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005:調査開始

 遺跡地帯で行方不明になった者の運命を推測するのは、容易(ようい)だ。

 遭難して異次元に呑み込まれた者が無事に帰って来たという記録は、歴史上ほとんど無い。その極めて珍しい『帰還者』の一例が、晶斗だ。


 かつて遺跡で遭難した晶斗は十年後、遭難当時の二十五歳とほぼ変わりない姿で戻ってきた。遺跡調査の仕事は恐怖の記憶を呼び起こすだろうに、晶斗は護衛戦闘士を続け、遺跡探索にも従事している。それは、護衛戦闘士である男のプライドのせいだろう、と、ユニスは思う。


シャールーン帝国の民族はシェイナーが生まれやすい。だが、実際にシェインを使うには訓練が必要だ。たとえシェインの才を持って生まれたとしても、シェイナーとはまったく縁遠い職業に就いて、生涯、遺跡に入らない者もいる。

 ユニスにとって、遺跡探索の半分は、ゲームのようなものだ。

 広大な遺跡地帯で、シェインを思う存分解き放ち、未踏破の遺跡を探し、適当な場所に出入口となる『門』を開けて入り込む。迷宮探索で日常から離れたスリルを味わいながら、稀少な貴石、鉱物、化石などを見つけて拾い、お金に替える。本格的な遺跡ハンターに比べれば小遣い稼ぎ程度だが、ユニスの年収は公務員をしている友人よりも多い。だから最近は税務署にバレないよう、慎ましやかに未登録の遺跡をこっそり荒らす程度にとどめている。

 

 玄関ロビーに立ったユニスは、透視するまでもなく、違和感を覚えた。無人なのは明白だ。だが、それ以上に、空っぽで、虚ろで――薄気味悪い。漂う空気はどんよりと重苦しく、まるで別世界を垣間見るようだった。

 シェインで透視してみたら、透明な硝子(ガラス)を覗くがごとく、建物の隅隅までが見透せる。これもおかしい。シャールーン帝国内のみならず、ルーンゴースト大陸では、建物の大小に関わり無く、どんな家屋にも必ず護りの理紋がどこかに組み込まれる。それは危険な歪みを退ける作用があり、外部から侵入するシェインの干渉をも抑制する。なのに、その作用が全く感じられない。


「ここ、変だわ。まるで、建物の護りとなる理紋が、初めから無かったみたい……」


 人間にとって自然の中に存在する『歪み』は未知の恐怖だ。

 ルーンゴースト大陸では、その歪みと共存するためにシェイナーが生まれた。

 シェイナーによって、シェインとその使用法が発達した。

 突然訪れる天災とも言える歪み、古代より自然の中に漂う魔物たちから身を守る護符たる理紋は、人間の命を護る必需品だ。


「建物も何かが変質したのでしょう。徹底的に調査しましたが、建材に組み込まれたはずの理紋がありませんでした。住人と共に消失したとしか思えません」

 プリンスは壁をチラリと見やった。壁には一度穴を開けて塞いだ跡がある。壁の奥にあるはずだった理紋の有無を確認した跡だ。

 ピッと小さな電子音が聞こえた。晶斗のセンサーだ。手の平にすっぽり収まる卵形で、小さくても歪みのほかに環境のあらゆる測定ができる。

「ユニス、シェインを使ったか?」

「透視したわ。何か引っ掛かったかしら?」

「まぎらわしいから登録しておくよ。こいつがユニスの波長、と」


 シェイナーのシェインには固有の波長がある。

 晶斗はプリンスにもシェインの波長を登録させた。これでセンサーによる監視システムをオンにしておけば、ユニスとプリンスのシェイン反応は検知する対象から省かれる。歪みにも特有の波長がある。これでユニスとプリンスのシェインは、自然現象による歪みと正確に区別できるはずだ。


「建物の中も外も異常無し。半径十キロ四方に遺跡は無く、人間の生体反応は俺達だけ――――建物の外で動物の生体反応ゼロってのが、奇妙と言えば奇妙だな。遺跡の近くでも小動物の反応くらいは出るもんだが。それでもデータだけなら、都心と変わらない安全な環境と言えなくもない。で、次はどうするんだ?」

「今夜はここで一泊です。それで何もなければ、明日は別の場所に移動します。ユニスを隠すための本物の保護施設にね」

 

 プリンスと晶斗が、前庭から機材と食糧の入った箱を運んで来た。

 ユニスは待機だ。機材の箱は一つが約二十キロある。ユニスの腕力では持ち上げられない。シェインの空間移送で運べば簡単だが、失踪事件の謎が解けるまで空間を歪める空間移送はむやみに使ってはならないと、プリンスからの御達しだ。

 五つの箱のうち、二つには二週間分の食糧と飲料水が入っている。プリンスは二週間滞在するつもりなのだ。

 ユニスは窓から外を眺めた。

 湖は淡いエメラルドグリーンの鏡となって、遠くの山を映している。

「プリンス、あの湖は、調べたの?」

 ユニスは湖の中を透視した。水中は翡翠色に濁り、小魚の影も視えない。

「一応は。死体はあがりませんでしたが」

「ここに住んでいた人達も、湖の岸辺を散歩した人くらい、いたはずよね。見に行っていい?」

 けっきょく手探りの調査だ。怪しい可能性があれば、見つける度に潰していくしかない。

「短時間なら。もうすぐ暗くなりますから、案内しましょう」


 湖の岸までは歩いて五分ほどだった。

 薄緑色の水が、焦げ茶色の土の岸辺にゆるく押し寄せる。

 土はひんやりと冷たく、湖特有の匂いがする。コケと藻と、淡水魚の生臭さ。

 ユニスは(かが)み、枯れ草の倒れた地面に(てのひら)で触れた。シェインで地中を探ってみる。湿った土の中から反射してくる答えは――――異常なし。


「この辺りには、シェイナーが読み取れる『記憶』が刻まれていないわ。水は周囲の現象を記憶するのに、この湖は、漂白したように真っ白よ」

 ユニスは土を払い、立ち上がった。

 しんとした湖のほとりで聞こえるのは、風にそよぐ木木のざわめきだけ。

 プリンスと晶斗はユニスを見守っている。

「古代の遺跡だろうと水中だろうと、すり切れて効力を失っても、近くにあった理紋の痕跡は残るはずだわ。あの建物には人間を護る強力な理紋があったはずなのに、ここの水は土地の記憶を含んでいないの。湖全域が、まるで、空で浄化された後の雨水みたい。これは異常ではなくて?」

 ユニスは思ったままを言ってみた。プリンスには周知の事実だろうが、遺跡探索を独自の方法で得意とするユニスが、この空間をどう解析するのかをプリンスは期待している。

「それも透視か?」

 晶斗の問いにはプリンスが答えた。

対象診断(サイコメトリー)、透視のバリエーションです。ユニスが水の記憶まで簡単に読み取れるとは、私も知りませんでしたよ」

 プリンスの低い声にユニスはギクッとした。秘密にしていたわけではない。あえて披露する機会も無かっただけだ。

「湖には、目に見える異常はありません。この湖は三万年前から存在する古代湖です。もっとも深い七千メートルの裂け目までシェイナーに探索させましたが、人間の痕跡はありませんでした」


「未知の遺跡や歪みがあの建物に重なっている可能性は、当然、調べたんだろうな」

 晶斗は小石を拾って、湖に投げた。ポチャンと水音がした。湖面にゆるやかな波紋が広がり消える。

「この辺りには、自然界の小さな歪みすら存在しません。遺跡地帯の近辺で、遺跡に付随する歪みが存在しないのはおかしなことですが、人間にとって危険な現象でない限り、異常ではありませんから」

 事件当時、プリンスは、元理律研究所を中心に直径百キロに及ぶ範囲を探索させた。だが、元理律研究所に影響したと思われる歪みの痕跡は見つけられなかった。

「異常に見えない異常かよ、未踏破の遺跡よりタチの悪い話だな。頼むぜ、シェイナーのお二人さん。俺には歪みは見えないんだから」

 晶斗は手にしていた小さな装置をベルトの左脇に装着した。

 そういえば、とユニスは晶斗の格好を上から下まで検分した。晶斗はここに到着した時から、遺跡内部を探索するのと同じフル装備だった。飛空艇の機内で着替えたのだろう。

「今夜、我々が泊まるあの建物には、念のため、遺跡探索時と同じ安全策は講じるつもりですよ」

「怪しいもんだ。どのレベルで?」

「レベル1です。護衛戦闘士(ガードファイター)に任せますよ」

 プリンスは答えた。晶斗は苦笑いしている。

「それはどの程度なの。プリンスは、シェインの結界を張ってくれないの?」

 シェインの護りは全部わたしがやらされるのかしら?……と、ユニスが困惑していると、

「ユニスは何もしなくていいんだ。レベル1ってのは、安全を確認された固定遺跡で、人間の侵入者を警戒するレベルだ。簡単な警報装置を仕掛けておけばいい。あとは人間の見張りをたてるんだ」

 晶斗が肩を竦めた。

 遺跡地帯で使われる警戒レベルは、1から10まで。中くらいのレベル5が、魔物が出没する未踏破の遺跡だ。レベル10となると、人間が生きられない深海や宇宙空間のレベルになるらしい。

 遺跡地帯での魔物との遭遇率がほぼ皆無のユニスにしてみたら、なんだか現実感の乏しい話に聞こえる。

「建物から消えたのが人間と特定の物だけなら、護りの理紋を越える強い力が働いたってことでしょう。理紋の影響範囲ごと、空間移送で(えぐ)り取られたということも考えられるのよ。もしもこれが自然や遺跡の歪みの仕業だったら、そこまでピンポイントにターゲットを絞ることはないはずだわ。行方不明事件の真相は人間による作為的なものかも知れないんだから、もっと警戒しないと危ないんじゃないの?」

 ユニスでも、自分を護る結界の強化や、外界への脱出口にシェインの命綱を結んでおくなど、シェインによる安全対策は二重三重に掛けている。女の子一人で行動している、という自覚は持っているのだ。

護衛(ガード)については、私と晶斗が居ますから、ご心配なく。今回の目的の一つには、ここに、本当に手掛かりは何も残されていないのか、私が自分の目で確認したいというのもありましてね。……そろそろ戻りましょうか」

 プリンスに促されて、ユニスと晶斗は坂道を戻り始めた。

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