冷川侑架の独白
人はなぜ恐るのだろうか。
そんな事を時々私は考える。
自分が生存するために必要な本能なのだろうか。
それとも本能的行動をする事が怖いのだろうか。
…結論の出ない問い。
『語りえぬことについては、沈黙しなければならない』
私の最も敬愛する人物、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの全盛期、いや全生期の著書、『論理的哲学論考』の命題7における名言だ。
彼と私はよく似ている。
家は裕福で何一つ不自由なことない家に生まれた。
そう思っていた。
5歳になるあの歳までは。
私は幼稚園や保育園には通っていなかった。
いや、通う必要がなかったと言うべきなのだろうか。
家にはほぼ毎日姉さんや母さんがおり、園児になる必要など毛頭なかった。
だが、あの日。
私が全ての家族を失ってしまった。
そこからは彼と同じ道を歩いていた。
皮肉なものだ。
敬愛する人物と全く同じ道を歩いたのにこれ程無様な醜態を晒してしまうとは。
そう、私は13歳まで学校に通わなかった。
いや、15歳まで学校に通わなかった。時間の感覚はとうに消え失せてしまっている。
しかし、正確には通えなかった。と言うべきなのだろう。
あの日、姉さんは変わってしまった。
今の姉さんは空の器だ。
どれだけの感情や幸福を注いでも決して満たされることのない器。
その器には穴が空いていると言う次元ではない。
………もはや、透明な器。
あってないようなもの。
姉さんはその器を満たそうとしている。
私を酷使してでも。
でも、決して満たされない。
それどころか…
それどころか…
姉さんは壊れてしまう。
それも…皮肉な事に…
あの日と同じように……
あの憎しみの酸性雨で…
あぁ、姉さん。もうやめましょう。
姉さん。
あぁ。
それを使ってしまったのね…
あ、どうもどうも。
新生活が忙しくて執筆できない!
くそがぁぁぁぁ!
なんて暴言は普段は言ってませんよ?
私は上品ですからね!
ではまた〜




