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神の継承者  作者: 夢世操
Student
32/45

Sacrifice

「あー、うぅ、頭痛い……」

 彼女は朝来て早々、食卓に突っ伏している。おそらく昨日の無理やりな”オルト”の起動が原因だろう。

「大丈夫ですか、アリサ先生?」

 ルドは朝飯となる料理を台所から運んできつつ、アリサに声をかける。勿論、口元には笑顔を浮かべながら。さぞ言葉と表情が合っていないことだろう。

「まるで二日酔いですよ……したことないですけど……」

 アリサはこめかみを押さえながら、肘をついて顔を持ち上げた。なんと言うか最近、ルドは一気に彼女との距離が近づいている気がしていた。何せ、こういう無防備な姿を見ることが増えたのだ。ルドとしても悪い気はしないが、少し複雑な気分ではある。

「あながち間違ってはないですよ、オルトに慣れてないうちはそれに存在・・を揺すぶられますからね」

「あぁ、そうなんですか……まあ、正直どちらでもいいですね……」

 彼女は出勤する前にすでにグロッキー状態である。これは今日一日持つのかと心配になってくる。まあ、民間療法的だが温かいメイソスープ(味噌汁)を用意させてもらった。「二日酔いにはメイソスープがよい」は有名な豆知識である。主におじいちゃん、おばあちゃんの間で、だが。

「学校には行くんですよね?」

「はい……まさか二日酔い・・・・で休むわけにはいかないですから。うぅ……」

 アリサはそこまで言ってまた卓上に突っ伏した。

「ははは、まあ、そうですよね。実は校長、半分こちら側・・・・・・なんで何とかなるような気もしますがね」

「そうなんですか……?ん、なんでだろう、あんまり驚いていない自分がいる……」

「まあ、激動の日々でしたからね。さ、行くならば時間もありますし、早く食べましょう」

 最早疲れ果てて驚くことすらできていない彼女は、それを聞いて重そうに体を持ち上げた。

「……そうですね。いただきます」

「はい、そうですよ、いただきます」

 アリサはまずメイソスープを口に運ぶ。しばらく食べ進めるうちに少しずつ彼女の顔色は良くなったように見えた。昨日のこともあるし腹もすいていたのだろう。あれは肉体的にも負担がかかるのだ。

 正直、メイソに二日酔いの原因となる物質を分解を助ける成分が含まれているだけで、そこに因果があるとも思えなかったが。具もたっぷり入れられるし、身体にはいいものであることは確かだ。食べ終える頃には、ちゃんと顔を上げていられるくらいには回復していた。オルト酔いは普通の二日酔いとは違って、身体の中に"異物"が入っている訳では無いので、こういう風に簡単に体調も治る。何方(どちら)かと言えば精神的なダメージから起こる現象なのだ。

「ごちそうさまでした。どうです?幾分(いくぶん)か良くなったでしょ?」

「はい、ありがとうございます」

「さて、行きますか。運転頼みますよ?」

「善処はします……」


 それは三時間目と四時間目の間、つまり昼休みにやって来た。事の始まりはルドが珍しくアリサのもとに訪ねたことに始まる。


「すみませんね、少し予定が入りまして……」

 ルドは先ほどメールでマフニから連絡をもらい、その内容ゆえにアリサや他テルフィに相談する必要ができていた。訓練の日程は基本的にレチユの都合が合う日を選んでいるため、全員揃った訓練はそこまで多く行うことはできない。ただ、彼女たちだけでも訓練は行える。そこで昨日解散する際、今日にも予定を入れていたのだが、それが不可能になってしまったのである。テルフィにはたまたま先ほどの授業がルドの授業だったため、先に話を済ませていたので、今度はアリサに伝えるだけのだった。

「いえいえ、大丈夫ですよ。というか、何かあったんですか?」

「いや……なんと言いますか、あの件での事後処理のようなもので」

「あ————、それは何と言うか……」

 アリサは眉をひそめて、少し考えこんだ。

「大変ですね」

 結局適当な言葉は見つからなかったのか、苦笑と共にアリサは簡単な慰めの言葉を掛けてくれた。

「ほんとですよ、実際雑用のようなものですしね。それではまた」

「はい、また」

 それで終わりの筈だった。だがそうはならなかったのである。

「何の話?」

「ララシィ……」

 アリサがその声の主に苦虫を噛み潰しでもしたかのような表情で呟いた。ルドの記憶では彼女はラワメヤ・ラシマシィとしてきちんと記憶されていた。そして彼女がアリサよりも年上で、教師歴も彼女の方が長いという事も。だから、真面目なアリサが彼女をあだ名で呼んでいることには少なからず意外に思った。だが、ルドはラワメヤに自分と似たような雰囲気を感じ、一人納得する。

「随分と仲良さそうじゃない?」

 ラワメヤは揶揄からかう様にアリサとルドを交互に見て、ニンマリと笑った。実際に揶揄う為なのだろう、彼女はそういう性格に見えた。

「少し共通の話題があって、そのことで話していただけ」

「その話題って?」

 アリサの言葉で余計彼女の興味をそそったのだろう。彼女は食い下がって詳しいことを聞き出そうとし始めた。これはルドにとってはあまり宜しくない。アリサを疑う訳ではないが、この押しが強い女性に迫られてポロリと情報を漏らされてしまう可能性がないとも言えない。

「——————えっと」

 実際、アリサは助けを求めるかのような目でルドをちらちらと見ていた。

(さてどうするか)

 ルドは万能ではない、分からないものは分からないし、こういうときの対応がうまくできないことだって多くある。しかし、必要最低限の方法は知っているつもりだ。

「すみませんね、ラワメヤ先生それは答えられないんですよ」

「なにそれ?危ない事なの?」

「それは話せませんよ」

「やっぱり危ない事なんだ?」

 そしてルドは、わざと大きなため息をついた。

「仕方ないですね、ほんとは話せることではないのですが……」

 そして少し彼女の耳元に顔を近づけ、適当なことを囁く。

「実は警察の依頼を受けてまして」

「えぇ!?」

「アリサ先生と私はその事件に巻き込まれたもので……その協力を求められているんですよ。超法規的な協力者といったところでしょうか。言ってみればエージェントですよ」

 ルドは真面目な顔を作って言っているのだが、ラワメヤはそれを聞いて笑い始めた。ルドは見ようによってはわざとらしいほどに眉を吊り上げてみる。

「信じていないですね?」

 信じるも何も、嘘しか言ってはいないことは自分が一番分かっていたが、ここは少しだけ押し気味に話を進める。彼女を言いくるめるためだけに。

「そりゃあねえ……」

「まあ、信じないならそれに越したことはないんですがね。それに俺は彼女の護衛のようなもので……」

「護衛?」

 口から出まかせとはよく言ったものだ、ルドはその時ろくに頭を動かすことをしていなかった。それがある意味で最悪な結果を出すことになるとは、さすがのルドも思っていなかったのである。

「ええ」

「へえ、あなたがソヨヤユ先生の護衛ですか」

 ラワメヤの質問に適当な相槌を打ったところで、予想外の者から声がかかってきた。それはある意味で一番ルドが会いたくない人物で、おまけにこのタイミングで会うのが最悪と言えるような人物だった。ゆえにルドは声にこそ出さなかったが、内心「げぇ……」と唸っていた。

「リクアク先生……ええ、とは言ってもあまり危険な目にあうことはない手筈なのですがね」

 彼の名は【リクアク・シルユ】。彼はとある一件以来、ルドを過剰に敵視するようになった、異用に面倒くさい男だ。その原因となったのが今もこの場にいるアリサである事は、アリサも含め、ほとんど全員が知っていることに違いない。

 取り敢えず、不自然ではない程度にはぐらかし、この場を切り抜けることを考えたルドは”自分でなくてはならない”という訳ではないことをやんわりと伝えたのだが、当然ながらリクアクが引き下がるはずもなく。

「そうは言っても、完全に安全なわけではないのでしょう?」

 と、ことアリサのことになるとうるさいこの男は、食い下がってきた。むしろそこから踏み込んで来ようとしている。なんと面倒くさい男であるか。というかどこから出てきた。

「はあ、まあ、確かに」

 ルドとしてはこう答える他ない。今この男に何を言ったところで山火事を家庭用の放水ホースで消そうとするようなものだ。はっきり言って意味がない。それはあるいは油に水を灌ぐようなものかもしれないのだ。そしてルドが端切れ悪そうに黙り込んだのをいいことに、彼は話をぐいぐいと進めてくる。

「本当にあなたは彼女を守るのにふさわしい人間なんですかねぇ?」

「何が言いたいので?」

 ため息をつくのも隠す気にもならず、これ見よがしにため息をついてみせるのだが、そんなこと気にするそぶりも見せずにリクアクは仰々しく口を開いた。

「彼女を守るにふさわしいほどの実力があるのかと聞いているんですよ」

 ほら始まった。

「はあ、成る程それで?」

「武闘大会が近いうちにあるのは知ってると思うけど」

「ああ、ありますね」

 ルドははたから見れば異様に適当な態度に見えたことだろう。実際、ラワメヤとアリサが、ルドとリクアクが話している横で小声でこっそりとそのことについて話しているほどであった。最もルドには丸聞こえだったが。

「最もあなたは、今年も・・・出場はしないでしょうが?」

「ああ、確かに、しないかもしれないですねぇ」

 馬鹿にされていることは明らかなのだが、どうにも反対する気も起きずに、適当な言の葉を紡ぐ。それが気に障ったのか彼は露骨に挑発し始めた。

「なぜ出場なさらないのですか?この大会でよい成績を残せば評価も上がりますし、いい事ずくめではないですか。……おっと、勝てなければただ単に評価が下がるだけか。忘れていました」

「確かに、負けるよりは勝った方が印象はいいでしょうね」

「……話、聞いていました?」

 リクアクはさすがに打っても打ってもすべて流されてしまうようなルドへの手ごたえのなさにイライラしてきたようだ。挑発しているつもりが、逆に馬鹿にされていることに今頃気が付いたのかもしれない。

「はあ、一応は。要領を得ていないんでとっとと言いたいことを言ってくださるとありがたいのですけど?」

 さんざん話を長引かせるような話し方をしていたその他でもない本人がそんなことを言い始める。ここまでくると完全に馬鹿にしていることはばれただろう。ばれて困ることではない、むしろばれるのが遅いなと思い始めてきたところである。

「っ、あんたが……いや、この際それはいい。あんた、武闘大会に出ろよ」

 いつの間にかリクアクの口調がおざなりなものに変わり、同時に先ほどよりも低く、高圧的になった。これが彼の本性なわけだ。

「なぜですか?」

「何故か?どちらがふさわしいか測るのにはちょうどいい場だろう?」

「いや、なぜ測る必要があるのかと訊いているのですが」

 ルドの言葉にリクアクは

「そりゃあ、俺がソヨヤユ先生を守る方がいいからに決まっているからだよ」

 などと本人もいる目の前で言ってのけた。それもアリサ本人の意見などまったくもって無視して話を進める、そんな彼にルドは思わず苦笑するのであった。

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