行き違った手紙 -ラフィニア目線-
クレール様と共に公園から自邸に帰ってくると、屋敷の脇にある馬屋へ連れて行かれていく2頭の馬に気づきました。
茶色の馬と、グレーの斑の馬です。
お客様でしょうか?でも、何処かで見たような気もするのです。どこでしょう?
私は、馬車の中から馬をじっと見ていると、
「どなたかお客様でしょうか?」
クレール様も気が付いたようで、馬車の窓から窺っています。
私もこくりと頷くと、馬車は館の玄関前で止まりました。
先にクレール様が降り立ち、中にいる私に手を差し出してくださいます。
私はその手を取って馬車から降りると、家の中から、執事のノックスが慌てた様子で迎えに出てきました。
いつもと様子が違うノックスに、私は首を傾げると、
「領地の先代様より、早馬で知らせが届きました。」
「早馬で知らせ?先代って、おじい様ね。誰宛なの?」
「ゲイル様です。」
「お兄様宛?」
ノックスは私にお兄様宛の手紙を差し出すので、私は早急に差出人を確認しました。
確かに、おじい様の字です。
お兄様宛の手紙を見るのは気が引けますが、早馬ということは何か緊急の用件ということ。
兄の代わりにこの手紙を開けられるのは私しかいないので、仕方ありません。
しかし…
手紙の中を確認しようとして、私の横にクレール様がいることを思い出しました。
この手紙の内容は、婚約者のクレール様でもお見せできません。
きっと領地に関する事だと思うのです。
私は、手紙をそっと背中に隠すと膝を折り、私の気持ちを伝えようとしますが…。
今日の出来事を思うと、彼にどんな言葉を伝えていいのか分かりません。
“ありがとう”も“ごめんなさい”も、正解であり違うような気もします。
選ぶ言葉選ぶ言葉がすべて、的を得ていないようで、膝を折って固まってしまいました。
「…あの…えっと…。今日は、なんて言ったらいいのか。…この気持ちをどう表わしたらいいのか、難しくて…。」
「いいんです。それより、その手紙。気になりますね。ゲイルは、もう領地でしょう?」
「……はい。きっと、もう領地に近いところまで行っていると思うのですが…。行き違いになってしまったのだと思います。」
後ろに隠していた手紙をクレール様に指さされ、私はそっと手紙を前に出しました。
ゲイルお兄様への帰還催促だけなら、何も問題はありません。
きっと、今頃領地の近くには着いているはずですから。
でも…お兄様への王都任務があった場合、私では遂行出来ない可能性があります。
戦争を控える領地からの任務の場合、戦略に関することかも…。
不安に瞳を揺らすと、クレール様が私の肩をポンと叩きました。
「…貴女がその手紙を確認するまで、一緒にいていいでしょうか?ゲイルが確認しなくてはいけなかった手紙というのが、気がかりです。」
「……でも…。」
クレール様の意図が分かりません。だって、これは侯爵家の問題。
コンタージュ家ではないクレール様に見せていい内容とはとても思えません。
私は、弱って玄関先で待つノックスを仰ぎ見ました。
彼もどういう判断をしていいのか、分からないようです。
すると、
「久しいな、ラフィニア嬢!ゲイルと行き違っちまった!」
「…ウィル!?」
玄関から、ガッシリとした体格で赤みの強い金髪、目はブルーのウィルが歩いてきました。
私は、久しぶりに会った領地の友に、目を輝かせて微笑みます。
「……ウィル?」
すると、クレール様の若干低い声が彼に反応するように、ウィルの名を呟きました。
「元気だったか?ラフィニア嬢。」
「そうね…。うん、もう大丈夫。あ…クレール様、こちら、ウィル=カイゾン。コンタージュの伝令です。ウィル、こちらクレール=ジョビニア次期公爵。お兄様のお友達なの。」
「そして、ラフィニアの婚約者です。」
紹介する私との距離を詰めたウィルは、幼い頃のように私の頭を撫でようとしたのか、片手を上げました。
すると、その手を空中でクレール様がキャッチしました。
私の頭の上で、ウィルの腕とクレール様の手があります。
「あの……?」
2人の行動にきょとんとすると、ウィルは片眉を上げてクレール様を見返しました。
そして、この状況があまりいい状態じゃないことも気が付いたのか、
「あー、ジョビニア次期公爵様。失礼いたしました。どうか、手、離してくれません?」
「…あぁ。」
お互い妙な距離感で会話をして手を離すと、クレール様は私の腰に手を回しエスコートの体制を取りました。
「ク、クレール様?」
私が戸惑って近くなったクレール様の顔を見上げると、にっこりしたクレール様がいます。
「やはり、私も一緒にいます。」
「え?でも…?」
手紙の内容を彼に知られてしまうかもしれないので、いい案とは言い難いです。
私はなんとかお断りをしようと、口を開くと、私達の会話を聞いていたウィルが口を挟みました。
「ラフィニア嬢。ジョビニア次期公爵様にも居てもらった方がいいかもです。」
「…?何故?」
「コンタージュ侯爵令嬢である貴女でも、失礼ながら、この手紙の内容は一人ではどうにもならないかと。」
伝令であり隠密もこなすウィルの言葉に、眉を顰めます。
やはり、兄への帰還命令だけではなかった。
私はクレール様を一瞥し、ノックスに指示をしました。
「応接間にお茶の用意をお願い。…ウィル、手紙の補足をしてくれるのでしょ?読み終わったら聞くから、待機していて。」
そういうと、玄関先で待機していたノックスは、一番先に屋敷の中に入り、ウィルもその後を追うように入っていった。
そしてその後ろ姿を見送った後、私はエスコートしようと腕を回したクレール様の手に、片手を添えました。
「…クレール様。………貴方を本当に巻き込んでしまう。引き返すなら、今です。」
「…巻き込んでください。きっと役に立ちます。」
真剣な響きの彼の声に、私は顎を引きました。
そして、精一杯の感謝をこめて彼を見上げました。
「ありがとうございます。」
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屋敷の中に入り応接間の扉を開けると、ウィルは椅子に座り、ティーカップに口を付けていた。
控えている侍女も、私達の入室に合わせてティーカップにお茶を注ぎ込んだ。
「クレール様、どうぞ楽になさっていてください。」
「…はい。」
クレール様に席を勧めると、彼はゆっくりとその席に座った。
彼が座ったのを見届けて、私は手にしていた手紙を開きました。
手紙はやはりおじい様のもので、内容に目を見開きます。
“ゲイル
敵連合軍が狙っている場所が分かった。潮に守られていたあの海岸線だ。数十年に一度、潮の流れが変わり流れ込むあの場所。あそこから攻め込む気らしい。砦を守る軍を、今二分するのは拙い。兵の人数が足りない。急ぎ他領の人員を確保しろ。 ”
コンタージュの納める領地は、海に面した海岸地帯です。
どこの領地よりも細長く縦に長い領地は、守るのが困難と言われているのですが、それを可能にする自然の助けがあるのです。
それは、潮の流れ。
この領海の潮の流れは決まっており、絶対に港としている2か所にしか、船が入港できないようになっているのです。
その流れに逆らい別の場所へ船を着けようものなら、港を砦のように守っている崖に撃ちつけられて、沈没するのです。
ただ、数十年に一度、潮の流れが変わる日があります。
まだ調査中で、どうして流れが変わるのか解明出来ていませんが、数十年に一度、その潮の流れは確かに変わります。
その予兆と言われているのが、気温の変化と嵐の大きさです。
春と夏の間の時期に、気温がぐっと下がる日が続き嵐が港を直撃すると、その可能性は高いとされています。
確か前回、その現象が起こったのは、私が生まれる前、おじい様が次期侯爵として軍を指揮していた時と記憶しています。
ということは、約30年前になるのですね。
兄や私は、その潮の流れを伝え聞いてはいますが、体験はしたことがありません。
そして、お兄様はこの話を知らない。
領地に帰りついた時、知る事になるでしょう。
それでは遅い内容…。
私は、手紙を畳んで頭を抱えてしまいました。
どうしましょう。思った以上に非常事態です。
どうするのが最善なのか、私は額に手を添えながら頭をフル回転させていると、クレール様がいつの間にか私の傍にいらっしゃいました。
私はクレール様を見て、どうしようかためらいます。この手紙を彼に見せるべきなのか。
ただ、私一人では確かにどうにもならない内容です。
次期公爵であるクレール様に助言頂いた方がいいのかもしれません。
私は、そっと彼にその手紙を渡しました。
クレール様は手紙を受け取ると、文を読み、眉を寄せて拳を口元に添え考える素振りを見せました。
そんな彼を見上げた後、私は待機しているウィルを見ると、口を開きました。
「この手紙の補足をして。」
「…。現在、海軍の戦艦は、二港で交戦に向け迅速に用意を開始しています。砦での武器物資搬入も滞りなく順調。しかし、明らかに、潮の流れに変化が生まれているのです。間違いなく、近いうちに潮の流れが変わります。あの潮の流れですと、領民の居住区に敵船の侵入が予想されます。」
「居住区への侵入を許さないように、兵士を置くのね?」
「居住区なので、本当なら陸に兵士を置くのではなく、海岸線に戦艦を置きたいのですが、潮はまだいつもの勢いを持っていますし、敵船にこの動きを知られるのもまた不利になります。先代様と当主様の見解で、兵士を増員した方がいいという判断です。」
「……お兄様、きっと明日にも領地に到着される…。潮の流れはいつ最大に変わるのか、予測は出来ているって?」
「早くとも後、1週間以内には。」
「…時間がない…。」
絶望的です。
お兄様ならこんな無茶な任務も、なんとかこなしてしまうのに…。
王都に残った私は、こんなにも無力…。
どうしたらいいのか、視線を彷徨わせていると、
「確かに時間はありません。まず、王宮にこの事態を報告しましょう。ノックスさん、王宮へ伝令を。事態を知るウィルさんが届けた方がいいでしょう。宛先は…シルビア様へ。シルビア様から国王への方が近道です。明日にでも貴族を緊急招集してもらうようにします。」
私の傍に立つクレール様は、今出来る最前の方法を口にしていきます。
私はそんな彼を見上げ、頼もしさを感じて、又私に出来る事を考え、立ち上がります。
「私もその貴族招集に参上出来るよう、シルビア様へお願いします。…これはコンタージュの任務ですから。」
「…では、私は少しでも上手くいくよう傍でサポート致します。」
明日、この事態を早急に解決するため、私はクレール様と向かいあい頷きあいました。
しばらく1日置き更新になります。
申し訳ありません。




