030:乙女は岩の巨人に邂逅する
ユニスは激しく瞬きした。
視界が平常に戻る。
目線がさらに高い位置に昇っていた。
岩の巨人の頭が足の下にある。
ユニスの『シェインの目』は岩の巨人の眼を離れ、空中高く浮いていた。
――きっと、次に起こることのせいだわ。
おそらくこれは、ユニスの生存本能からの警告。ユニスの潜在意識がシェインを発動させた。視るための媒体となった物からユニスを切り離すために。
ユニスのように視える者は、物体の持つ過去の記憶を読み取る事がある。
その際に、その記憶と同調することもあった。記憶の持ち主である媒体の経験を、まるごと対体験するのだ。それは、実際に我が身で体験した感覚に等しいリアルな体験として感じられ、物理的な衝撃があれば受けたと信じてしまう。それが致死に至るレベルだった場合、そのショックで自ら心臓を止めることも、シェイナーの間では珍しい話ではない。
プリンスが太刀を一閃させた。
岩の巨人の四肢が斬り飛ばされた。
もう一閃で、岩の胴体が左右真っ二つに分かたれ、続けて頭部は四等分に切り分けられた。
切り離された岩塊は、きれいな切り口を見せて地面に落ちた。
地面に落ちた岩の巨人であった岩塊は、爆発した。
岩の巨人の中に圧縮され、集積されていた強力な理律と岩の巨人を動かしていたエネルギーの解放。その岩のカケラは数百メートル離れた場所まで飛んでいった。
それが岩の巨人の最後だった。呪の源である頭部が砕け散った時、仮初めの生命も終わった。
だが、岩の巨人の砕かれた石英脳のカケラは、その後の出来事も記録していた。
強烈なシェインで圧縮されていた岩の巨人を動かすエネルギーが一気に解放された反動は、大気を震わせ、地表に影響して、辺り一帯を揺るがす数秒間の地震を引き起こした。
やがて拡散したシェインは大気に溶け、吹き抜ける風と共に、自然消滅した。
ユニスの視界が揺れた。
今度は目線がうんと低くなった。
ほとんど地面すれすれだ。
ブレていた風景が、安定する。
そこにプリンスはいなかった。
代わりに覗き込む自分の顔が視えた。
「……ス、だいじょうぶか」
晶斗の声がして、ユニスの左肩に手が置かれた。
地面には、複数の岩塊が転がっている。
現実の風景だ。
ユニスは右手を開いた。掌には白い小石。
「プリンスが岩の巨人を破壊したのね」
「それはただの石コロだ。行こうぜ、プリンスが待ってる」
晶斗にうながされるまま、ユニスは小石を捨てて、歩き出そうとした。
足が動かない。
地面に足裏が貼り付いたようだ。動こうとしたら、全身に残るありありとした恐怖感に気がついた。ただし、正確には自分のものではなかった。岩の巨人が消失する直前に感じた、最初で最後の感情の残り滓。
晶斗は右側からユニスの肩を抱き、半ば引き摺るようにして強引に歩き出した。ようやくユニスの足も動いた。
歩くうちに恐怖の残滓は薄れていった。
「あの小石で、岩の巨人の記憶を覗いたの。プリンスが太刀で岩の巨人を解体したわ。あっと言う間だった……」
その瞬間の映像を思い出したら、ユニスはビクッと肩が震えた。晶斗はユニスの肩に回した腕に力を込めて、自分の方に引き寄せた。ちょっと歩きにくいな、とユニスは感じた。でも、晶斗の手を振り払いたいほど嫌では無かったし、こうして保護されるのは良い気分だったので黙っていた。
「あいつの剣術は対魔物用だ。魔物退治の専門家だから、こういう時は、遠慮せず、まかせておけばいいのさ。魔物狩人ってのは、ハッタリで出来る仕事じゃない。裏社会でも魔物狩人バシルの名前は通っているよ。やつの腕は実戦用だ。政治家をやっているのが不思議なくらい、そうとうな場数を踏んでいるぞ」
あの優雅なプリンスが、とユニスは言いかけて止めた。
ユニスもプリンスと出会った当初は、その肩書きと美貌に完全に騙された人間のひとりだった。
およそ半年前のこと。プリンスは、ユニスと晶斗を国家的事件に巻き込んだ。その間、プリンスの手駒としてさんざん使い倒された。対サイメス大陸との政治上の駆け引きにまで利用されたのだ。そして、後にサイメス人からは『ルーンゴースト大陸の悪魔』と罵られるようになる恐るべき外交手腕をふるい、シャールーン帝国が一方的に有利になるよう事を運んだ。
だが、シャールーン帝国の善良な国民はこの事を知らない。
ユニスと晶斗が関わった事実は国家機密として隠蔽されている。
だから現在も宰相閣下は、世間一般では『夢の王子様』的なプリンスの愛称で親しまれ、上品な政治家のイメージでまかり通っているのだ。
「いろいろと、すごい皇子さまよね……」
真面目に考えると頭が痛くなりそうなので、ユニスは考えないことにした。プリンスと付き合うようになってから、最近の自分は変に薄黒くなった気がして仕方がない。
「シャールーン帝国の未来は明るいぞ。文武両道にして政治にもずば抜けた才能を発揮する宰相閣下だ。唯一の問題は、みずから率先して危険な社会の裏側や遺跡に潜る趣味くらいだろうな。その趣味だって、時代が古代世界なら、あいつは英雄と呼ばれたかもしれないぞ」
「巻き込まれるのがわたしたちでなければね。英雄でもプロの詐欺師でも、何でもかまわないわよ」
ユニスが小さく呟くと、晶斗は声を殺して笑った。




