満、離れに帰る。
ふーはー、疲れました! いまだ夢の国にいる満です、ふへへ。
今日は初めてできたお友達、青葉君と一緒に帰りました。
電車は何やら男性専用車両なるものがあって、男性専用車両は空いてるしソファーもふわふわだしで、なんだかすごくVIPな扱いでした。
青葉君と話しててわかったのですが、僕のこの夢の国、どうやら男と女があべこべの世界みたいです。そしてすごく、男が大事にされている世界みたい。
なんだかみんなが僕を大事にしてくれます。こそばゆくてたまらないですが、隣で青葉君が堂々としているので、なんとか僕もがんばれました。二人でお姫様にでもなった気分です。
僕のほうが遠かったので、青葉君は途中で降りて別れました。こんな風に友達とバイバイするのも夢だったので、いちいち嬉しくて緊張しました。
そしてサプライズなのが、地元駅に着いたらさくらちゃんが待ち伏せしてました!
「ごめんね、満君と一緒に帰りたくて。迷惑だったよね……?」
なんか僕確信しました。これは絶対夢です。幸せすぎますもの。
でも夢でもいいです、目覚めたくないです。
「ううん、そんなことない。さくらちゃんが待っててくれて、うれしい!」
そう答えたときに見せたさくらちゃんの表情! 頬がピンク色に上気して、本当に嬉しそうに笑ってくれたんです。
さくらちゃんは僕の二、三歩前を歩いて、振り返りもせず、ほとんど言葉を交わさず、でも二人で一緒に帰りました。わざわざ家の前まで送ってくれて、「ありがとう」と言われました。
ありがとうは、送ってもらった僕が言うべきだと思います。大好きなさくらちゃんと、一緒にいさせてもらった僕が言うべきだと思います。
「こちらこそ、ありがとう!」
明日は土曜日、学校がお休みなので青葉君ともさくらちゃんとも会えません。
学校がなくて少し寂しいな。そんな気持ちになったのは、生まれて初めてな気がします。
さくらちゃんがいってしまったのを見送ってから、門をくぐり、僕は本邸の玄関へは行かず、離れへと向かいます。
僕は中学から本邸と同じ敷地内にある一軒家、『離れ』で一人暮らしをしています。
中学に上がる時期に、たまたま隣家の土地家屋を借金の担保に父が譲り受けたようです。塀だけ壊され敷地を繋げて、父の命令で僕はその隣家に暮らすことになりました。
中学生の息子をわざわざ本邸から隔離する理由……あまりに醜い僕を、父は見たくなかったのだと思います。一般的にも美人で通る姉は、もう大学を卒業したのにいまだに両親と本邸に住んでいますから。
父に嫌われているという事実は悲しいですが、だからといって僕は父を恨んではいません。父は僕を嫌悪しながらも、その責任を精一杯果たそうとしてくれています。立派な家を与えられ、父名義のカードも自由に使うことができるため、金銭に困ることはありません。
料理や掃除洗濯、家事一般は幸い性に合っているらしく苦になりませんし、家族も僕といるのは苦痛なのでしょうが、僕も他人と同じ空間を共有するのは疲れてしまうので、きっとこれがお互い程良い距離なのだろうと思います。
さてあべこべの世界にきて、色々男子として必要なものがあるようです。
下着やブラジャー、かわいい服とか。さんざん僕の世間知らずに呆れながらも、青葉君は化粧用品や生理用品の説明までしてくれました。
「ただいまー」
いつもはただいまなんて言いません。でも今日はあまりに夢が叶うものだから、試しに言ってみました。可愛い座敷わらしでも現れたりして。
もちろん誰もいない家が、返事をしてくれるわけはありません。
一人ぼっち。
僕の日常です。
今日は幸せ疲れしてしまったので、それはそれで寂しいよりもほっとします。
シャワーを浴びて部屋着に着替えて、簡単な夜ご飯を作って食べて、歯も磨いてしまって。
さっくり満腹で、身ぎれいになりました。
もう寝るだけの状態になって、居間に一台だけ設置された、型落ちのパソコンに向かいます。
家具や家電は、ほとんど以前の住人の残したままを使っています。
お気に入りタブから、女性用子供服の通販のサイトを開きます。ガールズゴシックというネットショップでしたが、ボーイズゴシックと名前が変わっていました。
商品ラインナップは、さほど以前との違和感がありません。お人形服のようなフリルやレースをふんだんにあしらった、子供サイズのドレスがならんでいます。
まさかこのお気に入りリンクが、実用面で役に立つ日が来るとは思いませんでした。一度親サイトに上ってリンクを辿り、女性用と思しき総合通販サイトに飛んでみます。
ショップ説明には男性用品と記載がありますが、品物はお目当てのものが揃ってそうです。あべこべの世界のネット世界は、混乱してしまいます。
男性用ブラジャー、性器の勃起を目立たなく収める構造のパンティ等下着類、にきびや吹き出物を消えないように残したまま滅菌するパウダーや、口紅やファンデーション、二重を一重に見せる逆アイプチ等の化粧品、女の子っぽいスカート等の服やら痴女対策の防犯ブザーまで、使うかどうかは別にして、目に付いたものをざっくり大人買いしていきます。
どうせ父のカードです。麻耶ちゃんに奪われるわけでもありません。
買い物かご一覧を見ると、なんとも恥ずかしいラインナップになっていました。男性のユーザーでこの購買履歴があったら、普通に考えて変態です。
こんな一般社会だとある意味犯罪的な消費活動を誘発するのだから、人の顔の見えないネットショッピングはつくづく偉大だと思います。
見直してしまうと躊躇してしまいそうだったから、さっさと購入決定ボタンを押して、僕はパソコンを離れました。
月曜日からは、青葉君に注意されることもなくなるかな。それもそれで、ちょっと寂しい気がします。
でも早く青葉君とは対等に話せるようになりたいですし、あんまり甘えているわけにはいきません。
青葉君と友達になったこと。さくらちゃんとたくさん話したこと、一緒に帰ったこと。
この時間、いつもはつらいことばかりを思い出してしまいます。今日は楽しいことばかりです。
今日の幸せを噛み締めながら、僕は自分の部屋に向かいます。
僕の部屋は、以前住んでいた隣家の家族の、僕と同い年だった一人娘の使っていた部屋です。
カーテンや机、ベッドもそのまま使っています。布団やシーツも、洗って同じものを使っています。
だからではないでしょうが、三年以上経った今でも、この部屋は微かに女の子の匂いがするような気がします。
僕が一人暮らししているこの家は、父の会社の元従業員で三年前に解雇されてしまった、日野さん一家が住んでいた家です。
うん。僕の部屋は昔、日野さんの一人娘、日野麻耶の子供部屋でした。