32-幕間3 博麗隊、その後
「偽装指輪?」
封筒から取り出された指輪は3つ。それらは博霊隊のハナマル、ユーキ、サキに宛てて用意されたものだった。ただし封筒を持ってきたのは白田ヤヨイとかいう女だ。
指輪の製作者がケーだと仮定したら、何故このタイミングに渡されたのか疑問がある。ケーなら渡すタイミングがいつでもあった。
渡せない理由があったのか。渡すタイミングを他人に委ねる必要があったのか。
ケーは博霊隊に何も言い残していなかっただろうか。
思い返すとそれらしい発言はあった。あれは占領されたエルフの小村で、初めてトロール達を解放し、仲間に引き入れたときのことだ。
『三人には無茶な命令ばかりしとるが、ちゃんと全部こなしてくれとる。指定モンスターとなった暁には褒美として最強の指輪を渡すことを約束しよう』
最強の指輪が『偽装指輪』なのかどうかはケーにしかわからない。
ぼんやりと理解できたのは、指定モンスター候補のために偽装指輪が事前に用意されていて、それを持ってきた白田ヤヨイとかいう女がケーに信頼されているということ。
そして、その女がわざわざ博多ダンジョンに潜ってまで三人を指定モンスターに任命しに来たということだ。
「偽装指輪はステータスの記載を書き換えられます。書き換えは所有者の意思で可能ですが、レベルアップで自動的に正しいステータスの表記となりますから、書き換え忘れにご注意くださいねー」
「わざわざ来ていただけたのはありがたいですが、どうして危険を冒してまでオレらのところに?」
「詳しい理由は言えませんがー……。地上で急を要する事態になってまして、それなのにケーちゃんと連絡が取れない状況ですから直接出向くしかなかったわけですねー」
「急を要する事態って…」
「それは後で教えます。ケーちゃんは今どこに?」
ペットたちのスキル〖明鏡止水〗のおかげでインターネットが使えるため、日本の状況はネットニュースから読み取れる。
東京に核爆弾が落とされ、首都圏の機能が停止するなど沢山の被害が出ており、日本が緊急事態なのは言われずともわかる。その事態の収拾に、全能の力を持つケーが望まれているというのも容易に察せられた。
だが現在ケーと博霊隊は別行動している。オリビアは先に行かせたが、三人はトロール砦で始まった戦争のことをまだ伝えていない。
「ケーちゃん先生に電話してみます。多分まだ砦にいると思いますから。戦闘中で電話に出られないかもしれませんが」
「は? 電話?」
ハナマルはスマートフォンを取り出してケーに電話する。しかし、しばらく待っても繋がらない。ケーのスマートフォンは亜空間に収納されている。電波が届かなくて当然だ。
「やっぱり出ませんね」
「そりゃそうでしょー。ここはダンジョンよ。圏外に決まってるじゃない」
「あんたヤヨイさんって言ったっけ。スマホ持ってるかい?」
「ええ、念のため」
「Wi-Fi繋がってるから見てみな」
ヤヨイはサキの言う通りにスマホを開き、信じられない事実に驚愕した。情報通信網もないのに地上と通信できている。
そこからは博霊隊が喋るターンだ。スキルのこと、砦の戦闘のこと、秘匿されたケーの目的のこと、博多ダンジョンで起きたことの情報を共有した。
「あーもう。頭が爆発しそう。エルフで既にいっぱいいっぱいだったのに……
異世界? しかも超大国を築いて世界征服するって?
聞いていた話と違う! ケーちゃんは死ぬ方法を探してここに来たのよ!
そういう準備もしてきた!
今聞いた話が本当なら死ぬ気なんてないじゃない!
だったらなんで……まさか……」
ヤヨイの視線は博麗隊に向いた。正確には三人のペットだ。
三人の話ではペットの三匹はケーの分身だという。もしもこれらがケーと同様に不滅の肉体で、殺し方がわからないとしたら大変な事になる。
なぜならケーの分身は地球に複数いるからだ。朝倉ピラミッドだけではなく、各国に献上された分身もいる。ほとんどは脳死しており模型に近い状態だが、そのうち数体は人の命令に従うようプログラムされていた。
当初、ケーは分身たちの内部に自爆スイッチがあると説明していた。自爆スイッチが起動すれば、分身たちは〖黒紫のオーラ〗で自身の肉体を消滅させる。
もしもそれが間違いだったら?
実演した時にできていても、時間が経つにつれて再現できなくなるとしたら?
ケーがしてきた謎行動の理由に気付き始めたヤヨイは口を閉ざす。次第に冷静になり、何も聞かなかったかのように振る舞い始めた。
「では、指定モンスターとなったあなた方の今後についてお話ししたいと思います」
急に態度を変えたヤヨイを不審に思う博麗隊の面々。しかし指定モンスターとなった手前、反抗的姿勢は見せられない。政府に認められた代理人が相手なら尚更、素直な態度で接しなければ命が危ない。
「まず最初に、みなさんがこれから国のために働くにあたっていくつか注意点があります。前提として、一般探索者とは比べ物にならないほど高い能力を所持していると自覚してください。そのため一番覚えてほしいのは、みなさんに命令を下す人についてです」
指定モンスターにとって命令は絶対であるが、命令を下す指示者の発言は法律で縛れない。そのため間違った指示者に利用された挙句、最悪の結末を迎えた指定モンスター候補もいる。
以降、任務中に命令を下せる指示者は、公安調査庁と公安委員会の連携で行われる内情調査を受けた上で、警察関係者の中から選考されるようになった。
そうして選ばれたのが、白田ヤヨイを含む数名の警察官だ。指示者が一人でない理由は、有事に備えて多面的に対応することと、造反を未然に防ぐために指示者同士で監視し合う目的を兼ねている。
今後、指定モンスターに該当される者が自然発生した場合を見越して、指示者は常に増員が求められているが能力要件が厳しくて成り手は少ない。
「次にレベル上げです。みなさんは高い能力を持っていますが、世界には数値では測れない強さを持つ存在がいます。その主な代表といえるのが『ドラゴン』と称される巨大モンスターです。巨大な体躯と最高クラスのステータスを持ちながら、凶悪なスキルを所持しています。
指定モンスターの大きな役割は世界のどこかで発生したドラゴンの討伐です。ですが現在のみなさんの実力ではドラゴンを倒せません」
そこでレベル上げだ。ケーは国政の混乱を防ぐために入場先のダンジョンを事前に予約していたが、指定モンスターは予約なしで日本中のダンジョンに入場できる特権を持つ。
前回までは連絡を取り合うために日帰りという条件付きだったが、スキル〖明鏡止水〗のおかげで連絡が途絶える心配はない。通話が常に可能な状態で保持しておくことを追加条件として、ヤヨイは三人の長期探索を許可した。新しい要素を考慮して規則を変えられるのが指示者の特権だ。
主な注意点は以上で終わりだ。他には生活費が振り込まれる専用の口座が作られたという話や、人間の時とは違う新しい住民票やマイナンバーやパスポートなど、細かい点について説明がされた。
そしてこれからの話へと続く。
「ケーちゃんと連絡が途絶えた以上、ここに留まる理由はありません。ウチはこのまま先へ進んでトロール砦に向かいます」
「よっし! ヤヨイさんが一緒なら心強いです!」
強者のヤヨイがいれば森エリアの雑魚モンスターを無視して最短で突き進める。三匹のペットという保険もあり、例外的な強さの使者と遭遇しなければ怪我もなくたどり着けるだろう。
「あー、残念だけど。全員は無理。三人のうち二人は地上に戻ってもらうから。ひとりは案内役としてついてきてねー」
「オレが!」「オラが!」「アタイが!」
三人がほぼ同時に発声した。だが込められた感情は同じじゃない。
「オレが案内するよ」
「オラ、ケーさんと一緒がいい」
「このまま逃げ帰るなんて無責任なことアタイには無理だね」
ハナマルとサキの言い分はお節介な正義感と責任感から来る言葉だ。だがユーキは違う。ユーキの場合は復讐心が強い。ケーと共に行動をすればいつか真の仇に辿り着ける。そう信じてケーの元へ近づきたいと思っている。
「あのさー、ひとつだけ言っとくけどね?
あんまケーちゃんに深入りしたら破滅するよ。マジで。
これ忠告ね。ちゅーこく。優しさよ」
ヤヨイがケーに信頼されているのは理解できる。理解できるが、恩人を馬鹿にされたようで三人は嫌な気分になった。
「そりゃどういう意味だい。コラ」
三人の中でサキが一番ブチギレた。それほどケーに対して好印象を持っていないように振る舞っていたサキが一番ブチギレた。ただ短気なだけかもしれないが。
「長い付き合いだからわかるんだけどさー。ケーちゃんはさ。根っからのニートなんだよね。宿主が弱ると暴れ回る寄生虫っていうか、おやつをあげないとイタズラする猫っていうか。
形式的には警察で管理してるけど、昔は自衛隊のもとで働いてたのよ。
その頃のケーちゃんはかなり危うかったから、本当にそこで満足なのか気持ちを聞いて勧誘したわけ……
そしたらケーちゃんは何をしたと思う?」
「「「………」」」
答えさせる気がないクイズだ。聞き返してほしいとヤヨイの目が訴えていた。しかし三人は乗らない。猫はまだしも、恩人を寄生虫呼ばわりされて腸が煮え繰り返っていた。
三人から放たれる鋭い視線を避けるように、ヤヨイは雲ひとつない星空を見上げて回想した────。
ドタドタと廊下を揺らしながら走り、ケーが向かったのは司令室だった。その後ろをヤヨイが追いかける。
「おっちゃーん! 勧誘されたから俺こっちにいくぜー!」
「ちょっとぉぉおお!! チクるのは無しでしょぉぉおお!!!」
多忙な陸上総隊司令官が今日に限ってたまたま司令室に戻っていたのが不運だ。ケーにとっては手間が省けて幸運だったかもしれない。
守衛を振り切り、急に押しかけてきたケーに対して総隊司令官は至って冷静な態度で話に応じた。
ケーの脱退要求は受け入れ難い申し出だっため、総隊司令官は断る意向を示すつもりでいた。しかしケーの意志が固いと見抜いて、籠絡に失敗したと悟る。
神経を逆撫でしないよう潔く脱退を承認してケーを追い出した。
ケーを追い出したはいいものの、やはり手放すには惜しい戦力であり、飼い慣らすのは無理だとしても有事の際には都合良く使えるよう統合幕僚長を通して警察庁長官とコンタクトを取った。両者の間では、ケーのその後の扱いについて穏便に話がまとまる。しかし、総隊司令官の願いを叶えるには新しい法律が必要という話に至った。
省庁を飛び越えた話は内閣府にも届いており、全ての閣僚にも同意を得られた。だがやはり現行法では願いは叶わない。
最終的に与野党の議員を巻き込みながら話が進んだ結果、ケーの身柄は警察庁預かりとなりながらも、国家の非常事態にはケーの出動権限を一時的に陸上総隊司令官へ与える法律が国会で新たに作られた。
新たに出動権限委譲の法律が作られる以前は、ケーの出動に海空自衛隊の主要司令官の同意が必要だったため、ケーの身勝手な行いがきっかけで陸上総隊司令官の権限が更に強まる結果となった。
そんな裏の事情は露知らず、ケーは生徒たちを連れて日本中を旅しながらダンジョンの一般開放に向けて安全調査を進めていた。
監視と自己強化を兼ねてヤヨイも旅に同行していた。
盗聴される危険が少ないダンジョン内なら身元が割れるような内輪の話もできる。
そうして行動を共にするうちに、ケーと二人きりになれるタイミングがやってきた。
「最近どう? ロミさんとはうまくいってんの」
最初は他愛のない話から始まった。この程度でも地上では難しい雑談だ。
政治的な都合によりケーとロミが夫婦関係にあるのは非公開であり、婚姻届も出されていない。二人の約束だけが結婚の根拠だが、ケーが結婚指輪をしていないのは別の理由だ。そもそも二人は結婚指輪を交換していない。そのため事実婚とも言い難い複雑な関係になっていた。
「全然うまくいってないぜ。業務上ですらパートナーと言えないくらい距離置かれとるわ」
当然、監視役のヤヨイは全て知っている。ロミの素性も知っているし、ロミがケーを出世の道具として利用したことも知っている。性の営みが全くないことも把握している。ヤヨイが聞きたいのはケーの気持ちだ。
「じゃあ……さ。
ロミさんに嫌気をさしてウチのところに来てくれた、ってこと?」
「ロミ大尉のことは今も好きだぜ。でもまぁ、ぶっちゃけヤヨイさんと一緒にいると気が楽だぜ。
それとは別にあそこから逃げたかったんよな。俺はまだトウゴウ君の処刑に納得できねぇし。あそこに帰ると色々思い出しちまってツラい」
元自衛官のトウゴウは専守防衛を大義としており、日本への攻撃疑惑がある他国へ積極的に乗り込んでは単独で軍事基地を破壊して回るという世界一周の旅をやり遂げてしまった。
当然ながらこのようなテロ行為を日本含む主要諸国は容認しておらず、即刻中止するよう呼びかけられたが、最終的にトウゴウはケーの手で処刑されることになった。
当時、指定モンスターに関する制度は作られたばかりであり、モンスター化した人間の社会投入については試験段階だった。
将来的な社会投入に向けての模範として選ばれたのがトウゴウだ。指定モンスターは専属自衛官の指示に従うのが絶対の義務であり、国内での活動のみが認められていた。
しかしその約束は一方的に破られ、国外脱出の方法についても謎に包まれている。
一連の不可解な行動を巡って、事情を知っているであろう専属自衛官の捜索が開始された。
そして、トウゴウの旅に同行していた専属自衛官の遺体が安いホテルの一室で発見された。
死因は不明。所持品は一切残っておらず、着用している服はホテルで貸し出されたバスローブのみ。バッジのひとつも残っていない。いかにも怪しい死に様だった。
何も証拠を残さずに不自然な姿でこの世を去ったことから、専属自衛官が何かしらの組織に属する工作員で、口封じに殺されたのでは? という疑惑が浮上する。
ケーが死刑執行する際、死に際に放ったトウゴウの一言で状況が変わった。
専属自衛官と秘密裏に接触し、二人を唆した謎の人物がいる。トウゴウの遺言のもと、その謎の人物の捜索に各国の政府は全力をもって当たっている。謎の人物はまだ発見されていない。
「トウゴウのことは残念だったね。でもやりたくないなら、トウゴウはいつでもやめられたはずでしょー。最後まで止まらなかったってことは、トウゴウ自身が望んでやったんだってわかるよね?」
「……命令に忠実すぎただけや。トウゴウ君は口癖のように言いよったわ。『この力で世界を平和にするんだ』って。あいつはやり方を間違えちまっただけなんや。それはわかっとる」
「平和かー。ケーちゃんは正義の味方だよね。みんなのために戦ってくれるよね?」
ヤヨイの言葉を聞いてケーは固まった。返答を考えているのか、沈黙を決め込んだのか、どちらかわからない。だが気持ちを知りたいヤヨイはしつこく返答を待つ。
しばらく待っているとようやくケーが答えた。
「俺は……正義を維持するためにいるんじゃねえ。もっとみんなが楽しめる場所にしたいから我慢して働いたわけ。
だから正義の味方なんかやってやんないわけ。こっからは好きなようにやらせてもらうぜ」
ずっと大人しく付き従ってきたケーの初めての拒絶。そして意見の対立でヤヨイがたじろいだ。少し遅れて、ふつふつと怒りの感情が湧き上がる。今までの恩を忘れて道義に背く態度が気に食わなかった。
「ちょっと待って。そんな動機で動かれたら沢山の犠牲者が出るんですけど。ケーちゃんはそれでいいの?」
「そりゃあ、やだよ。うーん。そっか。犠牲かぁ。何かをやろうとすると、いっつもその対価に犠牲を求められるよな。
でもよ。俺が強くなるために犠牲にしたのは時間とモンスターの命だけだったぜ。
みんなもさ。俺みたいな力を得られるチャンスがあればさ。人を犠牲にしないで済むと思うんよな」
まるで独り言を話すようなケーの態度にヤヨイは我慢できず、とうとう最悪のカードを切ってしまった。
「何をするつもりかわからないけど碌なことにならないからやめて。
アンタはウチの言うことだけ聞いていればいいの。
それでうまくやってきたじゃないの。ね?
朝倉市のような結果になるのは避けたいでしょ?」
イライラを隠さなくなったヤヨイ。それに共鳴してケーもイライラし始めた。
「だったら、希望を示してくれよ。このままのんびりしとっても人間同士の争いが大きくなるだけやろうが」
ついにケーは無理難題を叩きつけてしまった。願いの規模が大きすぎてヤヨイの力の範疇を超えている。
小さな喜びを分かち合うだけで、それだけで充分だったのに。高望みし始めたケーに対して、もはや返す言葉が見つからない。
張り合いがなくなったと言わんばかりにケーはその場から立ち去った。
哀愁漂う後ろ姿を見て、ヤヨイは自らの心ない発言を叱った。
ケーは傷心している。育てた生徒を自らの手で処刑しなければならなかった。その気持ちを考え、ヤヨイは興奮した感情を落ち着かせた。
落ち着かせたあとに後悔と失望と執着でいっぱいになった。そんなヤヨイの頭に最悪の展開がよぎる。
ケーが良かれと思ってやる働きは、本当に平和へ繋がるものだろうか。
ケーが望む楽しい世界づくりは、世界中で悲劇をつくることではないのか。
犠牲は時間とモンスターの命だけ? ケーみたいな力を得るチャンス?
「バカじゃないの。何考えてんのよ」
──そうして現在になってもケーの考えはわからないままだ。
次の日には仲直りしたもものの、あのときの口喧嘩を最後にして本心で語り合う機会はなくなった。それ以降ヤヨイは真実を知るためにケーを追い続けている。




