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【INTENT TO KILL】

 


 ヒトシは眼前に立ち塞がる男の情報を可能な限り推察する。

 衣服は袴モドキのみで、かろうじてターバンモドキを着けているだけ。それ以外には剣や槍といった武器の類いや、ヒトシが扱うような暗器の類いも見受けられない。謂わば、完全に無手。

 しかし、その事実に反して溢れてくる男の殺気を、ヒトシは確かに感じていた。


「誤解させねぇように言っとくがよぉ、俺はお前らの敵だぜ? 武器なんてもんは無ぇ、構えなんてもんも無ぇ。俺の武器はこの拳だけだ。……どうしてか、分かるか?」


「…………」


「殺した時に、一番感触が残るからだよ」


「――――」


 間違いない。自分の目の前に居る相手は敵であり、狂人だ。

 何かを言わずとも、その瞬間二人には共通の認識が生まれた。

 このまま戦闘に運ぶことは好ましくない。そう判断し、ヒトシは咄嗟に男に問いかけた。


「……どうして、僕達を殺す? 僕達に敵意は無い。ただ人を探してるだけだ。貴方が手を出さなければ、事は穏便に済ませられる。そうだろう?」


 可能な限り平和的に場を収めようとしたヒトシの発言。ヒトシ達の目的はあくまでイルシンクの捜索であり、敵を排除することではない。ならば、勘違いを解いて道を開けてもらうのが男にもヒトシにも最善。

 の、はずだが――、


「くわっはっはっは! あーはっはっは!!」


 そんなヒトシの持ちかけを、男はけたたましく笑い声をあげて一蹴した。


「――馬鹿かよ。そんなぬるいやり方じゃあ、王様さんは見つかんねぇよ。もっと、俺から拷問してでも聞き出す、くらいはしねぇとな」


「――――っ!?」


「流石にもう分かんだろ? 王様さんはこの“村”の中に居て、俺が生殺与奪の権利を握ってる。そんだけでよ、ほら、簡単だろ? 俺とお前らの対立構造があっと言うまに完成だ」


「お前は一体――」


「何度も言わせんな、俺はお前らの敵だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。さあ――殺り合おうぜ!」


「――っ!? ウタさんっ!」


 男が首を回し、数度指を鳴らしたかと思うと、次の瞬間にはその姿がブレていた。存分に強化されているヒトシの動体視力でも捉えることの出来ないスピードで、男は二人めがけて突進した。


 不意を突かれた二人は否応なしに防御に回る。いくら捉えられないほどのスピードであるとはいえ、敵の動きは単調な直進。反応は出来ずとも受けることくらいは出来る。

 それぞれ抜き放った得物を手に、前方からの攻撃に備えた。


 だが――、


「遅せぇよ」


 男の姿は、気が付けばもう目の前にあった。


 咄嗟にヒトシは両手に握る短剣をその場に投げ捨てる。相手は完全に間合いの中だ。ならば、下手に武器に頼るよりもカリファ直伝の体術で対応するのが得策。


「はっ! 良い判断じゃねぇの。だがな、はなっから無手の相手に付け焼き刃の体術で勝てると思ってんのか?」


「――んあっ!?」


 男は鼻で笑い、ヒトシが構えるよりも先に鳩尾に拳を叩き込む。

 肺に溜まっていた空気は全て吐き出され、為す術無くその場に膝を付く。無論、その瞬間に明らかな隙が生まれる。狂人とさえ思える眼前の敵がその隙を見逃してくれるはずもなく。

 空かさず、男はヒトシの脳天に踵を叩き込もうとして、


「うおっと、危ねぇ」


 すぐ背後に迫っていたウタの一撃を、紙一重で避けた。


「サシの勝負に横槍入れてくるとかどんな奴だと思えば、何だ、結構な別嬪じゃねぇか」


「貴方に誉められても嬉しくないですね。私、DVする人大っ嫌いなので!」


「DVが何なのかは知らねぇが、その様子だと誉め言葉じゃあないらしい。分かった、その喧嘩買ってやるよ」


 余りの衝撃にヒトシがうずくまる中、男の気を引いたウタが戦闘を始める。大剣を扱っている分リーチはウタに軍配が上がるものの、その速さは言うまでもなく男の方が上。短い期間の中でしか訓練出来ていないウタはお世辞にも剣の扱いが上手いとは言えず、ほぼ防戦一方でその場を凌ぐしか出来ていない。

 また動き出せるまでのインターバルの間に、ヒトシは目を凝らして男の動きを見切ろうと試みる。

 だが、いくら目を凝らそうと動きを捉えることで精一杯で、そこに隙があるようにも思えない。無手である分致命の一撃を受ける可能性は低いが、その手数と身軽さはカリファをも凌駕している。


 気が付けば、大振りになったウタに脇腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、男は爆発的な切り返しで接近してきていた。


 それを見たヒトシは圧倒的に不利的状況にも拘わらず――笑ってみせた。


「ウタさん! 今だ!」


「――っそだろ!? さっきブッ飛ばして――」


 すぐさま振り返って背後を確認する男。だが、振り向いたその先にはヨロヨロと立ち上がるウタの姿しかなく、


「――ちっ! ブラフかよっ!」


 必然的にヒトシに背中を向けることになった男の首元に、握り直した必殺の二振りが殺到する。

 それは明らかに男の認識外からの双撃であり、男に生まれた決定的な隙を突いた必殺。どれほどの速さを誇ろうと避けられるはずのない一手であるはずにも拘わらず、


「ああ、はいはい。――そこだな」


 男はヒトシに一瞥すらすることなく、ほんのわずかに体を反らしただけでそれを容易く避けてみせるのだった。

 振り向き様、叩き込まれる乱雑な後ろ蹴り。それをまともに食らったヒトシの身体は数度跳ね上がって地面を転がっていく。

土を舐めるヒトシを男は見下ろし、嘲るように嗤った。


「悪ぃな。俺、心読めんだわ。不意打ちは効かねぇよ」


「…………嘘、吐け、よ。心が、読めてるなら、そもそも引っ掛かる訳もないだろ」


「ははっ、そりゃそうだ。確かに今のはただの思い付きで言っただけだ。……でもよ、それが分かったからってどうなる? 実際問題俺には不意打ちは効かねぇよ? 正面から勝てねぇ、不意打ちでも傷一つ付けられねぇ。もう諦めて殺された方が楽なんじゃねぇか?」


「うる、せぇよ、嘘吐き。簡単に殺されて、堪るかっ。それとな、『上々』じゃねぇ、『重畳ちょうじょう』だよ、馬鹿」


「こちとら分かって言ってんだよ、口癖になっちまったもんは直んねぇんだからな。それよりも、よくもまあまだそんな口叩けるもんだ、上々じゃねぇか。……ならよ、こいつはどうだ?」


「――っ!? ウタさん! 後ろ!」


 絶体絶命の危機に立たされて口だけは達者なヒトシを鼻で嗤い、男は瞬時にウタの背後へと回る。能力の恩恵で辛うじて見えるヒトシとは違い、ウタはその動きを捉えることが出来ずされるがままに両腕を拘束されてしまう。


「今から、コイツの両腕を、折る」


「なっ!?」


「それが嫌なら十秒以内に立ってまた構えろ。もっと、もっと、もっともっともっともっと――俺を楽しませろ」


 二度に渡る男の攻撃をもろで受けて、既に下半身の疲労は甚大。一撃一撃の衝撃は全身を駆け巡り、鉛のように身体を包む。それでも唯一動かせる頭を持ち上げて、男を睨んだ。


「――十」


 沸々と、何かが沸き上がるような感覚を、ヒトシは覚えていた。


「――九」


 それは、今までに感じたことのないような、不思議な感覚だった。


「――八」


 けれど、知っている。抱いたことはないけれど、この身に受けたことはある。そんな感覚。


「――七」


 男のカウントが進んでいく中、不思議と頭は冴えていた。落ち着いた思考回路で、今日までの記憶の中にその感覚を探す。


「――六」


 怒り、ではない。もしも怒りであるならば、こうも冷静ではいられないだろう。


「――五」


 諦念、でもない。もしも諦めているならば、たった今土を握り締めているこの拳は何だというのか。今でも立ち上がろうともがいている足は何だというのか。


「きゃあ!」


 軋む身体に無理を言わせている時、ふと耳に入ってきた小さな悲鳴。声のした方に目をやれば、そこにはウタの首を鷲掴みしている男の姿があった。


「つまんねぇな。もう立つことも出来ねぇのかよ。ったく、拍子抜けにもほどがある。……もういい、終いだ。コイツを殺して、お前も殺す」


 男は表情を一つも変えず、ウタの首を握る手に更に力を籠める。呻き声をあげるウタの顔は徐々に曇っていく。その光景は、過去のとある場面にあまりに似通っていて。


 その瞬間、ヒトシは胸中で暴れている感覚が何なのか、その答えを得る。


「……もう、いい」


「ああ?」


 それは鋭く、先の尖ったナイフのような形をしていて、


「……もう、十分だ」


「ってことはもう諦めたってことか? いっそ早く殺してくれって言いたい訳か?」


 あてられるとヒヤリと冷たく、あてると昂るように胸が熱くなる。


「さっさとその手を離せって言ってんだよ、三下がっ!!」


 純粋な――殺意だった。



今回も読んで頂き誠にありがとうございます。

誤字脱字・感想等ございましたら是非お願いします。

一言でも作者のモチベーションは格段に向上します。

どうか今後ともよろしくお願いいたします。

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