?謀反といえば極刑。死罪か、よくて流刑か無期懲役。私、何もこんな事に命かけなくてもよかったんじゃない?今思えば、私だけでなく、私の家族にも罰が下されるのではなかろうか。すみません。姉上、兄上、妹、弟、母上、父上。その他諸々親族様。マリアは自分のことしか頭にありませんでした。やっぱり姫さまの「頭がいい」は買いかぶりね。など、たいしたことはあまり思ってなかったが、その後を続けない私に、姫さまの口が開いた。
「それは、どういうつもりなの?マリア!」
「理由は、あとでご説明いたします。姫さまはお疲れの模様、今日はお休みくださいませ」
「ふざけないで!今言えないような理由なの?私への忠誠は、ないのね?」
「………………………………、今の、ところは」
姫さまの顔が一瞬にして不動明王のごとく赤くなり、体がわなわなと震えておられる。ああ、そんな感情もお持ちで。
「やっぱり、だからお父様にあんな事言ったのね!」
「いえ、それとこれとは別問題でございます。私は姫さまでしたら、その方が適切と思いましたので、」
「何が違うっていうの!」
「セーラ、ちょっと黙りなさい」
王としての威厳を感じさせるような、そんな静かで深い声が、感情を荒立てたセーラ姫を少し落ち着かせた。怒られることなどほとんどなかったセーラ姫は、今は国王陛下の威厳に圧倒されている。
「確かに、私はセーラに限らず、娘すべてに婿についての意見を侍女に聞いている。それは、私よりも近い存在で、よく知っていると思われるからだ」
ああ、そうでしたか。だから私にお聞きになったのですね。それなのに、私は姫さまのことを理解できておりませんでした。
「申し訳ございません。私の間違いでございました。あの時の言葉はお忘れくださいませ。ぜひ、セーラ姫さまにもよき婿様を」
「何を言うか。お前のその冷め切った感覚は間違っていないだろう」
ちっとも嬉しくありません。冷め切ったって人をなんだと。
「先ほどの、なぜ忠誠を抱けないのかの理由を聞かせてくれないか」
陛下の優しげな声が上からかかってくる。私の目に見える人達は、興味で目を光らし、姫さまの大声で何事かと首を出し、遠巻きに様子を見ている人達は耳をダンボにする。
すごく嫌な状況なんですけど…。
こんな中で言えるわけないじゃないですか。
「ここで、申し上げることではありません」
「かわまぬ、ここで言いなさい」
「姫さまに恥をかかせることになるかもしれません」
「ははは、それは大変だ。それに『今は』と言ったな。ということは将来的には「忠誠」を持ってくれるということだ。だが、忠誠いかんとしても、セーラのことを考えて行動してくれていることはよく伝わってくるよ。この娘には、それを教えなければならぬ。構わない、ここで言いなさい」
相変わらずの買いかぶりで。
構わない、とおっしゃるよりも、ご自分も聞きたそう…。言えって言われてるようなものじゃない。
はあーーーーー。
私は心の中で大きくため息をついた。
「…かしこまり、ました」
私はゆっくりと姫さまの方を向いた。
国王陛下に言えと言われてもやはり気が重い。
そんなこと言っていいのかしら?そう思ったが、それでも言うことにした。いい機会だし、何より王様がいいって、おっしゃったんだものと。
「姫さま、私に忠誠を見せろとおっしゃいましたが、では姫さまは私に忠誠をどうやって誓わせますか?民が王侯貴族に、貴族が王家に忠誠を誓うのは、決して無条件ではありません。この方の為になら命も捧げられる、そう思わせることが上に立つ者の条件です。姫さまは、王家の者として、その努力をされていますか?」
大勢の前で言うセリフではない。
やばい、激しい後悔が襲ってきた。でも、進言と諫言は、臣下の務めだものね。
それで自分を正当化していいのか、私。何でもかんでも言やいいってもんじゃないぞ、私。
「一生懸命勉強しているわ!」
セーラ姫の言葉が返ってきた。ちょっとホッとしたけど、つい、口に出てしまった。
「存じております。ですが、その勉強を活かされたことを私は拝見したことがございません。知識だけなら、ないのと同じ。その知識をどう活用されるかに、私は興味があるのです」
セーラ姫は、顔を真っ赤にされた。その表情からは、怒ってらっしゃるのか、恥じてらっしゃるのかどうかは分からない。
やばい、どんどん後悔が大きくなる。特にセーラ姫さまは放蕩娘でもないんだから、言わなくてもよかったんじゃない?
そう思う自分は、セーラ姫を思う自分ではなくて、それを言ったことにより、後悔している自分の保身だ。
うーーん。やっぱり姫さまのおっしゃるとおり、私には忠誠心がない。
「耳が痛いな、マリア」
陛下の呟く声が後ろから聞こえた。
決して、苦痛に満ちた、とか、馬鹿にされた、とか言う声ではない。
どちらかというと、思い当たることがあって否定できない、苦笑されている響きだ。
「申し訳ございません、陛下」
「何を謝る?そう言う臣下が居るからこそ、私達王族はこの地位にいられるのだ。その考えは父親譲りか?」
「それはどうかは分かりませんが、父は単に愚かだっただけでございましょう。完全に自分が自滅してしまえば、できることもできません」
「くっくっくっくっく。やはりお前はきついな、マリア。現実を見過ぎているよ」
そう、国王陛下は笑われると、セーラ姫に向き直った。
「さて、セーラ、今マリアの言ったことは非常に正しいことだ。この言葉にお前がどう反応するかでお前の品位が分かる。恥をかかされたと仕返しをするか、この言葉を受け入れ、変わってみるか、それはお前次第だ。セーラ」
ああ、国王陛下がこの様な方で良かった。死刑にされることはないだろう。
「ところで、セーラ。なぜ、マリアの家、エレガー侯爵家が落ちぶれたか知っているか?」
顔を真っ赤にして、下を見たまま、誰にも援護されないセーラ姫は、何も答えられない。
それを否定の意味でとった国王陛下は、説明された。
別に悪いことをしたわけじゃない。だから恥じることでもない。
でも、私は誇りは持てない。
私の家が落ちぶれたわけ。
「公共工事をな、しすぎたのだよ」
少し顔を上げ、眉間にしわを寄せられたセーラ姫も相変わらず可愛らしい。
「エレガー領のすべての子供達に学問を、街の整備を。そして、落ち込んだ産業の発展を促すために」
セーラ姫が少し口をとがらしておられるのは、何かを察しられたからだろうか。
「本来なら、国が全国区でしなければならない事業なのだが、出遅れてしまった。エレガー卿には頭が下がるばかりだ。で、増税もしないものだから、落ちぶれてしまったというわけさ。だが、おかげで領民からは絶大な信頼を得ている。領民から、上納が後を絶たないというではないか」
「お陰様で、野菜作りが下手な一家には、助かっております」
カボチャとか、お肉とかありがたいやーね。気楽に持ってきてくれるのがすごく嬉しい。父様が作った、食べられるのか怪しい野菜だって、「侯爵様が作られたってだけで拍付きです!」なんて言って、笑顔でいい野菜と交換してくれるもの。みんな本当にいい人達ばかりだわ。
「あっはっはっはっは。エレガー卿は農学はしていなかったから、さぞかし大変だろう。分かったか、セーラ。こんな立派な実例を父に持つ娘だ。忠義心を抱かせるにはそれなりのものが必要なのだ」
豪快に笑う国王陛下とは反対に、姫さまは再び下を向いてしまわれた。
偉大かどうかは今ではなく、後に分かることだから、どうでもいい。
まあ、恥じるような使い道をしたわけじゃないから良いとする。
だが、私が一から十まで父様を尊敬していると思ったら大間違い。
もうちょっと上手くやるべきだと思っている。
ようやく軌道に乗ってきたとはいうけれど、産業が活性化するまで、少しは控えるべきだったと思うわ。しなくても良いところまで工事しちゃって。
「だからな、セーラ。そんなマリアに忠誠を誓わせてみろ。お前自身、誇りを持てるし、そうしたら、マリアは絶対にお前を裏切らない。誰よりも信頼できる自慢の臣下になるぞ」
………………………………………………………………!!
なんで、そうなるんですかーーーーーーーーーーー????
私の心の叫びと共に、意地悪く私に向かっての国王陛下の笑み、そして、姫さまの顔がぱっと輝いた。
「はい、お父様」
そうおっしゃると、セーラ姫は、あの、世にも美しい顔に満面の笑みを乗せて私の方を向かれた。
「覚悟してて、絶対にあなたに忠誠を誓わせてみせるから!マリア!」
なんのお咎めもなく、玄関ホールを後にした私達は、姫さまの部屋に戻ってきた。薄ら寒い廊下から、部屋に入ると、暖炉の火で暖められた部屋はとても心地よかった。
「ああ、きもちいい」
姫さまは、そう言って腕を伸ばし、暖炉の前のテーブルに陣取った。
私は、すでに沸いていたお湯が冷めるのを防止するために、やかんごと布で巻いていたのをほどき、ほんの少し暖めなおすため、暖炉にかけた。
「湧いたら、姫さまにお茶を入れて差し上げてくれる?」
他の侍女3人にそう、声をかけ、部屋から出ていこうとする。
「待って、マリア」
そこを姫さまに止められる。私は体ごと振り返った。
「私の婿君のことは、忠誠とは別問題って言ったわね。じゃ、どういうつもりで言ったの?」
そんなに婿様にこだわっておられるとは、悪いことしたな。
「姫さまには、国王陛下にわざわざ探していただかなくていいと思ったからです。姫さまはとても美しく、聡明なお方です。求婚者は後を絶ちません。けれども、その中から、ご自分にふさわしい方をご自分でお探しになられるだけのお力があると、そう申し上げました」
「……」
私は深々と頭を下げた。
「大変勝手な発言でございましたことを、平にお詫び申し上げます。国王陛下に再度、お願い申し上げておきます」
そう、他の侍女が、自分の姫さまによりよい婿を選んでくださるようにお願いするように。
「……必要、ないわ。ありがとう」
私は顔を上げないまま、軽く礼をして、再びドアに向かう。
「どこへ行くの?」
姫さまの声が、再び追ってくる。
「お食事をお持ちします」
「そう、もしも食事にタマネギを使っているなら、これからしばらくは抜いてね。とても不作だそうだから」
私はびっくりした。姫さまはくすくすと笑われた。
「今日、街で聞いたの。マリアが、よく外へ行っているのが分かったわ。市民の声が聞こえたわ」
私は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたかもしれない。再び軽く礼をして、ドアへ向かう。取っ手をとり、ドアを半分抜けたところで、再び姫さまの声が私の行く手を阻む。
「マリア、どうして私への忠誠はないのに、人一番働くの?真っ先にお茶を入れようとするのも、食事を取りに行こうとするのも、いつもマリアね」
他の侍女3人が、ばつが悪そうに下を向いた。
今日は、言いたくない質問ばかりをされる。
でも、ちょっとだけ仕返しがしたくなった。さっきの宣戦布告のお返し。
あんなこと言われると、いくら忠誠を誓いたくなったって、すぐには誓えませんよ。私は、少し笑みに乗せて答えた。
「それが、侍女の仕事ですから」
姫さまの事なんて、ちっとも思ってませんよとばかりのセリフ。
そう言い捨てて、私は扉をゆっくりと閉めた。
ろうそくの灯だけでは物足りない暗い廊下を私はいつも通り、厨房に向かって歩き始めた。
終