2.討伐隊
サマ王国の王都では、町の中央の広場にドラゴン退治の志願者が集まっていた。
両手剣を背中に背負った体格のいい者。弓を持つ者、斧を持った者もいた。どこかの戦場で拾ってきた色の黒ずんだ古い鎧を着た者や、軽い革の鎧を着ている者もいる。弓を持った者の中には、鎧ではなく旅用の少し厚い生地の服だけを着ている者もいた。そういった者たちが、二十人ぐらい集まっていた。
それぞれの背中には、武器の他に数日分ぐらいの食料や、寝るための毛布なども背負っている。
だが、馬を持った騎士は一人もいない。集まったのは賞金目当ての貧乏人や、これで名を上げたい身分の低い者ばかりだった。
彼らは受付の兵士の周りにあつまり、名前と出身地を名乗っている。これは死んだときに、親族からの問い合わせに答えるためだ。
中ほどで順番待ちをしていた剣を腰に差した男が、すぐ横にいた弓を肩に掛けた青年に声を掛けた。
「二十人はいるな、するってーと分け前は一人金貨五枚だな」
「それも全員が生き残ればな。しかし俺は、半分はいなくなると思うよ」
その弓を持った青年が返した。
「すると十枚か、まあまあだな」
彼らの前にいた大男がそれを聞いて、話に加わる。
「五枚も十枚も関係ねえな。賞金は、俺が全部頂く」
大男がそう言ったのを聞いて、剣士が大男につっかかる。
「なんだと!? それじゃあ、俺たちがみんな死ぬってことか!?」
「お前らみたいな弱っちい奴が、ドラゴンに勝てるわけないだろう?」
「言わせておけば!」
剣士は剣の柄に手を掛けた。大男の方も背中の大剣に手をかける。
それを見た周りの数人が、とばっちりを受けない様に少し離れ始めた。
そこに、さきほどの弓を持った青年が、見かねて仲裁に入る。
「まあまあ。それじゃあ、二人で賭けたらどうだい?」
青年がそう言うと、大男は青年の方を見て剣から手を放す。
「ん? 賭けか?」
大男は興味を抱いたようだ。
「あんたが一人残るか、あんた以外にだれか一人でも残るかだ」
弓を持った青年が、大男に賭けの内容を言った。
「ふん。いいだろう」
大男がそう言うと、剣士の方も剣から手を離す。
「わかった。お前以外に一人でも残ったら俺の勝ちだぞ」
剣士は大男にそう言うと、弓を持った青年を見てニヤッと笑った。
この大男はまぬけか、とその青年と剣士は思った。
つまり、この大男が賭けに勝つということは、掛けた相手の剣士が死ぬわけだから、賭け金は手に入らない。
もし、この剣士が残れば、賭けに負けて金を出さなければならない。
結局、この大男に賭け金は入らない。
名簿への記入が終わると、横にいた騎士が大きい声で言う。
「ドラゴンに襲われた村へは、ここから歩いて二日の距離だ。では出発するぞ!」
騎士二人が馬に乗って先導し、そのドラゴン討伐の集団はゆっくりと街道に向かった。
その様子を、城のテラスからサマ王と大臣が見ていた。
「行きましたな」
大臣が、斜め後ろからサマ王に言った。
「これで大丈夫だな?」
「おそらく」
「残る心配事は、北の国だな?」
「そちらは、北方の二つの砦に監視を強化するように言ってあります。何かあればすぐに知らせてくるでしょう」
「うむ」
レオニードが出発する朝が来た。
彼は鳩のいる屋根裏部屋に行き、左肘を出してフクロウのトトを呼んだ。
すぐにトトが飛んできて、左腕にとまる。
「これからドラゴン退治の旅に行ってくる。だからしばらくは肉を持ってこれないけど、自分で食べ物を捕ってこれるか?」
彼はそう言いながら肉の切れ端をトトにやった。
するとトトは、羽を広げて、ホッ、ホッと鳴いた。そしてレオニードが出した肉をくわえて自分の巣に持っていき、肉を食べ始める。
頭のいいトトの事だから、大丈夫だろうとレオニードは思った。
その後、レオニードはいつものように伝書鳩にもエサをやって、屋根裏部屋を出た。
レオニードが部屋で革の鎧を着ていると、母のアレナがやってきて鎧を留めるひもを結ぶのを手伝ってくれる。
近くに夫のベルナルトがいないのを見て、アレナは小さい声で言う。
「気をつけていくのですよ。もし危なそうなら逃げていらっしゃい。命があれば再び戦うこともできます」
「大丈夫ですよ、母上」
「それに噂では、北の方で何か不穏な動きもあるとか。今回は西の方に行くので、それは大丈夫でしょうけど」
「わかりました。注意して行ってきます」
レオニードはそう言うと、剣を腰に差して母とともに表に向かった。
外に出ると、父のベルナルトとともに、旅支度を済ませた馬番のポンザがレオニードの馬の手綱を持って待っている。
馬は一頭だけでポンザの馬は無い。彼は使用人なので歩きだ。
ポンザは背中に食料が入った袋と毛布を背負って、ヤリを一本持っている。レオニードの分の荷物は、もう馬に付けてあった。
「レオ、では行ってこい。手柄を立てて来いよ」
ベルナルトが声をかけた。
「はい、では行ってまいります」
レオニードが馬にまたがると、ポンザが彼の馬を引いて歩き始める。
砦の門を守る兵士が、腕を胸に当てて敬礼し、彼らを見送った。
門のところでレオニードは一度後ろを振り返り、両親の見送る姿を目に焼き付けた。
ドラゴン討伐に向かった騎士二人と二十人の討伐隊は、馬がやっとすれ違えるほどの広さの街道を通り、ドラゴンに襲われた村が見下ろせる峠にやってきた。
先頭の騎士が馬を止めて、皆がその村を見下ろす。
そこに見えるのは、針葉樹の木々が生えた小高い丘や、牧草が青々と茂る丘に囲まれた、のどかな村だった。
畑は少なく、家の数が二十軒ぐらい。人口五十人ぐらいの小さな村だ。もう夕方なので、今は家々の煙突から炊事の煙も出ている。
「あの村ですか? これと言って、被害は無いように見えますね」
騎士が、横にいた隊長の騎士に言った。
「ドラゴンは急に空からまい降りてきて、外にいた羊を狙ったようだ」
隊長がそう言うと、部下の騎士や後ろにいた二十人は、ドラゴンがいないか空を見上げる。
「よし行こう」
隊長がそう言って一行は再び歩き出し、街道を村の方に降りて行った。
村の入口まで来ると、村人が何人か出迎えに出てきた。
その中の五十代の男性が騎士に話しかけてくる。
「これは、これは、遠い所をお越し頂きありがとうございます。この村の村長のベドジフと申します」
「うむ」
隊長が返事をした。
「ではこちらへどうぞ」
村長はその一団を、村の中央広場へと案内した。
騎士たちは、出迎えた村人たちや家々の様子を見ながら村長の後についていく。
先程丘の上から見たときには村には損害が無さそうだったが、近くからもそれを確認しているようだ。
中央広場に着くと、討伐隊の二十人は思い思いに休憩した。井戸から水を飲むものもいれば、地面に寝転がる者もいる。
騎士たちは馬を馬つなぎにつなぐと、その二十人をそのまま広場に待たせ、村長に導かれて酒場に入った。
村長が騎士の二人に椅子を勧める。
「こちらへおかけください。今、酒でもお持ちします」
「その前にドラゴンを見た者を呼んできてくれ」
隊長が椅子に腰かけながら言った。
「この二人でございます」
村長が手で示したところには農夫ボリスと、牧童のヤンが立っている。
「そうか。では、見たことを話してくれ」
隊長がそう言うと、二人はドラゴンのことを話した。
「で、大きさは?」
隊長がボリスに聞いた。
「えーっと。町で見た二階建ての家ぐらいの大きさでした」
隊長は、どうせ牛を少し大きくしたぐらいだろうと、たかをくくっていたのがはずれて、少し動揺しているようだ。
「そ、そうか。それで、そのドラゴンはどこから来て、どこに行ったのか?」
「来た方向は見てませんが、帰って行ったのはシュマブ山地の方です」
「やはりそうか」
隊長がそう言ったのを聞いて、もう一人の騎士が隊長を見る。
「わかっておられたのですか?」
「襲われたもう一つの村は、そのシュマブの北東にあるのだ。あの村はほとんど全滅に近い状態らしい。それでもう食べるものが無いので、ドラゴンはこっちに来たんだろう。つまり両方の村に近いシュマブに、ねぐらがあるのではないかと思っていたのだ」
「なるほど。でもシュマブは厄介ですね、隣国との国境の近くですから」
「幸い、今回率いてきたのは兵士ではない。我々二人が国境を越えなければ問題は起こらない」
「はい」
酒場のおかみアレンカが、騎士たちの座っている間のテーブルの上に、酒の入ったカップを置いた。
隊長は隣に立っていた村長を見る。
「村長?」
「はい」
「この村で、我々が休めるところはあるか?」
「お二人にはここの宿を使っていただいて、外の方々には、何軒か家を提供いたします。その家の者には親戚の家に一時的に移ってもらいますので」
「では今日はこの村で休んで、明日の未明に出発しよう」
隊長は部下の騎士にそう言って、テーブルの上に出されていた酒を飲んだ。
レオニードとポンザは、夜にレトシフの宿場に着いた。
ここは、王都まであと一日の場所にあり、小さな宿場村だ。
「今夜はここで泊ろう」
レオニードはポンザに言った。
「へい、坊っちゃん。……いえ、旦那様」
ポンザは今回はレオニードの従者として来ているので、従来の呼び方を変えたわけだ。
彼らはその村の中央付近にある、この村に一軒しかない宿屋にやって来た。
扉を開けると、一階は酒場になっている。
「今晩、泊まりたいんだが」
レオニードはカウンターにいる亭主に話かけた。
「今晩は小さい部屋が一部屋だけ空いています。お供の方は馬小屋になりますが、よろしいでしょうか?」
亭主は相手が若かったが、騎士風なので一応低姿勢で応対した。
それを聞いたポンザは、レオニードに言う。
「おらは、馬小屋は慣れでっから、大丈夫です」
「そうか? じゃあ、ここに泊まるか」
ポンザは主人の馬から荷物を降ろし、部屋に運びこんだ。彼は自分の荷物だけは主人の部屋の片隅に置かせてもらう。
そして馬を宿の裏にある馬小屋に連れて行き、そのあと二人は宿屋の一階の酒場で夕食を済ませた。
食事が終わると、ポンザは毛布とヤリだけを持って、馬小屋に泊まりに行く。
馬小屋には、自分の主人の馬の他にもう一頭がつながれていた。ポンザはその奥のワラが積みあがっているところに行くと、ワラで自分の寝床を作り、ヤリを脇に立て、毛布にくるまって横になった。
夜中にポンザは、馬のいななきで目を覚ました。
「おい静かにさせろ」
少し離れた所で声がする。
なんだ?
ポンザは上半身を起こし、眠い目を見開いて、馬がいる方を見た。
二頭いたはずの馬が、今は一頭しかいない。残っているのは自分の主人の馬だが、今その馬に近づいて外に連れ出そうとしている人影が見えた。
ん? 旦那様か?
自分の主人なら、寝ている場合ではない。すぐに起きなければいけない。
月明りで薄暗いが、よく見ると四十代ぐらいの見たこともない男だった。
ポンザはそれが馬泥棒だと気づき、そっと寝床を起き上がると、横に立ててあったヤリを手にして静かに後ろから近づき、最後の三メートルを突進した。
その男は物音に後ろを振り返ったが、ポンザのヤリはその男の太ももに刺さる。
ギャー!
馬泥棒が声をあげて、その場に転がった。
馬が驚いて後ろ脚立ちになったのを、ポンザがなだめる。
「ドウ、ドウ」
すると、もう一人の知らない男が入り口から駆け込んできた。
「くそ、どこにいたんだ」
その男はそういうと、ポンザに剣を向けてくる。
ポンザは驚いて後ずさり、つまずいてしりもちをついた。
レオニードはあまり眠れなくて、外を散歩していた。
夜空を見上げると、月が奇麗に出ている。
すると、宿の奥から悲鳴が聞こえてきた。
レオニードはすぐに駆けていき、宿屋の裏が見渡せるところに来ると走るのをやめて、どこから声がしたのかを探した。
すると、馬小屋の中で一人が倒れ、その向こうにもう一人が剣を構えている。
その奥にはポンザがしりもちをついて、ヤリをその男に向けていた。
宿屋の亭主が、裏口から寝間着のまま出てきて、レオニードの横に来た。
レオニードは、亭主に声を出さない様に制止してから、小声で言う。
「馬泥棒みたいだ、ここで待ってて」
レオニードは剣を部屋に置いてきてしまっていた。そこで、馬小屋にそっと近づき、その横にあった藁を集める道具を手に取ると、その剣を持っている男の後ろから忍び寄った。
ポンザが相手の後ろから忍び寄るレオニードに気が付いて、そちらを見る。
それで馬泥棒もポンザの視線に気づき、後ろを確認しようと振り返ろうとしたところを、レオニードは持っていた道具の棒の部分で突いた。
「ポンザ今だ!」
ポンザはレオニードの声に、持っていたヤリで、その男の足を刺した。
「ぐぁ!」
その馬泥棒もポンザに足を刺されて、床に膝をついた。
レオニードはすぐに、その男の顔を持っていた道具で殴る。
男が倒れたところで、持っていた剣を取り上げた。
決着がついたところで、外で見ていた宿屋の亭主が馬小屋に入ってきた。そして床に転がっている男に歩み寄る。
「このやろう、こないだ盗んだのもお前たちだな?」
亭主はしゃがんで、ヤリに刺されて足を押さえている馬泥棒たちの顔を確かめた。
そして、レオニードの方に向き直る。
「ありがとうございます。おかげで犯人を捕まえることができました。先週も客の馬が盗まれて、こう何回も続いては、うちの宿屋の名前に傷がつくところでした」
「やあ、なに」
「お礼に今回の宿代はサービスします」
「それはありがでえ」
ポンザが立ち上がって言った。
その時、先にポンザにさされた馬泥棒が、レオニードたちの隙を見て、そっとびっこを引きながら逃げようとしたところを、レオニードは持っていた道具で馬泥棒の足を引っかけて転ばせた。
馬泥棒が、うめき声をあげて転がる。
「往生際が悪いやつだ」
宿屋の亭主はそう言うと、馬小屋の奥にあった縄を出してきた。
「今晩は木に縛り付けておいて、明日の朝に兵士に引き渡します」
亭主がそう言ったので、レオニードとポンザは馬泥棒たちを縛るのを手伝った。
レオニードの馬の他にもう一頭いた馬も、裏庭にいるところを連れ戻す。
それが終わるとレオニードは部屋に戻り、ポンザは再び馬小屋の奥で眠りについた。
翌朝、宿屋の一階でレオニードとポンザが長テーブルについて、夕べの話をしながら朝食を待っていると、ローブを着た老人が近づいてくる。
「やあ、ここに掛けてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
レオニードが手で隣の席を勧めた。
「わしは、オズナと申す」
「私はレオニード、彼はポンザです」
「夕べは、わしの馬を守ってくれたそうで、そのお礼が言いたくてな」
「ああ、もう一頭の馬の持ち主はあなたでしたか。それなら礼は、このポンザに言ってください」
「おまえさんが、泥棒を捕まえたのか?」
オズナは少し驚いてポンザを見た。
「旦那様が途中で助げに来てくれだおがげで」
ポンザが少し謙遜をした。
「そうか、とにかく助かった。ありがとう。これからこの先の旅を、馬無しで行くのは大変だからな。このお前さん達の朝食は私がおごらせてもらおう」
「それは、ありがとう」
レオニードは、礼を言った。
宿屋のおかみが朝食を運んできて、その老人も一緒に三人で朝食をとる。
「いつもなら、盗まれる前に気づくところなのじゃが」
食事をしながら老人がぽつりと言った。
「それはどういうことです?」
レオニードが不思議に思って聞いた。
「あ、いや、なに。少しばかり先が見えることがあるが、夕べはちと酒を飲みすぎた」
「それはすごいですね」
レオニードは、人間が未来を見ることができるのだろうかと思ったが、魔法使いの噂も聞いたことがあるので、オズナの事を改めてよく見てみる。
「それじゃあ、おらの未来もわがるのですか?」
ポンザが興味を持って聞いた。
オズナは、ポンザを少しの間見つめて目を閉じた後、すぐに再び目を開いた。
「そうじゃな……お前さんは、将来はいい服を着て、大きな館に住むことになるかもな」
それを聞いたポンザは笑顔になる。
「え? おらが?」
オズナが続ける。
「でも一つ忠告しておく。方言は直しておいた方がいいかもな。後は酒の飲みすぎもいかん」
「え? 方言?」
「方言が悪いわけでは無いが、それを見下すやつもおる。特に王都などの都会ではな。それでトラブルにならないように気をつけたほうが良い」
それを聞いて、ポンザは考え込んでしまった。
「まあ、それほど気にしなくても大丈夫じゃ」
オズナはそう付け足すとニコリとして、今度はレオニードを見る。
「それで、お前様方はどちらまで行かれるのかな?」
オズナがレオニードに尋ねた。
「私たちは王都まで行きます。あなたは?」
「わしは、コムニの託宣所じゃよ」
「コムニの託宣所?」
レオニードはその場所の事を聞くのは初めてだった。
ポンザは聞いたことがありそうだ。
「ああ、おら聞いだごどがある。なんでもフリッグ神さまのお告げきぐごどがでぎるらしい……お告げを聞くことが……できるらしいです」
ポンザが方言の部分をなんとか言い直した。
たしかフリッグ神と言うのはオーディンの妻神で、予言も得意な神様だったかな、とレオニードは思った。
オズナは、ポンザがさっそく方言を気に出したのを見て、ほほ笑んだ。
「その通りじゃ。ただし、お告げを聞くには貢物が必要じゃがな」
「貢物ですか? 神様が求めるのですか?」
レオニードは少し意外に思って聞いた。
「そうではない。お告げを取り次ぐ巫女は人間じゃからな。彼女らも生活をする必要がある」
「なるほど、そういう事ですか」
朝食を終えると、その不思議な老人とはそこで別れ、レオニードたちは出発の準備を始めた。
チェスカ地方に来ていた騎士二人とドラゴン退治の討伐隊二十人は、チェスカ村の北西にあるシュマブ山地に到着した。
針葉樹の生えた小高い山々が、そこから北に連なっている。
チェスカの村長から聞いたところによると、途中までは道があるそうだが、それもすぐに無くなり、奥には馬では入れないらしい。
歩いてこの山地を歩くのは骨が折れそうだ。隊長はあまり奥に行かないで済むことを願った。
「しょうがない、ここからは歩きだ。道から見えないところに馬を隠そう」
隊長がもう一人の騎士にそう言って、騎士二人は少し奥まったところに馬を引いていき、馬を隠した。
手綱に長めのロープを足して馬を木につなぐ。
周りには草も生えているし、こうしておけば馬もしばらくは飢えることも無いだろう、と隊長は思った。
騎士たちは、馬から野宿用の毛布と食糧を降ろして背中に担ぐと、他の二十人とともに山に入って行った。
幸い、針葉樹の木々の根元には、低い草しか生えてなかったので、歩くのにはそれほど苦労しなくて済んだ。
しばらく歩くと日も暮れてきたが、まだまだ山は奥へと続いている。
彼らは、なだらかな谷間に沢を見つけたので、今夜はその近くの少し開けた場所で、野宿することにした。
誰ともなく枯れ枝を集め、火を起こす。皆、こういう野宿は慣れているようで、手際が良かった。
持って来た鍋でスープを作り、硬いパンをちぎって夕飯を食べる。
その後は見張りを二人置き、交代で休むことにした。
弓を使う青年は夜中に起こされた。
「交代だ」
「ん? ああ」
青年は自分の見張りの番になり、弓矢を持って少し高い場所に歩いて行く。木に寄りかかれそうな場所を探して座り、弓矢を脇に置くと周りをざっと眺めた。
動くものは無い。上を見上げると月が出ている。静かな夜だった。
でも、何かがおかしい、とその青年は思った。
何がおかしいのだろう。普段猟に出て野宿をすることもあるが、何かいつもの感じとは違う。
耳を澄ませてみるが、何も聞こえない。そうだ、何も聞こえないのがおかしい。どこかで狼が鳴いてもおかしくないし、夜行性の動物もいるはずだ。
この辺りの動物は、みなドラゴンに食われてしまったのだろうか?
そういえばドラゴンは、夜目が効くのだろうか?
そんなことを考えていた。
すると上の方から、ゆっくりと、大きく羽ばたくような音がした。
彼は夜空を見上げる。今、何か大きいものが通り過ぎたようだ。目を凝らしてよく見てみる。
再び大きい影が上空を通り過ぎた。
あんな大きい鳥はいない。きっと、ドラゴンに違いない。彼はそう思い、横に置いてあった自分の弓矢をつかむと、すぐに走って皆の寝ているところに戻り、騎士の隊長を起こした。
「隊長さん、今上空をドラゴンが通過したみたいだ」
「なに? 本当か?」
「俺が気がついただけでも二回。もしかしたら上で旋回して、こちらの様子をうかがっているのかもしれない」
「おい、みんな起きろ!」
隊長がやや大きめの声で皆を起こした。
皆が眠い目をこすって、起き出してくる。
その時だ、木の枝が折れる音がしたかと思うと、すぐ近くにドラゴンが着地した。風で焚き火の火が一瞬消えかかったが、再び燃えだした。
その明かりに照らされて、ドラゴンの姿はよけいに恐ろしげ見える。
「ド、ドラゴンか!?」「でかいぞ!」「でも、金貨百枚だ!」「やるぞ!」
みな腕に自信があるだけのことはある。はじめは驚いていたが、すぐに武器を取り戦闘態勢に入った。
それを見たドラゴンは大きな口を開いて、威嚇の叫び声をあげた。
斧や剣を持つものは、すぐに切りかかる。足に切りつけたり、尻尾の方にまわる者もいた。
弓を持ったその青年は、少し離れた木によじ登って、上から弓を射ることにした。
しかしドラゴンの鱗は固く、斧や大剣も跳ねのけてしまう。弓を射っても矢は跳ね返されてしまった。
それを見た青年は、次にドラゴンが静止した瞬間、目を狙って矢を放つ。
矢がドラゴンの目に当たるかと思った瞬間に、薄いまぶたのようなものが降り、矢を防いでしまった。
これでは打つ手がない。
すると、ドラゴンは今の矢が飛んできた方に向かって火炎を吐く。
弓を射た青年は急いで木から飛び降りた。
その様子を見ていた騎士の二人は、目配せをして後ずさりを始めた。
ドラゴンは足元で切りかかっている大男を、大きな牙が生えた口でくわえると、そのまま食べてしまう。
次に他の周りにいる男たちを尾で振り払うと、男たちは跳ね飛ばされて、木や岩にぶつかり動かなくなった。
その後ドラゴンは、大男が持っていた大剣を、器用に吐き出す。
十分後ろに下がっていた隊長はドラゴンの方に目を向けながら、隣にいた部下の騎士に言う。
「俺たちは見届けるのが仕事だ、ひきあげるぞ」
そう言うと剣を納め、二人は一目散に逃げ出した。
二人の騎士は、少し離れたところまで来ると、一度ドラゴンの方を振り返る。
もう誰一人立ち向かっている者はおらず、皆は生きているのか死んでいるのかもわからなかった。
たとえまだ生きていたとしても、ドラゴンは傷つき倒れている人間を食べてしまうだろう。
でもドラゴンは、逃げた二人の騎士を追おうとはしなかった。それは、もう腹いっぱいになったのか、それとも、また新しい餌を連れてきてくれると期待していたのかもしれない。
騎士の二人は、月明りを頼りに山を降りて行った。




