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小さなお姫様


穏やかな気候と美しい湖のあるとある街で、一人の少女と、その後ろを二人の男が歩いていた。

レイフィールドと呼ばれるその場所は、王家直轄領の中心にある街だ。


かつてはクロウフォード男爵家など複数の貴族が管理していたが、十数年前に大量の不祥事が発覚して依頼、貴族家は取り潰し。今では王家が直属で管理している。


少女は母親譲りの赤髪を揺らしながら、湖沿いの街道を足早に歩く。

その後ろを歩く二人の男はいささか疲れた顔で、しかし愛情深い眼差しで少女の後ろ姿を見つめていた。


「なあフェルディ。……俺たちの仕事はいつからお嬢様の子守になったんだろうなぁ」


ルイが苦笑しながら隣のフェルディに問いかける。


「誇りある仕事だ。お二人の大切な姫君を守るんだからな」


フェルディが真面目な顔で答える。


「……お前はつまらないやつだなぁ」


呆れたようにルイが呟いたとき、前を歩く少女が二人の方へ振り返る。


「ルイ、フェルディ! 二人とも急いでよっ! 早くしないと馬車がきちゃう!」


頬を膨らませて少女が言う。


「シャーロットお嬢様、そんなに急がなくても馬車が来る時間はまだ先ですよ」


ルイが言う。


「いいえ、今日は予定よりも早く到着する気がするわ!」


「何か理由がおありで?」


「わたしがそう思うからよ!」


ふふっとフェルディが微笑む。


それを横目にルイは肩をすくめてみせた。



シャーロットは、いささか老けた二人の男が息を切らしながら付いてくることにも構わず、街道を駆け出す。

なぜなら今日は、ひと月ぶりに両親に会える日だからだ。


父であるエヴァンは普段から領地であるこのレイフィールドで暮らしているが、王妃付き筆頭秘書官である母は、王宮と領地を行ったり来たりしており、長期間レイフィールドに滞在することは滅多にない。


そんな父と母は、王国内の領地を視察する目的で、二人一緒にひと月前からレイフィールドから遠く離れた地へ旅に出てしまっていた。


そして今日は、ようやく二人が帰って来る日なのだ。


シャーロットは視界の先に駅舎を見つけ、嬉しそうに鼻をならす。



石造りの駅舎では、様々な人々が往来していた。

馬車を待つ人々、馬車に乗ってきた人々、手紙や荷物を運ぶ配達人や商人たち。


かつて人影もまばらだったこの地は、エヴァンが領主となってから劇的に利用者が増えた。

以前まで貴族の裁量で好き勝手に決められていた税は統一され、商業が盛んになるよう法も整備された。

要所となるレイフィールドは、今では交易の中心となり、王都の次に栄える街として国内外に広く知られている。


人混みを縫うようにシャーロットが駅舎内を走り抜ける。

その後ろから、彼女を見失わないようルイとフェルディが必死に追いかける。


シャーロットがようやく立ち止まった場所は、旅客馬車の発着所だ。

エヴァンたちは長距離用の馬車でここまで来たあと、ここから自分たちの馬車に乗り換えるのだ。


「よお、シャーロットお嬢様。待ちきれなくて来ちまったのかい?」


ひげを生やした恰幅の良い男が御者台(ぎょしゃだい)から話しかける。

領主専属車の御者をしているセドスだ。


「ええ、そうよ。お母様もお父様も、きっとわたしが恋しくてしょうがないはずだから、少しでも早く顔を見せてあげようと思ったの」


胸をつきだし自慢げにシャーロットが言った。


「はっはっは!そりゃ、おふたりもきっと喜ぶぜ。……しかし、いいのかい? うしろの子守たちはすっかりバテちまってるようだが」


セドスの視線をなぞるように振り向くと、ルイとフェルディが肩で息をしながら汗を拭っていた。


「……だらしないわねぇ」


呆れたようにシャーロットが呟く。


「はぁ、はぁ。……お嬢様がいきなり走り出すからですよ? 我々大人はお嬢様のように小回りがきかないのです……」


「そんなんじゃエレノアとルシアの相手は務まらないわよ? 普段からもっと運動しないと」


「いやはや、これは手厳しい……」


ルイが苦笑する。


エレノアは、フェルディの娘だ。そしてルシアはルイの息子。

二人はそれぞれ結婚しており、最近子供が生まれたばかりだった。


「まあまあお嬢様。ふたりとも机仕事ばかりで体がなまってるんでしょうや」


セドスがなだめるように言った。


「なおさら、いい運動になったわね」


シャーロットがにっこり言うと、セドスが愉快そうに笑う。


「はっはっ、ちげーねぇや」


その様子を見たルイとフェルディは、やれやれと肩をすくめる。




それから少しして、遠くに旅客馬車が見えた。


「お、どうやらお戻りになられたようですぜ」


セドスが目を細めながら言った。

到着予定時刻より少し早い。シャーロットの言ったとおりになった。


シャーロットが嬉しそうに、けれど少し不安そうな顔で遠くを見やる。


そんな彼女の様子を察したのか、フェルディが彼女の前にそっと屈んだ。


「お嬢様の背丈じゃ、見えづらいでしょう? 良ければ私の肩にどうぞ」


「やれやれ、しょうがない。それでは私めも肩をお貸ししましょう」


そう言ってルイも屈む。


「う、うん」


シャーロットがよじ登ったのを確認し、ルイとフェルディが立ち上がる。


「わぁあ、高い!」


二人に肩車をしてもらい、シャーロットが嬉しそうに声をあげた。



やがて馬車が駅舎へと入ってくる。

黒く毛並みの良い馬たちが、馬係の浴びせる水に気持ちよさそうにいななく。


木製の頑丈なキャビンの扉が開かれると、スラリと背の高い紳士がゆっくりと馬車を降りた。


「お父様!」


シャーロットが叫ぶと、エヴァンが優しく微笑んだ。


「シャーロット、迎えに来てくれたんだね? …ルイ、フェルディもありがとう。うちのお転婆(てんば)娘がずいぶん迷惑をかけたようだ」


ふたりが肩車している様子を見て、笑いをこらえながらエヴァンが言った。


「なぁに、これも仕事ですから」


皮肉交じりにルイが笑う。


そのうちにエヴァンに続きもう一人が馬車から降りる。


「お母様!」


「ただいま、シャーロット」


ロザリアがにっこりと笑いながらシャーロットに向けて両手を差し出す。


ルイとフェルディが屈むと、シャーロットが肩から飛び降りて、ロザリアに抱きつく。


「お母様ぁっ」


もう一度言って、ロザリアのドレスに顔をうずめた。

その背中をそっと抱きしめながら、「長い間留守にしてごめんね?」とロザリアが優しくつぶやいた。


「……お母様とお父様、しばらくはおウチにいる?」


ひとしきり顔をうずめたあと、シャーロットがたずねる。


「……ええ。王妃様から少し長いお休みをもらったの。だから、この夏の間はずっと一緒にいられるわよ?」


「本当に?!」


ロザリアの言葉にシャーロットが顔を輝かせる。


「本当よ。ねぇ? エヴァン」


「ああ」ロザリアの視線に答えるようにエヴァンがうなずく。「国王陛下ご夫妻も、僕らとシャーロットがあまり一緒にいられないことを気にしてくれてね。今回は長い休みをもらったうえに、王宮にも招待されたんだ」


「王宮に? じゃあクラリスとアレクにも会えるの!?」


それは現国王夫妻であるアルベルトとソフィアの子供たち。シャーロットのいとこでもあった。


「会えるよ。今週末に一緒に王都へ行こう」


「嘘みたい!こんなに嬉しいことがいっぺんに来るなんて!」


シャーロットがはしゃぐ様子を見て、その場の大人たちが一様に微笑んだ。




領主館に向かう馬車の中、エヴァンとロザリアの間で、シャーロットはすっかり眠りについていた。


「この子にはいつも寂しい思いをさせてるわ」


ロザリアが髪をなでながら呟く。


「そうだね。もう少し大きくなれば、君や僕の仕事にも同行できるんだけど」


「そうなったら素敵ね。けど今は、ただただこの子の側にいてあげたい……」


シャーロットのおでこにそっとキスしながらロザリアが言った。


「同感だよ」


同じようにエヴァンもシャーロットのおでこにキスをする。

そして言った。


「この夏休みは、全部この子に捧げようかなぁ」


「そうね。私たちの小さなお姫様のために、ね」


エヴァンとロザリアは顔を見合わせ、くすりと微笑む。


「子煩悩なあなたも好きよ? エヴァン」


「どんな君も好きだよ。ロザリア」


二人はコツンとおでこを突き合わせる。



湖沿いの美しい街道を、三人を乗せた馬車が穏やかに駆けていった。



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