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怪談が言うには

 ネーヴェが猟犬のあとをついて村人たちを引き連れて向かったのは、崩落した坑道からもう少し山へと登った坑道跡地だった。

 木々に隠されるようにしてある坑道には木の根が這って岩や土を阻んでいる。崩落した坑道よりは出入りはしやすそうだった。

 ここまで歩くつもりだったフィオリーナは馬に乗せられた。ネーヴェに有無をいわさず乗せられたのだ。馬から降ろしてもらうにも、ネーヴェは当然のようにフィオリーナを抱え降ろした。おかげで村人たちの視線がなんだか痛い。

 しばらく一同で待っていると、アクアと子供ふたりが坑道から現れた。


「父さん!」


 男の子に駆け寄られた父親は一度子供を抱きしめたものの、次の瞬間にはげんこつを落とした。


「ばかやろう! 人様にこんなに迷惑かけやがって!」


 男の子は「ごめんなさい」と泣きながら謝った。

 もうひとりは女の子だった。村の子供たちより身綺麗なワンピースを着ている。この子が他の町から来た子供なのだろうか。彼女は父親が迎えに来ている男の子をすこし恨めしげに見ていた。

 けれど「ジェシカ!」という声が聞こえるとパッと顔色を変えた。

 あわててやってきた母親とおぼしき女性が、山道に足をとられながら登ってくる。

 その女性に女の子は走り寄っていって、抱きつく。抱き留めた母親は「心配かけて」と叱ったが、女の子を撫でた。

 様子を見ていたネーヴェは親子たちに声をかける。


「今日は運良く見つけられたけれど、次はこうはいきませんよ。もう坑道には入らないでくださいね」


 男の子の父親が「すまないね、領主さま」と頭を下げると、横で見ていた女の子の母親がぎょっとしたように頭を下げた。


「も、申し訳ございません! 領主さまとは知らず……」


「いや、いいよ。もうすこしで医者もくるから一応子供を診せてやるといい」


 そう言って、ネーヴェは子供たちに目線を合わせた。


「度胸試しでもしたのかな?」


 そう言ってネーヴェが口の端を上げると、子供たちはおずおずとうなずく。


「じゃあ、もっといい場所を教えてあげよう。──村の外側に墓地があるだろう?」


 ネーヴェが子供たちに尋ねると、彼らもつられるようにうなずいた。子供たちの興味を引いたと確認したネーヴェは穏やかに続ける。


「その墓地の近くに古い屋敷がある。元は昔、墓守が住んでいたんだが、死体を好き過ぎて、葬式のないときは自分で死体を作っていた。……そう、つまり人を殺していたんだ」


 ネーヴェの淡々とした語り口に、いつの間にか周りの大人も固唾を呑んで聞いている。


「けれど、そんな悪行はいずれ誰かに明かされてしまうものだ。墓守は捕まり、死刑となった。ついには自分が死体になったんだね。当然の報いだ。けれど、墓守が死んだころから墓地では不思議なことが起きるようになった」


 森の暗がりがネーヴェの話と共にいっそう濃く見え、不思議な静寂が広がる。


「ざく、ざく、という土を掘り返す音が聞こえるようになったんだ。それからずるずるという、何かをひきずるような音も。夜中にそんな不思議な音を聞くようになった村人たちがたしかめにいったが……誰もいない。夜中に葬式をやる者はいないからね」


 けれど、とネーヴェの菫色の瞳が暗闇に光る。


「今でも時折聞こえるんだそうだよ。ざくざく、ずるずるってね。ある日、酔っぱらった村人がひとりで墓地に通りがかると、そこには血塗れの斧を持った男が見えたとか……」


 ぎゃ、ぎゃ、と突然鳥の大きな鳴き声が響いた。

 子供たちはとうとう泣き出した。

 周りの大人たちも引き気味だ。


「──という噂のある屋敷が残っているから、度胸試しならそちらへ行くといい」


 ネーヴェが満足そうな顔で笑うと、真っ青になった父親が首を横に振った。


「行かせねぇよ! 何考えてるんだあんた!」


 とてもまっとうな意見だった。

 もう解散しようという流れになって、大人たちも苦笑しながら山を下りる。微妙な空気になったのは絶対にネーヴェの怪談のせいだ。

 フィオリーナが慎重に山を下っていると、ネーヴェがやってきて当たり前のように手をとる。

 その様子を見ていた男性が苦笑した。崩落現場でネーヴェが声をかけた人だ。


「お嬢様を連れてきて怪談話とはいいご身分だな」


「彼女が私に馬でこの崩落を知らせてくれたんですよ」


 ネーヴェがそう言うと、男性は「そうだったのか」とフィオリーナに視線を向ける。


「そりゃすまない。ありがとう。……こう、変人だがこういうとき来てくれると助かるんだよ、この人」


 変人と言われたネーヴェは肩をすくめた。


「今回は私ができることで良かったですよ。死人を生き返らせることはできないので」


 ネーヴェがのんびりと釘を刺すと、男性は苦笑いする。


「……村の中でもまだ坑道に入る奴はいる。注意しておくよ」


「お願いします」


 そう言うネーヴェに答えて、男性はうなずくがすぐあきれ顔をした。


「それにしても最後の怪談はなんだよ。本当に優秀なんだか変人なんだかわかんない人だな、あんた」


 男性の苦笑に、ネーヴェは何でもないことのように答えた。


「墓守の屋敷だったのは本当ですよ。別に必要もないのに地下室があって、不思議な屋敷なんです」


 話はでっちあげだが、屋敷は本物なのか。男性とフィオリーナは青ざめたが、ネーヴェは首をひねるばかりだ。


「一応、調査に入ったことがあるんですが、近くに住んでいる人の話だと精霊祭の時期になると子供の声が聞こえるとかなんとか」


「わかった! 今日は助かった! ありがとな!  礼は必ずあとでする!」


 男性はそう言って無理矢理話を切ると、手を振って山を下りていった。




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