太子密建④
宮川が辛抱強く相槌を打つ。「そうなると、次の当主はどうやって決まるのですか?」
「さあ? それを話し合っていたところです。いっそ、選挙でもやった方が良いかもしれませんね。ああ、こちらです。どうぞ、お好きな場所に腰を掛けて下さい。今、飲み物を頼んで来ましょう。先ほども言いましたが、紅茶しかありませんけどね。ははは」石川は二人を応接間に案内すると、部屋を出て行った。
祓川はうんざりとした様子だったが、宮川はこういう無駄話をする為にいるようなものだ。意外に重宝しているのかもしれない。
昨日と同じように庭に向いたソファーに腰かける。やがて、石川が戻って来て言った。「もうちょっと待って下さい。今、紅茶を温めなおしていますので。それで、刑事さん。今日は、一体、どういったご用事ですか?」
「先日、情報を提供頂きました遠藤康臣ですが、彼が住んでいた船橋のアパートにいませんでした。彼の立ち回りそうな場所をご存じありませんか?」祓川が尋ねる。こちらが武蔵野署から依頼のあった表向きの訪問理由だ。
「へえ~あいつ、船橋に住んでいたのですか。さあ、彼と親しかった訳ではありませんからね。それさえ、知りませんでした。ああ、彼の実家が近くにありますが、あいつの祖父母が亡くなってから、無人の廃墟になっています。母親のところにいるんじゃないですか?」
「いえ、母親のもとには、もう何年も立ち寄っていないようです」
「そうですか。となると・・・分かりませんね。まあ、あいつにとって、家と言えるのは、この南洲本家だけかもしれませんね。可哀そうなやつです」
「遠藤康臣は、この南洲家で養われていたそうですね。親戚とは言え、随分、遠い血縁のようですが、何故、南洲家で面倒を見ていたのでしょうか?」
「ああ、そのことですか。その辺はちょっと~余所者には分かり難いかもしれませんね。すいませんね。気を悪くしないでくださいよ。ここ石川村はね。南洲一族が支配する村だと言って過言ではありません。村に住む者は皆、南洲家に連なる者ばかりです。そんな閉鎖的なところですからね。本家のご威光は海より深く、山より高い訳です。はは、分かりますかね?」
「閉鎖的だと言うことは分かります」
「それだけ分かってもらえれば結構です。かつてはね。村長として、村の管理を任されていました。本家はね、まるで親のように村人を養い、導かなければならない。そして、村人は親のように本家を敬い、本家の為に尽くさなければならない。まあ、そんな感じですかね。
康臣の母親は身持ちが悪くて、婚家を追い出されたような女です。まだ幼かった康臣の面倒を見ようとはしませんでした。今なら、ネグレクト、育児放棄です」
「なるほど~なるほど~それで、村人の親代わりである南洲本家に引き取られた訳ですね?」
「そういう訳です。小学生の頃に本家に引き取られて、高校くらいまでいたんじゃないですかね。その間、則天さんと一緒に育った訳です。ああ、当時は聡美さんという名前でしたけどね。ですが、高校生になると色気づいてしまいますからね。若い男女がいつまでもひとつ屋根の下という訳にも行きませんからね。七代目も、これ以上、家において置く訳には行かないと思ったのでしょう。康臣を母親のもとに戻しました。それからですよ。康臣がグレてしまったのは。まあ、あの家庭環境じゃあ、グレてしまったのも仕方ありませんけど。相変わらず、男をとっかえひっかえしていたみたいですから」
遠藤の生い立ちには同情の余地があるようだ。
「守弘さんを殺したのは、あいつですよ」と石川は言う。
南洲守弘は事故に見せかけて妻、則天を殺害した。則天と姉弟のようにして育った遠藤はそれを知り、守弘を殺害した――というのが石川の主張だ。
「南洲守弘は奥さんを事故に見せかけて殺害し、それを姉弟同然に育った遠藤康臣に知られ、復讐されたという訳ですな」
「そうです。早く康臣を捕まえて下さい」
「分かりました。ところで、最近の遠藤康臣の顔が分かる写真をお持ちじゃありませんか?」
遠藤康臣の容姿については、映りの悪い防犯カメラの映像の他に、警察のデータベースに前回、傷害罪で起訴された時の顔写真があった。但し、五年前のものだ。
「いえ。持っていませんね。何度も言いますが、彼とはそんなに親しかった訳ではありませんからね。あいつとツーショットなんて、お断りですよ。背は高い方じゃないですか。僕と変わらない背丈ですから、百八十センチくらいですかね。まあ、痩せている方です。顔は・・・そうですね~竹を割ったような性格なんて、言い方がありますけど、あいつの顔は竹を割ったような顔です」
「竹を割ったような顔⁉」
「ええ。なんかね、ささくれ立っていて、うかつに触れると手を切ってしまいそうな、そんな印象です。ぐっとこう、尋常じゃない目付きで、犯罪者ってこんな顔をしているんだっていう典型的な顔をしています」
「さて、親族会議が開かれているのなら、丁度良い。どなたか遠藤の行方をご存じかもしれません。今日、お集りの親族の方々からも、お話をお聞きしたいのですが」
石川以外の人間からも話を聞きたかった。遠藤の件は口実に過ぎない。先日の事情聴取から、祓川は石川に対して疑いを抱いていた。だが、石川には犯行時刻のアリバイがある。南洲家で親族一同集まって飲んでいたと言うのだ。その裏を取っておきたいのだ。
「おや、僕はお邪魔のようですね~残念だな~康臣の行方なんて、誰も知らないと思いますよ。そうですか。じゃあ、みなさんのところにご案内しましょう」と言って、石川が立ち上がった。




