【SCHEME】
大変お待たせしました。ここのところ忙しかったので、全然書きすすめなかったのです。これからも更新間隔は空くかもしれませんが、よろしくお願いします。
甲板での戦闘は熾烈を極めた。
無限にも思える敵の軍勢に対し、こちらの戦力はヒトシとウタのみ。それ以外の戦闘員は前方に駆り出されているか船内にて戦闘しているのか、どちらにせよ後方のヒトシの元へ増援が来る様子もなく、まさに多勢に無勢。この時点で、ヒトシ達の勝利条件が敵の殲滅であることを踏まえると、二人の勝利は絶望的と言わざるをえない。
無防備に飛びかかってくる半魚人を斬りつけて船外に落とし、更に後方から迫っていたもう一体を身を翻して足を掬い、また船外に追い出す。
時折上空より急降下してくる怪鳥は一手二手で受けては断ち切り、最小限の動きで最大限の量を捌いていく。
こちらの手数が圧倒的に足りない現状で、一体一体息の根を止めている暇など無い。空を自由に滑空する怪鳥はともかく、海から這い上がってくる半魚人はいちいち相手にしていられない。時間をかければ追い詰められる状況では、少しでも数を減らすために船外へ突き落とすのが最善だった。
そうしてようやく余裕が生まれたと思えば、間髪入れずに怪鳥が上空より迫り来る。こちらは翼がある以上船外に落としたとしても意味は無く、全ての個体を倒さなければならない。
そして、そうしているとまたも半魚人が戦線に復帰する。まるで先が見えない無限ループだ。
しかも、敵の親玉らしき人型の魔物は未だに一歩も歩いていない。雑魚を捌くだけで精一杯のヒトシ達に対して、魔物側に余裕があるのは明白だった。
先行きの見えない状況に内心舌打ちをしながら傍らに目をやれば、大剣を振り回して雑魚を凪ぎ払うウタの姿がある。が、その息は既に荒く、やはり長期戦は望めないか。
また、ウタの変化は目に見える疲労だけでなく、どこか表情から血の気が失せているようにヒトシには見えた。
すると次の瞬間、とうとうウタは大剣を杖にして膝を着いた。
依然として沸き続ける魔物を千本で牽制し、サッとウタの元へ駆け寄る。
「ウタさん、大丈夫?」
「大丈夫……です。身体はまだ動きますし、今じっとしていられる暇なんて無いのも分かってます。……ただ――」
ウタの口からか細い吐息が漏れる。
それは普段無意識にしている呼吸ではなく、明らかに身体に異常があるときに発せられるものだ。息が切れるほど動いた後や病に罹った時に起きる発作のような、短く早い、途切れ途切れの吐息。
そして何よりも、大剣に縋りつく手が明らかに震えていることが、ウタの異常を知らせるサインだった。
「おかしいんです。立ち止まってはいけないと思っているのに、剣を振るわなければいけないと分かっているのに、身体が動かないんです。……まるで、金縛りにあったみたいに」
「――――」
その言葉を聞いて、ようやくヒトシはウタに起きている異変を理解し、同時に自分の浅はかさを呪った。
ウタの行動を阻害している金縛りの真実、それはつまるところ恐怖に他ならない。
考えてみれば当然の事である。今まで刃物など包丁程度しか握ったことがなく、今まで血など自分自身のものしか見たことがないような少女が、自分の手に余る凶器を渡された。そしてそれで、自分以外の命を絶っていく。
それがどれほどウタにとって負担になっていたのか、虚ろになっていくその瞳を見れば一目瞭然だ。
思えば、カリファとの訓練で剣を振るうことはあれど、相手が相手であったために深い傷を負わせることはまずなかった。
そんな状態で戦場に放り出され、異形の生物を真っ二つにしていく。その度に伝わる、肉を断ち切る死の感触にウタが堪えられる訳がなかった。
「動いて、動いて、動いてっ」
己を呪うように、震える拳で自身の足を殴り付けるウタ。己の内なる恐怖と戦っているのだろう、その目元には数行の涙の痕が通っている。
そんなウタの腕を掴み、ヒトシはウタに告げた。
「……ウタさん、逃げて。逃げて、助けを呼んできて」
「――っ!? ヒトシさんっ、それはっ、それだけはっ!」
ヒトシだけを戦場に残して、自分は危険から遠ざかる。それは以前にもヒトシが下した判断であり、かつてウタは逃げるしかなかった自分を悔やんだ。
そうして悔いた行いを、今ウタにもう一度しろと言うのか。力になれないという自覚があったのも相まってか、ヒトシの判断を聞いたウタから出た言葉は、どこか悲愴に満ちていた。
けれど、それを理解した上でも、ヒトシはウタにそう宣告せざるを得なかった。
「あの時は、ウタさんだけでも助けたいと思った。だから、ウタさんに頼んだんだ。……でも今は違う。この状況で僕が抜ければ、誰もアイツらを食い止められない。そして、今のウタさんを守りながら戦える自信も無い。だから、逃げて。逃げて、この状況を打破出来るだけの何かを」
状況は好転せず、依然ヒトシ達に勝ち筋は見えない。その上、ウタは完全に戦意を失ってしまっている。そんな状況でウタを守りながら敵の勢いを抑えるなど不可能だ。
故に、ウタにはこの場から離れてもらう他なかった。
「一番辛いのはウタさんだってことは、分かってる。でも、お願いだ。早く、逃げて」
冷酷にも映るヒトシの選択に、ウタは顔を伏せた。今も血が舞う戦場の中でヒトシの目にはそれが失意の表れに映り、そしてその後顔を上げたウタはハッキリと頷いた。
「……これが、最後です。もう二度と、私はヒトシさんを置いて逃げたりはしません。……だから、待っていてください」
その場にそう言い残し、大剣を置いたままウタはその場から立ち去っていった。
戦場は常に状況が変わり行く。
ウタの離脱もそうだが、際限無く増え続ける敵の数も大きな問題だ。
ウタもいた先程でさえ捌くので精一杯だったにも拘わらず、今は先程よりも敵の勢力が増してきているようにも思える。このままでは数で押し潰されるのは明白。その前に、何か手を打たなければならない。
そして、ヒトシは策に打って出る。
「お前に、聞きたいことがある」
「……わざわざ答えてやる義理もないが、一つだけ答えてやろう。何だ?」
「お前の……いや、お前達の目的は人間の殲滅か? 今、僕達を殺すことはお前達の目的に直結しているのか?」
一度息を整えようと、咄嗟に思い浮かんだ問いをヒトシは口にする。人型の魔物はそれを聞くとおもむろに笑いだし、今も飛びかからんとしていた配下共を制止すると、口を開いた。
「人間の殲滅、か。確かに貴様らは我等にとって糞尿に集るハエの如く目障りな存在だが、正確には違う。我等の望む理想の道中に、貴様らの死が転がっていただけの事だ」
「理想? なら、お前達の理想っていうのは一体何なんだ?」
「おいおい、図に乗るなよ人間? オレは一つだけ答えてやると言ったんだ。それ以上は語らん」
そう吐き捨てて魔物は嘲笑し、腰に帯びていた細身の剣を抜いた。
「どうしても知りたければ、オレに一撃でも入れてみろ」
「……冥途の土産くらい持たせてもらいたいもんだけど」
「ハッ、良いだろう。我が真名――マキレス、我が主より賜りにし至高の我が名でせいぜい両手を埋めるがいい。さあ、その手に握る剣が飾りでないことを証明してみせろ!」
気迫の籠った叫び声と共に剣を抜き放つ。
剣を前に構え、人型の魔物――マキレスはヒトシの元へ突貫する。それとほぼ同時にヒトシも再び臨戦態勢に入り、正面からの攻撃と共に周囲の僕達にも気を配――、
「――――っ、ちょっ!?」
マキレスの姿を視界から外したのは、ほんの一瞬。既に動き出している相手からそれ以上目を逸らすなど、いくら素人を脱した程度のヒトシでもする訳がない。
にも拘わらず、そのたった一瞬に間にマキレスはヒトシとの間合いを詰めていた。
咄嗟の事に何が起きたのかを理解することで精一杯で、ヒトシの反応が一拍遅れる。相手は格上。圧倒的な実力差を前にしたその隙は命取りに直結する。
動揺から定まらない視界で幸運にも捉えたマキレスの横の一閃、それを間一髪ヒトシはその場で屈んで回避する。だが、それを読んでいたかのように、マキレスは眉一つ動かさずヒトシの側頭部に蹴りを叩き入れた。
「……がっ!?」
揺れる視界、痛みの無い純粋な衝撃。
その一撃の重さのあまり、ヒトシの身体は左方に吹っ飛ぶ。その勢いは一度の着地で止まることはなくそのまま甲板を転がっていき、やがてへりにぶつかって勢いは止まった。
一拍置いて、頭部と首に痺れと痛みが訪れ、僅かに呻き声を漏らした。
なんという力か。タメの無い突発的な蹴りでさえこの威力。カリファとの訓練があったからこそ繋がっているが、無防備な状態で受ければ首が跳んでいても不思議じゃない威力だった。
改めて、ヒトシは相手との実力差を実感する。そして、同時に疑問が沸き上がる。
「……どうして、その剣で斬らなかった?」
蹴りを繰り出せるということは、同時に剣を返して横薙ぎから首を切り落とすことも出来たはずだ。なのに、ヒトシは五体満足で今も息をしている。
そこにどんな意図があるのか、その答えをマキレスは口にする。
「格下と言えど、あっという間に片付けてしまってはつまらんだろう? わざわざ僕達を下がらせてオレが出ているんだ。楽に死なせはせんぞ?」
「……上等」
周囲を見れば、確かに魔物達は動きを止めている。牙のような物を剥き出しにしたり、唸り声をあげているが、どれも敵意は無いようだった。
そして、ヒトシは改めてマキレスへ視線を戻す。
魔物が人間に恨み辛みといった明確な敵意を抱いていないならば、戦闘においてわざわざいたぶるような真似をする理由は無い。マキレスの話を信用するならば、皮肉な話だがヒトシは今の一撃で首を飛ばされているのが道理である。
だが、今もヒトシの首は繋がっている。
魔物としてではなく、マキレス個人に人間を恨む理由があるのか。はたまた、恨みなどではなく快楽を満たすためにヒトシをいたぶろうと言うのか。
そこまで思考を回したところで、ヒトシの意識はハッと現実に戻される。
「弱者に考え事をする暇があるのか?」
先ほど見せた圧倒的な速度の踏み込みをもってして、マキレスは再度ヒトシに急接近する。
だが、そう来ると分かっているのならば、対応できないほどの速さではない。それに何より――、
「……アイツ、ほどじゃない!」
かつてヒトシの眼をもってしても対応できないほどの速さを見せたあの男と比較して、マキレスと相対したヒトシは密かに笑う。
そこへ打ち込まれる袈裟斬りを後方へ飛んで回避し、追撃を避けるために確実にマキレスとの間合いを取った。
が、そこへまたマキレスが突貫してくる。安全圏だと認識していた間合いは一瞬にして潰され、剣を持たぬ左腕がヒトシの鳩尾めがけて掌底打ちを放った。
果たして、眼前の敵は先ほども避けられた攻撃をまた繰り返すほど愚かだろうか。
リーチで言えば、掌底など剣よりも短い。剣には振るうために初速を犠牲にする必要があり、その点掌底はノーモーションで放てるが、だからと言えどその切り替えは適切なものとは思えない。
この攻撃には何かがある。
確信にも似た勘がヒトシを突き動かし、後方に下がるのではなく紙一重で左方に身を翻した。
数瞬後、ヒトシの元居た位置から数メートルにも及び床板が割けた。
「ハッ、命拾いしたかっ!」
突き出された掌を握り、拳を形成すると、続けざまに裏拳が放たれる。手に持つ短剣でそれを受け、あわよくば相手の勢いでその手首を断ち切ろうと画策するも、案の定それは叶わない。マキレスの腕は確かに剣の刃に触れたが、ガギィと妙な音を立ててヒトシ諸とも弾き飛ばした。
やはり、マキレスの身体は人間を象っているだけで実際のそれとは異なる。攻め手が減ったことを感じ取りながらも、相手の正体を僅かでも暴いたことにヒトシは微かに喜びを覚えた。
「この状況で何を笑っているのか! 気でもふれたかっ!」
一方的な攻勢に高揚を覚えたか、高らかに笑い声を上げるマキレス。一方ヒトシはヒトシで口角を上げてその追撃を避け続ける。
ヒトシの戦況を説明するに、一言で事足りる。防戦一方、それに尽きるのだ。
攻勢に出るためにマキレスと距離を取ろうとしても、爆発的な踏み込みによって間合いは詰められる。《浄天眼》を用いた先読みを使って一手二手を避け、反応が遅れたと悟れば間もなく距離を作る。そしてそれを詰められる、その繰返しだ。
だが、圧倒的に不利な状況であるにも拘わらず、ヒトシの表情に焦燥や恐怖は表れていない。汗や反応の遅れによる肉体的疲労は顕著に表れているものの、精神的な疲労は表に出ない。
そんな異変にマキレスが気がついた頃、ヒトシの周囲は白い煙に覆われ始めていた。
「……煙幕、か」
今までにない行動、今から攻勢に移らんと意思表明しているかのような明らかな予兆。それを見たマキレスは、フンと鼻を鳴らし、
「小賢しい」
勢いよく剣を振り上げて煙を払い、こちらに迫ってきていたヒトシの腹に拳を容赦なく叩き込んだ。
「――――っ」
悲鳴が声にもならぬ程の一撃。それを諸に受けて、ヒトシの身体は容易に吹き飛んでいく。その勢いは数度地面を跳ねただけでは抑えられず、船の甲板の上を延々と転がっていく。
似たような目にさっきもあったな、と定まらない視界の中でぼんやりと思っていると、やがてその視界は黒い影に覆われて止まる。
その目線の先には、剣を構えるマキレス。
「口ほどにも無いな。どうだ、またよく回るその舌を使ってみるか?」
視界の中心でキラリ、と何かがヒトシの眼を眩ませた。横たわる自分、それに垂直に向けられた輝く物。それが何なのかはハッキリと目視せずとも判断できた。
それがあまりにも眩しく、ヒトシは眼を逸らす。自分を屠ろうとする眼前の敵ではなく、いつか海を眺めた遠くの方向を。
「……遂には生きる気力さえ失ったか。憐れな奴だ、せめて一息に逝け」
「――――っと、か」
立ち塞がるマキレス。心臓めがけて迫る刃。
指をピクリと動かしただけでも、この敵は容赦なくその剣を振り下ろすだろう。結局、徹頭徹尾ヒトシの不利は変わることはなかった。
けれど、だからといってヒトシがこの戦いに負けたとは限らない。
命を失うことはヒトシにとって敗北に等しい。そして、ヒトシはまだ殺されていない。
故に、マキレスが剣を振り上げた瞬間、ヒトシは微かに口角を上げた。
「僕とお前とでは、勝利条件が違うんだ」
「……何が言いたい?」
「この勝負――僕の勝ちだ」
コイツには何かがある。ならば、それをさせる間もなく、今すぐに殺す。
不敵に笑うヒトシを見て、瞬間的にマキレスはそんな思考に辿り着く。そして、それを実行に移そうとした、その瞬間――、
「アンタ、敵ね」
ヒヤリと、一滴の水が背中を這っていくような凍てつく感覚がマキレスを襲った。
剣は既に振り下ろしている。一秒とかからず、目前の子供は片が付く。
だが、それをした瞬間、致命的な何かが自分の中から失われると直感した。その数瞬の間に一滴の水によって溺死してしまう自分の幻を見た。
故に、マキレスは自分の直感に従ってその場を退いた。
その直後――、ボトリと何かが地面を弾んだ音がした。
音に気を引かれ、ゆっくりと音のした場所に目をやる。そこには、肘より下から切り取られた、自らの腕が転がっていた。
動揺によって揺らぐ視界。沸々と沸き上がる感情によって引きつる顔。衝撃の後から遅れて辿り着いた痛みを感じて、マキレスはゆっくりと顔を上げた。
「なんだ。アナタ、化け物かと思ったら血は赤いのね。でもまあ、ソイツを殺そうとしてるってことは化け物の仲間に間違いなさそうね。だから――」
見上げた視界に映ったのは、一人の少女。腰元まで伸びた茶色の髪を揺らし、その手に握る異形の剣と共に右手を突き出して、彼女――桐崎サクラは言った。
「斬るわね」
今回も読んで頂き誠にありがとうございます。
誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。
一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。




