1.リリア・テレシアの誕生
その日、テレシア伯爵家は喜びにあふれていた。
テレシア伯爵家の第二子の女の子が無事に生まれた。
母であるメディナの産後も良好で、伯爵であるクラウスもようやく仕事に手が付くようになった。
彼女の兄であるカディルは生まれたばかりの赤子に興味津々の6歳児。
すやすや眠る彼女の手の近くに指をやれば、軽く握られるその感触に目を丸くしながらも妹ができたことを喜んだ。
ハンストリア王国は広大な領地を持つ。
テレシア伯爵家は、そんな王国の都の南、馬車で1日ほどのところにある穀倉地帯を持つ領地である。
王都から近いという事もあり、王国南部の物流拠点でもあるため人の往来が多い。
おかげで、テレシア伯爵家の資産は侯爵家に匹敵するとも言われている。
穀物の生産よりも、貿易による税の徴収のほうが多いため、伯爵家は大変豊かな土地である。
そんな領地に生まれたお姫様。
名をリリア・テレシアとつけられた。
この大陸の宗教である女神聖教の聖人リリアンヌからとられた名で、慈愛の聖人として有名な彼女と同じように慈愛に満ちた子になるようにと名付けられた。
母メディナに似た黒髪が生え始め、抜けるような白い肌と父親譲りの赤い瞳に愛らしい桃色の唇は家族を魅了した。
とはいえ、伯爵家のお姫様ともなれば、母メディアが直接世話をすることなど少ないと言っていい。
常に付き添うのは乳母と数名のメイドであり、両親は基本的に午前中は領地の仕事をし、午後にそれぞれの仕事をしてと忙しい。
空き時間に母だけや父だけが来るという事があるが、家族で一番一緒にいるは兄カディルであった。
そんな兄カディルが妹リリア、愛称リリーの違和感に気が付いたのは彼女が生まれて半年程度たって一人座りできるようになったころである。
「いつの間にかリリーがぬいぐるみを抱えてしゃぶっていたんです」
カディルのその言葉に乳母も追従した。
「リリアお嬢様は気が付くとクッションですとかぬいぐるみを抱えられておらることがあります。いえ、手近にあったわけではございません。
気が付くと、棚の上に飾られていたぬいぐるみやソファーにあったおクッションがお嬢様の手の中にあるのです。メイドに聞いてもだれも渡していないと言いますし、カディル様もお渡しではない様子。いったい何が起きているのやらわからないのでございます」
幸い刃物だとか、お湯が入っていたポットなど危険なものがリリアの手元にあったことはない。
だが、渡した記憶のないクッションやぬいぐるみが、いつの間にかリリアの手の中にある。
疑問に思ったクラウスはメディアにも声をかけて少し実験をすることにした。
忙しい両親ではあるが、忙しいからと子供を放置するような親ではない。
変わったことがあるならしっかり確認しよう。危ない事なら何か対策を考えなくては行けないと考えてのことだ。
「いいかいリリー、ここに並べたもので何か欲しいものはあるかい?」
「リリーちゃん、どれがいいかしら?」
父と母、さらには兄にも囲まれてご機嫌だったリリアの目の前には、彼女の気に入っているというぬいぐるみやクッションが少し離れた位置に並べてある。
手を伸ばして届く距離ではなく、もしかすると初めて這って移動できるかもという両親の期待もあっての実験だ。
「うーあぅ」
リリアが何かを伝えたくて声を上げた次の瞬間、瞬きする間もなく並べられていたクッションが消えて彼女の手の中にあった。
リリアは喜ぶ声を上げながらクッションを握り、だきつく。
「まさか、この子は魔法を使ったのか?」
クラウスの小さいつぶやきは部屋中に聞こえた。
あまりのことにクラウスとメディナは固まってしまっていた。
「この歳で魔法が使えるなんて!リリーは天才かもしれない!!」
兄、カディルだけが目を輝かせていたが、両親にはわかっていた。
この歳で魔法を使えるこどもなんていない。
魔法は必ず詠唱が必要だ。例外があるとすれば、宮廷魔導士のようにその道の専門家たちがたどり着く一つの境地として無詠唱魔法というのが存在する。
だが、この世界において無詠唱にたどり着くのは至難の業だ。
それがまだ赤子であるリリアにできている。
さらに問題なのは、ものを転送できるというかなり珍しい魔法。
少なくともこの時代の魔導士たちが使えるものではなく、伝説に残っているような魔法であることだ。
「カディル、リリーの魔法のことはリリーが魔力鑑定を受けるまで外で話すんじゃないぞ」
「わ、わかりました父上」
今から騒いでも仕方がない。
どちらにせよ7歳になればリリーは魔力鑑定を受ける。
それまでは何か奇跡でしかないとあまり表に出すべきではないとクラウスは考えた。
メイドたちにも緘口令をしき、さらに実験する。
さらに遠くに離してみたり、壁の後ろに隠してみたり。
結果的に、彼女が見えていてわかっているものでないと転送はできなさそうであるということが分かってきた。
部屋の中に凶器となるものは絶対に置くなという命令の元、リリーの部屋の内装が一度見直されるにいたったのはすぐのことであった。
もともとそのような危ないものは置かれていなかったが、花瓶など割れる可能性があるものなどは一度ほかの部屋に移されることになった。
リリアは乳母にそだてられながらすくすくと大きくなり、次第につかまり立ちができるようになったころ、クラウスとメディナは仕事の合間に過去の文献から何からひっくり返して、リリアの魔法について調べていた。
やはり、ほとんど伝説の魔法というレベルの物であることが分かってきた。
主に伝説の魔法と呼ばれるものには聖人のうち何人かが使うことができたという回復・蘇生魔法、病気などを払う浄化魔法、そして時間を操る時空魔法、そして空間を操る転移魔法というものが該当する。
回復魔法について今もごくまれに使い手が見つかり、聖人として祭り上げられることがあるが、他の属性はあまり記録に残っていなかった。
クラウスは念のため王城へ使いを立てた。
娘が希少な魔法の使い手かもしれない。
隠すことは可能だが、逆に大きな後ろ盾を得たほうがいいだろうと考えたのだった。




