花束 -マリエッタ目線-
事件から3日たった昼下がり。
私は、足と右腕に擦り傷を作ったけど、体は元気だった。
だから、自分の部屋にいるのも飽きてきて、最近は自邸の中を散歩することが多い。
今日も元気に自邸を歩き回っていた。
「マリエッタ様、お部屋に戻った方が…。旦那様に怒られてしまいますよ?」
困り顔の侍女を後ろに控えさせながら歩き回る。
だって、本当に運動不足なのよ。この2日、食べた分の運動をしていないわ。
お陰でなんとなく顎の下がたるんできたようなんだもの。
足も重い気がする。肉が付いたわよ絶対!
「このままお父様の言う通りに過ごしていたら、本当に嫁の貰い手がない、残念令嬢になっちゃうじゃない!」
お父様はあの事件以降、私を部屋から出したがらない。
私は何にも悪くないのに、何で閉じ込められなきゃならないわけ?
そりゃ、あの事件で攫われた廊下を見ると、背中がぞくっとして足がすくんだりするけど、そんなのあの場所を通らなきゃいいだけ。見なきゃいいのよ!
今、家の者達にあの場所を壁紙からすべて変えさせているから、場所の雰囲気が変われば何も心配いらないわ。
そんなことより、私が“太る”方が大問題!
醜くなったりしたら、今度こそ本当にクレールに嫌われちゃう。
侍女を連れて、私は一階から二階とグルグル屋敷の中を歩き回る。
一人だと飽きるから、侍女に何でもいいから話をさせて、話しながら歩く。
程よく体が温まり汗をかき始めた頃、廊下の向こう側からもう一人の侍女が走ってくる。
「お嬢様っ!マリエッタお嬢様ー!大変です!クレール様がお見えです!」
「クレールが?!」
クレールが来るなんて、あの事件以降初めてだわ。
でも……
今の私は、汗を掻いていてすぐには会えそうもない。
「すぐ着替えるわ。クレールを応接間に通して。彼を一人にはしておけないから、誰かホストに回してよ。」
すぐ着替えようと、自室に戻ろうとすると、伝えに来た侍女は複雑そうな顔をしている。
「いえ、それが…旦那様が今お話しされているようです。」
「お父様が?」
父は今日、王宮へ行くと言っていたのに、もう帰ってきた?
私は不思議に思いながら、「分かったわ。すぐ行く。」と侍女に言い、自室に戻った。
お気に入りのローズピンクでAラインドレスを侍女に持ってこさせた。
袖はパフスリーブで、リボンが揺れる可愛いデザイン。
私は満足に頷き、素早く着替えた。
廊下を急ぎ歩き応接間の扉まで来ると、ノックをしようとして手を止めた。
「では、こんなひどい目に遭った、マリエッタより、ラフィニア様を選ぶというのか?!」
父の怒声が漏れ聞こえてきた。
私はノックを止め、ドアに耳を付ける。
「私はすでに、マリエッタ様と婚約破棄しています。そして、ラフィニアと婚約している以上、復縁は致しません。」
クレールの声が父よりは小さいけれど、はっきりと聞こえた。
しかも、クレールの言葉の響きは取りつく島もない感じだ。
…お父様、私とまた婚約するようクレール様を説得している?
でも、私はあの時の夜を思い出していた。
ラフィニア様は私に言ったわ。
自分の気持ちを正直に言って、分かってもらえばクレール様は戻ってくるかもしれないって。
そうなったとき、ラフィニア様はクレール様と何も憂いなく別れることは出来るって。
私はドレスの裾をぎゅと握り、覚悟を決めて扉をノックした。
「誰だ!!」
「……私です。そんなに怒鳴ったら血圧が上がりますわ、お父様。」
私は扉を開けながら、ソファーに座る父を睨んだ。
対するクレールをちらりと見ると、彼は入ってきた私を見て腰を上げた。
「マリエッタ嬢。これ、お見舞いです。」
彼は私の顔を見ると、サイドテーブルに置いていた花束を持ち上げ、私に差し出してきた。
ピンクのマーガレットとかすみ草で、それを黄色のリボンで束ねた花束だった。
「……綺麗ね。」
私は、久しぶりに彼から貰うプレゼントを嬉しく思いながら受け取った。
花束を腕に抱きしめて、父の横のソファーに腰を下ろした。
私が座ったのを見届けて、クレールも向かいの席に腰を下ろす。
「その後、お身体はどうですか?」
彼は相変わらず優しい雰囲気で、私を気遣った言葉を使ってくれた。
「……変わらないわよ。ただの怪我なのに大げさなのよ。」
私の口は相変わらず憎まれ口しか叩かず、自分自身が嫌になる。
クレールも私の言葉に、眉を下げ苦笑いをしているし。
「そうですか。なら、良かったです。何か不安に感じたり、身体に不調を感じたりしたら知らせてください。この件を処理している者に報告致しますので。」
そういうと、クレールは立ち上がろうとする。
私は慌てて、一緒に立ち上がった。
「クレール。私が貴方を送るわ。お父様、いいでしょ?」
父に許しをもらうと、クレールと一緒に応接間から出た。
もう少しで夕方になろうとしている時間。
彼の後ろを花束を抱えて歩く。
あっという間に、一階エントランスに着いてしまい、クレールに「ここまでで結構です。」と断られてしまった。
言うなら今しかない。
私は、貰った花束に勇気を貰いながら、深く息を吸う。
「クレール。」
私が呼ぶと、彼は片眉を上げて私を見た。
彼の緑色の両目が綺麗で、肩に力が入っていくようだ。
言わなくちゃ。
「私は貴方がっ……好き…です。私が至らなかったのなら、努力する!だから、戻ってきて。私を見てください。お願い………クレールの傍に居させて。」
絞り出す声がどんどん震えてくる。
私は堪らなくなって、彼にもらった花束に顔をうずめ、俯いてしまった。
すると彼は私の前に立ち、目線を合わせた。
エントランスで、見つめ合う。
こんなに近い距離で見つめ合うなんて、久しぶり。
頬が赤くなっていく。
すると、彼は包帯が巻かれた大きな手で私の頭を撫でた。
びっくりしていると。
「ごめんなさい。私はマリエッタに戻る事はない。」
きっぱりした否定だった。
その言葉に、頭を撫でられている嬉しさも吹き飛んで、彼の胸に飛び込んだ。
「こんなに頼んでるじゃない!!何故よ?!戻ってきて!」
「…私は、今心から思う人がいるんだ。」
「“心から思う人”…ラフィニア様?」
私がラフィニア様の名を口にすると、彼は目元を細めてはにかんだ。
「うん。彼女と出会って、話をして共に過ごした。本当に短い時間だったけど、私の中で彼女は本当に大きくなっていて、大事なんだ。」
「………でも、ラフィニア様は言ったわ。私が貴方に気持ちを伝えて受け入れられたら諦めるって。………貴方が思う程、彼女は貴方を愛していないのよ?それでもなの?私の方が貴方を好きなのよ?」
私の言葉を聞いて、彼は若干狼狽えたようだった。
その瞳は少し寂しそうで悲しそうだったから、彼に縋る手に力を入れた。
しかし、彼はゆっくり瞳を閉じて開けると、私を両手で優しく押し返した。
「それでも、私はラフィニアを選ぶよ。困ったことに、どんな彼女でも私は好きになってしまうみたいなんだ。彼女が私の事を、それほど好きじゃなくても構わない。」
「そんなの詭弁よ!きっと耐え切れなくなる!だって……だって、私がそうだったもの!」
「?」
不思議そうに頭を傾げた彼に、私は睨み見上げた。
「私、クレールが私の事好きじゃないって気づいてた。それでも私は貴方が好きだったから、『いつか気づいてくれる。』『いつか私を好きになる』って、自分に言い聞かせてきた。けど、貴方は全く私と向かい合ってくれなかったじゃない!ラフィニア様だって、きっとそうなるわよ?」
私の言葉を聞いて、クレールは私の身体を今度こそ離した。
すると、口に手を当て、ボソッと呟いた。
「君も、私と向かい合ってくれなかったけどね。」
「はぁ?!」
今なんて言った?聞き逃さないわよ?!
私は令嬢に有るまじき、口を大きく開けて、不満を示した。
すると、クレールは当てていた手を離し、首の後ろに手を当てた。
「異性の友達なんていなかったし、周りも男兄弟ばかりだったんだから、君にどう接していいかなんか分からなかったんだよ。会えば不機嫌な顔をされたし、プレゼントを贈っても喜んでくれたのは最初だけだったから。」
聞き捨てならない話に、私の中のうっぷんが一気に爆発した。
「そんなの知らないっ!不機嫌って何よ?!ずっとほっとかれて、プレゼント贈れば満足なんだろ?って態度が気に食わなかったのよ!!」
「やっぱり気に食わなかったんじゃないか!」
クレールは私に食って掛かった。
「気に食わないわよ!私があの時喜んだのは、貴方が来たこと自体が嬉しかったの!プレゼントを催促したのだって、プレゼントを要求すれば、貴方がそれをもって私に会いに来てくれると思ったからなのよ?!」
「そんなの伝わらないよ!君は不機嫌で私と会っても、ニコリともしなかったじゃないか!」
「緊張してたの!好きな人が目の前にいるんだから、当然でしょ?!」
「当然なんかじゃないって。」
あーいえば、こーいうの口喧嘩を始めた私達は仕舞いにはゼーハーと息を切らしていた。
言い合ってお互いすっきりしたのか、しばらくすると口元に自然に笑みがこぼれてきた。
「はは…。初めからこうすれば良かったんだね。」
「ふふ…そうね。」
私達は、エントランスの真ん中でクスクス笑いあっていた。
「随分楽しそうな話し合いだったね。マリエッタ。」
「!っお父様!」
「サヴィニオン公爵!」
声がしたのは私の後ろ、二階に続く階段の上からで、お父様が下に降りてくるところだった。
クレールは腰を折り、私も気まずく両手を組んで明後日の方を見た。
「言いたいことを言い合ってこその婚約者だろう。クレール殿。戻っておいで。」
父の眼は公爵としての厳しい態度だ。
私は、クレールがどのように答えるのか、ちらりと見る。
すると、彼はすごくさっぱりした顔をしていた。
「いいえ。お断りします。…ラフィニア嬢には、きっと私が必要だから。」
「……君が私の申し出を断ると、ラフィニア嬢はあの事件のせいで困った立場になるだろう。あの事件の発端は彼女だからね。」
父の言葉に、対峙する彼は両手を握り、真剣な眼で言葉を返した。
「…では、貴方と全面対決致しましょうか?彼女の名誉を守る為に。」
私は、父に堂々と言い返したクレールに戸惑い、彼を凝視した。
そこにいたのは、あの弱気だった私の婚約者ではなかった。
さっき思いをぶつけ合った彼も、私の知っている彼じゃない。
私の知らないクレール。
自分が好きだった彼より、さらに素敵になってしまったクレールだった。
でも、彼をそうしたのは私じゃない。
私は、その事実が堪えようもなくつらかった。
これはもう………ダメなんだな。
私は、自分の胸の痛みを堪えながら、貰った花束を待機していた侍女に任せ、父を見た。
「お父様。もういいですわ。私、彼にずっと言いたかったこと全て言ったら、すっきりしちゃいました。…もう、ジョビニア次期公爵に、未練はありませんわ。」
「しかし、マリエッタ?」
「いいの。ジョビニア次期公爵、お元気で。」
父を制止し、彼に今まで、14年間の中で一番綺麗な礼を彼に贈る。
足を折り、スカートを広げ腰を下げる。頭は背中と真っ直ぐに……。
立派な公爵夫人になる為、沢山の家庭教師に習った。
貴方と夫婦になる為に頑張った、最高の礼。
「…さようなら、マリエッタ=サヴィニオン公爵令嬢。公爵、失礼致します。」
クレールは、最後に別れの言葉を口にして、そのまま玄関へ向かう靴音が響く。
玄関の扉が開いて閉まる。
パタン…
「マリエッタ?」
「さてと、そのお花、花瓶に活けなくちゃ。……最後の贈り物だもの…。」
心配を含む父の声を無視して、私は侍女に預けた花束を受け取り、階段を登る。
自室に戻り、侍女には花瓶も持ってこさせる為退室させた。
「綺麗ね…。」
花束を抱きしめて、力なくその場で膝を着いた。
マーガレットの花に水滴がポタポタと落ちていく。
頬を濡らし、嗚咽が漏れる。
マーガレットの花言葉… 希望 常に前進
かすみ草の花言葉… 幸福
“貴女の歩む道が、幸福で希望ある道であることを願っています。”
最後の花束の花言葉は、作者が知る花言葉でした。
もしかしたら、他に違う花言葉があるかもしれません。お許しを…
ここから、どんどんスッキリしていきましょう!!
作者も暗いの苦手です…(書いてる張本人が言っちゃう系)←あ…




