Sacred-1
殺気と共に、走ってくる足音も大きく聞こえ始め、取り敢えず何も持っていないのは心許ないので、武器として足元に転がっていた木の枝を拾い上げる。
「やぁ、久しぶり」
「はぁぁっ!」
鋭い気合いと共にメイスを振り下ろした彼女は、ルドのおどけた挨拶など端から相手にしていなかった。
メイスは塗装された道を大きく穿ち、砕く。破片がメイスを躱したルドの身体に多くの裂傷を作る。スーツは裂けて、所々に血が滲んでいる。
「あぁ、痛い痛い」
二、三歩跳ねるように後ろに下がって、彼女から距離を取りつつ適当に言い捨てる。
どうやら、話の通じる相手ではないようで、口を開く間もなく、次の攻撃が飛んでくる。
脇から振り抜くメイスは車が飛んできたかのような圧だ。ちょっと触れでもしたら指が吹っ飛びかねない。
それを身を屈めて避けて、手に持った木の枝を思いっきり、彼女の脇腹に突き立てる。
「ふっ!」
結果は、予想したように、枝がポッキリと折れただけだった。ついでに擦れて手にまた傷ができた。
「……とと、こりゃまた痛い」
「……っ!」
メイスの間合いより、内側に入ったからだろう、今度は彼女が大きく後方に跳び退った。
ルドはそれを確認して、ゆっくり中腰から立ち上がり、折れて短くなってしまった木の枝をどこか遠くに放り投げる。
こんなんじゃ役に立ちやしない
仕方なく拳を軽く握り、構える。
「うぁぁっ!」
唸り声とともに再度振り下ろされるメイスをサイドステップで躱し、握る拳に"力"を込める。飛び散る破片が、身体を刺すが無視して懐へ潜り込む。
「はっ!」
腰を低く落とし真っ直ぐに、正拳突きの要領で拳を突き出す。
鈍い音がその場に響き、女は二、三メートル後退る。
「……かっ」
「ま、あんまり通らないな、やっぱり」
ルドは追撃は仕掛けず、構えを取り直し、彼女の次の攻撃に備える。目的は時間稼ぎ……とは行かないところが難しいところだ。
そして、彼女が苦しそうにしていたのはほんの一瞬で、またすぐにメイスを構え直してこちらを睨んでいる。
しかしそれに気を取られていたルドは、突然周りの木々が大きくざわめいた事に直前まで気が付かなかった。それに気がついた時には、ルドは物理的に大きく揺さぶられていた。
「……ぐぁっ」
流石に不可視の攻撃を避ける事はできず、身体全体を揺さぶる振動を受け、耳を抑えて膝を地に落とす。
「ソーラ!」
男の声で女の名と思われる名を叫ぶ声が聞こる。
「分かってるっ!」
地面が陥没するほどの鋭い踏み込みと共に、横殴りにメイスが振り出される。今の状態だと縦振りのより、横振りの方が避け難い、それを理解した、鋭い一撃だった。
「……とと」
ルドはそれを後ろに無理やり身を投げ、後転の要領で回転して距離をとって避けて、手を地について、倒立の姿勢から、再度立ち上がった。
「……もう、やめないか?」
背中の土を払いながら、ルドは女と、今茂みから出てきた男に向かって語りかけた。
「あんたの言いたい事は分かるよ。『作戦は失敗し、上司は死んで、オマケにあんたらの事は何一つ掴めていない。証拠はないから証言したところで大した効力にならないし、そもそも我々が不正介入したことが明るみに出るだけ』」
女は血を吐くような声で話し続ける。
「『作戦を続けようにも、我々の存在が知られてしまった以上、対策は何重にも成され、もはや時間の問題……国に帰る他、やれることなんて無いんだから無駄な事はやめて帰った方がいいんじゃないか?』ってね」
「よく、ご存知で」
「だけどねぇ、あたしは、そんなのまっぴらごめんよ。たとえ全滅するとしても、仲間……上司を失ってそのまま何も得られずに帰るなんて、そんな真似はっ!」
裂帛の叫びと共に振り降ろされたそのメイスはただの一撃とは思えないほど、酷く重い一撃だった。
その一撃はルドがまた後方に跳んだことで地面を打つが、その一撃は大地を砕き散らし、地を揺らす。黒い霞が当たりに拡がる。
流石に、分が悪いな
ルドがそう思い始めたのは、地面にメイスが振り降ろされた時だった。
彼の力ははっきり言って戦闘向きではない。心が折れた相手に対して強く働く、言わば拘束具のような力だ。しかし、いま、彼の目の前にいる二人はどうだ。
むしろ奮い立っている
さっきのメイスによる一撃。確かに彼女の腕力もあるのだろう、だが、あれは後ろにいる男も干渉していると見ていい。
さっきのルドの動きを封じたあの感じ、そして、あの男がジェーンを感じ取ったことと、残りの敵の能力者が瞬間移動と、おそらく失った一人なのであろう爆発、これらであることを鑑みると、感知も出来るし震わせることで物理的に威力も増幅できる、振動系の能力だと考えられる。
戦っているのは、女ひとりだ。しかし実質、ルドは二人を相手取るよりもさらにタチの悪いコンビネーションの元で戦っていた。
能力は通じず、こちらには協力者はいない。このままでは、ジリ貧だ。遅かれ早かれ、こちらが破られるに違いない。
ため息を付いて、意識を切り替える。
身体に力を込め、魔力を練り始める。
「多少は……無理しなくちゃ、ならんよなぁ……」
彼は単に異能力者では無い。
現在のルドは"異能力者"としては中途半端な存在である。彼は異能力者としては最弱の部類に入るだろう。
「『ルゥゼ』!」
殆ど音なく飛んできたナイフをルドは防ぐ。ナイフは半透明な壁に弾かれて力なく地に落ちる。
それを投げたであろう振動系の男は顔に驚きを浮かべる。
「その言葉はあの女も……」
「『ケチルチナアハフウ』!」
足音が聞こえ、その方向に向かって続け様に言葉を放つ、放たれた言葉は大地を瞬時に凍りつかせ、そのまま、いつの間に回り込んでいたのか、走り寄ってきていた女の足元を凍てつかせる。
「氷!?」
敢えて溶けかけの氷を敷いただけあって、女は滑って前のめりに転倒する。
「『リユフメアハフウ』!」
同時に、ルドの言葉と共に地面から鋭利に尖った大氷柱が空中に現れ、女に落ちて砕け散る。
普通なら貫通くらいする筈なのだが、突き刺さらないところが、その丈夫さを顕著にしていた。
「かはっ」
「『ラレバ』!」
咳き込む空中の女になど目もやらず、視線をすぐさま男に移す。拾った小石を男に向けて投げ飛ばし、それを燃やす。
「くっ!」
しかし、流石にそれは男の生み出した空気の振動で有耶無耶に掻き消された。
「……そう上手くいかんか」
ルドは誰ともなく呟き、ため息を吐く。
この力は奇を衒ったもの、つまり不意打ちでなければいけない。だとというのに、その不意打ちはほぼ失敗したと言っていい。やはり、対人間なら最強と言える力だが、対能力者となると効果は薄い。
「今度は炎か……温度系の能力者か?」
「違うね、この前はあいつ、あのルミエ共をても触れずに昏倒させていたよ。しかも、生かしてだ。そんな事は温度系の能力者にはできない筈だよ」
女はいつの間にか、ルドの後ろに立っていた。常軌を逸した丈夫さだ。
……硬化と超回復
ルドはそう結論づけた。
「できるぞ、少しずつ体温を下げていけば人っていうのは自然に意識を失う」
ルドは否定する。
「……はん、あの時は霞んでいたが今は全くそんな様子がないね?」
しかし、女も大したものでそう簡単に納得してくれない。
「……ずっと見てたのか、まあ、そう出なきゃあんなタイミングで突入してこないよなぁ」
ルドは初めて彼女らとあった時の事を思い出していた。彼らはレチユを拘束してトリと話している時に丁度やって来ていた。つまり、様子を伺っていないとできない事だ。
「まあでも、やることはお互い変わらない。違うか?」
「そうだね、私には関係がないことだわ!」
氷は文字通り消え失せており、女は足を滑らせることなく、その勢いの乗った一撃をルドへと振り下ろした。
「『ルゥゼ・コボャォミ』」
金属が固い物に当たってはじかれる硬質な音が響き、女の上体がはじかれた衝撃で宙に泳ぐ。
「な――――」
発せられる声が意味を成す前にルドは新たな呪文を紡ぐ。
「『ルモミ・エユォウ』」
一瞬、ほんの一瞬だったが鋭利な形がルドの鋭い動きで突き出す手刀に重なるように現れ、その腕は女の腹部に深々と突き刺さった。
「――――に……ごぼっ!!」
「よし」
「ソーラ!!」
ルドの呟きと音使いの男の女を呼ぶ声が重なる。
ルドは腕を勢いよく引き抜き、女と距離をとるように離れる。常人ならば確実に致命傷だ。絶対に助からない。しかし、ルドの見立て通りならば、彼女の持つ能力は超回復。先の攻撃で、すぐには動けなくはなるだろう。だが命までは奪えたかは分からない。
「……ばっ、がぼっ」
彼女は血反吐を吐きながらも膝はつかない。少なくとも即死とはいかなかったようだ。
二、三歩後ろによろけるも、メイスを地面に突き立てて、それに身体を預けるように立った。
「ほんとにタフな奴だな」
女の身体から黒い靄が立ち上るのを見て、ルドは血と肉片のこびり付いてベトベトになった腕をブンブンと振る。正直、気休めにもならない。
「……ごばっ」
最後に大きな血塊を吐き出し、女はフラフラとまた構えを取った。
「殺られるものか、絶対に……!」
ルドは、それを見て、方針を変える事を考え始めていた。この女は多分、倒れない。ならば、あちらはどうだろうか?
「『ルモミ・アラル』」
ルドはフェイントで前へ進むように見せ、逆方向に急加速をして、女とは逆方向……つまり、男の方へと突進した。
「……!?まさか!」
「っそ!」
虚を取られた女と男は暫くして同時に動き始める。だが、遅い。
「悪く思うな」
この二人は一人が防御を、もう一人がその不足した攻撃力を補足する、という形でバランスの取れた闘い方をしている。しかし、逆に言えばそれこそが隙である。
間合いを詰めて、振り抜いたルドの脚は、的確に男の頭を蹴り飛ばした。
「マーーークっ!!!」
男の首は有り得ないほどに伸び、折れ曲がっている。
「さて、今度こそ取れたかな」
能力者とて、普通は身体は常人と殆ど同じな筈だ。
「[き……さ……まぁっ!]」
怒りで言葉を自国のものへと変えた女は、ルドへと鋭い殺意を向けた。
その、あたかも針のような殺意は、突き刺さるように感じられた。
「……おお、怖い怖い」
ルドは戯けて見せる。しかしすぐに表情を切り替え、迎え撃つべく拳を握りしめた。
「[殺す!]」
彼女はメイスを下段に構え、思い切り振りかぶった。
「殺れるものなら」
「[舐めやがって!]」
彼女の絶叫にも似た言葉は木々に木霊し、響き渡る。すると、不思議な事が起こる。
女の身体から湯気のように黒い霞が立ち上り始めたのである。
「……なんだ?」
黒い靄は女を取り囲み、全身を黒く染め上げる。
今目の前に立っているのは、人の形をしただけの、黒い霞の塊だった。
目だけが青く輝き、もはや元が人間であったとは到底信じられない様相を呈している。
「あ……ぁぁ、ああああああぁアあぁ!」
そして、彼女は突然奇声を上げ始めた。
ブルブルと身体を痙攣させながらも、物凄い勢いで襲いかかってくるその姿は最早、人ではなかった。
「まるでゾンビだな……」
振り降ろされたメイスを後ろに滑るように跳んで回避。メイスを振り回すようにして、すぐさまとんできた追撃の横殴りの一撃。これは『加速』で更に後ろに退く事で回避する。
「なぁああア!」
「……っ!」
彼女が空に拳を突き出すような動作をしたと思った途端、強い衝撃がルドに走り、今度は意思と関係無く、背後に吹き飛ばされる。
「かはっ」
太い木に背中から激突し、ルドは少量の血とともに咳込むことになった。内蔵を損傷したらしく、痛みとともに腹がムカムカとしてくる。
「ゴホッ、ったあ……」
油断でもない、慢心でもない。だが、当たる筈のない攻撃が当たった。
何だあれは?
しかし、考える暇も、休んでいる暇もない。
「ああぁアアアぁあ!」
「『ルゥゼ・コボャォミ』っ!」
圧縮した氷の防壁をさらに圧縮した地面から迫り出した防御壁は、メイスを一瞬は防いだかのように見えた。しかし、半透明な壁はバリバリと白い亀裂が入り、次の瞬間にはバラバラに砕け散ってしまう。
能力を行使しすぎ、オマケに姿勢を立て直してすらいないルドには、それを躱す手段は無かった。




