第一話~黄金色の部室~
言われた部屋はここだったかな、とおそるおそる私はドアを横に引いた。ガラガラとレール音が妙に響き、思わず顔が引きつる。そうしてそっと中へ顔を向けた。
放課後の陽光差し込む黄金色の室内で、きっと先輩だろう人が本から顔を上げてこちらを見ている。背中までの艶のある髪の毛と切れ長な目が印象的な女性。部屋には彼女しかおらず、しんとした静寂しかなかった。
「あの……真壁早矢という子はいますか?」
こわごわと訊けば、その人は真っ直ぐこちらを見詰めたままゆっくりと口を開いた。
「いいえ、いないわよ」
落ち着いた綺麗な声が否定する。私は室内をチラチラと見たが、どこにも漫画を描きそうな道具が見当たらない。資料室らしく、立ち並んだガラス戸の中には様々なファイルなどがぎっしりしまわれているのが目に入った。
「あの、ここって漫画研究会の部室、ですかね?」
「いえ、違うわよ。ここは一応、文芸部」
やっぱり間違いだったんだ。冷や汗と顔が熱くなるのを両方感じつつ、私が一歩下がろうとした瞬間だった。
「貴方、一年生? 中に入ってみない?」
きっと私は別の人だったら「結構です」と言ってそのままドアを閉めていただろう。けれど不思議とその声に足が止まり、心が留まり、すぐ動けなかった。
「忙しかったり、約束があればいいんだけど。でもこうして折角だから」
不思議と一語一音が私の胸に染み込む。一瞬、友達の早矢の顔が浮かんだけどすぐに消えた。そうして少し先にいる滅多に会えないほどの美人と話せる機会があるならと、ほんの小さく会釈する。
「あの、じゃあ……お邪魔します」
中に入り、そっとドアを閉める。そうして改めて向き直れば、目の力を抜いた彼女が微笑んだ。それはまるでこの春の日差しのよう。綺麗で、柔らかい。そんな事を思っていると、彼女が本にしおりを挟んでそれを近くの机に置いてから立ち上がった。
「私は二年の如月文乃。この文芸部の部長をしているの」
「えっと、一年の清水美空です」
背の大きさは私と同じくらいだろうか、少し先輩の方が高いかな。けれど制服であるブレザーの着こなしは私よりも遥かに似合っている。それは単に一学年上だからというわけじゃない。背筋がピンとしており、気品があった。
「文芸部と言ってもね、そんな難しい事はしないわ。ただこうして読書をしてるだけ」
「読書、ですか」
するとふっと笑った先輩が近くにあった椅子を示す。座れと言う事なのだろうと察し、私はそこに腰かける。すると先輩も元いた場所に座った。二メートルもない距離だけど、どうしてだろうもっと距離を感じてしまう。
「別に静かにさえしていれば、時間潰しにいてもいいのよ。私自身、そんな風に使っているのだから」
けれど私は正直、よくわからなかった。中学校の時はパソコン部にいたけど、何かしらの目標があって年に二度ほど制作発表をしていた。基本的には自由だったが、やる事はあって部員みんなで動いていたものだ。
だからこんな、何もしないと言わんばかりの文芸部に戸惑いを覚えてしまう。
「あの、何か……発表とかあるんですか?」
「いいえ、何も無いわよ。あくまでここは静かに本を読む場所。あ、もしかして清水さんは小説とか書いたりするの?」
「いえいえ、まさか」
私が大慌てで否定するけど、先輩は一切笑わないどころか動じなかった。ただ微笑んでいるだけ。それが逆に私の心を和らげる。
「そう。まぁでも、入部してくれたら嬉しいなとは思ってるのは本当よ。部員の一人が三年生なんだけど、その人が卒業しちゃったら部活として存続できなくなるの。まぁだから、籍だけでも置いてくれると助かるのよ」
あぁ、そうか。結局私を利用するためなのか。
ほんの少しガッカリしたけど、でも逆に言えばこの美人の先輩といつでも話せると言う事なのか。男子じゃなくとも、女子だってこんなに美人の人とは話したい。髪だけじゃなく肌も綺麗だし、指も白く長い。どんな風にケアしてるのか、どんなスキンケア商品を使っているのか知りたい。
「えぇと、他の部に入っててもいいんなら大丈夫ですよ。確かうち、掛け持ちオッケーでしたよね?」
「えぇ、問題無いわよ」
それなら早矢のいる漫研にも入れる。友達としての義理も果たせる。
「なら、入部します」
すると先輩が目を細めにこりと笑った。丁度その時、雲間が変わったのか先輩の顔に黄金色の陽光が差し込む。その眩しさに困ったように目を細めた先輩の姿は文字通り神々しく、私の胸が大きく跳ねた。
漫研入っても、行かなさそうな気がするなぁ。
「ありがとう。じゃあもう、いつ来てもいつ帰ってもいいから、自由にここを使ってね」
私はいわゆる、ソッチの気は無い。いたって普通で、平凡だ。だけどどうしてか、先輩が笑う度に気になる。嬉しそうにする度、心が跳ねる。私に言葉を伝えて来る度、甘く痺れる。
けど、誰だってそう。女性だって、そう。自分より圧倒的に美人だったり可愛い子にこんな風にされれば、そうなる。だからきっと、当たり前の事なのだろう。




