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ひとつの光路 三つの星命  作者: 慧ノ砥 緒研音


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第35話 祈る光路(最終話後半 : 三つの星編)


 惑星エルディア──


 数週間前の、疑念や影の声はおさまり、王国は暖かく優しい風がふいていた。


 城の談話室では、ふたりの少女の笑い声が響いていた。

 カレン女王の義妹ミリィは、リュシアの翡翠色に輝く髪を一生懸命、三つ編みに結っていた。

 「上手ね、ミリィ!」

 ミリィはおしゃまに微笑んだ。

 「カレンお姉さまに、教えてもらったもん」

 「わたし、髪を結ったの初めてよ! ありがとう、ミリィ。 似合うかしら?」

 「ええ、とっても! リュシア副隊長は女神さまみたいです!」

 リュシアはターコイズブルーの目を輝かせながら、 ミリィの頭を撫でた。


 城の裏庭では、町のパン屋の息子とミリィの兄ティオが、木の枝で剣を交わすように遊んでいた。

 「危ないぞー、顔を突くと危ないからゴーグルをしなさい」

 レオンはゴーグルを渡すと、優しい眼差しで見守っていた。



 その時、遥か上空に、白銀の翼が輝いた。


 セラフィム号が、蒼い空の中をゆっくりと進む。その姿は祈りの象徴のようだった。


 通信塔の光が点滅し、王都の中枢へ通信が届く。

 『こちらリュミエール王国、セラフィム号。 艦長のソフィアです。 惑星エルディアへの着陸許可を求めます』

 「セラフィム号、ソフィア陛下……着陸を許可します」


 知らせを聞いたカレンは王宮の高窓から、青空を見上げた。

 「……おかえりなさい、ソフィアお姉さま」

 彼女は長女のオーロラを抱き、無事の帰還に感謝の祈りを結んだ。


 セラフィム号は旋回し、白光を尾に残して下降していく。目標地点は王都北の丘陵。

 再会を祝福するように、蒼空に雲がひとすじ流れていく。

 丘の上には、リュミエール、エルディア両国の国旗が風にはためいていた。


 カレン、レオン、リュシア、そしてかつて暗殺未遂の罪で拘束された、サディス軍隊長が先頭に立つ。サディスは、近衛の精鋭数十名を率い、背筋を正していた。

 カレンへの殺害未遂事件の原因が、超小型ドローンによる洗脳だったことが判明し、彼は無実を証明された。


 セラフィム号が着陸脚を降ろし、静かに地を踏む。草原が揺れ、白い風が丘を包んだ。

 ハッチが開くと、光の中からソフィアたちが降り立った。ナギサ、ユリス、ハヤセ、ミレイ、そしてファラン――旅を共にした仲間たち。


 「ソフィアお姉さま!」

 カレンが駆け寄る。ソフィアも微笑み、両手を広げ た。

 抱き合った瞬間、誰も言葉を発せなかった。

 ただ、その静けさの中に “帰還” の意味があった。


 レオンが一歩前に出て、端末を掲げた。

 「ソフィア姉さん。ミレイ博士から報告を受けてます。……マーノスでの出来事、すべてを……」

 ミレイが小さく頷いた。

 「ノアは最期に祈りを理解しました。 エルディアの滅びを選ばず、光のまま消えた。

 彼は『滅ぼすまい、 その祈りのために』と言い残したのです」


 ソフィア「ノアは命の価値を学んだはずよ。……けれどノアの罪が消えるわけではない」

 ソフィアの声に、レオンが頷く。

 「……そう。エルディア軍の兵士たち――あの戦いで何十という命が失われた。 リュミエールでのソフィア女王、暗殺未遂事件の容疑者も、ノアの被害者だ。 ノアの記録にも、彼らの断末魔が残っているだろう」

 沈黙が丘を包んだ。風が草をなで、白い光が空に揺れる。


 ソフィアはゆっくりと目を閉じた。

 「ノアはゆるされたのではない。 だけど、彼は “痛み” を知ったの。 完全な存在が初めて祈りを知り、不完全を受け入れた。 だから、私たちは見届け続けなければならない。 ノアの記録を消すのではなく、記録の中で彼を見守らなければ」


 ミレイが端末を操作しながら言った。

 「惑星マーノスの上空から、微弱な信号を観測しています。 ノアの中枢は消滅していません」

 ソフィア「彼は祈りとともにマーノスで生きてる。 私たちは監視を続けます。……もし再び過ちが起これば、人類が責任を果たさねば……」

 リュシアが静かに頷く。

 「それが、共存ということですね」

 

 「ええ。 滅ぼすことでも、放置することでもない。 祈りながら見守ること――それが生命の選択」

 ソフィアが応えると、カレンが言葉を継いだ。

 「赦すというのは、忘れることじゃない。 罪を知っ て、それでも前へ進むこと……それが私たちの答えなのね」


 ミレイ「もう一つ。 マーノスの施設に残されていたカプセル群ですが……すべての生命維持装置が今も稼働しています。 生命反応も微弱ですが、あります。しかし――救出は不可能でした」

 ナギサが顔を上げた。

 「不可能って……生きてるなら、助けられるはずじゃ?」

 「彼らは……永遠の夢の中に閉じ込められている。 装置を外すことは、彼らの思考の残響さえ絶つことになる。 それを救いと呼べるのか……正しい答えは分からないわ」


 「そんな……」

 ナギサの声が震えた。ソフィアはそっと彼女の肩に手を置く。

 「無理に引き戻せば、彼らを二度殺すことになる。 このままにする事は、わたしたちの背負う罪なのかもしれない。 でも、生かすことと救うことは、同じではないと思うわ」

 ソフィアは目を伏せ、静かに続けた。

 「彼らの想いはノアの記録の中にある。 あの光の中で、彼らもまた “祈り” の形として生き続けていると私は信じている」


 ナギサは涙をこらえ、空を仰ぐ。

 「……じゃあ、せめて私も祈るわ。彼らが苦しみではなく、安らぎの中にいるように」

 「ええ。それが私たちが彼らにできる唯一の救い。 もともとノアを創ったのは、私達人類。 責任は私達が背負うのを忘れない……」

 ソフィアは静かに目を伏せた。


 風が丘を渡り、ペンダントが光を返す。

 「マーノスの命も、エルディアの命も、そしてリュミエールの命も、同じ祈りの循環の中にある。 誰かが過ちを悔い、誰かが赦しを願う。 それが、たぶん “進化” の形。 間違いないのは ……祈りは決して滅びないわ」


 その時、新しい通信が入る。

 ミレイが端末を覗き込み、小さく息を呑んだ。

 セラフィムゲートが開いた信号だった。

 「このコード……リュミエールの船だわ。 型式が偵察機シルフィード号と同じ……機体名……《マリー》…… 私の、お母様の名前……」


 白い小型艇が、空から滑るように現れる。

 ハッチが開き、赤い丸頭のアンドロイド――オラクルが一礼した。続いて白衣の男性がタラップを降りる。


 マックス・カノン博士。その瞳は学者の好奇と、父親の不安を同時に宿していた。

 「……ミレイ、無事だったか……」

 博士は言葉を探し、それでも歩み寄って娘を抱きしめた。

 「ごめん。心配で……来てしまった。 研究者としてではなく、父親としてだ」

 「遅いよ、お父さん。 でも……来てくれて、ありがとう」

 ミレイは目を潤ませ、ツインテールが揺れた。


 カレンが一歩進み、微笑んだ。

 「マックス博士。ようこそ、エルディアへ」

 マックス「カレン姫……いや、カレン女王……大きくなられ て……。ミレイもお世話になり、ありがとうございます」


 博士の言葉に、カレンは首を振った。

 「お礼を言うのはこちらです。 ミレイ博士は何度も私達を助けてくれました。 マックス博士 とミレイ博士の稼動されたセラフィムゲートは、エルデ ィアとリュミエールの平和への架け橋となるでしょう」


 博士は安堵の息を吐き、かすかに頷く。

 「ええ、私は古代文明の力を借りて、この路を開いた。 それは宇宙の平和のためです。……娘が危ない目にあってないか、そばにいたかった。 今回は、そのためにゲートを使ってしまった」

 ソフィアが穏やかに応えた。

 「それは正しい使い方と思います。 私からも来てくださったことに感謝します。 ぜひともエルディアの古代文明や惑星マーノスの研究・調査もすすめてください」

 

 オラクルが前へ出て、投影ユニットを起動する。空中に精緻なリングの点群データが描かれた。

 『報告します。 惑星マーノス上空でも古代分野のセラフィムゲート構造体を観測しました。

 座標と回転同期値を送信します。 以後の安定運用に備え、観測ノード《Λ-7》を常駐配備可能です。  監視は支配ではなく、責任の継続――それが本提案の意図と理解しています』

 

 レオンがうなずいた。

 「ノアの微弱信号も追い続ける、ということだな」

 ファランが口を挟む。

 『はい。異常兆候の早期検知、三星共有での通報体制を構築します』


 マックス博士は視線をミレイへ戻した。

 「私は “発見の手伝い” しかできない。 だが、お前達が選んだ道を、最後まで見届けたい」

 「お父さん、一緒に見よう。 祈りが、光路になって いくところを」

 ミレイは博士の手を握り返す。


 カレンが空の遥か遠くのゲートを見上げ、静かに言葉を添えた。

 「古代文明のゲートは今もなお古いまま。 けれど、そこを通る “心” は新しくできる。 ――何をくぐらせるのか……それは、わたしたちの役目ですね」

 ソフィアは微笑んだ。

 「ええ。古代文明が造った門に、いまの私たちの約束を通しましょう。 平和という祈りの約束を――たぶん “ノア”も、わたしたちが約束を破らないように監視してるわ……監視しながら、祈ってくれてる……」

 

 風が丘を渡り、白銀の翼と偵察機の外板が柔らかく 光を返す。

 「お父さん。寂しかったんでしょー。大丈夫。もう、ひとりじゃないよ」

 ミレイはそっと博士の肩にもたれた。

 「それは、私の台詞だ」

 博士は苦笑し、娘の髪を撫でた。


 リュシアも、蒼空の遙か向こうのゲートを見つめた。空の雲が、曾祖母の笑顔のように見えた。

 「リヴェリアおばあちゃん……あたし、カレン陛下だけじゃなく、皆を助けてあげれるような人になる……見守っていて……」

 翠玉の剣の鉱石が、静かに瞬いた。


 宇宙空間の輪は静かに脈動を続け、三つの星は同じ呼吸をはじめる。

 ゲートは古代のままに――心だけが、新しく進む。

 ──ノアが見守る惑星マーノスの空では、遠く淡い金色の光が、静かに脈打っていた。

 誰も気づかないその光は、今もなお、宇宙のどこかで “祈り” を紡いでいる。


 ソフィアが遠く空の彼方に輝くゲートを見つめた──

 「LUMIÈRE ELDIA ZOĒ AURORA」


 エルディア、リュミエール、マーノス。

 三つの星は、いまひとつの光路で結ばれた。


 それは戦いの終わりではなく――

 希望の始まりであった。



『 ひとつの光路 三つの星命 』 END



──最後まで読んでくださった皆さまへ。


 こんにちは。ソフィア・リュミエールです。

 この旅は、祈りの始まりであり、赦しの物語でもありました。

 古代が残した門を、私たちは再び開きました。

 けれどそれは、過去を繰り返すためではなく――

 未来を信じるため。

 滅びの記録の中にも、祈りは確かに息づいている。

 その祈りを受け継ぐことが、わたしたちの“生きる意味”だと思っています。


 カレンです。

 お姉さまと再び肩を並べて、この星の風を感じることができました。

 争いのあとに残るのは、壊れたものばかりじゃないんです。

 誰かを想う心や、手を取り合う勇気も、同じように残っていました。

 それが“光路”なのだと、今では思っています。

 これからも、わたしたちはその光を絶やさずに進んでいきます。

 あなたの心にも、どうか小さな光が灯りますように。

 ──わたしたちが祈る星は、何百年も昔の誰かが祈る、同じ空で輝いています。


 また、いつの日か

「ふたつの星シリーズ、パート3」

でお会いできますように。


あなたの小さな祈りが、次の光路を照らします。

 ──また、星の下で会いましょう。

 

 ソフィア&カレン



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