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猫々専科 ~素敵な猫獣人、紹介します~  作者: 三日月氷魚
吾輩は猫獣人なんだニャン
9/19

買い物に行くんだニャン

 王都の北外れに用意された須坂の住処から街外の村へと向かう道筋をトミサブローが須坂と共に歩いていると、森の奥のほうから「びいぃぃぃ、びいぃぃ……」と悲しげな鳴き声が聞こえてきた。何の声だろうかと須坂がそれに興味を示す。


「鹿の声なんだニャン」

「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき、だったっけ?」

「今は秋じゃないんだニャン」


 その村は王都で人気の肉屋の卸元で、牛獣人たちによって運営されている。当座の金には不自由しないものの、少しでも節約したいという須坂の要望に応えるための遠出でというわけだ。


 野良獣人は街外で活動するものであり、引退したトミサブローとしては知り合いと顔を合わせるのは正直避けたいところだ。幸いにも目的地の牛獣人の村は王都の北側に位置しているので、王都からは離れた地域を主な活動域としていたトミサブローの顔見知りがいる可能性は低いだろう。


「わっ! マジで鹿がぶら下がってんじゃん!」


 そこは踏み固められた道筋から少しだけ外れた林の中に踏み入った場所だった。周囲の木々よりも幹が太めの木の枝に、まだ若い鹿が足の一本を罠に絡め取られて吊り下げられている。細い針金でできたくくり罠のようだ。


「何、これ? 食うの? 血抜きとか、解体とかするの?」


 罠に掛かった生き物を初めて目にするらしく、須坂は大いに興奮している。


「暴れちゃ駄目なんだニャン!」


 トミサブローは罠がくくりつけられている枝を目掛けて、一気に幹を駆け上った。自分の身長の倍や三倍程度、猫獣人ならば古傷があってもどうという高さではない。

 突然、飛び上がってきたトミサブローを敵と勘違いしたのか、若鹿は吊り下がったままの状態で胴体を捻り、なおいっそう激しく暴れだした。


 若鹿は相当に体力を消耗していたのだろう。木を揺らすほどに暴れたのはほんの一瞬のことで、すぐにぐったりと罠にぶら下がった状態に戻ってしまった。

 鹿の姿をとっているのは、暴れる力を最大限にしようとしたからなのか。それとも疲れ果ててしまって、本性に近い姿のほうが多少なりとも楽だからなのか。いずれにせよ鹿の体重が罠に絡まった足先にだけかかるのは辛すぎるだろう。


「人型になるんだニャン」


 トミサブローが声をかけると、鹿の目から怯えが薄れ、代わりに安堵と諦めの入り混じったような表情が浮かんだ。同時に身体がぐっと縮まり、ほっそりした手足の人間の姿へと変わる。

 大振りのナイフでトミサブローは罠の仕掛けられた枝を強引に切断する。下で待ち構えていた須坂が、落ちてきた鹿獣人の子どもを枝に巻き込まれそうになりながらも受け止めた。


「うおっと、まだ子どもじゃないか! しかも裸かよ! って怪我は大丈夫か?!」


 鹿の子どもは、髪や目は鹿らしく茶色だが、肌は意外に色白だった。罠に絡め取られた右足は濃い紫に変色し、逆さになって血が昇ったせいで顔は赤黒くなりかけている。

 鹿の姿では年齢の判別は難しかったが、人型では乳離れはしているが親離れにはまだ早いといった年頃に見える。


「これを着るんだニャン」


 服は鹿の姿でいる間に裂けてしまったのだろう、背中にボロ布のような残骸が辛うじて残っているだけだ。トミサブローは荷物を入れるために羽織っていたベストを脱いで、鹿獣人の肩に着せかけてやった。


「お前、名前は? お父さんかお母さんはいないのか?」

「リ、リグ……。びぇーん、ひぐ、ひぐ……母ちゃん……おじさん……」


 須坂が身元を質したが、鹿獣人の子どもは名前を呟くのがやっとで、あとはただ泣くばかりだった。

 傷も応急処置はしたが、この場では十分な治療は難しい。ここからいちばん近い人里である牛獣人の村まで、トミサブローが子鹿獣人を背負っていくことにした。


               ☆★☆★☆★


 牛獣人の村は木立を抜けた先にあった。

 背負っていた子どもは、村長だという老齢の牛獣人の男にすぐに任せた。来る途中に少しずつ聞き出したところ、親はなく、王都の親戚に預けられるために知り合いに連れられてきたのが逸れてしまったらしい。

 須坂は可哀想だから王都まで連れて行ってやろうと言い出したが、トミサブローは止めさせた。自分の生活基盤すら整っていない須坂に他人の面倒をみる力はないし、連れのおじさん(・・・・)とやらが近くを探している可能性も高い。何より怪我の程度が重いので、いますぐ王都まで連れて行くのには無理があった。


「怪我人を動かしたくないのはわかるが、こっちも面倒事は困るんだよねえ……」

「くくり罠からは草食系獣人の臭いがしたんだニャン。牛獣人とか羊獣人みたいだったんだニャン」

「いやあ最近、盗賊が出没するって噂があって。あれは、ほら、きっちり警備してるぞって警告なんですよ」


 預かることを渋る村長に、危険な罠を森の中とはいえ子どもでも通るような道に仕掛けたのではないかと仄めかすと、慌てて態度を変えた。盗賊避けという言葉に嘘はないようだったし、トミサブローとしても鹿獣人を預けるのが目的であり、責任追及をするつもりは毛頭なかった。


 話を済ませると村役場近くの食肉販売所へと向かう。

 食肉の取り引きを扱う担当者は、村長と比べると随分と若い牛獣人だ。もこもこした焦げ茶の縮れ毛に灰色の角が埋もれているのを須坂が面白そうに眺めている。


「肉を二人前、取り敢えず半月分欲しいんだニャン。保存用も必要だから、全部でその倍要るんだニャン」

「保存用なら、塩漬けと燻製も売ってるが、どうだい?」

「塩漬けや燻製の作り方も教えるから生肉で欲しいんだニャン」


 牛獣人とトミサブローのやり取りを興味深げに見物していた須坂が、疑問を挟んだ。


「生肉が半月分って、そんなに日持ちすんの?」

「保存の簡易魔法陣で包んでやるから持ち帰る間ぐらいは保つさ。家に帰ったら魔法陣付きの貯蔵庫に必ずしまってといてくれよ」

「へえ、そんなもんがあるのか。でも、なら何で保存用の塩漬けとか作るの?」

「人間は生肉は食べないんだニャン。外では火が使えないこともあるんだニャン」

「あーなるほど。調理しないで食べられる物も必要ってことか」


 魔法を始め、元いた世界とは色々と異なっていることが、須坂には面白くて仕方ないらしい。トミサブローは自身の名付け親からも、被召喚者は特に魔法と獣人に興味を示すと聞いてはいたが、須坂にもそれが当てはまるようだ。

 そして須坂の質問は、被召喚者の定番である食肉の生産方法関連へと及んだ。


「ここって牛小屋とか……っと失礼、えっと家畜って差別語? ええと直球で訊いちゃうと、肉ってどうやって作ってるの? そのさ、俺のいた世界じゃ、獣人ってのはいなくってさ」


 被召喚者たちの世界では、草食系の獣と人間は対等ではなく、一方的に乳を搾られたり肉を得るために殺されたりするのだという。肉食系獣人であるトミサブローには獲物を殺してその肉体を食するのは当然とも思えるが、それでも言葉を交わすこともなくずらりと並んで小屋に繋がれ、ただ殺されるのを待つ一生というのは、想像するだになんとも恐ろしく、そして悍ましい。

 ちなみに猫は食用とされることはないらしいが、生きていくためには人間に媚びて食べ物を貢がせなければならないそうだ。この歳になるまで野良猫獣人として肩肘張ってきたトミサブローには、実に生き難そうな世界だ。


「俺たち牛獣人は、生まれたときに、食用とそうでない子どもとに分けられるんだよ――ってのは冗談。お客さん、そんなに怯えた顔すんなよ。じゃなくって毎月、今月の食肉当番ってのを決めてな。そいつが食用肉にされるってわけよ」

「食肉当番……」

「うちは平和的にくじ引きで決めるんだけど、西地区の農場じゃ決闘で決めてるらしいな」

「マジかよ……?」


 調子の良い牛獣人の言葉に須坂は目を白黒させている。このままでは須坂が嘘を信じてしまいかねないと、トミサブローは慌てて口を挟んだ。


「牛獣人や豚獣人には食用肉を生み出す魔法があるんだニャン」

「あっ……魔法ね。ああ呪文を唱えると目の前に肉の塊がぽんと出てくるとか?」

「いやいや、違うよ。自分の肩とか腿とか食うと美味い部位を、こう、肉きり包丁で思い切りぶった切ってな。で、切り取ったところを魔法で治療するって――あ、嘘、嘘! 冗談だからって!!」

「もー、また冗談かよ。トミーさん、マジなところ、どんな魔法なわけ?」

「吾輩も詳しいことは知らないんだニャン。猫獣人は食べても不味いから食肉魔法は使わないんだニャん」

「そうそう。こいつは牛獣人や豚獣人、羊獣人なんかしか知らない秘伝の魔法なんだよ。人間は人肉を食うのは禁忌なんだろう? だから人間には絶対に教えちゃいけないんだよ、悪いね、お客さん。……ってほら、お待ちどおさま」


 人肉食云々という話はトミサブローも耳にしたことはあるが、それは面白半分に被召喚者をからかうための噂話に過ぎなかったはずだ。あることないこと、ぺらぺらと調子よく喋りまくる牛獣人の販売担当に、須坂はすっかり当惑しているようだった。

 これ以上、くだらない冗談で混乱させるのも申し訳なくなってきたところで、漸く、注文していた肉の大きな包みが奥から出されたのだった。


               ☆★☆★☆★


「これも一種の謎肉だよな……」


 牛獣人の村で買った肉を食べながら、須坂が釈然としない様子で呟く。

 曰く、味は「普通に牛肉」なのだが、魔法で産み出されたというのが気持ち悪いのだそうだ。そのくせ、元の世界では、獣型の牛や豚が解体されるのを見て、暫く肉を食べられなかったらしい。

 人間、というか被召喚者特有のその感覚は、猫獣人であるトミサブローには何とも理解し難い。


 嫌だの、面倒だのと時折口にしながらも、須坂の家事技術の習得は、順調に進んでいる。今晩の牛肉と芋の煮込みも、須坂が塊肉を切り、芋の皮を剥いた。簡単なことにしか手を出していないが、元々が全然できていなかっただけに、よくやっているほうだろう。


 掃除も洗濯も家政婦代わりに雇われたトミサブローよりも、須坂自身がやることのほうが多い。手際が悪いのでトミサブローが手伝ったり、後から仕上げたりすることはあるが。自分自身が家事を覚えたいという須坂の言葉に偽りはないようだ。

 だが、それだからこそ、何故、トミサブローのような一見したところ家事とは縁遠そうな猫獣人を相方に選んだのか、それが疑問だ。


「素浪人ってのが格好よかったからね」


 肉を口に運ぶ手を止めて、不意に須坂が真顔になる。

 対するトミサブローは思わず赤面した。猫獣人なので毛に覆われているから顔色は変わらないのだが。


「照れるんだニャン」

「それと、トミーさんって、うちのアパートの近くの元ボスの猫になんとなく似てるんだ。毛の模様とか、顔がおにぎりっぽいところとかさ。そいつが現役時代には周りの猫を全部蹴散らして餌を独り占めしていたのにさ、歳取ってボスの座を追われたらさ、人間に甘えて『びぇーん』なんて鳴いたり撫でさせたりするんだよ、これが。毛なんてゴワゴワで触り心地悪いのにさ、って、あっ……」


 猫獣人社会から外れて生きてきたトミサブローの場合は縄張りを追われたというわけではないのだが、それでも年齢と怪我で力が落ち、若い者に追いぬかれ、引退を余儀なくされたという点ではそのボス猫とやらと立場は似ているのかもしれない。須坂は何の気なしに口にしたのだろうが、語尾に「ニャン」をつけて必死に自らを売り込んだトミサブローに対する嫌味にも聞こえなくはない。


「……気にすることないんだニャン」


 トミサブローが笑顔を作ると、須坂は気まずそうに頭を掻きながら話題を変えた。


「俺ってさ、死亡召喚だったんだ――」


 異世界からの勇者や賢者の召喚にはいくつかの種類があるということは、名付け親からも聞いていたし、猫々専科の女社長からも面接のときに説明を聞いた。

 死亡召喚というのは、その中でも元の世界で死亡した時点での召喚のことであり、つまりは元の世界には戻れないという説明だった。


「俺、灯油の配送のバイトしていてさ。事故って死んで、配送車ごとってか灯油ごと召喚されたんだ。そうそう、こっちじゃ魔法もあるけど、電気製品もあるんだってね――」


 街の外で暮らしていたトミサブローにはあまり縁のなかった話だが、被召喚者たちが持ち込んだ技術や知識の中に電気や機械に関するものがあったそうだ。魔法の代替とはならないが、機械のほうが便利で使いやすいことも多く、それを動かすための機械がまた持ち込まれたりしているのだそうだ。


「発電機用に灯油の需要があるってことで、結構な額で引き取ってもらえてさ。車のほうも部品を取ったり仕組みを研究したりするからって、そこそこの額になったんだ。家も世話してもらえた上に、相方としてトミーさんも斡旋してもらえたし。取り敢えず最低半年くらいは、何もしないでも生きていけそうなんだけどさ」

「それは良かったんだニャン」

「灯油を買ってくれた商人は、定期召喚で灯油を持ち込めるなら一生面倒みたのに、だってさ。でも生きて戻れたとしても、大量の灯油を定期的に買う金を捻出するなんて俺には無理な話だからねえ。ま、そもそも死亡召喚だから、考えるまでもないんだけどさ」

「難しい話なんだニャン」

「とにかくさ、売った金が尽きるまでの半年か一年の間にさ、こっちでも金を稼ぐ手段を見つけないとなんないわけさ。可愛い雌猫ちゃんじゃなくてトミーさんを選んだのって、それが理由かな」

「吾輩には就職の世話なんてできないんだニャン」


 野良猫獣人として社会から外れた生き方をしていたトミサブローには、仕事の伝手などあるはずもない。そんなものがあれば他人に世話するより、まずは自分の職を得るのに使っていただろう。


「俺、あんまし賢くないし、俺が知ってる程度のことは、他の誰かがとっくに持ち込んでるからさ。そうなると腕力ってか体力で勝負するっきゃないんだよね」


 だからさ、と須坂は哀願するような目でトミサブローのことを見た。


「トミーさん、俺に冒険者ってか素浪人の技を仕込んでくれないかな?」

「……引き受けたんだニャン」


 須坂の真剣な目付きに絆され、戸惑いながらもトミサブローは彼の頼みを承諾したのだった。

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