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真実、そして……

 私たちは、ただ暗くなって誰もいない学校で、肝試しめいたことをしたくなって、そこに残っただけだった。それまで、教室で好きな人の話をして盛り上がっていた。

 そうだ……。そうだった。

 そこで、由佳が言ったのだ。


「誰にも言わないでほしいんだけど、私……省吾くんが好きなんだ」


「本当に?」


 私は驚いて目を丸くした。何故なら、私が好きな子も、当時六年二組の腕白坊主と知られていた佐藤省吾その子だったからだ。

 由佳は頷いた。しかし、それを聞いていた菜々美はなんだかにやついている。意地悪そうな笑み。彼女は何か言いたげにしていた。

 私は、生唾を飲んで、彼女の言葉を待った。


「私ね、……実は付き合ってるの」


「え?」


「付き合ってるの。省吾くんと」


 信じられなかった。さっきの比ではないほどの驚愕。私の好きな人は、既に他人の手中にあったのだ。それも、友達の菜々美の手の中に。


「嘘。え、てか、嘘でしょ?」


 由佳は菜々美を問いただす。私は未だに、驚いたままどうしたらいいのかわからずに、ただただ呆然としていた。


「ううん、本当だよ。でも大丈夫だよ。私、もう飽きてきちゃったし、別れるつもりだから」


 菜々美は外を見ながら、大人の女性を気取っているように答えた。

 私には、なんだかそれが許せなかった。彼女は、私の好きな省吾くんを捨てて、別の人に乗り換えるつもりなのだ。私は、省吾くんだけではなく自分の気持ちまでもが踏みにじられたような気がした。心の中に、何かが湧いてきた。熱い何かが。その感情は沸騰して、頭にまで上ってきた。

 嫉妬。屈辱。憎悪。

 今思えば、それに相当する言葉を思いつくことができるが、その当時は私の中にもう一人の自分が現れたようだった。


 込み上げてくるその怒りを、どう鎮めたらいいのかわからなかった。

 その時、机の中に、カッターナイフが入っているのに気が付いた。

 感情的になっていた私に、既に理性はなかった。

 今ここには、私たち三人しかいない。始末してしまえばいい。菜々美を。そして、これから恋敵になるであろう、由佳も。

 カッターを握る手に力が込められた。

 そして……、そして、私は、二人に向かって、刃を向けたのだ。


 最初はなんの冗談かと笑っていた二人。しかし、私は躊躇なく二人に向かって、カッターを振った。辺りはしなかったものの、その笑みは引きつり、私の真剣さを察して顔色を変える二人。

 廊下に逃げた二人を、私は追いかけた。走りながら追いかける私の昂ぶった感情は、徐々に怒りから楽しさに昇華され始めていた。

 よくよく考えれば、仲良くしていたと思っていた二人は、いつも私だけをよくいじっていたような気がする。私は二人の付き人のような存在だったような気がする。二人に強く自分を主張できなかった。そんな気がする。

 そんな二人を、今、私は恐怖に戦かせている。力関係は完全に逆転した。それが愉快で仕方がなかった。自然と口元から笑みが零れた。


「うふふふふふふ」


 あれは、あの亡霊の正体は、私だったのだ。白いワンピースを着て、カッターを持った長い黒髪の私。

 昇降口から逃げるだろうと踏んで、私は別の階段から先回りした。

 あの二人は、後ろを振り返って、私の姿を見る余裕もなかったようだった。だから思った通り、近くにあった階段を見落とし、廊下の一番奥にある階段を通って、遠回りしてから一階に降りてきた。

 この二人は、もはや私の掌の上。楽しくてたまらない。

 昇降口までやってきた二人は、窓をがたがたとこじ開けようとしている。鍵がかかっていることなど、完全に視界に入っていない。焦りで視界が狭まっているのだ。

 その音を頼りに、私は彼女たちを捉えた。


「みいつけた」


 私は満面の笑みを浮かべた。


 ――カチ、カチ、カチ。


 カッターの刃を伸ばす。一歩、また一歩と、二人に近づく私。そうして、すっかり竦みあがった二人の前に立ちふさがった時、笹垣栄子が現れたのだ。


「こんなところで何してるの?」


 私は咄嗟に、カッターを後ろ手に隠し、由佳と菜々美と一緒になって廊下にへたり込んだ。


「先生! 実は」


「余計なこと言ったら、殺すよ。あんたも、あんたの家族も。みいんな」


 告げ口をしようとした菜々美の耳元で、私は囁いた。笹垣先生から見えない様に、カッターの刃を背中に突き付けた。柔らかい肌の感触が、刃を通って私に届いた。

 冷静になれば、ここで私が彼女を殺してしまえば、直ぐに捕まってしまうことは明らかだ。そんな事は出来ないと分かるだろう。しかし、菜々美はまともに考えることもできていないようだった。

 私の指示に従うだけ。それだけしかできなかったようだ。


「もう外も暗いんだから、遊んでないで早く帰りなさいよ」


 先生はそれだけ言って、立ち去った。怪訝な表情をしてはいたが、子供が悪ふざけしているだけだと思ったのだろう。職員室のほうに引っこんでいく彼女を見届けてから、私は菜々美の背中に突き付けたカッターをさらに押し込んだ。

 肉に刃が食い込んでいく。その感触は、豆腐に包丁を入れていくのと大差ない。本気でやれば、直ぐに内臓にまで到達しそうだ。菜々美は苦悶の表情を浮かべた。潤んだ瞳から涙が今にも零れてきそうだった。

 しかし、ここで殺してしまうと面倒だ。まだそこに笹垣先生がいるかもしれないし、また様子を見に戻ってくるかもしれない。それに、彼女が悲鳴を上げてしまうかもしれない。


「とにかく、外に出ようか」


 私は取りあえず、二人を連れ立って、外へ出た。


「どうして……どうしてこんなことするの?」


 菜々美が嗚咽を漏らすように訊いた。


「あんたが悪いんだよ」


 刃で彼女の首筋を撫でた。彼女は全身が総毛立って、足元から震えあがっていた。

 強くなっている雨と風の中、私は二人を学校の裏山に連れて行って、そこで、そこで、私は……。


 そうだった。


 私が二人を、殺したんだった。


 口を押さえつけて、首を一掻き。由佳は頸動脈から血を吹きだして、手足をばたつかせていたが、身体から魂が徐々に抜けていくかのように、その動きはだんだんと弱まっていった。

 鉄の臭いが鼻孔を刺激する。それで私の神経はさらに昂ぶった。

 その様子を見ていた菜々美は、完全に脱力してしまったようだった。もはや悲鳴を上げる力も残されていない。服が汚れようがお構いなしに、彼女は地面に座り込んでいる。

 雨で分かりにくかったが、ズボンの股のところに、大きな染みができていた。微かに、アンモニアの匂いが鼻を突いた。

 私は彼女を見下した。


「なに、あんた。漏らしたの? なっさけない」


 そんな彼女の首を掻ききるのは、造作もなかった。それだけでは、私の恨みも晴れなかったので、さらに顔を刺して、岩で潰して、滅茶苦茶にしてやった。もう二度と、省吾くんがこの女を好きにならない様に。


 それから、学校の倉庫からスコップを持ち出して、二人の死体と血塗れのカッターを地面に埋めた。大雨でぬかるんだ土だったから、小六の私でも難なくできた。

 そして、服や髪や顔を洗って小汚い血を拭い、当時学校で流行り始めていた、こっくりさんのせいで私たちが怪奇現象に巻き込まれ、二人が失踪してしまった。という、筋書きを作ったのだった。

 教室に適当に作った紙とコインを置いて、トイレを水浸しにし、そこに倒れた。服が濡れているのを、どうにかして隠しておきたかったのだ。かといって外に倒れていれば、私たちが外にいた事に目が向けられてしまう。できるだけ、裏山からは目を逸らさせたかった。


 いつまで立っても帰ってこない私たち三人を心配して、親が学校に連絡を入れてきた。私は自分の記憶を塗り潰し、上から書き換えて、自分も被害者であるように振る舞ったのだ。


 そうだ。これが、八年前の真相だ。


 私が、二人を殺した。


 警察の捜索も何週間か続いていたようだが、結局何の成果も得られず、次第にその人員は減っていった。笹垣先生は体調を崩し、学校へは暫くの間来れなくなった。とはいえ、それも数週間のことで、気丈にも彼女は私たちのクラスに復帰し、今まで通りの明るい先生として振る舞っていた。

 私は小学校を卒業し、私立中学に進学して、平和で楽しい毎日を過ごした。あれだけ拘っていた省吾くんへの愛情も、その頃には潮が引いたように全くなくなって、新しく出会った別の男子に夢中になっていた。


 そんな頃、栄子が私の前に姿を見せた。

 彼女は、あの失踪事件について、自分なりに調査を続けていたようだった。自分があの場に居合わせていて、それにも関わらず、事件を防ぐことができなかったのだから、気懸かりになるのも当然だ。それで、私から詳しく話を聞こうとしていたのだ。

 私はすっかり、自分に疑いが向けられているのだと思って、気が気でなかった。今のこの生活を失いたくはない。身勝手な言い分だろうが、自分が一番可愛いのだ。

 私は、彼女を人気のない夜の公園に誘い出して、そこで、殺した。

 私を待っている彼女に、背後から近付いて、不用心な首をアイスピックで一突き。彼女は、最初は蚊に刺されでもしたかのように平然としていたが、徐々に苦しみだした。呼吸がしたくてもできないのだ。吸った息は喉の穴から外へ漏れ出す。苦しさで声も出せない。

 彼女は首筋を引っ掻き回して、地面の上をのたうち回った。空気はそこら中に溢れているのに、それを求めて悶絶する。そう思うと、私は面白くて仕方がなかった。

 暫くその様子を観察していたが、動きが完全に止まると、私は彼女の死体を公園の隅に埋めた。


 今も彼女が見つかっていないということは、私の凶行もわかっていないのだ。


 現在に引き戻された私は、込み上げてくる笑いを抑え切れずに吹き出した。

 静けさに支配されていた会場に、私の場違いな笑いが響いた。

 誤魔化すようにして、顔に笑みを浮かべる。


「ごめんごめん。なんか私のせいでこんな暗い感じにさせちゃって。せっかくのハレの日なんだから、今は楽しもう。ここにいない人の分まで」


 それがきっかけとなって、会場は再び笑いやカメラのシャッター音や、食事の音で溢れかえり、賑やかさを取り戻した。


 私は暫くしたら、思い出したこの記憶を、再び歪曲させて心の奥深くに沈みこませるだろう。そして、これまでと変わらず、同じように生活を続ける。ただそれだけだ。

 思い出したからと言って、自ら警察に名乗り出て、これまで築き上げた今の自分を台無しにしてしまうなんて、そんな勿体ないことするはずがない。メリットも何もないのだから。

 あの三人には、感謝しなくてはならない。今もまだ、静かにあそこで眠ってくれている。そのお陰で私は普通の生活が送れているのだ。


「でもさあ……、絵美って、学校にいたんだよね? 二人がいなくなった時、一緒に。どうして、絵美だけ見つかったんだろう……。それに、絵美って立ち直るの早かったよね。周りの皆は事件を受け入れることができないで動揺していたのに、絵美は落ち着いていたし」


 いつの間にか戻ってきていた佑奈。彼女は独り言ちて小首を傾げ、怪訝な顔をしている。

 私は彼女を見た。彼女は、私のことを疑っているのだろうか。

 私の視線に気づいた彼女は、すぐに笑みを浮かべて、私に釘を差した。


「あ、別に、絵美を疑ってるとか、そういうわけじゃないよ。ただ、ちょっと不思議に思っただけ。絵美だけでも戻ってきてくれて、私は嬉しいよ」


 さっきの言葉を訂正しよう。三人ではなくなった。


 また、楽しいものが見れるかもしれない。

 私は口元を歪ませた。

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