288話 英雄と防衛隊の訓練風景の一コマ
シンシンと降り続ける雪が空から舞い降りて、地上は白く塗り替えられていく。活気のあった若木シティも今は冬ごもりをしている。子供たちが公園にてキャッキャッと雪だるまを作り、雪玉を投げる元気のある子供が雪合戦をしている。
アーケード街では今年も大雪になりそうだねぇとオバサン連中が買い物がてら話し合い、外ではけっこうな人数が物資調達へと出かけている。寒そうだが、耐寒クリームをつけているため霜焼けにならずに平然としており、冬の間も働かないと暮らしていけないよと労働者たちが話し合う。
そんな崩壊後では当たり前となるだろう冬の季節の中、防衛隊の訓練用体育館に兵士たちが大勢集まっていた。
体育館といっても、東京ドーム2個分はある大きさだ。そこで大勢の人間が訓練をしている。アスレチックのようなワイヤーが足首辺りに複雑に交差して張られている中を上手く走り抜けて、平均台を通り抜けて、3メートルばかりの壁を上手によじ登り体を鍛えている。
他ではマラソンをしたり、銃の訓練をする場合は専用の銃火器訓練場に向かっている。兵器群を操る人も大勢いるし、最近では戦闘ヘリが支給されたためにヘリのパイロット訓練を受けている少数の者たちもいる。
そんな中で格闘訓練を行う場所にて、固唾を飲んで大勢の兵士が目の前の二人へと視線を向けていた。
一人はロングヘアーを後ろにアップしてまとめている目には元気そうな力を感じて、口元は緊張で結ばれているが笑うと美しい美女。防衛隊でも人気であり、ダントツの強さを誇っている英雄と呼ばれている人物だ。残念なことに性癖がうにゃうにゃらしいので男が口説こうとすることはない。女兵士がお姉さまになってくださいと告白することがあるとかないとか噂のある荒須ナナ。
もう一人は天使の輪を髪の毛に作り出す艶やかな髪の毛をしているショートヘアの眠そうな目は美しい宝石のように輝いており、すっきりとした鼻梁に桜の花びらのようなピンク色の小さな唇、可愛らしさの塊のような顔立ちの子猫を思わせて思わず母性本能から頭をナデナデしたくなる小柄なる少女朝倉レキ。
両者は緊張感を漂わし、相対していた。
訓練として組み手をすることとなったのだ。とはいっても模擬槍をナナは構えており、よくよく見ると緊張しているのはナナだけであり、レキは自然に立っているのみであり、ふふっと小さく口元を笑みに変えるのみであったが。
周辺でその組み手を見ている人間で、新人がベテランの先輩に声をかける。
「あの、あんな子供が本当に強いんですか? どう見ても弱そうにしか見えませんけど?」
疑問を浮かべて、本当にあんな子供が組み手に加わっていいのだろうか、大怪我をするのではと心配している後輩へと先輩は苦笑交じりにその認識を改めるように伝える。
「レキちゃんが戦っているところはあんまり見たことが無いからなぁ。でも、彼女の戦歴は知っているだろう?」
「えぇ、知っています。でもあれって本当なんですかね? 大樹がプロパガンダのアイドルとして担ぎ出したんじゃないですか? 本当は大樹の本軍が戦闘していると思いますよ、僕は」
それを聞きとがめた他の兵士がニヤリと笑って口を挟む。
「レキ様の戦闘を見たことがないのか。俺はあるぞ………あの神々しい姿は忘れることはないだろうな」
崇拝の視線をレキへと向けての発言に、聞いた二人は閉口する。
「………北海道から組み込まれた人はそういうの多いよな。俺はその戦闘に加わっていなかったから知らないけど」
「というか、ちょっと視線が怖いですよ。どんだけ崇拝しているんですか」
レキを神とする宗教に入っていそうだと二人は呆れる。まさか目の前で生きている人間を神とする宗教ができるとはとも考える。たしか天使教であったか。お祭りサークルだという噂であったが、多少認識が違うのかもしれない。
「お、始まりそうだぞ、どんな戦いを荒須隊員を相手にできるか見せてもらおうじゃないか」
「そうですね、荒須隊員って、10人と同時に組み手をしても鼻歌交じりに勝っちゃいますからね。あのちびっこの力がわかりますよね。怪我をしないといいんですけど」
新人兵10人と戦って汗すらかかずに倒したのだ。その圧倒的な力は覚えているとその新人兵の中にいて痛い思いをした後輩は強いと聞いてもレキを心配する。
「天使様のお力の欠片が見られて、俺は光栄です………」
約一名、なんだか祈り始めたが放置をして動きのありそうな二人へと兵士たちは注視するのであった。
ナナはごくりと息を飲んで、目の前にいる小柄な可愛らしい少女へと模擬槍を向けて隙を狙っていた。
ただぼんやりと立っており、身構えてもいない。眠そうな目の中に深い光が見えるような感じがするだけだ。
だが、槍でつつけば泣いちゃうかもしれないと普通は思う中でナナは緊張で体を硬くしていた。
「隙が見えない………ただ立っているだけなのに………」
再びごくりと息を飲み、摺り足にてずりずりとレキちゃんの周りを円を描くように移動をする。レキちゃんはただ立っているだけだ。だけど、どうしても打ち込んだ瞬間に倒されるビジョンしか浮かばない。
それをレキちゃんはちらりと見たまま、なんのアクションにも移さない。見てわかるほどの余裕さを見せている。
初めて組み手をする相手だ、強いとはわかっていたけど、その視線が怖い。
いつもの無邪気な瞳ではなく冷徹な視線を感じるのだ。眠そうな目で見られているだけなのにその冷たさを感じる。
本気で組み手をしてねとお願いをしたが、レキちゃんの本当の戦闘スタイルは久しぶりに見たのかもしれない。
心臓が掴まれそうなほどの恐怖を感じてナナは槍を掴む手を強くする。
「どうしたんですか、ナナさん。周りをまわっているだけでは時間の無駄です。遠慮なくかかってきていいですよ」
鈴の鳴るような声音で、されどいつもとは違い寒々とした感触を受けてナナは攻撃を決心する。
「それじゃあ、いくからね」
ちゃんと防いでねとは言わない。確実に自分より強いのだから。
だが、槍の腕前は結構なものになっているナナだ。それなりに自信はある。崩しから入り一撃はいるか試すことにする。
「はっ!」
訓練用に作られたかなりの衝撃を吸収する柔軟でありながら、硬い素材で作られている床へと勢いよく右足を踏み込んで、身体を大きく前へと移動させて、槍の間合いからレキちゃんへと突きを撃ち込む。ヒュッと風きり音が生まれて視認が難しい速度での突きだ。
鋭く、そして正確に槍は伸びるようにレキちゃんへと向かう。その一撃は通常の人間ならば突きが放たれたことにも気づかない程の速度であったが
「なるほど、なかなか鋭い突きですね」
レキの左へと回り込み、僅かに死角となる箇所からの突きに感心しながらレキはふらりと手を掲げる。
手の平をひらひらと舞うように動かして、鉄板すら貫くかもしれないその鋭い突きへと左手をそえる。
そのまま絡めとるように手をそっと螺旋を描くようにくるりと動かして、突きの威力を利用して軌道を変える。鋭い突きはたったそれだけで軌道を変えられ、自身の突きの威力により跳ね上げられる。
だが、それで怯むナナではない。すぐに跳ね上げられた槍を強く握り、引き戻して身構えなおす。
そのまま下から掬うように槍を振り上げるナナ。
模擬槍がしなりながら、その槍を振るうたびに風切り音が響くが、レキちゃんはその振り上げを見て、半歩だけ体をずらし、今度は右手をそえられて、押しのけられる。
「くっ!」
またもや押しのけられた槍を引き戻そうとするナナだが
「槍が大振りすぎるんです。だからこんなに簡単に体勢を崩されてしまうのです」
軽く床を蹴ったレキちゃんであったが、槍の間合いが無いように体を滑り込ませて肉薄していた。
そしてナナの身体へとトンッと軽く小さな拳で撃ち込む。
軽くだ。躱しようがないほどに間合いを詰められたが、それでも軽い突きにしか見えなかった。
だが、突きを入れられた箇所から自身がバラバラになるのではと錯覚するほどの衝撃を受けて、身体が震える。
たった一撃によりナナは身体をその衝撃にて震わせて膝をついてしまう。
それを見ながら、レキちゃんが告げてくる。
「組み手は終わりですね。では次の人と」
戦闘不能と考えて、体を翻して、次の組み手の人を探そうとするレキちゃんであるが
「そ、それは少し早いよ、レキちゃん………私はまだ戦えるから」
ググッと足に力を入れて槍を支えに立ちあがる。そうして槍を握り、ニッと笑みを浮かべて戦闘ができるとアピールだ。
レキちゃんの力は知ってはいたつもりであった。だけど、今のは違う。違うのだ。
「えへへ………レキちゃん。本気と言いながら私とほとんど同じ力しか出していないでしょう?」
その問いかけに翻しかけた身体がぴくりとして、レキちゃんは感心したような声音で答える。
「………そのとおりです。私はナナさんとほぼ同等であろう力しか出していません。あとは技という感じですが、よく気づきましたね?」
「本気のレキちゃんなら、私は反応もできないもんね。その力を見たかったんだけど………まさか、技で圧倒的に上回られるとは思わなかったよ」
技、そう、きっと力は全然出していないのだ。今のはほんの僅かの筋力と恐ろしいほどの技からの攻撃であり防御だとナナは直感で感じ取った。
レキちゃんは自身の訓練も組み込んでいるらしい。きっと厳しい戦闘訓練を受けてきたのだろう。どんなことも無駄にしないようにと。
ならば私もこの組み手を無駄にするわけにはいかない。今の動きは訓練をすれば私にもできるのだ。幼い少女が手に入れた技術。その体術は圧倒的であるが、そこに力は関係ない。私にも活用できるはずなのだ。
だから、少しの無駄もしないようにと槍を強く握り、吐き気がしてフラフラとする身体をその意思で抑え込む。
「ふぅぅ~」
息を吐き、強くレキちゃんを睨みつけて身構える。
「ほらほら、まだ続けるよ、レキちゃん」
その言葉を聞いて、ふっと優しそうな笑みを浮かべるレキちゃん。
「ナナさんは凄いですね。まったくその強い意思には感動します。さっきの一撃は絶対に立ちあがることもできない一撃であったのですが」
「ふふふ。私の意思の強さを甘く見てもらったら困るよ。さぁ、続きをするよ。あ、あとであの突きのやり方とかは教えてね」
「わかりました。ではナナさんと同等の力で、そして圧倒的な技で貴女と戦うことにしましょう」
今度は身体を半身にて拳をあげて身構えるレキちゃん。
さっきまでと違い、技を見せてくれるのだろうと感じながら私は槍を再び突き入れる。
その組み手はしばらく続くのであった。
何回も倒されても立ちあがるナナであったので、結構な時間を戦うのであった。
滝のような汗を流しながら、私は訓練場の端に座り込み息を整える。ぜぇぜぇと整えようとする呼吸は抑えることができずに荒くなってしまう中で、組手の内容を思い返す。
結局私と同等の力しか出してないというレキちゃんの身体に掠らすこともできなかった。ありえない速度ではない。視認ができないスピードではない。
レキちゃんの動きは見えるし、その動きは極めて遅い感じもする。だが、その動きは緩やかでありながら、舞を舞うように美しくそして精妙であった。
こちらの攻撃は全力の一撃でも、軽い次の攻撃のための速度を重視した牽制の攻撃でもすべて受け流されて、カウンターの一撃で私は打ち倒されていた。
踏み込みにフェイントを入れて、自分でも人の力を超えているのではないかと思うほどの、それこそ残像が残るかもしれない速度での攻撃を入れていたのに、その攻撃は全て見切られていた。
全て最初の一撃で終わるので、苦笑して次からは訓練になるように手加減してもらい、ようやく組み手らしくなったぐらいなのだ。
「はぁ~。目指す頂きはまだまだ遠いんだなぁ~」
そう呟き、力無く肩を落とす。でも、不思議と口元は笑いを浮かべていた。それはもう楽しそうに浮かべちゃうのである。
「凹んでいると思ったら、随分余裕じゃないか荒須」
仙崎さんが呆れた表情でこちらへと歩み寄り声をかけてくるので、私はにこっと笑いを見せる。
「余裕じゃありませんよ。でも、レキちゃんが本気になってくれて嬉しいんです。それともっともっと私は技量をあげれると思いまして」
「はっ。戦闘狂め。強さを求めるというのか、荒須は?」
私の返答に呆れた表情の仙崎さん。どうもレキちゃんに負けて凹んでいると思ったらしい。
「別に戦闘狂じゃないですよ。失礼ですね、仙崎さん。私はレキちゃんの助けになるように強くなりたいだけです」
「あ~。さっきの荒須との組手は凄かったな。見ていても怖くなるほどの表情をお姫様がしていたが………ああいう表情もできるんだな。いつもはふざけているだけだから少し驚いたよ」
その言葉にコマンドー婆ちゃんと綽名がついているお婆さんが会いに来た時のことを思い出す。彼女らは大樹の那由多代表の独裁を防ぐために活動をしており、私にも手伝ってほしいと訪ねてきたのだ。
その時に悲しそうな表情でコマンドー婆ちゃんが告げた言葉が私の心に残っている。
「ああいう表情をする子供を作りたくない………か………」
コマンドー婆ちゃんはどうやらレキちゃんの本気の戦闘時に側にいたらしい。その時の機械みたいな無感情な表情を見て、レキちゃんの本当の姿を知ったと言っていた。そうして、子供をあのように育て上げる那由多代表を殴るつもりだと言っていた。
「結局は荒須だけにしか本気での組み手はしていないみたいだな。お姫様め」
仙崎さんが呟くように言い放つとおりに、訓練場にはレキちゃんと組み手をしようと押しかけた新兵とレキちゃんが組み手をしている。
新兵たちがレキちゃんを囲んで拳を突き出したり、蹴りを繰り出したりと一見するといじめにも見える戦いだが
「ふふふ。私の木の葉のような軽い体躯には突きは当たりませんよ? こんなふうに。とやぁっ!」
いつもの無邪気な楽しそうな表情となり、ふわりと飛翔して、新兵の突き出した拳の上に重さのないように降り立っているレキちゃん。
そのありえない体術に、慌てて新兵は蹴りを繰り出すが、ふわりとそれこそタンポポの綿毛のように蹴りに飛び乗り、他の人の頭へと移り変えて、いつの間にか持っているピコピコハンマーを掲げて、ピコンと頭に叩きつける。
気が抜けるような音と共に戦える兵士は叩かれて
「いてっ」
「ちょ、ちょっと、まっ、ぐへっ」
「女王様もっと~」
と頭を抑えてうずくまる。最後の発言者はそのまま警察へと渡すことにして、ひらりひらりと木の葉のように舞い踊るレキちゃんをみて微笑みが浮かぶ。
「なんで、そんなに嬉しそうなんだ、荒須?」
「だって、レキちゃんは私だけに本気で戦ってくれたんです。嬉しいに決まっているじゃないですか」
たしかに、機械みたいな無感情の能面のような表情を浮かべて戦闘をするレキちゃんは、見ていて心が痛むところもある。
でも、あれが本当のレキちゃんとは思えない。
無邪気に色々なことを楽しむレキちゃん。
戦闘時に機械のような無感情となり戦うレキちゃん。
どちらも本当のレキちゃんなのだ。だから、私はレキちゃんが好きなのである。初めて出会った時から、命を助けてもらった時から。
だからコマンドー婆ちゃんが言うように、戦闘時のレキちゃんは怖くてもその姿を否定したくない。それとこれからああいう表情をする子供を増やすこととは別問題であるが。
「やれやれ、本気のお姫様と対峙して嬉しいというのはお前ぐらいだろうな」
呆れたように肩をすくめて仙崎さんが言うがたしかにそうかもしれないと内心で頷く。
「さて、息も整いましたし、もう一回組み手をしてきますね。レキちゃん~。もう一回組み手をやろ~」
パンッと膝をうち、勢いよく立ち上がりレキちゃんへと声をかける。
これからももっと強くなるのだと、命を助けてくれた少女を見ながら。




