第33話 守護の神(捜索者たち : ソフィナギ編)
惑星マーノス――
セラフィム号の偵察機、シルフィード号が着陸した地点から、北の砂漠地帯を進むソフィアとナギサ。
ソフィアは、宇宙戦闘服の背中に重力型ジェットパックを背負う。金属の羽根が夕日に照らされていた。
ナギサは、スケボー型の浮遊機、ホバーボードでソフィアを先導していた。
ミレイからの通信が届く
「ソフィア艦長、ナギサ……もうすぐよ。 目標地点が見えてくるはず……」
小高い丘の上に、門のような建造物が見えた。間違い無く、人工的に作られた物だった。
ファラン『そこから先は、強力な電磁波で覆われています。 地面からも電磁波が発信されているようです。 ドローンも安定しないかもしれません』
さらに門に近づくと、ソフィアとナギサは圧倒された。
ところどころが朽ちているものの、一部は、鮮やかなコバルトブルーのタイルが残っていた。表面には、一様に配置されたレリーフ装飾が施されている。
レリーフは、動物のモチーフで、鷲や牡牛、伝説上の竜などが見られた。それらは、今にもレリーフから出てくるように生き生きと描かれていた。
門の高さと幅は大きく、左右対称の重厚な壁が奥へと続く。
門の奥には、それよりも巨大な建造物がそびえ立っていたのが明らかだった。しかし、今はその跡の石だけが規則正しく並んでいた。
「ここが、発信源……?」
ソフィアが呟いた瞬間だった──
ソフィアが右足から、砂漠の砂に吸い込まれていく……「あっ!」
「陛下!」
ナギサが手を差し出したが、ソフィアが砂に沈む速度は、それよりも早かった。
ソフィアの左手だけが残り、ナギサが駆けつけた時には全てが砂の中だった。
「ソフィア! ソフィア! 応答して!」
ナギサは、熱い砂を掘り返すが、手さえも見えない。通信もノイズが返るばかりだった。
* * *
ソフィアは砂の中の暗いところにいた。
足元がさらに沈む感覚――遅れて、何かが “掴んでいる” と気づいた。
引かれる……地中へと……
「うっ……」
ソフィアは踏ん張ろうとしたが、さらに砂に飲み込まれる。
ヘッドアップディスプレイもノイズを吐き、近くの生命反応もゼロを示していた。
しかし、“何か” がいる。
ただ、それだけが確かだった。
* * *
砂に沈まないように、ボードの上に腹ばいになり、砂を掘るナギサ。その背後で、砂がゆっくりと盛り上がる……
「ソフィア! ソフィア! ……ミレイ! 聞こえる!?」
返ってくるのは依然として、ノイズばかり。
次の瞬間、ナギサの背後の砂が音もなく弾ける──
緑色の鱗が光を浴びていた……
砂の中から姿を現したのは、大蛇型の兵器だった……
大蛇は、ひざまづいていたナギサの背後に、音もなく迫ると、ブーツに噛みついた。
ひきづられるナギサ──
「きゃっ!」
大蛇は、長い体をよじりナギサの体に素早く巻き付いた。
凪刀を振る間もなく、ナギサは凪刀を抱えたまま直径1メートルはあろう大蛇の体に巻き付かれていく……
「うっん!」
ジワジワと、ゆっくりと……ナギサの体は締められていく。
ナギサは咄嗟に腹式呼吸をゆっくりとした。身動きは取れないが、無理に動くと、もっと締め付けられると思ったからだ。
ナギサの鼓動が次第に早くなり、それが大蛇の体に伝わる……
その鼓動にあわせるように、締め付けがナギサの体にめり込む。
「うっ…っ…うっ……」
ナギサのディスプレイ、圧迫センサーが赤に変わる。
宇宙戦闘服の外殻は耐えても、胸郭が悲鳴を上げていた。
呼吸系のアラート音が耳の奥で割れ、視界がわずかに暗くなる。
「ソ…フィア……」
* * *
砂の熱がソフィアの体力を奪っていく……
ソフィアは右手を動かした。少しづつ、砂をかき分けるように……
腰のスイッチを押した。
ジェットバッグが唸りをあげる。しかし、砂の負荷が重い。
体を左右に少しづつ振りながら、今度は、左の腰へと手を伸ばす。
「はぁっーー」
ジェットバッグの唸りと、ソフィアの唸りが重なる。
右手が剣をつかんだ。砂の闇の中でソフィアの星祝のペンダントが瞬く。
(ダリウス……力を……貸して……)
鞘から数センチだけ、光刃が砂の中で輝きながら姿を現す。そこだけ砂が、波紋となりうねる。
「う…ぁぁあああああ───」
ソフィアの叫びとともに、その波紋が少しづつ大きくなり、暁光の剣を抜ききると同時に下から見えぬ天へと振り抜いた。
前方の砂が割れる。
ジェットパックの蒼い噴射が砂を爆ぜさせ、ソフィアは地表を突き抜けた。
背中の羽根が、羽ばたくように開き白銀の光を返す。
ソフィアの足には大蛇が食らいついていた。
空へ引きずり上げながら、暁光の剣でその首を一閃した。
赤いセンサーが爆ぜ、緑の鱗が飛び散る。巨体が砂上へと崩れ落ちた。
降下の軌道をとりながら、ソフィアはナギサを見つけた。
もう一匹の大蛇が、ナギサを締め上げている。
ソフィアは、金属の羽根で滑空した。
ストロベリーブロンドの髪が空を駆ける。
大蛇の脳天をめがけ、暁光の剣がきらめいた。
光が砂をも切り裂き、砂漠全体が一瞬だけ白く染まった。
暴れる大蛇に、ソフィアは再び空に舞う。
その反動でナギサが放り出され、彼女は回転しながら凪刀を水平に凪いだ。
風の刃が光と交わり、大蛇の体を真横に断ち割った。
砂が、動きを止めた。
風が静まり、熱気だけが残る。
ソフィアが着地し、砂を蹴ってナギサへ駆け寄る。
「ナギサ! 大丈夫……?」
ナギサは、口を大きく開けて呼吸を繰り返した。
「ええ……ギリギリ……」
ソフィアは微笑み、無事を確かめるように、静かに彼女を抱きしめた。
ソフィアはふと、門のレリーフを見上げた。
レリーフの動物達は、ただ沈黙のまま二人を見下ろしていた。
こんにちは。
リュシアです。
いよいよ、ソフィア艦長たちは目的の地へとたどり着きましたね。
物語も、残すは最終章の前半と後半だけとなりました。
星々の光が、ひとつの軌跡を描きはじめています。
その輝きは、祈りのように静かで──けれど確かに、未来へと続いているのです。
私は、エルディアの空を見上げながら祈っています。
散りゆく星の雫が、誰かの願いと混ざりあうように。
そして、その光が新しい夜明けを照らすように。
どうか、最後の瞬きまで見届けてくださいね。
リュシア──




