第三十九話 火花散る
学園の校門で、ミレーユが待ち構えるように立っており、私の姿を見るなり何も言わずに腕を掴んで引っ張った。
「へ、ちょ!?」
急なことに驚いている間に校舎裏に置かれているベンチまで連れていかれる。
「ここならそんなに人は来ないはず。優華、昨日聖女の祈りに干渉を受けたわ。どういうことか説明してくれるわよね?」
聖女の祈りをかけたのはやっぱりミレーユだったかと思いながら、どう答えたものかと口を閉じた。あまりしゃべりたいことでもないし、何より呪いで痛みが発動することが恐ろしい。
「……、悪役令嬢の設定の通りとおもってよさそうね。虐待に干渉はできないけど、お守り代わりにと思っていた聖女の祈りがまさか使われることになるなんて。流石にすでにかけられた呪いまで干渉をする力がないのだけれど、すでにかけられたり……」
とそこで、言葉をとめられ、じっと目で圧をかけられる。前世からこういう誤魔化しを許さないミレーユの視線が苦手で、こたえられない後ろめたさと合わさり思わず目をそらしてしまう。
「最悪な事態ね」
「その話、私も加わりますわ」
急にニュアの声がしてぎょっとする。ミレーユが呪いの影響を受けずに普通に喋れているから、事情を知らない人が側にいると全く思わなかった、呪いの発動の条件から何かが外れているから喋れているのだろうが、一体何の条件だろうか。
そんなことを考えていたら授業の開始を告げるチャイムが鳴り響くのが聞こえた。
「あ、一時間目が……」
「授業どころじゃないでしょう」
私的には、授業に集中できるような状況でもないが、体面が大切な貴族や聖女なうえに、学校始まって一発目の授業だ。
「この際だから言っておくけどね、私にとって聖女の使命なんてどうでもいいの、私は以前と少しも変わってない、聖女の力があるのだから命をかけなさいなんてまっぴらごめんなのよ、だから体面だってどうでもいい、役割を全うする気がないから。そんなくだらない体面より、親友の危機の方が重大な問題に決まっているでしょう。それと、この子誰」
聖女はそれなりの地位が保障されてはいるが、あくまで平民である。ニュアの家は伯爵家にあたるのだから、その態度はまずい。学園の外なら手打ちにされても文句は言えない。ニュアの表情がひくっとひきつったのが見え、私も思わず慌ててしまう。
「ニュア・イリュジオンといいますわ。伯爵令嬢であり、侯爵令嬢であられるアウローラ様の友人ですのよ」
「やっぱりゲームにはいなかったキャ……、ごほん、なんでもございません、大変失礼いたしました。伯爵令嬢とはご存じありませんでしたので。私はティアの大親友のミレーユと言います」
謝罪しているけど、なんだか張り合っているよね!? 見えない火花がバチバチと二人の間で散っているのがみえて、思わず逃げたい気分になる。
「いくら学園といえども、侯爵令嬢であられるアウローラ様に対して呼び捨てだなんて不敬ではないかしら」
「アウローラ様がお許し下さったのです、ご本人が許して下さっているんですから、ティアと呼んでも問題はないかと存じます」
あ、でもお陰で、いい感じに呪いの話から逸れているような、二人がヒートアップしている間にこっそりとこの場を去らせてもらおうと、後ずさると、二人に両腕を掴まれた。
「ティア、まだ話は終わってないけど」
「アウローラ様、お話の途中でどこかに行かれたりなどしませんわよね?」
どうしよう、しっかりと確保されてしまった。呪いの話以上に面倒な香りがするから全力で逃げ出したい。
「自称親友の聖女のいうことはとりあえずいったんいいわ、それよりも呪いって何のこと。これだけ一緒にいて初耳なのですわ」
「自称じゃなくて実際に親友でございます、伯爵令嬢様。ということで、親友の私には打ち明けてよ」
やっぱりめんどくさいことになったあああぁぁ!! これまでニュアがそんなに敵愾心をだすことなかったじゃん、なんでここにきて急にこんなことになるの! そして何をミレーユは張り合っているの。こっちは自分の事だけでいっぱいいっぱいなのにこれ以上問題を増やさないでほしい。
「私から話せることは何もありませんわ」
答えれる精いっぱいでこれだ。本当に話せることはないのだから仕方がない。ミレーユは不満げに問い詰めようとしたがニュアがミレーユを止めた。
「魔法についてあまりご存じでないわよね? もし本当に呪いにかかっているなら言いたくても言えないのよ、話せることが何もないとはそういうことだと思うわ、無理に問い詰めるべきじゃないわ」
治癒魔法と言い、教会と王家の確執をなんとなく知っていることや、呪いについて知っていることも含めて、ニュアは結構情報通かもしれない。流石に、ミレーユもそういわれたら無理に問い詰めれない様子でホッとした。
「ただ、アウローラ様、前に痛いなら痛いと言わないといけないと伝えましたでしょう? それと同じで、辛いなら辛いと言わないといけませんのよ。ずっと気持ちに蓋をしていたら、どんどん鈍くなってしまって、心が壊れてしまいますから。私は、友人のそんな姿を見たくありませんわ」
あぁ、まただ。この世界を諦めてしまおうとしているときに、またそんな言葉を言われて、諦めることが苦しくなる。むず痒い気持ちと、どうにもならないと叫びたい気持ちがごちゃまぜになって俯いた。
「一時間目がおわってしまいましたわね、二時間目が始まる前に教室に戻りましょう」
俯いたままの私の手を引くように、ニュアの手が軽く添えられた。ミレーユが慌てたように声を出す。
「ちょ、ちょっとまってよ。まだあまり事情を聞けていません、授業より先に事情を聞かないと! 危険な状態ならどうするのですか」
「伝えるべきことは伝えたわ。それに、これ以上無理に聞き出そうとしても辛くなるだけよ、言葉を重ねるたびに表情が暗くなっているの気づいていないわけではないわよね?」
ニュアにそう返されたらミレーユは言い返せないのか言葉を詰まらせ、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。死んだ友人とものすごく久しぶりの奇跡的に再会したのにこんな状況で、自分に助ける力があるミレーユが必死になる気持ちは別にわからないわけじゃない。
「ミレーユ、授業に戻ろう?」
なんでもないようにいうことで、言外に気にしないでほしいといったことに気付いたのか、ミレーユは頷き三人で教室へ向かった。




