dr-4
夜になると、要らないものが動き始める。
そういう風に釘を刺された。だから、レチユは昼に動き始めた。普通は昼の方が目立つと思うのだが、奴らがいうには”警察は動かないから"らしい。では、テレビを見るといつも流れるあのニュースは何なのだろうか。
考えても分かることではないのだから、利用できるうちは利用しない手はない。
考えつつ、レチユは自分の得物を目立たない鞄に入れた。
バタバタと部屋の前を駆け回っているのは、彼自身の部下だ。成るべく失いたくないと思っている。だが、これから行く場所のことを考えると、どうしても、それが難しい事も分かるのだ。
そして、今、彼らが騒いでいるのはそれとは関係が無い。彼らは今更、自分が死ぬ可能性を、それ自体を恐れている者はいない。これでも、少し前まではいたのだが、ソレはその家族とともに消えてしまった。今残るのは、死ねる奴らだ。関係の無い社員もこの会社にいる。ただ、彼らは何も知らないままでいてもらう。奴らに人質を取られたのは、この会社のある程度の身分のもの、それだけだ。延12名、だが、それでも十分な大人数。そんな彼らが騒ぐのは、これから攻め込む場所が原因なのではないのだ。
それは昨日、やって来た男を殺した事…だが部屋にそのまま放置し、閉じ込めていた筈のその死体が無くなった事だ。内からも外からも鍵が無ければ開くはずがない部屋なのだが、それが無くなっていたのだ。処分の為に開けた部下の話によると、鍵を開けた形跡すら無かったという。
一体なんだというのだ。
その話を聞いた時、まず真っ先に浮かんだのは、あの黒仮面の男だ。あの男はいつも、何処からとも無く黒い霧とともに現れる。逆に言えば、それ以外何も残さない、いくら扉を閉めていようが、鍵をかけていようが、そこに現れる。撃ち殺した男もそうだったというのか。
だが、あの自分が撃った男は確実に息絶えていた
本当にそうだろうか?という考えが頭をよぎる。だが、すぐに首を振ってその考えを否定する。確かに頭を撃ち抜いたのだ。
つまり、誰かに持ち去られたと考えるべきだ。”何のために”という疑問は残るが、それならある程度は納得できる。鍵が開けられるのなら…多分閉められるだろう。そうする意義が全く見いだせないが。
こんな事ならケチってアナログ錠にするのでは無かった。
電子錠が一般に流布している現在では、むしろ安全そうに見える電子錠の方が破られる事が多いと聞くが、まあ、そんな事は実際関係なく、ただケチって安価なアナログ錠にしただけな。と言うか、アナログ錠が破られる可能性が低いのは、そもそも数が少ないことによる相対的なものだ。割合で見たら別に大差はない。
「社長」
呼び声が聞こえ、レチユは思案を中断し、声の主へと目を向ける。
アルか、何かあったのか?
いつの間に入ってきたのか、秘書であり右腕でもある自分と同い年の男、アルバローザが自分の座る椅子の脇にたっており、レチユの問いを聴いて、話し始めた。
「いやなに、準備が整った報告に来ただけだ」
そうか、面倒を掛けた
「馬鹿言うな、本当に面倒なのはこれからだろうに」
そういって、アルは苦笑する。
同い年なだけあって砕けた口調だが、彼は他の部下がいる時は敬語で話す。場面によって使い分けているようだ。アルバローザがレチユの懐刀なのはもはや公然の事実なのだから、わざわざそんな事する必要性も感じないのだが、本人はそうは思わないらしい。
確かに副社長は別にいるのだが、それは後継者育ての側面が強く、同い年のアルはそれには向いていないだけだ。つまり、それだけこの男はこの会社の高い地位にいる。
頼れるやつだ。
そうだな、これからが大変だ
そんな事を考えていた事などお首にも出さずレチユはアルの指摘を肯定した。
これから行う計画は控え目に言って、”無茶振り”である。何の訓練も受けていない素人の人間に、奴らは余りに酷な要求を突きつけている。もしかしたら、失敗前提で動いているのかもしれないが、それに振り回される立場の人間からしたら堪ったものではない。
「……奴らは本当に約束を守ると思うか?」
アルは少しの沈黙にも耐えかねたかのように、口を開いた。四階建てのビルの最上階に位置する社長室の窓から隣で外の景色を眺めながら呟くアルは、自分と同じくらい疲れて見えた。
正直微妙だろうな。だが、やらなければ確実に俺達は消されてしまう。もう、部下が実際に四人ほど、家族ごと消えたからな
離反した、いや、正確には覚悟が決まらなかった、あるいは自分の身可愛さに家族を捨て逃げた部下達は、理不尽に死んでいった。テレビのニュースでそれが流されないのは、今、警察が動いていないのとなにか関係しているのだろうか。
「…あれは”見せしめ”だったんだろうな」
アルの言葉に無言で頷く。あの後…奴らが最初にやってきた日の次の日、残酷な映像が送られてきたのを見た時は気が狂いそうだった。いや、もう既に狂っているのかもしれない、狂気は人の目を曇らせるというが、自分の目が色を映さないのはそのせいかもしれない。
何はともあれ、効果は絶大だったわけだ
レチユは自分の声が自嘲気味になっていることに気が付いたが、それをどうすることも出来ず、ただ黙り込んだ。
部屋に静寂が拡がった。二人はその静寂を甘受し、お互いが沈黙したまま時間が過ぎるのを待った。
部屋に備え付けられた時計が針を進め、時間が来たことを示した時、レチユは重い腰を持ち上げた。時刻は午後四時。擬似太陽はまだ登っているが、時期に暗くなる時間帯だ。この時間帯を指定したのは奴らだが、夜になると余計な奴が現れるというのは、暗くなると闇夜に紛れて……、という意味ではないのだろうか。
時間だ。行くぞ
浮かんだ疑問は頭の片隅に押し込め、立ち上がって荷物を背中に背負う。
「あぁ」
それに追従する形でアルもスーツのポケットから通信端末を取り出し、軽い操作を行う。他の部下達に出立の合図を送っているのだろう。
それを終えると、端末をすぐにポケットに戻し、アルはレチユに笑いかけた。
「行こうじゃないか、”自分達の為に”さ」
そう、俺は”俺達”はこれを自分達の為に行うのだ。そこには正義も悪も存在しない。ただ、自分が傷つかぬよう、自分の身近な者が被害を被らないよう………
「そうだな、殺るか」