【REASON】
愛取唄――もとい、ウタが抱くヒトシの印象は、“普通の男子高校生”だった。
多少人付き合いは苦手なれど、普通に友達と通学路を歩いて登校し、教室の隅で他愛の無い会話を交わし、授業中手を挙げたりはしないものの真面目にノートを取り、そしてまた友達と帰路を歩く。
転移以前ではあまり接点が無かったが、遠目で見てもその平凡さは容易に感じ取れていた。
それは、良く言えば決して波を起こさずに空気を読んで生きていく力があったと言えるし、悪く言えばまるで覇気の無い“個”を塗り潰した生き方をしているとも言えた。
けれど、ヒトシのそんな生き方を、ウタは否定している訳ではない。むしろ、口には出さないが称賛すらしていた。
自分にもそんな生き方が出来れば、少しは変わっていたのだろうか、と。
……ともかく、ウタはヒトシの事に少なからず興味を持っていた。
そして、何よりもウタが惹かれたのは、その目だった。
それは、転移後に発現したヒトシの力について言っているのではない。転移以前からずっと続いていた、ヒトシの物事の捉え方が、ウタの興味を惹いていた。
先程、ヒトシの生き方を“個”を塗り潰した生き方と言ったが、ウタが思うに、その特徴はヒトシの物事の捉え方にも投影されている。
たとえそれが家族でも、友達でも、赤の他人でも、男でも、女でも、ヒトシはそれらの“個”を塗り潰して、無機質な目を通して見ている。
差別が無いと言えば聞こえは良いが、その目を通して見る景色にはどこか、色というものが欠けているとさえ思えていた。
とは言え、そんなことは所詮ウタの主観である。その実ウタが穿った見方でヒトシを見て、そんな風に感じているだけかもしれない。少なくとも、そう思っていた――この時までは。
「さっさとその手を離せって言ってんだよ、三下がっ!!」
正しく、咆哮だった。
自分が“普通の高校生”だと思っていた少年の口から発せられた言葉に、ウタは静かに戦慄した。
何故なら、そう吠え立てたヒトシの瞳には、熱というものがおおよそ籠められていなかったのだから。
「ヒトシ……さん?」
思わず、ウタはヒトシの名前を呼ぶ。これまで感じたことはあれど、決して見たことは無かったその冷たい眼差しに、目前で立ち上がる少年が今までとは別人にも見えた。
だが、そんな呼び掛けは、ウタの首を掴む男によって遮られる。
「へぇ、やりゃ出来んじゃねぇか。そう言ったのは俺だが、本当に立ち上がるとは思わなかったぜ」
「誰が口を開いていいって言った? さっさとその手を離せ」
「おうおうおう、急にデカイ口叩きやがって。力の差ならもう分かりきってるはずだがなぁ? ったくよぉ、現実を見ずに偉ぶるその様子は、昔の俺を見せられてるようで頭が痛いぜ」
「そりゃ同感だ。将来アンタみたいになっちまうと考えたら、僕も頭痛必須だ」
「……ああ?」
挑発的なヒトシの発言に、男は遂にその顔色を変える。
その感情がそのままウタの首を掴む手に力として加えられたため、男が怒っていることはウタにも伝わった。
明らかに声色が曇ったそんな男に、ヒトシは更に油を注ぐ。
「聞こえなかったのか? 正面切って戦えば勝ち目が無いからって女の子を人質に取るような三下に成り下がるのは、いくら僕でもゴメンだって言ってるんだよ」
「――てんめぇ」
ヒトシの言葉を受けて、男は額に青筋を浮かべる。
そんな二人の様子を冷や冷やして見守っているウタ。ヒトシの意図が汲み取れず半ば混乱状態に陥るが、そんなウタに更なる混乱が攻め立てる。
「見え見えの挑発だが、乗ってやる」
「――えっ」
男はそう言うと、今まで首をへし折らんばかりに力を籠めていた手を、何故か離した。
急なことに反応出来ず、身体の自由を得たウタはその場で尻餅をついた。
身体が地面に接すると同時に、ようやく全身に行き渡る酸素。衝撃を受けた次の瞬間にはむせ返り、喉を抑えながらウタはもう一度ヒトシを見た。
だが、その視線の先にいたヒトシは、ウタの事を見てすらもいなかった。
「ウタさん」
「は、はいっ!?」
「逃げて」
端的に、ウタには目もくれずに、それだけを告げるヒトシ。そしてようやく、ウタはヒトシの行動の意味を理解する。
ヒトシは単独であの男を引き付けようとしているのだ。二人でかかったとしても勝ち目は無いと判断して、ウタだけでも逃がそうとしているのだ。
ならば、その決意を無駄にする訳にはいかない。
「必ず、帰ってきます」
自分の為すべき事を理解して、ウタはその場から立ち去った。既に男の興味はヒトシに移っており、その背後を突かれるなんてことは無かった。
ウタの為すべき事、それは助けを呼ぶことだ。転移者二人がかりで敵わない相手であるならば、それと戦える者は限られている。
――海神衆。
リ・エリーゼ・モンタニア王国において軍事にも政にも関与せず、独立した高い地位を持つ五人の将。
その姿は常に国王であるイルシンクの傍らにあり、時に鉾となり外敵を貫き、時に盾となりあらゆる攻撃を防ぐ最高峰の英雄達。
そしてその一人である、“刺し貫く紅の華”と呼ばれる彼女――カリファ。
彼女を呼ぶことが出来れば、現状を打破することが出来る。
あの二人の居るところから離れた後、腰のポーチに入れていたマッチと緊急時用の発煙筒を取り出すウタ。慌てて一度は地面に落としながらも、何とかマッチの火を着けることに成功する。
後は導火線に火を着けるだけだ。そうウタが僅かに安心した瞬間だった。
「――その必要は無いよ」
木漏れ日が照らしていたウタの顔に、影がかかった。
油断していた。あの場所から立ち去って以降助けを呼ぶことばかりに気を取られ、警戒を怠っていた。
己の油断を怨み、ウタは目を瞑った。
以降、デオグリント群木地帯の空に赤色の煙が上がることはなかった。
◇
「……名前」
「…………?」
ウタが立ち去った後、互いに手を出さずに均衡状態を維持している中、ふと男がヒトシに向けて呟いた。
対するヒトシがその意味が分からずに首を傾げると、男は再度ハッキリとその問いを口にした。
「お前、名前は何だ?」
再三に渡り拳と刃を交わし合い、たった今からもいざ交えんという時、男が聞いてきたのはヒトシの名前だった。
それは一体何故か、今更それを聞く意味があるのか。
男の真意を図りあぐね、ヒトシは問いに問いで返す。
「……どうして、そんな事を聞く。アンタは僕の敵で、それ以上でもそれ以下でもないんじゃなかったのか?」
「何、単に気が変わっただけだ」
「気が変わった?」
「ああ。元々お前らは痛めつけて仲間の居場所を吐かせるくらいで、命まで奪おうってつもりは無かったがな。気が変わった、お前らはやっぱり殺す」
「それが名前を聞くこととどう関係あるんだよ?」
「簡単な話だ。自分が殺した奴の名前を覚えてりゃ、その敵討ちにきた馬鹿に俺が殺したんだと証明出来る。そうすりゃ正当防衛って名目でまた一人殺していい理由が出来るって訳だ」
「何が正当防衛だ。それは人を一人殺めた報いって言うんだ。大人しく喉元かっ切られる義務はあっても、お前がその人を殺める権利は無い」
断固否定を貫くヒトシを見て、男はまたもカラカラと高笑いをあげた。
「そりゃあそうだ。お前の言い分はもっともで、俺の言い分は間違ってる。実際、俺が人を殺すのは俺の快楽のためだからな。そこに高尚な理由なんてある訳無ぇ」
ピタリと高笑いを止め、「だがよ」と男は言葉を重ねる。
「なら、敵を討とうとしているソイツには俺を殺す権利があるっていうのか? 殺されたから殺す、敵討ちという名目なら人殺しが肯定される、お前はそう思うのか?」
「…………」
「そんな訳ねぇよな? お前は俺が殺されるのが義務だと言ったが、つまりそれは人殺しと変わんねぇ。誰かが誰かを殺す、どんな背景があろうと、その行為が肯定されることは無ぇ」
「……だから、何が言いたい?」
「お前に俺を殺す覚悟があるのかっていう事だよ。俺が今までにいくら人を殺してようと、お前が俺を殺していい理由にはならねぇ。お前の人殺しが肯定されることは無ぇ。それでも、お前は俺を殺すのか?」
核心を突く、男の問いかけ。
どんな理由があれど、人を殺めるその罪は変わらない。それは確固たる事実であり、今まで命を奪い合う戦いとは無縁の世界にいたヒトシには備わっていない感覚。
自然と、短剣を握る両手に力が籠る。
「……殺すよ」
「……ああ?」
冷たく、静かに、ヒトシは自分の中で答えを導き出す。
「全ての人に対する正義なんて、無い。僕にとってはアンタを倒してイルシンクを助け出すことが正義で、アンタにとっては僕を殺してそれを阻止することが正義だ。……だから、僕はアンタを殺すことを正当化するつもりはない」
「……ほう?」
「簡単な話だよ。アンタを殺さないと、僕はアンタに殺される。だから、アンタを殺す。僕達が今向かい合ってるのは、ただそれだけの話だろ?」
今でも経験したことのない命の削り合い。それはカリファとの訓練ではありえない、味わったことのない戦場の空気をヒトシに感じさせた。
誰かを殺す覚悟。誰かに殺される覚悟。
人を殺めることで自身に付きまとう罪の数々を、ヒトシは認めることが出来ていない。
だが、今それを考える時間も無い。ひりつく殺意が蔓延するこの場所でそんなことをしていれば、それこそ心も身体も削られてしまう。
だから、ヒトシは自分の行いを正当化することを止めた。受け入れてこそいないが、この場で相手に刃を向けることの最も単純な理由を導き出した。
そんなヒトシを見て、男は不敵に口元を吊り上げた。
「ハハッ! 俺は、ここには殺生を嫌う奴が来るって聞いてたんだけどよ、違うな、お前は。お前の目は、理不尽な死を見たことのある奴の目だ」
「…………」
何かを悟った男の発言。それに対するヒトシの応えは、男へと向けられた二振りの短剣だった。
「……なるほど、それが応えか。そうだな、もう言葉は必要無ぇ」
短剣を構えるヒトシに応じて、男も両手の拳を鳴らす。
それは正に、戦いのゴングと等しいものと言えた。
今回も読んで頂き誠にありがとうございます。
誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。
一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。
土曜に投稿しようと思ってたのに日曜になりました、すいません!
しかもちょっと短いし中途半端なとこで終わってます。この話伸び過ぎててマンネリ化してないでしょうか?
出来れば明日にでもまた投稿して続きを書きたいと思います!




