野盗団再び *
訓練の有る石川達を部屋に残し、いびきをかいて寝ているエリザベス達を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
俺はマグロの仕入れの為に大神殿を出る。
朝日が差し込む中、ロココさんがひとりで俺を待っていた。
「よし来たか。みんな集まったみたいだし、始発の馬車に乗って港町ポーティアに出掛けるぞ」
「みんな?」
すると俺の背後から声が。エリザベスだ。見るとミドリアも一緒に来ていた。
「タカヤマ、嫁であるわらわを置いていくんじゃない!」
「そうですわ。我が君!」
「なんでお前達まで来てるんだよ! お前達は留守番しとけよ。港町まで結構時間掛かるから退屈だぞ」
「わらわは嫁だからな。どんなに退屈だとしても旦那とは常に行動を一緒にするのだ」
「わたくしも我が君とはいつも一緒です。それに爬虫類さんと違って、我が君と一緒ならばどんなとこであろうと退屈である訳が御座いません!」
「はいはい。後で馬車旅に飽きたとか言うなよ」
「ふふふ。わらわが来て良かったな。退屈な馬車旅は無しだ! 馬車で行くなんて面倒な事をせずにわらわの背に乗るがよい。海までなら一分も掛からずに運んでやるぞ」
「おい、エリザベス」
「なんだ? タカヤマ」
「お前、また竜になる気だろ?」
「竜にならずして、どうやって港までお前を海まで飛ぶんだ?」
「竜に変身するのは禁止な」
「ぬあっ! なんでダメなんだ?」
「お前の竜の姿を見られたらまた街中大騒ぎになるだろ」
「こんな時間だからまだ誰も起きてないと思うぞ」
「起きとるわ! ダメって言ったらダメだ! それとも俺のいう事を聞かずに竜になるならその翼で魔王城に帰るか?」
「か、帰らない! 帰る訳ない!」
「じゃあ、これからは街に居る間は竜になるの禁止な」
「お、おう。解った」
どうにかエリザベスに納得して貰って馬車で港町に向かう事に。
料金はこの前の時と比べ五倍に跳ね上がっていた。
さすがにロココさんにミドリアとエリザベスの運賃を払わせるわけにもいかないので俺が払う。
馬車に乗るときに御者が気になる事を言う。
「いやー、料金が大幅に上がってしまい申し訳ない。最近、王都周辺に野盗が度々出没するようになったから護衛の傭兵を増やして一〇人にしたんですよ。そのせいで料金が上がってしまってね。ほんと申し訳ない。野盗がいつ出ても大丈夫な様に一〇人の傭兵を雇ってるんで大丈夫だとは思いますが、万一の時を考えて金目の物はしっかりと見つからないとこに隠して、野盗に渡す身代金も各自用意しておいてくださいよ」
それを聞いたロココさんが不思議がる。
「野盗団はこの前勇者が倒して全滅したんだろ? なんでまた出るようになったんだ?」
「確かにここら辺を住処にしていた野盗団は全滅したんですけどね。王都周辺を縄張りにするかなり大規模で目障りな野盗団が居なくなったから、他所から野盗がやって来て街道の縄張り争いを始めたんですよ」
「野盗団が来たらわらわが一撃で始末してやるから安心しろ」
「お嬢さんは腕に覚えのある冒険者さんかなにかですか?」
「わらわは魔王エリザベスだ! この世界最強の魔王だ! 野盗団など雑魚未満のゴミはわらわの小指一つで一捻りにしてやる!」
「そうですかい、お嬢さんは魔王さんですかい。そりゃー頼もしい。それでは野盗団が出たらお嬢さんにお任せしますかな。はははは」
そう笑って御者席に着く。
「おい、タカヤマ。なんかあの男はわらわの言ってる事を冗談としてしか捉えてないんだが、ムカついたから殺していいか?」
「そんな事、わざわざ答えなくても解るだろ?」
「うぐぐ。我慢するぞ」
「では馬車を出しますよ。少し揺れるから注意してくださいな」
御者はそういうと馬車を走らせ始めた。
馬車は傭兵を載せた馬車を先頭に五台で隊列を組み街道を進む。
街から30分ぐらい離れた所で、街道を封鎖するように立っている男たちが見えた。
野盗団だ。
「野盗団が出ましたよ! 今すぐ傭兵が退治しますのでしばらく待ってください」
野盗は7人だ。
それに対して、護衛の傭兵は10人いた。
たぶん装備を見るにDランク位の冒険者だ。
どれも新人に近い冒険者達。
ぶるぶると肩を震わせてビビっている冒険者も居て護衛にはあまり慣れてない感じに見える。
人数はこちらの方が多いんだが多分こいつらは使えない。
いきなり落とし穴の中に落ちてる位だし。
半分の五人が魔法で作られた落とし穴に落ちてもがいていた。
残った五人もすぐに喉元に剣を突き付けられる。
傭兵は身ぐるみ剥がされすっぽんぽんにされて地平線の彼方へと走り逃げていった。
様子を見てたロココさんが諦め顔をする。
「こりゃダメだな」
「こりゃダメですね」
俺も激しく同意。
「お客さん申し訳ない。野盗が馬車にやってきたら言い値の金を払ってやって下さい。それさえ払えば怪我をしないで済むのでおとなしく払ってやってください」
もうロココさんには俺が勇者とバレているので隠すこともない。
俺が馬車から降り野盗を始末しようとすると俺より早く立ち上がった奴がいた。
エリザベスだ!
「そんな物、払う必要はないぞ。わらわが片付けてくれる!」
「お客さん、やめて下さい。怪我しますよ!」
馬車から出ようとするエリザベスを御者さんは必死に止める。
俺も別の意味で必死に止めた。
「おい! エリザベスやめろ! いきなりブレス吐いてこの辺り一面が火の海とか焼野原だとシャレにならないから、お願いだからやめろ!」
「大丈夫だ、タカヤマ! あんな奴ぐらい私の手にかかれば、」
「おい、やめろーー!」
エリザベスは俺の制止を無視して馬車の上によじ登ると「ふっ!」と口から小さな小さな火の玉をいくつか吐く!
豆粒サイズの小さな火球だ。
火の玉は真っ直ぐに野盗に向かうと直撃。
その火の玉は小さいのに威力は十分で野盗達は一人残らず一瞬で真っ黒焦げになった。
エリザベスが火力をかなり抑えていたので辺りへの延焼はなかった。
「ふふふ。どうだ、タカヤマ! わらわはやれば出来るんだ!」
「おう! エリザベス、よくやった! お前はやれば出来る子なんだな」
「お礼にして貰いたいことが有る」
「子作りはダメだぞ」
「おい! タカヤマはわらわの事を何と思ってるんだ? 昼間から馬車の中で子作りをする奴はおらんぞ」
「す、すまない」
「人間の娘共に聞いたんだが人間の間ではいい事をしたらご褒美に頭を撫ぜて貰えるそうじゃないか。わらわはそのご褒美が欲しい! わらわの頭を撫でて欲しい!」
「そんな事でいいのか? ほれ、なでなで!」
俺がエリザベスの頭を撫ぜると、気持いいのか子猫の様に目を細めた。
「うくーっ! 気持ちいいぞ! タカヤマに撫でられると、最高に気持ちいい!」
「ず、ずるいですわ! わたくしにもして下さい!」
「今度野盗団が来た時に倒してくれたらな」
「今すぐしてくれないのですか? 我が君は私よりもその爬虫類の方が好きなのですか?」
「エリザベスにしてやったのは褒美だから、ご褒美」
「そうだ! ご褒美なのだ。昼間っから寝てばかりで働かないコウモリには褒美は無い!」
「くー! 爬虫類に後れを取るとは悔しいですわ! ぐぬぬぬ!」
「わーった、わーった。お前にも先払いで撫でておいてやるから。ほれ、なでなで! 次野盗が出たらお前が倒すんだぞ」
「ううう。我が君ありがとうございます。この事は一生忘れません!」
「大げさな……」
しばらく走るとまた野盗が出て来た。
こん棒や竹やりみたいなのを装備している、明らかに農民出身の野盗だった。
ひどいのになると木クワを持ってる奴まで居る。
ミドリアは荷台から霧のようになって消えると、野盗達に纏わりつき一瞬で野盗達を消した。
「仕事早いな」
「ええ、既に我が君にご褒美を頂いていますので」
「ところであの野盗達はどこに消えたんだ?」
「ふふふ、聞かない方がいいと思いますよ。うふふふ」
少し不気味な目をして笑うミドリア。
なんとなく聞いてはいけない気がした。
「そ、そうか。じゃあ、聞くのはやめとく」
次にまた野盗が現れる。
「一体今日は何度野盗が現れればいいんだ?」
「わたくしが倒してきます!」
再び霧となって消えるミドリア。
「ちょっ! まて! 次はわらわの順番だろ?」
「早い者勝ちですよ。野盗退治にそんな順番なんて物は無いですわ」
ミドリアは野盗団を再び霧で消し去った。
「汚いぞ! コウモリめ!」
「ぐずぐずして仕事をしない爬虫類さんが悪いんですの。それでは我が君、ご褒美を!」
「お、おう! なでなで!」
「くぅん! 我が君の抱擁はたまりません! 生きていて良かったです!」
「ぐぬぬぬ!」
抱擁と言っても頭を撫でてるだけだけどね。
出遅れて野盗を倒せずに撫でて貰えなかったエリザベスは歯を食いしばりギリギリと音を立てている。
「こ、今度こそわらわの番だ! 今度こそ野盗を先にぶっ殺す!」
エリザベスは馬車から飛び降りると街道の先へと猛スピードで走っていった。
「あらまあ、行ってしまわれましたか。ん? あの崖の上に野盗が!」
ミドリアは霧となり、野盗達に纏わりつく。
野盗達は一瞬で姿を消した。
「我が君、また倒してきましたわ」
「おう、ご苦労」
「今度は別な所を撫でて欲しいのです? ダメでしょうか?」
「ん? 変な所じゃなければいいぞ」
「では、私の尻尾を撫ぜて欲しいのです」
「おう。なぜなぜ!」
「うひゃ! うっきゅーん! わ、我が君がわたくしの尻尾を! は、はふん! た、たまりません! あまりの気持ちよさに頭がおかしくなりそうです!」
目細めてヨダレを垂らしているミドリア。
完全にアヘ顔ってやつだ。
ひょっとしてバンパイアの尻尾って性感帯なんだろうか?
なんて事を思ってしまうほどのよがり方だった。
「我が君の愛撫、と、とても良かったです。むっ! 今度は街道脇の木の上に野盗が!」
霧となって消えるミドリア。
するとロココさんが疑いの目を向ける。
「おい、タカヤマ。さっきから野盗が出まくってるんだが、なんだかおかしくないか?」
「野盗が出るのが多過ぎますね」
「いや、確かに多いのもおかしいんだが、さっきから出てる野盗は同じ野盗じゃないか?」
「えっ?」
「一人が武器代わりに木クワを持ってるだろ? そのクワ持っている野盗が毎回居る気がするんだが?」
「え?」
確かにクワを持っている野盗が居た。
ミドリアがまた戻って来たので、尻尾をさすってやるとまたアヘ顔をする。
「なあ、ミドリア。もしかしてお前野盗を倒してるんじゃなく、同じ野盗を何度も何度も使いまわしてないか?」
「えっ! そ、そんな事ありませんよ。そんなことしてませんよ。何を証拠にそんな事を言ってるんですか?」
「なあ、ミドリア。俺の目をちゃんと見てもう一度言ってほしいんだけど、お前嘘ついてるよな?」
「…………」
「なあ?」
「…………」
「で、どうなん?」
「ご、ごめんなさい! 我が君の愛撫が欲しいばかりに嘘をつきました! ごめんなさい!」
「罰として、当分添い寝は無しな!」
「そ、そんなー! 我が君! それだけはー!」
この世の終わりが来たかの様に意気消沈するミドリアであった。