032:乙女の指に鍵付き冷蔵庫は開けにくい
「なーんとなくだけど、ここの雰囲気って遺跡の中に似ているのよね。……特に、あの辺りが」
ユニスの指差した空間の一点を、プリンスが見据えた。
「ああ、なるほど、あれですね。開けられますか?」
プリンスでさえシェインの目を凝らさないとわからない、わずかに異質な空間だ。例えるなら、透明な二枚の硝子板を寸分の狂いも無く、ピッタリ重ね合わせた状態にも似ている。
「やってみるわ」
ユニスは肉眼では見えない壁に向き合った。通路の中央よりも少し右側、乾いた薄茶色の地面からは1,5メートルくらいの高さへ両手を突き出す。そこにあるのは、シェイナーだけが感覚として捉えられる空間の歪み。まるで透明な正方形がたくさん重なり合ったパズルのような、明らかに人工的な構造物だ。
「これは『鍵』みたいだわ。これで隠されている空間があるのよ」
ユニスはじっと目の前の空間に集中した。プリンスのような能力の高いシェイナーでさえ、すぐには見抜けなかった巧妙に重ねられた空間の錠前だ。
ユニスは空間の角度を少しずつずらした。 一枚目は上に、その下の二枚目は右横へ。さらにその下は左へ、次のは右へ――――。晶斗の目には、ユニスが手だけを動かすパントマイムをしているように映っているだろう。
ユニスは奇妙な違和感を感じた。
この特殊空間は、誰かが仕掛けたのには間違いない。だが、ユニスが集中しなければ解けないほどの巧妙精緻な空間だ。そんな空間操作ができるほどの優秀なシェイナーが、あの強盗団に協力するとはとても思えないのだが……。
ユニスは、手を止めた。
「まだ、途中だけど、どこが『開く』かわからないし、何が起こるか予測できないから、二人とも、こっちのわたしの後ろに来て。わたしの立ち位置なら、この錠前が動いても、空間の歪みには巻き込まれにくいから」
プリンスと晶斗がユニスの背後に回った。
ユニスは、止めていた手をグイと前に押した。
「これで完了。どこかの空間に変化が起こるはずよ」
ふいに、空気が変わった。
湿った土の匂いが鼻腔に充満する。
「空間が開きましたか?」
「どこだ?」
ユニスは手を下ろした。
室内を見回した。だが、室内のどこに、開いた空間の『扉』があるのかは、ユニスにも視えなかった。
「確かに鍵は開けたのよ。……本当に」
「空気が変化したのは感じましたが……」
プリンスはユニスより優れたシェイナーだ。そのプリンスにまで疑われては、ユニスの立つ瀬が無くなる。
「ぜったいに、何かは変わっているはずだわ」
と、ユニスの靴先が、地面にめり込んだ。
ユニスは地面を見た。
土の色が違う。
さっきは乾いた薄茶色だった。
今は黒に近い。
空気も土も、たっぷりと水気を含んでいる。
「ほら、やっぱり。ここはもう、完全に別の場所なんだわ」
高い天井には鍾乳石らしい棒状の長い石が何本も垂れ下がる。
「な~るほど、さっきはこんなのは無かったな。さっきの鍵が空間移動の始点だったんだ」
プリンスは後ろを振り向いた。
「出口が消えましたね。ここはまさしく遺跡です。私たちは門をくぐった時点で、迷宮に入ったのでしょう」
鍵は門への道標だ。
空間を漂う『遺跡』。その塊に人間が入れる門があれば、その中には通路の入り組む迷宮が在る。
それは異次元の空間だ。
通路は刻々と変化する。
まっすぐ歩いても直線とは限らない。
曲がり角の向こうは階層すら異なる場所かも知れない。そうして、歪みの狭間に迷い込んで彷徨う遭難者にでもなれば、二度と帰還は叶わない。
なのに、遺跡に入る人間は跡を絶たなかった。
なぜなら、遺跡の通路には、人間にとって価値ある物が見つかるからだ。
稀少な鉱物や宝石の原石、古代の化石、古代人が隠したとされている人工的な謎の遺物や文字もある。
次元と空間、そしてさまざまな謎を秘めた混沌たる場所。
それが遺跡の迷宮だ。
「部屋が一つきりの迷宮なんて、初めてだわ」
「いいや、心配はなさそうだぜ。たったいま、通路は生まれたんだ」
いつの間にか、三方の壁に、縦長の穴が九つ、横並びに開いていた。




