僧侶とパーティ1 *
冒険者ギルドでリリィさんの代わりの先生として待っていたのは月の癒しのリーダのフェムトさんだった。
「久しぶり!」
フェムトさんは石川達を笑顔で出迎えた。
「お久しぶりです! もしかしてリリィさんの代わりの先生ってフェムトさんなの?」
「うん! 先生って程の事は教えられることは無いんだけどね。簡単な回復の仕方ぐらいは教えられるかな?」
「えっ? 魔法教えてくれるの?」
「私は魔法しか教えられないしね。簡単な魔法ぐらい使えた方がいいでしょ?」
「使いたい! 使いたい!」
「回復呪文教えてくださぃー」
「じゃあ普通のパーティーに入って訓練だよ!」
「月の癒しはどうしたんです?」
「月の癒し?」
「うん」
「えーとね……昨日メンバー二人に逃げられた」
「えー!」
「この前石川さん達と別れてから実力不足を見せつけられたから、暫く月の癒っていう固定のグループでは無く、個々でバラけて普通のパーティーに入って各自でスキルアップする事になってたんだけどね。なんかイケメンパーティーに入ったメンバーがいるんだけど、イケメンに甘い言葉を囁かれたせいか恋に目覚めちゃったらしくって二人に逃げられた。てへへ」
「そうなんだ」
「今はどこで何してるやら……まあ恋愛を出来る時にしとかないと私みたいに行き遅れちゃうしね。フラれたらそのうち戻ってくると思うからそれまで待つしか無いかな? ハハハ……アハハ……ハハ……ふぅ」
遠い目をするフェムトさん。
思わず慰めの言葉を掛けたくなる。
「それはそれは……」
「ところで、あなた達には彼氏とか居るの?」
「います! 旦那がいます!」
ここぞとばかりにビシッ!と手を挙げて高山との婚姻関係をアピールする石川であった。
「あら、そんなに若いのに結婚してたのね。意外だわ」
「香川ちゃんと長野さんは?」
「私は彼氏さんはまだ居ないですぅ」
「私は……」
「あらそう、みんなフリーなのね。そのうちイケメンの冒険者のパーティーと組んであげるから、期待してよ」
「はいですぅ! 期待しちゃいますからねぇ!」
「まかせといて! あ、でも今日はどっちかって言うと初心者さんに近いパーティーかな? 初心者さんと言っても冒険者を始めて三年ぐらいの人達だから、何か得られることも有るかもね」
入ったパーティーは騎士二人、剣士六人、魔法使い六人、僧侶二人のやや攻撃寄りだがバランスのいい大規模パーティーだった。
ついでに男女比が1:1で雰囲気もいい。
初めて入るパーティーとしては馴染みやすい雰囲気だった。
「初めまして月の癒しのフェムトです。お約束の僧侶4人で参加です」
「よろしくお願いします。紅鮭騎士団の女騎士のライオネルです」
予想外に人数が多かったので香川ちゃんはかなりテンションが上がってる。
「こんなに人数が多いパーティー初めてですぅ! すっごく楽しみですぅ!」
「よろしくね……お名前は香川ちゃんよね?」
「はい、香川ですぅ」
「ジョブは……盗賊さんかな?」
「いえ、こう見えても僧侶なんですぅ。変な格好でごめんなさい」
「あー、ごめんなさい。装備がどう見ても盗賊さんにしか見えないから間違っちゃった。始めたばっかりの僧侶さんね」
「そうなんですぅー」
この格好じゃね……と、思いっきり賛同する石川であった。
慌ててフォローするフェムトさん。
「あ、この子達は僧侶なんですけど、回復職の経験があんまりないんです。ちゃんと私が杖を渡して回復の仕方も叩き込んで迷惑かけない様にしますからいいですか?」
「うん、構わないよ。僧侶不足のこのご時世だから、僧侶4人なんて最近は集まんないからね。初心者さん僧侶でも来てくれただけで感謝するよ」
「ありがとうですぅ」
「狩場は昨日の打ち合わせで言っていた、ロレリアのゴブリンのままでいいですか?」
「うん、そこで狩りたいと思う。正直DランクやEランクの集まりのうちらの実力だとちょっとキツイんだけど僧侶を4人も増やして回復を厚くしたら安全に行けると思うんだ」
「じゃあ、いきましょう!」
四台の馬車に別れ、四時間ほど揺られてやって来たのは、廃墟ロレリア。
人口三千人が普通に生活する王都の衛星都市だったが、地下道にボスゴブリンが沸いたのに気が付かず放置していたら大繁殖し手遅れとなり、ゴブリンで町中が溢れ返り手が付けられなくなり放棄した町との事だった。
定期的に冒険者がゴブリンの討伐を行って間引きをしているが、繁殖力が高いせいか焼け石に水で町の外に流出するのを防ぐ程度の効果しか無いそうだ。
「今回の討伐は三日、地上のゴブリンの三割、三千匹の討伐が目的だ」
「三千匹も狩るの?」
予想外の数を聞いて、思わず声の出る石川。
ライオネルさんは得意げな顔をして語る。
「三千匹って言っても、これだけの人数が居るんだ。一人頭たったの百五十匹さ」
「それでも多いわね」
「でも、ゴブリンは倒しても素材になるとこが殆ど無いから、ボスでも倒さない限りあんまりお金にならないんだ。だから泊まりで三千匹ぐらい倒さないと馬車代で赤字になるんだよ」
「そうなんだ。倒すの頑張りましょうね」
キャンプ予定地となる町外れの一軒家着くと、ライオネルさんはメンバーに拠点設営の指示を出す。
外敵が侵入しないように防御結界を張り、炊き出しの準備と空き家の掃除と寝床の設置。
フェムトさんと石川達はと言うと拠点設営には参加せず、回復魔法の使い方のレクチャーが始まった。
「回復魔法は簡単だわよ。対象者に向けて回復呪文を唱えるだけ」
「そんな簡単なの?」
「回復魔法を使うこと自体は簡単なの。でもね魔法を使うにはMPと呼ばれる魔力の残量が必要なの。これが無いと回復呪文が使えないのね。イメージとしては水筒のお水を分ける感じ。『喉が渇いたー』と来る人にお水を分けるの。でも、みんなに配ってると水筒の水がいつかは尽きてしまうでしょ?」
「そうね」
「どうすればいいと思う?」
「節約して使うのかな?」
「それも正解ね。でも節約して使ってもいつかは水筒の水は尽きてしまうわ。そうなる前に井戸から水を汲んで水筒に水を貯めるの。その水を貯めるタイミングは喉が渇いたと人の来ない僅かなタイミングね。そのタイミングで水を汲むの」
「その水を汲めるタイミングを見つけるのが大変なのね」
「そうなの。水筒の場合は井戸から水を汲むんだけど、MPの回復の場合はどうすればいいか解る?」
「しらない。教えて貰ってないもん」
「リリィさん戦闘しか教えてくれなかったもんね」
「そうなのよ! 酷いでしょ? 僧侶なのに回復呪文の一つも教わってないのよ」
「ふふふ、そうね。MPの回復は座って目を瞑って心を落ち着けるの。するとほんの少しずつMPが回復するわ」
「ほんの少しだけなの?」
「うん、ほんの少しだけ。水筒にスプーンで水を入れる位かな?」
「それじゃいつまで経ってもMPなんて貯まらないんじゃないの?」
「MPが回復する量は決まってるから、尽きる前に休憩してもらうしか無いわね。これだけ人数が居るんだから順番に休めばどうにかなるわよ。これが回復魔法の全てね。出来るわよね?」
「うん、大丈夫だと思う」
「じゃあ、狩りを始めましょうか? 武器は回復呪文の効率が良くなるように短剣じゃなくて、この杖を使ってね」
「うん、ありがとう」
ゴブリン狩りが始まった。
石川達の僧侶としての初めての狩り。
本格的な回復役としての初めての狩りだった。
町に入ってすぐの広場を狩場として次々に連れてこられるゴブリン。
ゴブリンは棍棒を振り回したり、矢を射ながら剣士を追いかけてくる。
それを騎士がガシッと盾で攻撃を受け止め足止めし、魔法使いの魔法で焼き、剣士の剣で切り刻む!
とても理想的な陣形だった。
でも、けが人が出る。
流れ矢を受けた魔法使い。
盾で攻撃を受けそこなった騎士。
攻撃で近づいたところを攻撃される剣士。
ゴブリンを連れて来た数に劣らない位の数の怪我人。
それを石川達は必至に治療する。
休みなく続ける回復。
回復を続けてると激しい頭痛が襲ってきて休むしかない。
どうやらMPが尽きると激しい頭痛が襲ってくるようだ。
それでもやって来る怪我人。
肩から結構な量の血を滴らせている怪我人だ。
すぐに回復しないとどんどんと血の気が失せていく。
座ってる訳にもいかず立ち上がるけど、それと同時に激しい頭痛が襲ってきて目がくらむ。
杖で体を支えて頭を押さえながらの回復。
神経がすり減らされる仕事だった。
最初は有った会話も夕方頃には皆無口となり誰も話さなくなった。
そしてやっと迎える夕刻。
今日は半日ぐらいしか経ってないのに、心も体もヘトヘトだ。
石川はこれが明日丸一日続くと思ったら気が遠くなった。
少し早い夕食を取りながら三人娘はフェムトさんと話をする。
「回復って思った以上に大変ですねぇ。舐めてましたぁ」
「フェムトさんが月の癒しを結成して、敵をタコ殴りにしてたのがなんとなくわかる気がしました」
「でしょでしょー? 今日は攻撃力の低いゴブリンだからまだ楽なんだけど、もう少し強いゴーレムとかだと直撃を喰らうと失神したり頭から血を流したりするから、すぐに回復しないと死んじゃうから大変なのよ」
「わたし、僧侶するなら月の癒しに入ります!」
「わたしもぉ!」
「ふふふ。今なら空きが有るわよ!」
*
翌日の狩りは更に大変だった。
昨日でこの辺りを徘徊する雑魚を大体倒したので、今日はナイフや剣を持っているような少し強いゴブリンが狩りの対象になったからだ。
しかも朝から夕方までずっとだ。
腕を深く切り血を流す怪我人や、足を切られ歩けなくなり肩を借りながらやって来るメンバーが増えた。
一回の治療時間は更に伸び、石川は休む時間が無くなる程忙しくなる。
MPの枯渇による頭痛に苛まれながら、石川は治療を続ける。
かなりキレ気味に……。
石川は吠えまくった。
「なんなのよ! なんでこんなに回復が忙しいのよ!」
「前衛ヘッポコ過ぎるわ! もう少しいい装備を買いなさいよ!」
「なによ! 少しは避けるって気が無いの?」
「どうせ怪我しても回復して貰えると思って甘えてるんでしょ!」
「あーもうやってらんない!」
最初は独り言の愚痴だったが、段々と声が大きくなりわざと前衛に聞こえる大声で怒鳴っていた。
完全に石川はキレていた。
どうやら石川は性格的に回復役には向かないようである。
不平不満が有ってもじっと堪えているフェムトさんと違って、文句を吐き続ける石川。
香川ちゃんと長野さんは石川の暴言に身を竦ませていた。
「ダメよダメ! なんで攻撃あんなに受けるのよ!」
「その目は節穴なの? なんで避けないの?」
石川の暴言にも一理あると最初の頃は黙って聞いていた前衛も、終わりなく執拗に続く石川の口撃に耐えられなくなって剣士の一人がキレた!
「こんなに素早い敵の攻撃を避けられる訳ないだろ! ろくに戦えもしない僧侶は黙って俺らの回復だけしてりゃいいんだよ!」
「はあ? 何言ってるの?」
「それともなんだ? お前が戦うって手本でも見せてくれるって言うのか?」
「いいわよ! 私がお手本を見せてあげるわ!」
とんでもない事になったと、フェムトさんは青ざめる。
確かに石川の言ってる事も一理ある。
殆ど避けずに、ダメージを受け過ぎな気がする。
でも前衛が言う様に石川が剣を持ったゴブリンと戦えるとは思えなかった。
「一人ではきついと思うので、わたしも手伝おうか?」
「大丈夫! 私だけであんなの余裕で倒せるから!」
杖を置いてナイフを手にする石川。
ちょうどゴブリンを連れて来た剣士が戻って来た。
ゴブリンは剣を持った強めのゴブリンだった。
石川はそのゴブリンに向かい突進をする!
石川が体をバネの様にしならせ短剣を薙ぐと、ゴブリンの足が止まった。
ゴブリンの足から出血!
石川はゴブリンの足の筋を切り裂いていた。
目の前にやって来た石川に向かってゴブリンはニタリと笑い剣が付き出される!
だが、石川はそこには居なかった。
既に後退してゴブリンの間合いから離れていた。
再び石川の攻撃!
突き出された剣を持つ腕を切り裂く!
ゴブリンは手首に傷を負い剣を落とした。
もうゴブリンに攻撃の手段は残っていなかった。
ゴブリンは足を引きずって必死に逃げようとする。
石川は背後から短剣で襲い首を跳ねた。
唖然とする前衛たち。
二十人で二分ぐらい掛かって倒す敵をものの10秒で倒した石川。
静寂が終わると同時にどっと歓声が沸き起こった!
「すげー! ねぇちゃんマジスゲー!」「マジ強いぜ、この姉ちゃん!」「ありえねー強さだ!」「しかも短剣一本で攻撃を一度も喰らわなかったぞ!」「なんで僧侶なのにこんなに強い!」「馬鹿にしてごめん!」
皆が褒めたたえると石川はだらしなく顔を崩した。さっきキレた剣士が石川に頭を下げて聞く。
「どうやればあんな感じで倒せるんだ? 教えてくれ!」
「さっき教えたでしょ! とにかくよく見て避けるの! いい? 攻撃さえ受けなければこっちのダメージはゼロよ! 回復要らずでずっと戦えるの! 解った?」
「解りました! 石川の姉御!」
それから前衛たちの動きが変わった。
石川の指示通りに動くようになった。
ただ闇雲に攻撃して敵の攻撃を喰らっていた動きが一変する。
敵の動きに合わせて攻撃して避ける。
敵が大きな技を出そうとすればその攻撃を潰すように素早い攻撃を仕掛けたり、後退して避けるヒット・アンド・アウェイの動きに変わった。
石川はまるでボクシングのコーチや野球の監督の様に冒険者に指示を出す。
攻撃を避けるようになったので怪我人が減って、回復が暇になったからこんな事が出来るようになったのだ。
「姉御! どうでしょうか? こんな感じでいいでしょうか?」
「まだまだ甘いけど、随分動きが良くなってるわ! 頑張りなさい!」
「はい!」
「はい、そこ! もっとよく見て避ける! 当たっても回復しないわよ!」
「はい!」
「敵の動きに合わせて攻撃するの。敵が攻撃するタイミングで飛び込む奴はバカよ!」
「解りやした―!」
「そうそう! いい感じよ! やればできるじゃないの!」
「ありがとうございます! どんな強い攻撃も当たらなければどうということはないと言う事ですね!」
狩りの効率が上がり、その日の夕方までに合計2500匹のゴブリンを倒していた。
DランクとEランクの冒険者の混合パーティーとしては有り得ない効率だった。
「姉さんのおかげです! ありがとうございます!」
次々にメンバーに褒め称えられた石川は調子にのってとんでもない事を言い出した。
「明日は地下下水道のボスゴブリンを倒しに行くわよ!」
「えっ!」
「マジですか!?」
今まで石川を絶賛していたメンバーたちが石川のとんでも発言に固まった。




