40話 条件
◇ 条件 ◇
その日の午後、誠は神殿の中を歩いた。
頭を冷やすためだった。誰かが「決めよう」と言い出す前に、一人で考える時間が欲しかった。
廊下に窓があった。窓から山の景色が見えた。雲が低かった。
「田中」と声がした。
振り返ると西村朱音がいた。
神殿に着いてから、西村とは一言も話していなかった。橘とはずっと一緒にいたが、誠とは目が合っても何も言わなかった。
「久しぶりだな」と誠が言った。
「うん」と西村が言った。
沈黙があった。西村が「ガレンのこと、怒ってないから」と言った。
誠は西村を見た。
「怒っていい」と誠が言った。
「でも田中くんは「行け」って言った。みんなを先に逃がした。それは正しかったと思う」
「お前を置いていった」
「転んだのは私だ」
「捕まえたのは向こうで、置いていったのは俺だ」と誠が言った。「それは事実だ。お前が怒らないことと、俺が間違いじゃないこととは別の話だ」
西村が少し下を向いた。
「ここで何があった」と誠が聞いた。
「怖かった。最初の一ヶ月は怖かった。商人に売られて運ばれて、どこに行くかわからなかった。守護者の人たちに来たときは、もう終わりだと思った」
「でも違った」
「違った。食事をもらって、言葉を少し教えてもらって、何も強制されなかった。グラームさんが「ここにいればいい」と言ってくれた。ここで半年暮らした」
「半年」
「みんなはまだ二ヶ月くらいだよね」と西村が言った。「私の方が長くいた」
誠はその言葉を聞いた。
「帰りたいか」と誠が聞いた。
「帰りたい」と西村が言った。一切の迷いがなかった。「家に帰りたい。お母さんに会いたい」
「わかった」と誠が言った。
西村が誠を見た。「田中くんは」と聞いた。
誠は少し間を置いた。「まだ考えている」と言った。
西村が「そっか」と言った。それ以上聞かなかった。
廊下に夕方の光が入ってきた。山の冷えた空気が窓から流れてきた。
誠は計算を続けていた。帰れる十人の名前が、頭の中で浮かんでは消えた。
第3章「帰路と残留」に続きます。




