三つの願い2 *
アウラ王女は審判の宝珠の前に吉田さんと田中君を連れて移動する。
背筋を伸ばして澄んだ声で語り始める。
「さあ、聞きたい事が有れば何でも質問してください。何でもお答えしますわ」
「じゃあ、僕からいくね」
田中君が吉田さんを見るとこくんと頷いた。
「それではすべての質問は『はい』で答えて下さい」
「わかりました」
「最初の質問です。僕達が倒すべき敵は魔王ではありませんね?」
「はい」
審判の宝珠は赤く光った。
つまり答えはいいえ。
魔王は倒すべき敵であるという事だった。
僕たちが倒すべき敵は魔王という事なのか?
でも高山君と一緒に居る魔王さんは悪さをしていない。
そうなると、どういう事になるのか?
魔王軍に襲われた人間の復讐という形の魔王討伐ではなく、人間側から先制して仕掛ける戦いなのだろうか?
でも召喚直後の最初の王女の説明では人間が魔王に攻められていると言ってたはずだ。
状況と王女の発言が矛盾している。
僕にはさっぱり理解できない。
田中君は頭を抱えて吉田さんを見つめる。
「まいったな。予想と全く違う答えが返ってきたんだけど、吉田さんどう思う?」
「『倒すべき敵は魔王ではない』と聞いて『いいえ』だったから回答に何かの抜け道が有るのかもしれないわね。もっとストレートに聞くべきかも。今度は私が聞いてみるわね」
田中君に代わって吉田さんがキリっとした顔をして王女を見据え質問をした。
「わたし達が倒すべき敵は魔王ですね」
「はい」
審判の宝珠は青く光る。
つまり『僕たちの倒す敵は魔王である』。
そういう事だった。
これはどういう事なんだ?
やはり魔王は倒すべき敵なのか?
田中君は再び頭を抱えた。
吉田さんは間を開けずに続けて質問をする。
「わたし達に課せられた召喚の願いは魔王の討伐ですか?」
「はい」
宝珠は青くなった。
やはり、倒すべき敵は魔王である。
でもそれは明らかにおかしかった。
以前石川さんから聞いた話では、魔王さんから魔王の権限を委譲したゴブリン魔王を倒したそうだ。
その時点で魔王討伐の願いは叶えた事になる。
でも日本への帰還は無かったので『召喚の願いは魔王討伐ではない』との情報を得ていた。
石川さんが嘘を吐いてる事はないだろう。
召喚の願いは魔王討伐でない事は間違いないはずだ。
でも今王女は間違いなく召喚の願いは魔王の討伐と言った。
なぜ石川さんから聞いている情報と、アウラ王女の情報が矛盾する答えをするのか解らなかった。
王女に審判の宝珠を使えば一気に真実へと辿り着けると思っていた。
だが予想とは全く違う答えの連続で訳が分からない事になってしまった。
田中君は混乱気味になる。
気を静めるのも兼ねて吉田さんと再び話し合う。
「昨日吉田さんと話しあった想定問答と返答が違い過ぎて、訳の分からない事になってるんだけど明らかにおかしいよね?」
「うん、おかしいよ。あの宝珠がおかしいのかな? 壊れてるか、赤と青がの色が入れ替わってるんじゃないかな?」
「確認してみるよ」
今度は田中君が質問だ。
「次の質問に移る前に宝珠の確認をさせて下さい。アウラ王女は女性ですね」
「はい」
審判の宝珠は青く光った。
宝珠の色は正しい。
じゃあ、何がおかしいんだろう?
なにか見落としが有るはずだ。
何かが有るはず!
考え事をしていると吉田さんが田中君に話し掛けて来た。
「宝珠は正しいみたいね」
「そうなるね。何かがおかしい。でも、ここで足踏みしてても仕方ないから次の質問に移ろう」
「そうだね。少しでも先に進んで情報を集めよう」
「じゃあ、僕が質問を続けるよ」
田中君は王女に向かう。
「以前、王女さんは僕らが死ねば日本に帰れると言っていましたが、それは嘘ですね?」
「はい」
宝珠は赤く光る。
つまり嘘。
王女は『死ねば日本に帰れる』と主張している。
宝珠の色を信じるならば王女は何一つ嘘を言ってなかった。
もしかするとアウラ王女は審判の宝珠を操れるスキルでも持っているのだろうか?
もしくは審判の宝珠の判定を誤魔化すスキルを持っているのかもしれない。
そんな事を考え、押し黙っていると王女が誇らしげな顔をする。
「私の言っている事が正しいと信じてもらえたでしょうか? これ以上質問が無いなら、この辺りで質問を終わらせてもらいたいのですが、よろしいですか?」
ここで質問を終えていいのか?
本当にそれでいいのか?
僕たちは大きな思い違いをしていないか?
もし王女が宝珠の判定を回避する方法を知っていたら?
永久に真実に辿り着けることはない。
このまま引き下がっていいのだろうか?
田中君の握りしめた手の平が焦りで汗ばむ。
その時、女の人から声が掛かる。
「こう質問してください。『勇者を召喚したのはアウラ王女ですか?』」
高山君の横に立つメイドのミドリアさんの声だった。
田中君はその声の通りに質問する。
「僕達勇者を召喚したのはアウラ王女ですか?」
「はい」
アウラ王女の透き通った声が答える。
宝珠は赤く光った。
つまり勇者召喚を王女は行っていなかった。
「やはりですね。その宝珠は回答者が答えた事について回答者が知っている事と発言を比べて嘘か真実かを判定しているだけで、言った事が真実か嘘かを判定する物では無いのです」
「どういう事です?」
「もっと簡単に言えば、王女が真実と信じ込んでるものは嘘でもあっても真実と判定されるのです」
「なんだって!」
会場が騒然とした。騒ぎが収まる前に、吉田さんが王女に質問する!
「王女さん! 召喚は誰が行ったのですか?」
「神官長さんです」
「神官長が召喚を行ったのですね?」
「はい」
審判の宝珠が青く光る。
真実だった。
ならば神官長に質問をすべきだ!
「神官長! 納得のいく説明をして下さい! 神官長に審判の宝珠の前で回答をする事を要求します!」
顔を真っ青にしてブルブルと震え、汗を滝のように流す神官長。
大聖堂を後にして逃げようとする。
田中君が無理やり引き留めると今度は逆切れをした。
「なんでわたしがそんな質問に答えなければならない! 君達の賞品はアウラ王女への質問だ。わたしに答える義務はない!」
「お願いです。答えて下さい!」
「何度も言うが、私に答える義務はない!」
「それなら、僕らの賞品は神官長への質問を要求します!」
そう言ったのは三位に入賞した町方だった。
「そ、そんな事受けられる訳が無いだろ!」
するとアウラ王女が怒鳴りつけた!
今まで聞いた事のない怒声であった。
「王族の名において命令します! 神官長ナザレ! 質問に答えなさい!」
「わ、解った。答える」
神官長は王女に気圧されて、渋々質問を受けることになった。
「吉田さん、神官長への質問は先程私にされた質問でいいですね?」
「はい」
「では行きます。全てはいで答えて下さい」
皆の注目が一点に集まる!
「勇者様が死ねば元の国に帰れると言っていましたが、それは本当ですか?」
「はい」
宝珠は赤く光る。
嘘という事だった。
死に戻りは無い!
それが真実だった。
王女から怒声があがる!
「私が聞かされていた話と全く違うじゃないですか!」
王女は神官長から嘘を聞かされ、それを信じていた。
それが王女が「死に戻りは無いですね?」と聞かれ回答をした時に宝珠が赤く光った理由だった。
クラスメイトから嗚咽が上がる。
死んだクラスメイトは死に戻りをして召喚された時点の教室に戻って楽しく過ごしている。
それが嘘と知らされたのだから当然だろう。
友人の死に悲しむ生徒達が所々で見られた。
「何で嘘を教えたんですか!」
「それは言えぬ」
「元の国に返す為に、危うく私は何人もの人を殺すところだったんですよ! 何故私に嘘を言ったのか、ちゃんと納得出来る説明をして下さい!」
王女が言っているのは召喚された時に勇者になりたくないと言ったクラスメイトを処刑機械『ギルティ・イン・ザ・ウォール』で死に戻りさせようとした時のことだろう。
歯を食いしばって真実を語る事を神官長は拒んでいた。
答える気は全く無いようだ。
しばらくの沈黙が続いた後、吉田さんが王女に近づく。
「王女さん、これ以上責め続けても答えてはくれなさそうです。次の質問をお願いします」
「わかりました。では次の質問に移ります。召喚した勇者さんの目的は魔王討伐ですか?」
神官長は答えなかった。再び怒鳴る王女!
「今すぐ答えなさい! 答えられないならば騎士団に身柄を引き渡し、拷問の上に真実を語って貰いますよ! さあ! 答えなさい!」
「はい」
宝珠は赤く光る。
やはり勇者召喚の目的は魔王討伐では無かった!
以前石川さんが言っていた『勇者召喚の目的は魔王討伐ではない』というのは真実だったんだ。
田中君は頭を覆っていた靄が晴れ始める。
王女は続けて質問をする。
「では、最後の質問です。勇者召喚の目的は何ですか? 答えなさい!」
「神官長は答えなかった」
すると王女は田中君の剣を抜き、神官長の肩に突き刺す!
白いローブの肩口を真っ赤な血が染める。
「真実を言うのです!」
「わかった」
神官長は観念したと思いきや、身を翻して王女を捕まえ人質にする!
王女の喉元には王女が持っていた田中君の剣が突き付けられる!
「そんな事答えられる訳がないだろ! お飾りの王女が何故にその様な事を言う! 王女は私の指示にだけ従っていればいいのです!」
「私の事は関係ありません! 神官長! 質問に答えて下さい! 神官長は何の目的で勇者を召喚したのですか?」
「本当に使い物にならない娘ですね! 神官、第二王女を拘束しなさい! 第二王女は国家に謀反を起こそうとしています!」
「な、何をいきなり言い出すのです!」
神官達に取り囲まれる王女。
王族であるのに神官達から喉元に剣や槍の切っ先を突き付けられていた。
「わたしは何にも悪い事をしていません!」
「あなたは異世界から勇者を召喚して忌まわしい血を引く王族を皆殺しにし、自ら女王としてこの国を乗っ取ろうとしてたでは有りませんか!」
「皆殺しって……いったい何を言ってるのかわたくしにはさっぱり解らないのですが!」
「証拠なんて物は後からいくらでも出てくる物なんですよ。さあ、神官よ! 王女を拘束し牢へ連行しなさい!」
すると異議を唱える者が居た。
召喚されたクラスメイト達だ。
「ちょっと待てよ! 王女は何もしてないだろ?」
「そうだよ! 王女さんは何もしてないよ!」
クラスメイトが王女を助けようと動き出すとナザレが恫喝する!
「動くな! これ以上近づくならアウラ王女の命は有りませんよ!」
ナザレもアウラ王女の首元に先の光った杖を向ける。
生徒達から罵声が飛んだ!
「きたねー! 人質を取るのかよ!」
「こいつが真犯人か!」
エリザベスが高山の耳元で囁く。
「あいつを倒していいか?」
「いいけど怪我させたり殺しちゃだめだぞ」
「解った」
エリザベスは息を大きく吸うと、豆粒大の火球をいくつも吐き出す。
吐き出した小さな火球は光跡を引きながら次々に神官達の武器を燃やし尽くす!
「あちー!」
「うわっ! 剣が真っ赤に光って溶けたぞ!」
「なにしやがるんだ!」
突然飛んできた火球で武器を失い驚く神官達。
「これで王女に手を出せないな!」
「よくやったな。エリザベス」
武器を失った神官たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
残ったのは逃げ遅れたナザレだけだった。
正確に言うと逃げ遅れたのではなく、ミドリアの呪縛の呪文に阻まれて亀の子の歩みの速度でしか逃げられなかったのだ。
別室の魔導幻灯機で様子を見ていた監視員達が詰めかける。
「これは一体どういうことですか? 神官長!」
神官長は王女を人質に取るとジリジリと移動した。
「ち、近づくと私の魔法で王女の首を飛ばしますから!」
「なんてことを!」
神官長は王女を引きずり大聖堂に置いてあった処刑機械『ギルティ・イン・ザ・ウォール』の中に引き摺り込む。
この処刑機械はギロチンに近い処刑装置だ。
上方に持ち上げられた巨大な石柱をかんぬきを抜いて落とし、罪人を一瞬で圧死させる処刑装置である。
「もし近づいたら、王女もろともこの石柱の下敷きになりますよ!」
騎士たちが説得に当たる。
「なんでそんな事をするんだ! 今すぐ止めて自首しろ!」
「自首? 第二王女とはいえ、王族に刃を向けた私がいまさら自首した所で無事にいられる訳がない! それに勇者を召喚した理由を知ったら大神殿の存続さえ危うい事になる!」
「だから何をしようとしたんだ!?」
「ふふふ、この事は墓場まで持って行ってやるさ。いずれはわたしの遺志を継ぐ者が目的を達成する!」
神官長ナザレは王女目がけて手の平を構える!
そして呪文の詠唱。
術式が完成する寸前に止め、ほぼ無詠唱で王女の首を飛ばせる状態へと置いた。
「ふふふ。それ以上近づいたらこの忌まわしい血を引く娘の首が飛びますよ。フハハハ!」
高笑いをする神官長!
その時!
長野さんが動いた!
凄まじい速度で石柱の下に入り込むと神官の手を払って王女を救出。
神官ナザレはバランスを崩し転倒し魔法を暴発させる。
暴発した魔法は手の平から巨大な矢を出現させ、石柱を押さえているかんぬきを直撃!
かんぬきにヒビが入る!
バキバキ!と不穏な音が辺りに響いた!
『バ キ リ !』
辺りを震わせるほどの大きな音がかんぬきから聞こえ砕け散る!
大きな石柱を止めていたかんぬきが砕けた!
そして石柱が凄まじい勢いで落下を始めた!
高山はまだ真実を全て語っていない神官長を石柱の下から救い出そうと駆け付ける。
「うぎゃーー!!!」
だが、間に合わず!
石柱が台座に落ちる固い音と、神官長が血だまりへと変貌する湿った音が大聖堂に響いた。




