夜の訪問者 -ラフィニア目線-
うぅ…早くお兄ちゃんを助けてあげてぇ。
クレール様を応接間へ通すように執事に指示を出し、私は自室に一度失礼することにしました。
着ていたドレスを着替えるためです。
侍女のカレンを伴って、私は自室に入りました。
「カレン、応接間に簡単に摘まめる軽食を用意して頂戴。後、お茶ね。」
「畏まりました。」
ドレスを解く手伝いをしているカレンに指示を出しながら、私は鏡に映る自分を見ました。
お兄様と同じ髪と瞳の色。身体に残るいくつもの痣。
公園での帰り道、私をエスコートするクレール様の横顔を見て決意したんです。
強くなる。
大事な人を幸せにするために。
身体に残るこの痣も、恐かったあの時の気持ちも。
全部認めて、越えていこう。
時間は掛かるかもしれないけど、その気持ちを認めていこう。
前に進むんだ。
私は、誰よりも強くて尊敬するゲイル=コンタージュの妹なんだから。
鏡に映る自分自身に頷くと、私はダークグリーンの普段用のドレスを着ました。
そして、自室から出てカレンとともに廊下を歩き、応接間の前でカレンと別れた。そして私はそのまま入室しました。
しばらくして、応接室に夕食になるような軽食をカレン運んできてくれました。そして、私は彼女にノックスの代わりをお願いすることにしました。こんな時ですから、誰か来客があるとも限りません。玄関横の執事室で待機していてもらいたかったのですが、彼女はこの部屋に残るつもりだったらしく、彼女は眉をハの字に下げ、私を見ます。
「お嬢様。いくら婚約者様とはいえ、夜も深くに男性と二人きりというのは、駄目ですわ。」
「大丈夫よ。ノックスも手伝いでいるし、3人だもの。」
「しかし…。」
「緊急事態なのよ。…お兄様が不在の今、私しかコンタージュの事で動けないんだもの。分かって。」
「……分かりました。でも、無茶はなさいませんように…。」
「えぇ。」
最後まで心配そうな顔をして、部屋を出ていくカレンを見送り、私は、部屋で資料を広げているクレール様と、資料を運び込むノックスを見ました。
運び込まれた大きなハイテーブルには、この国の地図とコンタージュ領地の地図。それにこの国や領地の資料。本なども並び、調べた事をメモする羊皮紙も数枚束で置いてあります。
「さぁ。はじめましょう。」
「はい。」
クレール様の言葉に頷くと、まず私達は国の地図を見ました。
「ここがコンタージュですので、近場ですと、こことここが一番近い地域ですね。」
クレール様が地図上を指さし、私は頷きます。
「はい。でも、こちらの領地からの進軍ですと山越えがあります。一週間では越えられません。」
私は補足するように、横の山脈を指で囲い、クレール様を見上げます。
「だと、こちらだけですね。…一か所しか民兵を集められないのは無謀かもしれませんね…。」
「…あ…あの……。」
「何か?」
私は、兄が残していった書類を手に、クレール様へ異議を唱えました。
「こちらの領地からの兵士はすでに集めてあり、残る兵士は、治安維持の為の陸の軍士と、兄が残していった書類に記載してあります。」
「……そうですか……。」
「…突発に起こる海賊などの無法者との交戦は、領地にいる海軍が戦いますが、戦争になりますと、前もって兵士を要請する時間がありますから、今回も領地に近い領から民兵を集めています。そのように動いているみたいです。ここです。あらかた他の領民兵士も要請しつくしています…。」
「そうですか…。少し範囲を広く考えると……どんなに頑張っても、1週間では間に合いませんね。」
「はい……でも、間に合わせなくては…。」
「うーーーん…。」
クレール様は近くの椅子に座り、腕を組んで顔を天井に向けました。
私は気分転換もかねて、お茶をいれようと動こうとすると、私の代わりにノックスがお茶をサーブしてくれました。
「ありがとう、ノックス。」
「はい。お嬢様。」
ノックスにお礼を言って、はたと気が付きました。
ノックスはコンタージュ家の執事です。
あの兄の秘書的立場の彼なら、もし兄がいたならどうするか、察しがつくかもしれません。
「ノックス。」
「はい、お嬢様。」
「こんな時お兄様ならどう動いたと思う?」
「……そうですね……。多分ご自身の情報網を使って、関係各所へ連絡、手配の準備を仰せになると思います。」
「たとえば、どんな方に連絡すると思う?」
私の問いに、ノックスは思考を巡らせるため軽く握った手を鼻の辺りに添えています。
私は彼の次の言葉を待って、見上げていると。
「そうですね……。ジョビニア様とお嬢様はこの度めでたくも婚約されたわけですし、ジョビニア様の領地より兵士をお借りする方法もあると思います。」
「うちの?」
「はい。」
ノックスは頷き、クレール様を見ました。クレール様は驚き、私もまた驚きました。
私がクレール様と婚約したことで、こんな風に繋がるだなんて。
しかし、クレール様はその提案には苦言を呈しました。
「しかし、うちの領地からだととても一週間では間に合わないと思うけど。」
「確かに間に合いませんが、増員の一端を担ってくれたらいいのです。遅れて到着でも、兵士の数を少しでも多く集めることに意義があります。それに遠い領地からの兵士だけではありません。一か所からは集めないと思われます。少なくとも後、三か所ほどお願いの文をしたためられると思います。」
「どこだい?」
クレール様の言葉でノックスは、広げてある地図に歩み寄り、指で地図をなぞります。
私とクレール様は、ノックスの近くに寄って彼の指を目で追います。
「ジョビニア様の領地と、その隣、さらに隣…。」
「え…?」
ノックスの指は、ジョビニア様の領地を出発し、真っ直ぐとコンタージュの領地へ滑らせていきます。
そして、視線を私達に戻すと、真摯な顔で頷きました。
「おそらくですが、ジョビニア様の領地とコンタージュ様の領地を線で繋ぎ、その線上の領地へのお願いになると思われます。兵士の進軍の列を作るのです。確かにジョビニア領からの道のりは遠いですが、兵士が軍勢から列になり、列の先頭がコンタージュの領に間に合えば、それは一つの部隊になります…。」
「でも、これだと、山越えだ。間に合わないんじゃないか?」
「…これは私の勘ですが、ゲイル様は前々からこの時の準備をなさっているのではないかと思うのです。ですので、タイムリミットは一週間でも、兵士を送るタイムリミットは一週間よりもあるように思えるのです。」
ノックス自身もあまり自身はないのか、「おそらくですが」と付け加えています。
クレール様は核心が持てないのか、ノックスの言葉に眉を寄せます。
私もなんの用意をしているのか分からず、ノックスを見上げ首を傾げます。
「用意?」
「はい。この海の現象は、コンタージュに伝わる伝承でもあります。そんな、ひいてはこの国のアキレス腱になりえる現象に、ゲイル様が何も用意をしていないとは考えられないのです。」
「…確かに。お兄様の事だもの。自分たちが生まれる前の現象発生でも、今後確実に起こることなら、何も対策していないとは考えずらいわ……。」
私は兄の性格上、この現象の事を知っているのに対策していないというのは、確かに考えずらいと思い、頷きました。
そこに、ノックスは、応接間の隅に置いてある書類の中から、数枚の羊皮紙を取り出し、私達に手渡しました。
「この書類は、ゲイル様が私に物資指示を出された時のものです。物資の中で、エタローン家の北西の鉱山へ、鉄の発注が一定であります。戦いには鉄は確かに必要ですが、あれほどの鉄は毎回どこに運ばれているのか、不思議だったのです。」
「鉄?」
クレール様が、ノックスが持ってきた書類に目を通して、首を傾げた。
「確かに、定期的に鉄の補充がされているね…。でも、何をする気だったのかな?ラフィニアは思い当たりませんか?」
「…いいえ…。」
まったく思い当たることがなく、首を振ります。
「ビスターの家との取引か…。ビスターに聞いた方が早いかもしれませんね。」
「あ!エタローン家は、ビスター様のおうちでした!」
クレール様の言葉に、私は手を軽く叩いて見上げました。
すると、クレール様と目が合い、不覚にもこんな時なのに胸がざわめきます。
心なしか頬が火照るような感覚もあり、さっと視線を外して地図を見ました。
駄目です。こんな大変な時に、私はどうしてしまったのでしょう…。
動揺しながらも、改めて自分の国を地図で見ると、別の思いが生まれました。
この国は、広く、緑豊かで山脈や鉱山がある。隣国から大小様々な幅の川も、陸を流れていています。
美しい国を守らなくては。
私はざわめいた胸はなかったことにして、決意を新たにしていると、クレール様がノックスにお願いをしていた。
「私がビスターに手紙を書くので、届けてくれないでしょうか?返事も受け取ってきてください。」
「はい。」
クレール様の指示に、ノックスは頷きました。
そして、真っ白な羊皮紙に手紙を書こうとしたとき、応接間のドアがノックされました。
「「「 っ!!! 」」」
今、館の人間はほとんど下がらせている時間です。
この部屋に訪ねてくる者など、いないはずなのです。
クレール様は私の腕を引いて背に庇い、ノックスはゆっくりした足取りで、扉に近づきます。
「お嬢様、お客様です。フォード家の使いの方です。深い時間なので、お断りしようとも思いましたが、大事な要件とのことですので。」
「カレン?!」
私は、ノックスの代わりに執事室に待機させていた侍女の声に安堵して、緊張を解きました。
同じように、ノックスとクレールも緊張を解き、ノックスはドアを開けました。
「フォードだと、ランス先輩の使者かな?」
クレール様はカレンに優しく聞くと、カレンは頷きました。そして、どういたしましょうと聞かれたので、私はお通しするようカレンにお願いしました。
カレンが案内をして、使者様は応接間へ入ってこられました。
「……クレール。こんなところで何をしているんだ?」
「えっ……なんで、ここに?」
「兄の代理だ。」
驚いた顔をするクレール様を前に、私は顔をひょっこと出し、訪ねてきた使者様を見ました。
黒い外套を羽織り、黒の髪色切れ長の藍色の瞳。細見に見えますが身のこなしに隙がなく、どこかでお会いしたような感覚です。
どなたでしょう………。フォード……。
「あ!ランス様に似ているんだわ!」
思わず、考えが口に出てしまい、慌てて口を手で覆いますが、出てしまった言葉は戻ってきません。
私は、自分が粗相をしたことに、しゅんとしながらクレール様の脇から出ました。
「失礼いたしました。私はこの邸の主、ラフィニア=コンタージュです。貴方はどなたですか?」
淑女の礼を取りながら、彼に膝を折り頭を下げると、冷ややかな声が降ってきました。
「ディボル=フォード。ランス=フォードの弟です。」
「弟様!」
私は頭をゆっくり上げると、ディボル様が両手を組んで、冷ややかな目で私を見下していました。
「俺は、君を認めていない。」
「………はい?」
ディボル様の言葉に、頭に大きなハテナが浮かんだのは、仕方がないと思いました。
さて、次の話しで、作戦会議をしましょう。




