ココロ -ラフィニア目線-
ラフィニアの心が複雑に乱れていきます。
5歳の春。
引っ張られたリボン。
「お前の笑顔は偽物だ!」
悲しくて泣いたわ。彼の目の前で。
そしたらそれを満足そうな顔をして観ていた。
「そんな顔してろ。」って彼は言った。
イタイ コワイ
7歳の秋。
破かれたドレス。
「お前なんか嫌いだ!」
投げつけられた言葉に困惑したわ。顔には出さずに。
そしたらそれを面白くなさそうな顔をして眺めて去っていた彼。
去り際に「何も思わないのか?」と彼は言った。
イタイ コワイ
10歳の冬。
投げつけられたインク壺。
「近づくな!」
突然言われた言葉だった。驚いたわ。目は見開かれていたでしょう。
でもそんな彼を理解する事にしたの。「申し訳ありません。」と返事をしたわ。
そしたら彼も目を見開き、舌打ちすると出て行ってしまった。
もう何も言わなかった。
イタイ コワイ
ヤメテ ヤメテ ヤメテ
小さい女の子が、暗闇の中で両耳を抑えて蹲っている。
アナタハダレ?
破かれ黒いインクが染みをつくるクリーム色のエプロンドレス。赤いリボンが乱れた髪の毛に一本辛うじて残っている。足元にはもう一本のリボン。
この少女を今の私は、見ることしか出来ない。
不意にその子が顔を上げた。
「おにいちゃま?」
あの子が見上げた先に、両手を広げる青年がいる。
少女は走り寄って、彼の胸に飛び込んだ。
すると、青年は少女にこう言った。
「僕の天使。お前は、僕の 。」
何て?
でも、知っている…。
私はこの光景を知っている……
あれは
パチ…
ふと、夢から覚め、私は目を薄く開けた。
自分の身体を受け止める感触は、勝手知った自分のベッド。
眩しい光に、目を開けることが出来ず、数回瞬きを繰り返す。
あれは………夢?
「…ラフィニア様?」
足元の方から、私を呼ぶ声が聞こえる。
女性の声。
知ってる…、あ、侍女のカレンだわ。
心配を滲ませた声に、私は「はい。」と答える。思った以上に声が出ない。
私は身じろぎ肩を動かすと、全身に痛みが走って、顔を顰めた。
「っ!」
「お医者様を!あ、ゲイル様を!!」
私の様子に慌てた様子を見せる、カレン。
彼女は他の侍女に指示を出しているようで、少し慌しい。
でも、頭がぼーっとする。
自分の視界には、王都での自邸の部屋。いつもより慌しい私の部屋が見える。
ふと、目の端に赤い小花が可愛いカーテンが揺れているのを見つけた。
頭を動かすこともせず、私はそのままずっとその揺れるカーテンを眺め続けていた。
しばらくすると、私の部屋にお医者様が到着された。
王都での私たちコンタージュの主治医だった。
白髪のフワフワ頭、丸眼鏡のご老人。優しい笑顔は、どんな病人をも癒してくれると評判。
「ラフィニア様。お目覚めになりましたね。身体は大丈夫か、ちょっと見させてもらいますよ。」
彼がそういうと、控えていたカレンが横たわる私を無理ないようお越し、他の侍女がクッションを背に用意してくれた。
カレンはその後、私の腕を取り、寝着の袖を腕まくりしていく。
お医者様がベッドサイドの椅子に腰かけ、手を添えようとした。
その瞬間
全身が粟立ち、意味もなく震え始めてしまった。
そして私の腕は力が入らないはずなのに、彼の手から逃げようとゆっくりと動いてしまう。
そんな私を落ち着いた様子で見ていたお医者様は、私の顔を見てニッコリ笑い、いつもと変わらぬ口調で頷かれた。
「ふむ………。では、ラフィニア様。今はまだ全身痛いでしょうから、安静になさってください。食事はまず液体から、徐々に固形物を食べること。今は喉が渇いているでしょうから、ゆっくりと水分補給をするように。では、帰るとしようかな。」
そういうと、お医者様は座っていた椅子から腰を上げた。
「ぁ、あの…。」
彼はまだ私を診ていない。それなのに帰ってしまうの?
私が不安を口にしようとすると。
「焦らなくても大丈夫。大丈夫。明日も往診に伺います。ただ何かあったら、連絡をくださいね。では。」
そういうと今度こそ席を立ち、ゆっくりした足取りで部屋を出て行ってしまった。
お医者様と入れ違いのように他の侍女が、サービングカートを押して入ってくる。
カレンは優しい笑顔を向けて、
「ラフィニア様。白湯を用意致しました。少しでも構いません。お飲みください。」
「…えぇ。」
私は眉を下げ頷くと、侍女はそれぞれ私の胸元にナプキンを当て、簡易のテーブルを用意した。
目の前に出されたのは、白い湯気が立つスープ皿だった。スプーンを手に持とうとすると、まだ震えているのか思うように動かない。
私は困ってしまって、スプーンを脇に置こうとすると「失礼いたします。」とカレンが断りを入れて、私のスプーンを持った。
そしてスープ皿の白湯を掬うと、私の口元に勧めてくれた。
「お小さい頃を思い出しますね、ラフィニア様。さぁ、お飲みください。」
カレンの優しい言葉に、私は素直に口を開け、少量の白湯を口にする。
まず、口の中を湿らせる程度。その後は、喉を潤すように白湯を飲んでいく。
暖かい白湯が、喉を通ってお腹に入っていくのが分かる。
スープ皿に用意された白湯は、時間を掛けて飲み干すと、弱い眠気が襲ってくる。
瞼がまた閉じかける時、私の部屋の扉が開いた。
そこにいたのは、お兄様とクレール様だった。
「お…にいさ、ま。クレー…ルさま…。」
2人の姿を見て呟くと、本当なら目を開けていたいのに、私の瞼は重く段々閉じていく。
「ラフィニア。」
薄れる意識の中、兄の手が私の手を握っているのを感じる。
この手に私は“守られてきた”。
そうよ。
私は、家族が侯爵家を、領地を守る為に、捨てなければならなかった“最後の良心”を持ち続けるのよ。
“コンタージュ一の良心”を持ち続けることを、家族と約束していた。
この心を持ち続けるから、家族に“必要”とされてきたの。
“天使”になると、私自身が決めたことだった。
なのに何故?
私の中で、燻りはじめるこの気持ち。
恐怖。
混乱。
動揺。
今にも泣き出したい。叫びだしたい。この気持ちは?
墜ちていく。
深く深く。
これは眠りなのかなんなのか、私にも分からない。
気が付くと、暗闇の中に、鏡の破片が沢山降ってくる場所だった。
私を映す鏡たち。
横顔の私。下から見た私。上から見た私。真正面から見た私。他にも色々。
でも、その正面にある鏡の私は笑顔で言う。
“理解したい”。“最後まで手を差し出していたい”。“助けたい”。“どんな方でも、いいところはあるはずなのよ。”と。
その言葉に耳を傾けていると。
「本当にそう思っている?」
声がしたのは後ろから。
振り向くと、私の後ろにも鏡があり、口元に手を当て薄く笑っている。
理解したい?おこがましい。
最後まで手を差し出していたいなんて、誰が望むの?
何故助けなければならないの?許せるの?あの男を。
本当に本当?
クスクス笑う彼女は、…私だった。
嘘ばっか。
墜ちていく。
深い闇に落ちながら、声が聞こえる。
「僕の天使。お前は、僕の良心だ。お前だけは、俺が何をしようと、最後まで俺の味方でいて。」
哀願されて抱きしめられたのは遠い昔。大好きなお兄様の腕だった。
大切なお兄様の為、大切な両親の為、望まれる私になる。
騒ぎ出す胸の違和感は、広がり始めていた。
ラフィニアは、混乱しています。
事件で明るみになった、ラフィニアの欠点。
理性で自分の感情を押さえつけ、望まれる自分になろうと思っていました。本心をずっと隠して。それが自分の存在理由と信じていたのです。
幼い頃はそれが出来ず、感情が出てきてしまうこともあったのですが、年を取るにつれそれを制御出来てしまえるようになっていったのです。
臆病で優しくて賢いお馬鹿さんです。
彼女がどういう風に変わっていくのか、もうしばらくお付き合いいただけたら幸いです。




