【MEETING】
近々もう一話あげまーす。
マキレスに腹を打たれ、呆気なくも仰向けに倒れているヒトシ。直後マキレスから逸らした視線の先には、転移者が一人――桐崎サクラの姿があった。
ヒトシの倒れている位置より遥か上、マストの上から甲板を望んでいるその瞳は、あまりにも冷たかった。
その手に握られている剣については、『異形』の一言に尽きる。本来刀身と呼ぶべき部位には刃は付いておらず、八角の直棒がその役目を果たしている。それを軸に十手のような六つの鉤が伸びており、縦長の団扇のような形状をしている。
それで一体どのように戦うというのか、そう問いたくなるような、そんな異様な姿。
ふと、そんなヒトシの耳に何かか届く。痛みと衝撃でその内容は定かではないが、おおよそ勝ちを確信したマキレスが何かを言ったのだろう。
自分の寿命を一秒でも長く持たせるために、ヒトシは朧気ながらに言い放つ。
「僕とお前とでは、勝利条件が違うんだ」
僅かに、マキレスの表情が強張った。そして同時に、マキレスの動きがほんの一瞬止まる。
それを見て、ヒトシは自分が賭けに勝ったことを確信した。この距離なら、マキレスが剣を振り下ろすよりも先にサクラの剣が届く。もっとも、あの彼女がヒトシに救いの手を差し伸べれば、の話であるが。
ウタからの頼みであれば邪険にしないだろうと心の底より願いを籠めて、ヒトシは詰めの挑発を口にした。
「この勝負、僕の勝ちだ」
マキレスが血相を変える。血の気の無い灰色の肌であっても、ヒトシの言葉を受けて僅かに興奮しているのは明らかだった。
「アンタ、敵ね」
そして同時に、彼女の声が耳に届く。凛としていながらもどこか荒々しさを感じるこの声色に、ヒトシも少なからず恐怖を覚えたのは言うまでもない。
――ああ、彼女だけは敵に回したくないな。
そんな安堵にも似た恐怖を感じながら、ヒトシの意識はゆっくりと闇の中に落ちていった。
□□□
次にヒトシが目を覚ましたのは、それから随分時間が経った後の事だった。
全身に気怠さと節々の痛みを感じながら目蓋を開くと、そこにはベッドで横たわる自分に覆い被さるように眠っているウタの姿があった。
頭を揺らしてうとうとと、というわけでもなく、それこそヒトシに対して突っ伏す形で眠っている。その際、無論ウタは無意識ではあるだろうが、ウタの女性らしい部位がヒトシの手の甲に当たっちゃっていたりする。口元から垂れているよだれは、余程熟睡出来ているという何よりの証だろう。
何と言うか、無防備過ぎないだろうか。かつてはアイドルの卵とも言われた女子高生が、仮にも一男子である者の前で寝息を立てて眠るなんて。
もっとも、ヒトシにウタを襲う度胸なんてものはないが、だとしてもこの現状は直視し難いものがある。
思えば、ウタと初めて出会った時も彼女は直視し難い格好をしていた。もしや、ウタはそういう性癖の持ち主であるのだろうか……、
「だぁれが痴女ですか、誰が、え?」
「あ、え、っと、お、おはよう。ウタさん」
どうやら口に出てしまっていたらしく、ウタはいかにも不服といった表情を浮かべたまま返事を返さない。
「別に痴女だなんて言ってないって。ただ……」
「ただ?」
「いわゆる、貞操観念低い系の方なのかなぁっと」
「つまりアホの子オアビッチと言いたいわけですかヒトシさんは!」
「ゴメンナサイ! そういうわけでは!」
鬼の形相になりつつあるウタに必死で頭を下げる。すると、まあいいですけど、と思いのほかアッサリとウタは許してくれた。
いつもとはどこか違う雰囲気に疑問を抱きながら、そこは気にしようよとツッコむべきかヒトシが迷っていると、今までになく小さな声で、ウタはぼそりと呟いた。
「本当に、無事で良かったです」
「へ?」
途端に変わった声色に戸惑ってウタを見ると、その瞬間ヒトシの体から血の気が失せていった。
そう言ったウタの頬には、涙が一筋伝っていたのだから。
「ちょっ!? なんで!? とりあえずゴ、ゴメン!」
ウタの涙のわけが分からず困惑し、慌てて謝罪するヒトシ。けれど、その謝罪を受けてなおウタは涙を流すのを止めなかった。
わけも分からず女の子を泣かせてしまったヒトシと、ほろほろと涙の止まらないウタ。まさに場が混沌となろうとしていた時、ふとウタの口から溢れた言葉がヒトシに理性を取り戻させた。
「心配、したんですから」
「――――」
体が、震えた。
その一言があまりに大きく響く、温かい一言だったから。
「本当に、心配しました。だから、こうしてヒトシさんとまた話せていることが、私はとっても嬉しいです」
「ゴメン、心配かけて」
「何回謝ってるんですか、もう」
涙のせいか、頬を僅かに紅潮させながら、ウタはクスリと笑う。
その笑顔がいつものウタのものと同じで、ヒトシも同様に安堵を取り戻した。
「もっと、強くならないとね」
「ええ、次はヒトシさんだけを置いていくなんて、絶対にしてたまるもんですか」
「……へえ、分かってるんじゃない」
今自分がベッドに横たわっている理由、それを理解した上で強くなることを誓いあった二人。そんな二人の元に、また新たな声が生まれる。
二人が声のした方向へと振り向くと、そこには壁を背にして腕を組んでいるカリファの姿があった。
「貴方達はまだまだ弱い。それこそ、同じ転移者である桐崎サクラと比べると酷いものよ」
「「カリファさん」」
「試験は確かに合格したけど、貴方達はまだ真に戦えるほど強くない。特にウタ、貴方は洗礼を受けてない」
「洗礼、ですか?」
「貴方、剣を振ることにまだ抵抗があるでしょう?」
核心をつくカリファの発言に、ウタは静かに息を飲んだ。
そんなウタを静かに見つめたまま、カリファは話を続ける。
「別に責めているわけではないわ。そもそも、それは私が教えておかなければならない事なの。貴方に落ち度は無いわ」
「でも、このままじゃあ……」
「そうね。このまま剣を振れないようだと、貴方は確実に命を落とすわ」
残酷な現実を突き付けるカリファの言葉に、ウタは大きく体を震わせた。額には冷や汗が浮かび、その顔には色濃い絶望が表れていた。
それを見たカリファは壁から背を離し、ゆっくりとウタへと歩み寄り、目を細めた。
「強く、なりなさい。今よりももっともっと。次は貴方の想い人と背中を預け合えるように」
「――――っ!?」
直後、ボフン、とウタの頭から急激に蒸気が沸き出る。顔は激しく紅潮し、寝ぼけ眼だった瞳は普段以上にパッチリと見開かれた。
そんなウタの分かりやすい挙措動作に、カリファは思わず口元を綻ばせた。
一方、まさかその想い人が自分だとは微塵も思っていないヒトシはキョトンとそれを見ているだけである。挙げ句、この世界に来てからそれらしい人と出会ったのだろうという結論に達し、
「頑張ってね、ウタさん」
などと口走る始末である。
その様子には流石の二人も呆れ果て、大きな溜め息を吐いた。
「頑張りなさい、ウタ」
「先は長いですよ、本当に」
その二人の言葉の意味をヒトシが理解するのは、まだまだ先の話である。
□□□
そんな一幕を終えた後、ヒトシは二人から襲撃の顛末を聞かされた。
船の前方ではヒトシのいた後方の数倍の数の魔物が待ち構えていた事や、それをカリファとエッジの二人だけで食い止めていた事。また、ヒトシが気絶した直後に何故か魔物は一斉に退散した事など、次から次へと驚くべき事を知らされた。
しかし、その中でも一際ヒトシを驚かせたのは、戦場を離れたウタが呼びに行ったのは桐崎サクラではなかった、ということだった。
(え? サクラちゃんですか? 呼んだのは私じゃありませんよ?)
すっかりウタの頼みで助けに来てくれたと思い込んでいたヒトシが、そんなウタの言葉に驚愕したのは言うまでもない。
信じられない。あの桐崎サクラがおおよそ自分に関係の無いヒトシに手を差し伸べるなんて。
空かさずそう思ったヒトシだったが、ウタの性格上そんな嘘は吐かないことも明らかである。つまり、事実としては桐崎サクラの意志によって、ヒトシは助けられたことになる。
ならば、とヒトシはその後寝室を後にした。まだ節々に痛みを感じるが、立ち上がれない程ではなかった。無論二人には止められたが、その時のヒトシに生まれていた衝動は、ヒトシ自身にも止められなかった。
結局ウタには不安な表情を、カリファには呆れ顔を浮かべられながら、ヒトシは二人に見送られた。
そして今、つい数時間前に自分が横たわっていたあの場所に、ヒトシは足を運んでいた。
今回も読んで頂き誠にありがとうございます。
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一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。




