25-3 将たる者、勝ち目のない戦いに挑むな
敵陣を何ヶ所か通り過ぎ、火山エリア付近の谷で砦を発見した。予想通りダークエルフ軍団はトロール軍団の砦を後方拠点として再利用している。
トロール軍団の砦は一ヶ所だけではなく、この場所以外にもエリア境を塞ぐようにいくつか建っている。トロールを倒す戦力があるとはいえ、ダークエルフ軍団がそれら全てを占領したとは思えない。
砦と砦の間は登頂困難な山々や岩場で遮られており、砦同士で連携して防衛するのは不可能。一方の砦が劣勢になって他の砦に救援を呼ぼうにも、砦間で連絡を交わすのすら大変だ。
砦を落とす労力と維持コストを考えれば複数占領するメリットがない。戦力が分散されるだけだ。
よって占領された砦はひとつの可能性が高い。一発で引き当てたのはラッキーだ。
トロールのテリトリーにもかかわらず、砦にはトロールが一匹たりとも見当たらない。恐らく反乱が起きたのだろう。
トロールは非常に頭が悪く、一日寝て起きたら自分たちの支配者の顔さえ忘れる。砦内の異物を発見すると直ちに叩きのめす習性には俺も苦労した。きっとダークエルフ軍団も同じ目に遭っていることだろう。トロールのコントロールは一筋縄ではいかない。
敵味方の区別もできず感情的で手が出やすい特徴を持つトロールだが、砦の領域を出れば萎縮し、大人しいどころか怠け者になる。攻撃されれば反撃するが、それ以外は図体だけの木偶の坊と化す。
そんな自宅警備員気質のトロールに親しみを感じざるをえない。ニートの支配者が自宅であるように、トロールの真の支配者は砦そのものなのかもしれない。
「砦の守りは固い。隠れる場所も少なそうや。突入前に奴らの目を逸らす必要があるな。よーし、一旦退くぜ。集めたいものがある」
砦の戦力を見たことで、俺の妄想は確信へと変わりつつある。
トロール軍団を支配できないダークエルフ軍団が、これ以上砦の数を増やせば過剰に人員を割いてしまう。砦を運用する人数は最低限にして、ダークエルフ軍団の最高指揮官は前線に出て攻撃に集中したいはず。
通信技術が発達した現代戦ならば砦からでも作戦命令を送れるが、奴らの通信手段は原始的な方法に限られている。
後方拠点を失えば奴らの退路は断たれる。火山エリアに救援を要請するには、必ず中間地点である砦を通らなければならないからだ。
砦を奪われたことを知れば、俺らから砦を取り返そうとするだろう。そうなったら連合軍に進軍してもらう。
博麗隊と連合軍による挟撃の陣形となり、ダークエルフ軍団は詰みだ。
俺らは砦を奪取したのち、砦を防衛して敵の後方支援活動を妨害すればいい。
無論、砦の奪取後に防衛していることを火山エリアの連中に気づかれたらダメだ。逆にコチラが挟み撃ちの形になるため防衛が困難になる。連合軍が到着する前に博麗隊を潰されたら、敵に砦をそのまま活用されてしまう。
だからといって砦を攻める前に連合軍へ連絡は送らない。あくまで俺らは博霊隊として動く。連絡するのは砦を落とした後だ。
そういった話を三人と共有した。意見を聞きたいから。
「なんでですか? 連絡したらいいじゃないですか」
「なぜって。だって落とせなかったら大戦犯になるやんか。もし俺らが敗走して砦を諦めても、後から連合軍は砦に来るやん。俺らに勝った相手と連合軍がぶつかるぜ。しかも連合軍が砦に到着するときには、前線に出ている敵の最高指揮官へ一報が届いているかもしれんしな」
トロール砦に攻め入る前に敵の戦力を少しでも削る目的で、砦周辺にあると考えられるダークエルフ軍団野営地を全て襲うことに決めた。例によって隠密に行う。
森に入り、敵の野営地を探す。地面が整地されて固く均された道路が砦から延びており、それを辿っていくとダークエルフ軍団の荷車を発見した。
荷車を牽引するのはトロール。座席にはムチを握ったダークエルフがいる。こんな風にトロールを使うとはなかなか賢い奴らだ。
「あれを追いかけるぜ。目的地まで案内してもらおう」
牛にも引けない荷車を休まずに引き続けるトロール。その表情には疲れが見えた。情けない声をあげる度にムチで打たれて息を荒げる。そして怒りをぶつけるように地面を蹴って、荷車を引く速度を上げた。
本来トロール砦のトロールに補給は要らないため、補給線は最近切り開かれたものと思われる。ダークエルフ軍団の仕業に違いない。その真新しい補給線沿いを歩いて荷車を追いかける。
軍需品の補給にもかかわらず、荷車の周りに護衛がいない。護衛がいないのは周辺地域を完全に制圧したからなのか、それとも兵站に人員を割く余裕もないのかはっきりしないが、荷物の量からして目的地はかなり大きな拠点と思われる。
「大きな拠点には大将がいるはずや。砦を落とすための下準備で大将首があげられるかもしれないと思うとワクワクするよな」
しばらく荷車を追うと、金属と油の匂いが漂ってきた。ここまで来れば敵陣地を発見できる。
「よし。今から荷車を奪う。トロールには攻撃すんな。ダークエルフだけ森で拘束しろ。作戦に荷車を使うから血をつけないようするんだぜ」
城エリア級とはいえ、ダークエルフの基礎戦闘力はエルフと同程度。エルフ同様、個体によって差があるため油断はできない。
しかしステータスを覗かなくとも強者かどうかは見たらわかる。あのダークエルフはろくに鍛えていない雑魚だ。サーズのほうが圧倒的に強かった。
座席でのんきに果実をかじるダークエルフ。その横っ腹にハナマルくんの飛び蹴りが入った。
ダークエルフは鮮やかに荷車から転げ落ち、落下地点に控えていた二人がその両脇を掴んで森の中に引きずり込んだ。なんと手際のいい連中だろう。
透明化を解き、荷車を引き続けるトロールの前に立つ。
「うわああああああ! なんだあ!?」
「おめでとう! おめぇに良い話をもってきたぜ」
「はぇー?」
逐一指示を出さないと動けないトロールには長々と計画を話しても無駄だ。だからまずは味方に引き入れるだけでいい。
「おめぇ、自分の家を取り戻したくねえか?」
「オデの家、取り戻したい」
「そうやろ。じゃあ手伝ってやるぜ。おめぇの名前は?」
「キング」
彼の名はキング。トロール軍団のまとめ役をやっていた。実は会ったことがある。そもそも名付け親は俺だ。顔の見分けがつかないから気づかなかった。ちなみにキングと同名のトロールは他にもいる。
キング級トロールは他のトロールより少し賢い。少なくとも3日は俺の顔を忘れない。
その賢さをダークエルフにも評価され、運搬係に割り当てられたようだ。
拠点を落とす作戦にキングも組み込む。
作戦は簡単だ。ダークエルフの死体を操って敵を欺き、荷物に隠れて敵拠点に侵入したのち、内側から破壊工作する。よくある手だ。
透明化が使える俺らにこんな工夫が必要かとサキさんに言われたが、正論すぎて何も言い返せなかった。
「せっかくだから色々やりたいやんか! 作戦開始!」
俺らを乗せた荷車が敵陣に入る。門番にはダークエルフとオークが複数。流石に大規模拠点となれば門番にトロールを置く馬鹿な指揮官はいないか。
しかしその門番の仕事ぶりはトロール並みに杜撰だった。運搬係のキングとダークエルフの顔を見るや否や、積荷を調べもせずに通しやがった。
「おい! こっちに運べ!」
「わかったぜ! おいトロール、あっちや」
「おお……」
後ろからダークエルフの死骸を操って口を動かす。荷物はオークによってテントへ運ばれるようだが、補給係の監督は荷おろしを運搬係の運転手にも手伝わせるらしく、それの死骸を操る俺も大人しく従うしかなかった。
「隠密に敵幹部を見つけて始末しろ。敵に見つかったら俺のところに集合や。俺はヤタガラスの集まる場所の下にいる。博霊隊、出動」
小さく指示を出し、三人は任務を開始した。
ヤタガラス衆の数はさらに増えて計28羽になった。これだけ目立てば三人が俺を見失うことはない。ダークエルフ軍団の連中は、空を見上げてヤタガラスの大群を不思議がっている。
今回も隠密作戦となるが、例によってこの大規模拠点にも鉱石トカゲと巨大狼がいる。ただし今回は対策をしてきた。こちらの手持ちには以前までなかったダークエルフの死骸がある。
拠点に入る前に、半殺しにしたダークエルフを三人に抱きつかせて踊り、事前に汗の匂いをたっぷり擦り付けてきた。簡単にはバレないだろう。
大仕事は三人に任せ、裏方の俺もやるべきことをやる。
「よーし。次の仕事まで休んでいいぞ。くたびれただろう」
「うす」
荷物をおろしたあとに、補給係の監督から休憩時間を貰った。監視の目がないうちに他のトロールを見つけて接触したい。
手下のトロールを仲間に引き入れたら、砦に侵入するまでの陽動を頼むつもりだ。報酬は砦の返還をキングに約束した。戦時中だから必要なだけで、戦争が終わったら砦を放棄する予定だった。この申し出はこちらにとってもありがたい。
「ここに仲間のトロールはおるか?」
「仲間のニオイ、ある」
キングの鼻を頼りにトロールを探すと大きな天幕に行き着いた。
モンゴルのゲルを思わせるような壁付きの天幕だ。しかしその大きさは実際のゲルよりも縦に高く横に広い。
「ここだ」
「先に入れ」
天幕の中ではトロールがすし詰めにされていた。腐った食べカスと糞尿で足の踏み場もない。入り口にいるトロールなんかは仲間に寄りかかって、立ったまま寝ている。
「おめぇ、こんな扱いをされる仲間を見てどう思う?」
「くやしい。あいつらキライだ」
「だよな」
牛や馬ですらもっと丁寧に扱われる。これじゃ使い捨ての奴隷に近い。門番に選んだサーズのほうがまだ優しかった。
顔を真っ赤にして天幕の外に出ていこうとするキングに触手を巻きつけて止める。
「今すぐにでも暴れ出しそうな感じやな。だが将たる者、勝ち目のない戦いに挑むな。挑むなら少なくともここにある戦力をまとめてからや。おめぇがみんなを説得しろ」
説得はキングに任せて外野の俺は退散。天幕の外で待ち、誰も入ってこないように見張る。
けれども見張りが必要なのかと思うほど、誰もトロールの天幕に寄り付かない。
その中で唯一、鉱石トカゲに紐をつけて散歩するレッドスカルが前を通過したものの、天幕には全く関心を寄せていなかった。
「おーい、物好きさん。暇ならトロールに餌をやってくれないかい。そこのハシゴを伝って上から投げ入れるだけで良いからさ。頼んだよー」
巨大狼を引き連れたダークエルフが俺に指図した。彼は解体した剣鹿の肉を巨大狼たちに振る舞っている。普段は彼がトロールの世話係なのだろう。
シカトしても良いが、変に揉め事を起こして中の様子を探られるのも面倒だから、彼の頼みを聞くことにした。
天幕の近くで食糧箱を見つける。蓋を開けてみると巨大ネズミの死骸がたんまり入っていた。ニオイを嗅ぐだけで病気になりそうだ。
食糧箱を抱えて屋根に登り、てっぺんにある換気口から中を覗く。
全てのトロールたちがキングにひれ伏していた。汚れた床を舐めるかのように頭を低くしている。
「説得はうまくいったみたいやな。おら! これでもくらえ!」
ひとりひとりに行き渡るように、満遍なく巨大ネズミの雨を浴びせてやった。
戦いの前の食事や。たっぷり栄養補給してくれよ。
カアカア! カアカア!
ヤタガラス衆が騒がしい。
「おめぇらも腹減ったんか。あとでたんまり死骸を食わせてやるから待ってろー」
ヤタガラスの騒ぎ方が変だ。どうやら飯では無いらしい。三人の監視につけていたヤタガラスが戻ってきた。
なるほどな。敵に見つかったか。
透明化を解除し、操っていたダークエルフから触手を抜いてキングに会う。
「トロールのキングよ。敵がすでに迫ってきている。戦の準備をするのだ」
「みんな、武器、ない」
反乱防止のためか天幕には武器どころか金物ひとつ置かれていない。
外で武器を調達してもいいが、急を要するため〖神パワー〗で棍棒を量産する。素材は鉄と木だ。こいつらに俺由来の素材の武器は渡せない。あれは使者をも殺せる危険なものやからな。
"そんなに気合入れたって、森エリアのトロールが上位の城エリアモンスターに敵うわけがない"
奴隷同様の待遇を受けるトロールを一目見れば誰もがそう思うだろう。
ところがステータスだけ見ると、トロールは城エリアモンスターに決して引けを取らない。ダークエルフ軍団に屈してしまった理由は、トロールが使用する武器にある。
普段、砦でのトロールは流木や枯れ木を武器にするため、戦闘中に得物が壊れることは多々ある。武器を失ったトロールなんぞ敵にもならない。
トロールは巨体だが腕のリーチは短く、体幹が弱いため、相手に蹴りを放つとバランスを崩して自分から転ぶ。
トロールを倒したいときは、先に武器を壊し、しつこく足元を狙って蹴り技を誘導する。蹴った勢いで転ばせば無防備な首を晒すため、あとは好きなやり方でトドメを刺すだけ。それが人間におすすめするトロールの攻略法。
トロールの弱点が武器の喪失にあるならば、それを補ってしまえばいい。トロールが耐久性の高い武器を持てば、たとえ相手が城エリア級であろうと対等以上に戦える。
「いくぞおおおお!」
「「おおおおおおおおおおおお!」」
天幕を破壊してトロール達が飛び出した。
この拠点は外側の警備を固めているため、内側から広がるトロールを抑え込むには準備が足りないだろう。ただし敵に時間を与えれば包囲戦になるため、早期決着が望ましい。
下っ端どもはキングに任せて良さそうだから、博霊隊は脱走兵と幹部の討伐を優先しよう。
なにやら慌ててこちらへ向かってくる三人組がいた。博麗隊だ。三人は透明化しているため、トロールの視界に入っていない。
爆走するトロールに轢かれる前に、触手で博霊隊の三人を回収して状況を聞いた。
「ダークエルフじゃなかったです! ダークエルフもいましたけど、得体の知れないスーツの化物が指令を出していました! 倒そうとしましたけど直前で気づかれて!」
「ナイスや三人とも。そいつは俺がやるから逃げ出した奴らを仕留めてくれ。城エリア級を優先な。あ、それとトロールには手を出すなよ!」
ついにきたか。わざわざ遊びに乗ってやったのに、あっちがしびれを切らして直接来やがった!
俺を殺すために博多ダンジョンで相当準備してくれたみたいやから楽しみだぜ。なあ、先輩使者よ。




