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I'll be the death rain.  作者: 維酉
Chap.2 蘇る
10/10

02 アプリケーション:LOL

「えっと、どうして?」

「それはあたしが訊きたいよ。とにかく、この呪いのアプリとやら、あたしの指でいうことを聞くのです」


 ととはそういって、右の親指を掲げた。どうして彼女の指紋が認証されるのか、不思議なことである。


「ふぅん、じゃあ、そのアプリの中身はなんだったんだ?」


 訊いたのは、天文ヶ原。興味深い、といった感じでふたりの会話に参加する。


「そこまで面白くはないですよ」と前置いて、ととは実際にそれを開いてみせた。「はい、これです。検索バーがぽつんとあるだけの、ブラウザアプリみたいですね」


 赤い背景に検索バーがあるだけの簡素な画面だった。バーのほかに目立ったものはなにもなく、それ以外の機能はないらしい。


「……それだけか?」

「はい、まあ」

「検索機能がすごいとか?」と鈴里。「ふつうだったら踏めない、なにか特別なサイトがヒットするとか」

「あぁ、深層ウェブってやつ?」


 あり得るかも。ととはそういったものの、試してみる気はないようである。さっきは正体不明のアプリだといっていたから、きっと警戒しているのだろう。自分の指紋で指紋認証をパスしてしまうのも、それはそれで薄気味悪いし。


 とはいえ、気にはなっているみたいだ。しきりに画面をタップしては、反応はないかと試している。成果は出ないようだが。


「なにか調べてみろよ」


 提案したのは、これまた天文ヶ原だった。ととは「でも」とすこし躊躇ったが、このアプリの正体を掴むには、やはりそれしか方法はない。


 ととも気になっているのだ。天文ヶ原に提案されれば、ちょっとは躊躇を見せてもすぐ試し始める。


 けれども、手頃な検索ワードが浮かばない。ととは鈴里を見た。ちょっと思案して、鈴里、


「さっきの強盗殺人犯の名前……とか」といってみる。


 ととはどこか嫌そうな顔をしたが、ほかにちょうどいい言葉もなかったのだろう。『光忠春貴』と検索バーに入力する。


 ――SEARCH。


 読み込みはひどく遅かった。ここは街中、通信速度も問題ないはずであるが、十秒かかってもなにひとつ表示されない。ずっとデータを読み込んでいる。


 時間がかかりすぎて、ととは嫌気が刺したようだった。タスクキルしてやめようと、ホームボタンを押そうとしたとき。


 膨大な量のテキストが表示された。


 光忠春貴、二十五歳。家族構成や友人関係、経歴、住所、趣味、好物、恋愛遍歴など――テキストの情報は多岐にわたるが、それらのすべてが、光忠春貴に関するもの(・・・・・・・・・・)だった。


「うわあ、なにこれ……」


 ととは絶句していた。画面をのぞき込んだ天文ヶ原と鈴里もまた、ととと似たような感じを受けた。


 気味が悪い。


 その一言に尽きる。アプリケーション:LOLでの検索によりヒットした情報は、すべて光忠春貴の個人情報だった。それも電話番号とかメールアドレスとかだけの、生易しいものじゃない。それこそ一生涯分の“行動履歴”が書き連ねてあったのである。


 内容を見ていくと、上から順に、名前、年齢、生年月日、職業、住所、電話番号(実家、携帯番号などすべて)、メールアドレス(携帯、パソコンなどすべて)、身長、体重、家族構成、友人関係、趣味、好物、苦手とするもの、恋愛遍歴……。きりがない。


 そしてページ下部に行くにつれ、どうやって調べたかもわからない情報が現れる。上司に怒られた回数やアプリゲームへの課金総額など、どうだっていい情報もあれば、自慰行為の回数など知りたくもない情報だってある。


 とにかく、データ量は想像を絶していた。ととはいう。


「これ、人類史上最低のアプリだ」


 LOLを閉じかける。それに待ったをかけたのは、天文ヶ原。


「ちょっと貸してくれないか」


 ととはすんなりスマホを渡す。天文ヶ原は食い入るように情報の羅列を見つめ、そして「あっ」と声を上げた。


「なにかあったんですか?」


 気になったふたりは天文ヶ原の持つスマホの画面に注意を向ける。そこには信じられない文字があった。



――――――――――――――――――――――――――――


 異能力名『インディゴ・ブルー』――《洗脳》と《手袋》


 能力詳細はロックされています。

 光忠春貴の《道具》を撮影することでロックは解除されます。


――――――――――――――――――――――――――――



「これって……」鈴里は天文ヶ原の顔を見た。

「仕事が増えたみてぇだね」


 自然、天文ヶ原は厳しい顔つきになる。スマホをととに返すと、数秒、悩まし気に空を見上げた。


「……飯、食うか。考えるのはそれからだ」




   ◇ 2 ◇


「光忠春貴、か」


 秋手帖探偵事務所、所長、久地菜全くちなぜんはふっと溜息を吐いて、新聞を畳んだ。眼鏡をかけた、若そうに見える男である。パッと見、年齢は三十代前半程度に感じるのだが、実際は四十過ぎというから驚きである。


 しかし人間的に『薄い』要素はまったく感じさせず、むしろ岩のように重く固い空気を発していた。目の前にするだけで、息が詰まる。


 所長室には、天文ヶ原と鈴里、ととがいて、久地菜の前で新たな『能力者』の可能性を説いていた。

 天文ヶ原がいう。


「もしこの情報が正しいのならば、郡のときのように、警察はこいつを追い詰めきれないかもしれません」

「まあ、そうだろうな」


 久地菜は額を指で押さえ、それから机の中から煙草を取り出し、ライターで火を点けた。乳白色の煙を吹く。


「……よし、調べてみてくれ。驚木谷おどろきだにもチームに加えろ。四人でそいつを追うんだ」

「承知しました」


 指示が、下りた。

 三人は所長室を後にしようと、下がる。天文ヶ原が扉を開いたところで、久地菜が、


「そうだ、きみ」


 と呼び止めた。見ると、灯伊那ととを指さしている。


「そのアプリケーション:LOLとやらについて、あとで詳しく報告してくれ」

「……はい、わかりました」


 失礼します。所長室の扉を、閉める。


 所長室を離れると、鈴里は大きく息を吐いた。天文ヶ原はそんな鈴里の背を撫でる。


「わたし、やっぱり苦手です、久地菜所長」

「あのひとのことが得意ってやつは、まずいねえさ。それがふつうだよ」


 笑いながらそういう天文ヶ原だったが、内心は鈴里とほぼ変わらない。


 久地菜全をひとことでいい表すとすれば、それは『威圧』である。

 堂々とした佇まい、有無をいわせぬ風格。それらを備えた人物が久地菜である。そのふたつが齎すのは、恐怖というよりも、畏怖。逆らいようもないと思わせるほどの威圧感であった。


 そういった久地菜の雰囲気が、鈴里はどうしても好きになれなかった。顔には出さないが、天文ヶ原もそうである。


 サンコーBLDG四階、つまりは秋手帖探偵事務所のすぐうえの階に所長室は設けられている。普段、久地菜が三階に下りてくることは滅多になく、顔を合わせる機会もすくない。各所員と久地菜はあまり深い関係でもなく、ただ上司であるということ以外に、直接的なつながりはない。仕事ならば、それだけでいいのであろうが。




 三階に下りると、まず天文ヶ原は事務員の浅原栗花落あさはらつゆりに驚木谷の所在を確かめた。時刻は午後一時であり、ちょうどいまさっき、昼食に出たという。


「タイミングわりぃな」


 天文ヶ原はそうぼやく。

 空いていた古屋の椅子に腰かけて、それからふたりにもてきとうなところに座るよう促した。鈴里は自分のデスクに、ととも自分のデスクチェアを引っ張り出す。


「とにかく、あたしたちは光忠春貴のことを調べることになった。で、鍵を握るのが、件のアプリだ」

「これですね」


 ととがアプリケーション:LOLを開く。依然、光忠の超個人情報が書き連ねてあるままだ。


「光忠を追うにあたって、それが重要なのはいうまでもねえが、ひとまず、あたしたちはそいつについて最低限の知識を持っておかねーとならない」

「じゃあ……どうしますか?」

「鈴無鈴里の名前を調べよう」

「へっ?」


 急に指名された鈴里、素っ頓狂な声をあげる。それから数秒経って、やっと首を横に振った。


「ま、待ってくださいよ。そのアプリで調べたら、わたしのこと、ぜーんぶばれちゃうんですよね?」

「後ろめたいことでもあんのか?」

「ありませんよ! ありませんけど、嫌じゃないですか……。だって、なんか、その……え、えっちなこととかも、書いてあるんでしょう?」

「……」天文ヶ原は引きつった笑顔を浮かべた。「……まあ、灯伊那が調べるんじゃねーよ。鈴里、お前自身が、お前を検索にかけるんだ」

「え、あ、それなら……まだ、いいですけど……」


 顔を真っ赤にした鈴里、ととからスマホを受け取る。それからじーっと画面を見つめていたが、意を決して、新しくウィンドウをつくって、鈴無鈴里と検索した。


 ――SEARCH。


 どうしても読み込みは遅いようだったが、辛抱強く待つと、ページが表示された。


 書いてあることは、ほとんど光忠春貴のものと同じだった。情報や数値はすべて鈴里個人のものに変わっていたが、ページの構成等、まったく変わらない。


 ひとつひとつ、情報の正否を確かめていく。名前、住所、生年月日、家族構成など、どれも間違いない。いったいだれがこんなものを纏めたのか、わからないが、とにかく最悪な気分だった。


「なによりも気になるのは」と天文ヶ原がいう。「能力の欄だ。確認してくれ」


 ページを下げていって、目的のものを見つけた。



――――――――――――――――――――――――――――


 異能力名『マーメイド』――《自由》と《鎖》


 能力詳細はロックされています。

 鈴無鈴里の《道具》を撮影することでロックは解除されます。


――――――――――――――――――――――――――――



「マーメイドって書いてあります。でも、詳細のところは、光忠さんのと同じ感じで……」

「《道具》が云々、ってか」


 鈴里は頷く。

 でも、道具といえば、心当たりがあった。


 初めて能力を手にしたとき。

 闇夜に紛れてふらりと現れた、喋る黒猫がいっていた。


 ――『盾とする《概念》と、剣とする《道具》』。


「……あの、試してみてもいいですか?」


 いちおう断ってから、鈴里はカメラアプリを立ち上げた。そして黒のローブの袖をまくり、身体中に蛇のように纏わりつく鎖を露出させる。

 それをカメラで撮った。


 するとアプリケーション:LOLの通知が表示された。『鈴無鈴里の能力詳細、解放』――もう一度、アプリケーション:LOLに戻る。


 能力欄に書かれている情報が、変更されていた。



――――――――――――――――――――――――――――


 異能力名『マーメイド』――《自由》と《鎖》


 鈴無鈴里は無生物に溶け、その内部を自在に泳ぐことができる。

 自らの身体の大きさほどもない物体には、溶けることができない。


――――――――――――――――――――――――――――



 それはたしかに、鈴里の能力だった。

 郡の一件以来――鈴里は自らの能力について、これまた『研究』をしていた。それでわかったことといえば、生きていないもの、つまりは無生物にしか潜ることはできないこと。また、自分の身体より小さいものには潜れないということであった。


「ぜんぶ……正しいです。能力だって」


 スマホを持つ手が震えていた。このアプリ――いったい、なんなのだろう?


「ねえ、鈴里ちゃん。ちょっといい?」


 ととがなにか思いついたようであった。なにをするのだろう、見てみると、彼女もまた自分自身の名前――灯伊那ととを検索していた。


 ――SEARCH。


「……あぁ、やっぱり、そうなんだ」


 天文ヶ原と鈴里に、ととは検索結果を見せた。



――――――――――――――――――――――――――――


 異能力名『アプリケーション:LOL』――《友情》と《携帯》


 灯伊那ととは当アプリケーションのロックを解除できる。

 この情報は初期よりロックされていない。


――――――――――――――――――――――――――――



「これ、あたしの能力だったんですよ。アプリケーション:LOLっていう」


 複雑そうな笑みを浮かべて、灯伊那ととはそういった。



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