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1.ドラゴン襲来

ポンザの方言を茨城風に変更しました。

また、文章を読みやすく変更中です。  23/12/14

 夜明け前。ようやく空も白み始め、辺りが黒から薄い灰紫に染まりだした。穏やかな流れの川の上に朝靄あさもやがかかり、対岸の水草がうっすらと見えている。

 その川の西岸の少し高くなった丘の上に、粗削りの石を漆喰で積み上げた小さな砦があった。

 その砦の窓から、白っぽい綿の寝間着姿の青年が、その川を見降ろしている。歳は十八ぐらいだ。ライトブラウンの髪を首のあたりまで伸ばし、肌は白く、瞳は青い。体はそれなりに鍛えているようだ。その青年は窓から体を少し乗り出して、その川の靄の中に何かを探しているようにも見えた。

 

 彼の名はレオニード。彼は先日近くの村に立ち寄った吟遊詩人が語った物語を思い出していた。吟遊詩人の話では、羽の生えた馬ペガサスは、こういう靄のたちこめた早朝に、川や湖に水を飲みに来ることがあると言う。

 レオニードは、もしペガサスが来たら捕まえて、吟遊詩人が語っていた勇者の様にそれにまたがって空を飛んで冒険をしてみたいと思っていた。


「レオニード! 窓を閉めろ! 寒い!」

下の階から声がした。彼の父親だ。


 部屋の床板は、板と板の隙間が開いているので冷気が下の階へ降りたようだ。


 普段、彼の父や母は彼のことを「レオ」と呼ぶが、怒るときはいつも本名のレオニードと呼ぶ。

 レオニードはもう少し外を見ていたかったが、もう一度怒られる前に窓を閉めて、粗末なベッドにもぐりこんだ。

 体が温まってくると、すぐに眠気がやってきた。



 夢の中でレオニードは、暗く狭い洞窟を慎重に歩いていく。ロウソクの光で前を照らすと、突き当りに古い木の扉が現れる。その扉を開くと、中は石を積み上げた小さな部屋になっていて、その部屋の中央には、大きな岩の上に二つに折れた剣が置かれていた。

 剣の樋の部分には何か文字が彫刻されているが、見たことがない文字で、何が書いてあるかはわからない。

 

 すると、頭上から光が降り注ぎ、女性の声が聞こえてきた。

「剣をきたえるのです」


 そこでレオニードは目を覚ました。朝の陽ざしが、窓の隙間から差し込んで、彼の顔を照らしている。

 

「夢か」


 彼は目をこすりながら、ベッドから起き上がった。

 彼がその板でできた窓を開けると、朝日が差し込み、部屋が明るくなる。

 窓から外を見ると、川の上にかかっていた朝靄はすっかり消えていて、対岸の湿地や遠くの小高い山がはっきり見えていた。


 レオニードは白っぽい綿でできた上下つながりの寝間着を頭から脱ぎ、普段着に着替える。

 そして階段を降りて行くと、父と母のベッドはもう空だった。二人はとっくに起きているようだ。

 

 次に彼は、一旦外に出て裏から台所に入り、召使のバーラの目を盗んで、つるしてあった肉の塊から、持っていたナイフで少しだけ肉を切り取った。

 そのまま砦の門の近くにある二階建ての馬小屋に向かう。一階には馬が五頭いて、その二階はワラ置き場になっている。


「ポンザ、おはよう」 

レオニードは馬番のポンザに声を掛けた。


 ポンザは三十代の少し太めで、おっとりした感じだ。

 彼は数年前にふらっとやってきて、今は馬番として働いている。


「坊っちゃん。おはようございます」 

 

 レオニードは馬小屋に入ると、奥の梯子はしごを登り、木でできた扉をゆっくりと押し上げて屋根裏部屋に入った。

 すると、クックルック―、という鳴き声がする。

 ここは鳩小屋で、彼の朝の日課は、屋根裏にある鳩小屋の伝書鳩に餌をやることだった。


 すると、レオニードの肩に一羽の白いフクロウがとまってきた。

 彼は、顔を少しそのフクロウの方に向けて、声を掛ける。

「トト、おはよう。さあ、朝食を持ってきたぞ」

彼はそう言いながら、台所から持って来た肉の切れ端をトトに与えた。


「俺は鳩にエサをやらないといけないから、また後でな」


 彼がそう言うと、トトは肉片をくわえて部屋の端にある自分の巣の方に飛んで行った。

 頭のいいやつだ、とレオニードは思う。


 フクロウは、この地方ではあまり見かけないが、まったくいないわけでは無い。ときどき迷って北の方からやってきたフクロウがそこで子育てをすることもある。このトトも、親鳥がこの屋根裏に入り込み卵を産んだが、孵化した後どこかへ行ってしまって、置き去りにされていたのを彼が餌をやって育てていたのだ。


 次に彼は、部屋の隅に置かれた袋から大麦を薄汚れた木の茶碗ですくうと、檻の中にいる鳩に餌をやっていった。

 それが終わると、フクロウのトトに近づいて、首のあたりを撫でる。


「トト、もう下に行くから、じゃあな」


 彼がそう言うと、トトは羽を広げてホッホッと鳴き、彼を見送っているように見えた。



 この砦は、サマ王国の一番東にあたるモラブ地方と呼ばれる場所にある。

 この砦の役割は、川の向こう岸を見張り、もし隣国が攻めて来たら伝書鳩で王都に知らせを送ることにあった。目の前を流れるモラブ川は、この砦の近くが一番浅くなっていて、唯一橋を通ることなく馬が歩いて渡れる場所だから、隣国が攻めてくるとしたらここを通る可能性が高いのだ。


 レオニードは梯子を下り、外に出て水場で顔を洗った後、ダイニングに入る。

 テーブルにはレオニードの父と母がすでに座っていて、召使のバーラがパンと豆のスープを食卓に並べているところだった。

 両親は二人とも四十ぐらいで、父のベルナルトは体格がよく、少し頑固そうな印象だ。母のアレナは優しそうな目をしている。

 二人共、この地方に多いライトブラウンの髪に青い瞳だ。


 レオニードが座ると母のアレナが彼の方をちらっと見て言う。

「レオ、日が昇るまでは窓は閉めておいてちょうだいね。この季節はまだ寒いわ」


「でも……はい」

レオニードは、ペガサスが来ないか見ていたなんて言ったら、また違うお小言を言われるのが分かっていたので言うのをやめた。


 今度はレオニードの父、ベルナルトがレオニードの方を向いて話しかけてくる。

「そんなことより、お前。昨日、村娘と親しげにずいぶんと長く話していたそうだな」


「……」

レオニードは、この後言われることに察しがついていた。


「うちは落ちぶれて、今はサマ王国に身を寄せているが、もともとはこのあたりを治めていた国王の家柄なんだ。庶民と仲良くしすぎてはいかん。そんな時間があったら、剣の鍛錬でもしろ」


 父の言葉に、レオニードは今朝方見た夢を思い出した。

「剣と言えば、最近剣の夢を見るんです」


「剣?」

 

 レオニードは、折れた剣の夢の話を父にした。


 それを聞き終えたベルナルトが言う。

「昔言ったかもしれないが、うちには先祖伝来の聖剣があったらしい」


「聖剣? それで、それはどうなったのです?」

「私のおじいさんの代の戦争の時に、その混乱でわからなくなったそうだ」

「五十年前の?」


「そうだ。その時は我が家も、あの川の向こうまで広がる広い領土があったが、隣国との戦争で奪われた」

そういいながら、ベルナルトは椅子の背もたれに、体重を預けた。


 ここの部分は何度も聞いたな、とレオニードは思い、父が言う前に続きを言う。

「その時、前のサマ王が後ろ盾になってくれたおかげで、川のこちら側のわずかな領土だけは残ったんでしょ?」


「そういう事だ。だから剣の腕を磨いて、その時が来たら再び奪い返せ」


 そう言い終わるとベルナルトはスプーンを持ち、スープを口に運んだ。



 午前中は、剣の鍛錬の時間だ。

 レオニードは、この家に逗留とうりゅうしている旅の剣士バージルに、剣術の指南を受けている。

 バージルは三十代ぐらいで、レオニードよりも一回りぐらい身長が高く体格もいい。

 髪は黒く肩の辺りまで伸ばしていて、瞳はグレーだ。


「さあ、坊ちゃん。打ち込んで」


 バージルの言葉を受けて、レオニードは練習用の刃を潰した剣を振り降ろした。

 バージルは、すぐにそれを払ってよける。


「そこで横に振り払ったら、すぐに構え直して。そうしないと相手に打ち込む隙を与えてしまいます」

そう言いながらバージルは、素早くレオニードの横に回り込む。


 レオニードは言われた通りに、振り払いながらバージルの方を向き、剣を構え直した。

 そこにバージルが打ち込む。レオニードはそれを剣で受け止めるが、力で負けて押される。


「いいですか、体格が自分より大きい相手とは、力で勝負しても負けてしまいます。そういう時は、身の軽さを利用して戦うのです。ではもう一度」


 バージルが一度離れてから、打ち込んだ。

 そこを今度はレオニードは横によけると、すぐに剣を振り下した。

 バージルがそれをかろうじて剣で受け止める。


「いいでしょう、その調子です。・・・・・・今日はここまでにしましょう」

「ありがとうございました」


 レオニードが自分の部屋に戻り、バージルが表の水場で汗を拭いていると、そこにベルナルトがやってきた。

「どうですか? 息子は」


「そうですね、筋はいい。あとは自分に自信を持てれば、もっと強くなります」

「そうですか。それで、あなたは予定通り来週出発するのですか?」

「ええ、そろそろおいとま致します」

「残念だ。でもこの一か月間ありがとう」

「いえ」




 サマ王国の西、レオニードたちの砦から王都をはさんで反対側にあるチェスカと呼ばれるこの地方は、小高い丘に挟まれた土地で、牧畜が盛んにおこなわれていた。

 今年で十二歳になる牧童のヤンは、羊の群れを連れて今日も村が見下ろせる丘に来ている。

 遠くに見えるアルム山脈にはまだ雪が残っているが、春の訪れとともに、この辺りの雪は全て溶けて、花が咲き始めていた。風がまだ少し冷たいが、丘の北側にある針葉樹の森と、丘の中腹に突き出た岩が風を弱めてくれる。彼はその岩の風下の、日当たりがいい場所の牧草の上に横になって空を見上げた。

 青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。

 彼のまぶたは次第に重くなった。忠実で頭のいい牧羊犬ピロが羊を見張っていてくれるおかげで、彼は安心して昼寝をすることができる。


 ウー、ワンワン、ワン。

 そのピロが突然吠え出した。遠くに熊か何かを見つけたのかもしれない。

 ヤンは半分体を起こして肘をつき、ピロを探す。彼のいるところより丘の左下の方にピロがいた。


「ピロ? どうした?」


 彼が呼びかけたとき、何か大きな影が通り過ぎた。

 鳥にしては今の影は大きかった。彼は空を見上げ、そこから太陽のあたりを見渡してみたが、何もいない。

 今度はピロが、しきりに彼の後ろの上空に向かって吠えている。

 ヤンは首を回してピロが吠えている方を見ると、大きな鳥のようなものが近づいてくるのが見えた。でも、鳥でないことはすぐにわかった。頭には角が生え、赤い大きな目、黒い鱗で覆われた体に、コウモリのような翼。

 

「ど、ドラゴン!?」


 話で聞いていた姿にそっくりだ、と彼は思った。

 そのドラゴンが彼の方に向かって、降りてくる。

 彼は一気に眠気が吹っ飛び、急いで起きあがると、一目散に丘のふもとの村の方へ走り出した。羊たちも、ドラゴンから逃げるように右へ左へと走り出す。

 その羊めがけて、ドラゴンが着地した。

 彼はドラゴンが着地したときに起こした風であおられて転び、丘の下に転がっていく。そして、そのまま意識を失った。



 頬に何か生暖かいものが触れる。その後、そこは風で冷やされてひんやりとした。

 

「なんだ?」


 ヤンが目を覚ますと、ピロが彼の顔をなめていた。


「ピロ?」

ヤンは起き上がろうとするが、体の節々が痛い。

「何があったんだっけ?」 

やっとのことで上半身を少し起こして辺りを見回すと、ここは丘の中腹から少し下ったところだ。

「そうだ、ドラゴンが!」

彼は今さっきの事を思い出し、急いで起き上がろうと手をついた。

「イテ!」

手首に痛みが走る。見ると右手首が腫れていた。


 彼は痛む右手首をかばいながら、なんとか起き上がり、後ろの丘や空を見回したが、そこにはもうドラゴンはいなかった。

 夢じゃないよな? 村のみんなに知らせないと。彼はそう思い、村に降りて行こうとして羊のことを思い出す。

 

「そうだ、羊をほったらかしにすると怒られる」


 彼が丘の方を振り返って見ると、羊が丘全体に散らばっていたので、牧羊犬のピロに羊を一か所に集める合図を送った。ピロがすぐに羊を集めに走って行く。

 そして羊の数をざっと数えてみると、数が何匹か減っているようだ。

 彼はどうしようかと思ったが、ドラゴンの事をとりあえず知らせないといけないと思い、羊とピロを丘に残して村に向かって走った。



 ヤンは村の中央の広場にやってくると、そこに隣接し集会所にもなっている酒場のドアを勢い良く開けた。

「ドラゴンだ!」

彼は入り口から、中にいた大人たちに向かって叫んだ。


 そこで昼食をとっていた三、四人がヤンの方を見たが、お互い顔を見合わせて笑う。

 

「ヤン、何言ってるんだ? 夢でも見たのか?」

そのうちの一人が言ってきた。


「夢じゃないよ!」

ヤンは酒場の中に入ってきて反論した。


 酒場のおかみのアレンカが、奥からエプロンで手を拭きながら彼に近寄ってくる。

 アレンカは四十代ぐらいの少し太めで、肝っ玉母さんという雰囲気の女性だ。

 

「おや、あんたケガしてるじゃないか」

そう言うと、しゃがんでヤンの手首を触った。


「痛い!」

ヤンは思わず手を引っ込めた。


「まっておいで、今冷やしてあげるから」

「それよりドラゴンがうちの羊を……」


「ドラゴンなんて、昔の話の中でしか聞いたことがないわね」

アレンカはヤンの手をさすりながら言った。


「ははーん。わかったぞ。羊を逃してしまったんで、ドラゴンなんて嘘を」

と、一人の男性。


「本当だよ」


 ヤンがそう言った時、酒場の入口の扉が開き、農夫のボリスが酒場に駆け込んできた。

 彼は三十代後半ぐらいだ。いつもはおっとりした感じなのだが、今日はいやに急いでいるようだった。


「ドラゴンだ!」

ボリスはそう言ったが、皆の反応があまりないので、どうしたものかと戸惑っている。


 それを聞いたヤンは、ボリスとアレンカの顔を交互に見た。

 ヤンは、それ見たか、と言いたげだ。


 アレンカがため息をつく。

「なんだい? ボリスまで」

そう言ってアレンカは立ち上がった。


「畑を耕していたら、ドラゴンが向かいの丘に降りて、羊を丸呑みするのを見たんだ」


「うちの羊だよ!」

ヤンが言った。


 酒場にいた男たちが顔を見合わせる。

「本当なのか?」

「まさか」

「ボリスがこんなに焦っているんだ、本当かもしれねぇ」


「ボリス、ヤン? 本当なんだな?」

一人が聞いた。


「おれが嘘を言ったことがあるか?」

ボリスが真面目な顔で言った。


 それを聞いて、酒場にいた村人たちは話し始める。

「どうする?」

「いや、でも・・・・・・」

「だれか、王様に知らせた方がいいんじゃないか?」


「まずは、村長のベドジフさんに知らせに行ったほうがいいんじゃないかい?」

と、アレンカ。




 サマ王国の王都ブラーノにある王城の一室で、王と大臣、騎士団長がテーブルを挟んで話し合っている。

 三人とも、この地方に多い濃いブラウンの髪にグレーの瞳だ。

 サマ王は、五十代後半ぐらいで立派な髭を生やしている。騎士団長は四十代ぐらいで、よく磨かれた銀色のよろいを着ていた。

 大臣は五十代ぐらいだが、やや険しい顔立ちだ。

 

 先ほどチェスカ村の者が、大臣に報告と陳情に来ていたのだ。大臣はその内容を、サマ王と騎士団長に報告したところだった。

 

「それは本当なのか?」

騎士団長が大臣に聞いた。


「私が見たわけでは無いからな。だが、二つの村から同じような報告と陳情が来ている」


 二人で話すときは、お互い目上に接するような言葉づかいではない。位としては同格ぐらいなのだろう。

 

「しかし、ドラゴンとは信じがたい……」

騎士団長が自分の顎の辺りを触りながら。


「私も一つ目の村からの報告を聞いたときは信じられなかったが、今回チェスカの村からも報告が来た。もし本当なら、このまま何もしないわけにもな……他の村が犠牲になるかも知れないし、この王都にもやって来ないとは言い切れん」


 サマ王は上座に座って腕を組み、二人の話を聞いていた。

 

 騎士団長が上座に座っているサマ王に伺いを立てる。

「陛下、いかがいたしましょうか。騎士団を向かわせましょうか」


 騎士団長がサマ王に言ったのを聞いて、大臣がすぐに否定する。

「いや。この機に乗じて、隣国が攻め入ってくる可能性もある。それに、北の国でなにやら不穏な動きもあるそうだ」


「ではどうする?」

サマ王が聞いた。


「それでは有志を集めましょうか? そこに騎士団の何人かを出せば……」

騎士団長が提案した。


 それを聞いたサマ王がひらめいたようだ。

「賞金を懸けるか?」


「ああ、それは良いお考えです。賞金による討伐隊ならば、もしドラゴンがいなければ出費を抑えられますし、いたとして、もし退治のときに死者が出たとしても騎士の損失を防げます」

大臣はそう言って、王に微笑んだ。


「では付き添いの騎士には、討伐隊のサポートに徹するように言っておきましょう」

騎士団長はそう言って王を見た。


 サマ王は座っていた椅子から立ち上がり、窓の方へと歩いていく。そして外を見てから、二人の方に向き直った。

「では、ドラゴンを退治した者には、金貨百枚の賞金を出すことにしよう」


「はっ」

騎士団長と大臣は頭を下げて、退室した。


 その日の午後、王城のふもとにある城下町の広場に立札が掲げられ、布告がされた。

 兵士がその前で巻紙を広げ、ゆっくりと大きな声で読み上げる。

「これは我が王からの布告である。西の村にドラゴンが現れた。このドラゴン退治に対して賞金、金貨百枚が掛けられた。腕に自信のあるものは、五日後にここに集まるように」


 その日のうちに国中に早馬が送られ、同じ内容の布告が主だった町でなされた。

 だが、片田舎であるレオニードの住んでいる砦がある村には、早馬は行かなかった。



 

 その頃、レオニードと父のベルナルトは、再び旅に出る剣士のバージルを見送っていた。

 

「先生ありがとうございました」

レオニードはバージルと握手して言った。


「坊ちゃん。あなたは強くなった。自分に自信を持ってください。そして、戦いになったら知恵と身軽さを利用してください」

「わかりました」


「それでは、お世話になりました」

そう言うとバージルは馬に乗って、旅立った。



 レオニードの家に仕える馬番のポンザは、いつものように、召使のバーラに頼まれた買い物で、籠を持って近くの村に来ていた。彼は小太りだが、力はありそうだ。

 彼は、村の入口にある鍛冶屋の前で足を止める。

 

「やー、アラン元気がい?」

ポンザは、店先で仕事をしていた鍛冶屋に話しかけた。


「あーポンザか。そっちはどうだ?」

アランは、炉に空気を送るふいごを踏みながらポンザに応えた。


 ポンザはアランに返事をしようとしたが、これから行こうとしている村の中央の広場に、村人が集まっているのが目に入って、そちらが気になって聞く。

「おや? 何やってるのがな、あれは?」


「さあな。さっきフゴのやつが王都から帰って来たから、どうせ王都の話で盛り上がってるんだろ? 俺は火を入れたところだからな、ここを離れるわけにはいかん」

そう言うと、鍛冶屋のアランは自分の仕事に集中した。


 ポンザはその人だかりに歩いて行く。買い物があるので、どのみちその広場の方に行くつもりだった。

 ポンザは話をしている村人の後ろから近づき、声をかける。

「どうしたんだい? なにが面白い話でもあるのがい?」


「ああポンザ。実は王都から帰って来たフゴが言うには、西の村にドラゴンが出たそうだ」


「ドラゴンだって?」

ポンザは何の冗談かと思い、にやにやしながら聞き返した。


「ああ。それで、王様が腕に自信がある者を集めているらしいぞ。お前も行ったらどうだ?」

「王様が? じゃあ本当なのが? ……でも、おらは馬小屋で寝でるのが一番だ」

「はは、ポンザらしいや」


 物語の中で聞いたことがあるが。ドラゴンなんて本当にいるのかね? でも、王様が兵を集めるぐらいだからな、とポンザは半信半疑だった。

 フゴの話を聞いた村人たちは、しばらくその話でもちきりで、ドラゴン退治の賞金が金貨百枚であることを知り、さらに話は盛り上がっていた。


 ポンザは頼まれた買い物を済ませると、砦に帰って来た。

 そして、買ってきた食材の入った籠を召使のバーラに渡す。

「今、村で聞いだげど、西の村にドラゴンが出で、王様が人を集めでるらしいや」

と、先ほどの村で聞いた話をした。


「ふーん? それで?」

バーラは仕事をしながら、そっけなく聞いた。


「ドラゴン退治したら、金貨百枚だど」

そう言うとポンザは、バーラがあまり驚いてくれないので肩をすくめ、自分の仕事場に戻った。


 でもバーラは、たちまち砦中の者にその話を広めた。



「レオ? レオ!」

ベルナルトがレオニードを呼んでいる。


「はい!」

レオニードは少し離れた所にいたが、一度大声で返事してから、リビングで呼ぶ父のもとに速足で行った。


 リビングに入ると、部屋の中をうろうろしている父と、暖炉のそばの椅子に座っていつものように編み物をしている母アレナがいる。


「どうしました?」

レオニードが父に聞いた。


「チャンスがやってきたぞ」

「なんのですか?」

「王が兵を集めているそうだ」

「戦争ですか?」

「ドラゴン退治だ」


 あまりにも突飛なことで、レオニードは戸惑う。

「ドラゴン? ……ですか?」


「そうだ。王都に行っていた村人が、王都で布告の立札を見てきたらしい。明日、すぐに出発しろ」

「え……?」


 ドラゴンは本当にいるのだろうか。もしドラゴンがいたとしても、どうやって戦えばいいのだろう、とレオニードは思い、すぐには応えられなかった。


 そんなレオニードを見て、父のベルナルトが聞く。

「どうした?」


「ドラゴンなんて、いったいどうやって……」


 すると、横の椅子で聞いていた母のアレナが口をはさむ。

「あなた、ドラゴンって、あの火を噴くやつではないのですか?」

アレナは編み物をしていた手を止めて、心配そうに聞いた。


「ドラゴン一匹ぐらいで何を心配しておる。どうせトカゲの大きいやつだ」

「熊ならまだしも、ドラゴンなんて勝てるわけありませんわ」


「このところ戦争もなく、手柄を立てる機会もないから、こういう事でもなければな」

ベルナルトが床に目を落として言った。


「母上ご心配なく。もし歯が立たない様なら、逃げてきますから」

レオニードが母親を安心させようとした。


 それを聞いたベルナルトが声を大きくする。

「だめだ、死ぬ気で行ってこい。戦う前に逃げることを考えてどうする」


「あなた……」

アレナが手を伸ばし、ベルナルトの手にふれる。


「レオの剣は、上達した。なんとかなるさ」


 レオニードは父親に認められたことを、少しうれしく思ったようだ。

「ご期待に沿えるように頑張ります」

 

「だが、油断はするな」

「はい」

「さて、本来なら従者をつけてやりたいところだが、うちのような貧乏貴族ではそうもいかん。今この砦を守る兵士は、ぎりぎりの人数だ」


 ベルナルトがそう言うと、アレナが気が付いたようだ。

 

「あなた? 馬番のポンザなら……」

「ああそうか。ポンザがいたか。まあ、荷物持ちぐらいにはなるな」


 レオニードは翌日の朝に出発することにして、今日は荷物を整えることにした。

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