第20話 救出作戦(重力の穴 : ソフィア編)
惑星エルディア──
遙か上空、セラフィムゲートの二重リングが静かに回転していた。間に浮かぶ鉱石群が脈打つように光を放ち、やがて中心に水面のような膜が張る。
その揺らぎを裂いて、セラフィム号の船首が現れた──
ファランの声が艦橋に響く。
「ゲート離脱完了。船体・生命維持・重力装置、すべて正常。ソフィア艦長のDNA認証、維持されています」
窓外には満天の星々、そして眼下に青き輝く惑星エルディア。
冷凍睡眠カプセルの白い霧が解け、ソフィアがまぶたを開ける。透明なガラス越しに、先に目覚めたのだろうか──ルゥの心配そうな顔が見えた。
カプセルが開くや否や、小さな身体が胸に飛び込んでくる。
「ルゥ!……おはよう」
温もりを抱きしめながらソフィアは、ほっと息を洩らした。
* * *
その頃、レオンとカレンはビースト型兵器から逃れ、都市の外れにあるビルの中に潜んでいた。
「やはり、空を飛ぶ兵器は無かったようだね。ここまで追っては来なかった。カレン、最後の非常食だ。栄養をとっておこう」
「うん。持久戦ね……そろそろビースト型も探しまわってて、ここも見つかるかも……」
「ソフィア達が信号に気づいてくれても、ココまて来るのは一年……。いずれにせよ、ここでは長期間暮らせない。エルディアに戻るか……。そろそろエルディアでの捜索も終わってくれてると助かるが……」
* * *
セラフィムゲートを無事に通過した数時間後、セラフィム号の艦橋。
「えっ……カレンがいない!?」
ソフィアの瞳が大きく揺れた。
ファランが端末を操作しながら答える。
「はい。惑星エルディア上には信号を確認できません。現在も探索を継続中です」
「どういうこと……?」
アクアマリンブルーの瞳が不安に揺れる。
ミレイが眉をひそめ、スクリーンを見つめる。
「艦長、古代兵器が起動した痕跡があります。 今は沈黙していますが……」
ソフィアは腕を組み、考え込む。
「カレンの知らせは “内乱” 。 古代兵器は沈黙……。となると──」
ミレイが振り返る。
「内乱は終わった。 けど、エルディアにカレンさんはいないのかも…」
「……逃げたかも。 ファラン、近隣宙域も捜索して」
* * *
ファランの青ランプが瞬いた。
「衛星エレーネ──衛星の内部からカレン様の信号を捕捉!」
「衛星の内部……? 惑星エルディア、月の地下にいるのね!」
ソフィアの目が輝いた。
「セラフィム号、衛星の周回軌道へ!」
ソフィア「衛星の内部……中に入れる入口が必ずある……」
ファラン『二時の方向に、カレン様の信号が強く反応する部分があります』
やがて、衛星の裏側のひときわ大きなクレーター。その中央に偽装された入口を確認した。
ミレイ「あれだわ!」
ソフィアは即座に決断を下す。
「入り口が小さい…偵察機で降下しましょう。 セラフィム号は待機。 ユリス、ミレイ、ファランは、艦を頼みます。 ……ハヤセ、ナギサ、私で行きます」
後部のカタパルトがせり上がり、白銀の偵察機シルフィールド号が青い光を残して発進する。
操縦桿を握るハヤセが、クレーター中央へ垂直に突入した。
通信機からファランの指示が飛ぶ。
「シルフィールド、進路変更。 現在地から三時方向、距離一千キロに信号を確認」
「了解!」
ハヤセは宙返りで進路を修正。眼下に広がったのは──衛星内部に築かれた都市だった。
無数のビルが暗闇に林立し、天井を走る光の筋が夜空の星のように瞬いている。壁面を流れる微光は、脈動する血管のようにゆらいでいた。
「……こんな都市が、衛星の中に?」
「これは、衛星に見せかけた丸い人工の星だな……」ハヤセが低く呟く。
再度、ファランの通信が届く。
「生命反応確認しました。 二人います」
都市の外れ、屋上に黒い小型宇宙船が停まっている。
ソフィアの視線が鋭く光った。
「あったわ!」
シルフィールドは静かに垂直降下する。
ハッチが開き、防護マスクを装着した三人が降り立った。
* * *
ナギサが前に出る。
「陛下、お守りいたします」
中央にソフィア。背後でハヤセが銃を構え、周りを俯瞰する。三人は、下へと続く階段をゆっくり降りた。
その時、下から複数の足音。鉄の塊が擦れ合うような重い響きが、階段の壁を震わせる。数は増え、速度も上がっていく。人間の足取りではない。
「急ぎましょう」
三人は一気に駆け下りる。
重音はやがて、ドアを破砕するブラスターの爆ぜる音へと変わった。
音の吸い込まれた部屋の前に、三人は身を寄せる。
「行くわよ!」
破壊されたドアを蹴って、なだれ込む。
ナギサの凪刀が幾つもの円を描き、中央へ駆け抜けた。
熊にも猿にも似たビースト型自立兵が、振り返る間もなく、水色の残光を残して崩れ落ちる。
別の一体が横から迫る。ソフィアは滑り込み、素早く鞘離れ──暁光の剣を斜めに振り抜いた。白銀の波紋が閃き、切断面から上半身が斜めにずれ落ちる。
ハヤセはオートブラスターで、向きを変えようとする個体の頭部を次々に撃ち抜いた。
ソフィアの声がイヤホンに響く。
「ナギサ、ハヤセは左へ! 奥のターゲットを護衛!」
通信と同時に、ハヤセは背後の通路へ『マキビシ』グレネードを投げ込む。
ビースト型兵器の足に絡み付くと爆煙と共に経路を塞さいだ。
「ミレイ! シルフィールドを遠隔で窓に接舷させて!」
「艦長、了解!」
右壁沿いに窓へ向かったソフィアの視界に、人影。
中央の窓際で、ブラスターで応戦するその影──揺れるのはプラチナブロンドの髪。
「カレン! ケガは!?」
「お姉さま! 大丈夫よ!」
レオンも手を上げ、合図を送る。
ナギサとハヤセが二人の横へ並ぶ。ハヤセは前方へ『エンマク』と呼ばれるグレネードを投げ込んだ。敵の視界が遮られ、ブラスターの音が一瞬静まる。
ソフィアは、カレンの背に滑り込みながら、暁光の剣で後方の窓を叩き割った。外ではシルフィールドが静かに降下してくる。
ハヤセが、もう一つグレネードを投げた。それと同時にソフィアが叫ぶ。
「レオン! カレンと乗って!」
レオンが翼に足をかけ、カレンの手を引く。
ハヤセはソフィアのハンドサインを確認すると、先に機体へ飛び乗り、屋上へと浮上した。
ナギサは群れの中へ踏み込み、凪刀で同心円の渦を描いた。
波紋に巻き込まれるように、ビーストが次々と崩れる。
ハヤセがシルフィールドに乗って、窓際に戻る頃には、敵影は途絶えていた。
まだ煙を上げるアンドロイドへ、ソフィアが歩み寄る。
剣先を筐体中央へ差し入れ、胸部のメインフレームからコアを引き抜いた。
楕円の透明のカプセルの中心で緑の鉱石が鼓動のように光り、束ねられた極細の導線が多層基板へ潜り込んでいる。
「敵の正体が分かるかも……」
ソフィアはそれを布で包むと、ナギサとともにシルフィールドへ跳び乗った。
屋上へ上昇する機体。
そのまま、黒い小型宇宙船の傍らに立つ、カレンとレオンにサインを送る。
ビルの屋上から、白銀と漆黒、二機の偵察機がセラフィム号へと舵をとった。




