第1話 自分の身体を乗っ取ってもらおう
幼き頃から、少女フレデリカ・バニングウェイは最強の剣士を目指していた。
ここは剣と魔術の世界だ。剣だけが全てではない。
だというのに、体も出来上がっていないフレデリカは木剣を握りしめ、ひたすら振り続けていた。
幼いフレデリカは木剣を振る度、ボロボロになっていた。
自慢の赤髪は汗でぐっしょりだったし、木剣を握る手は血まみれ。相手代わりに打ち込んでいた太い樹は抉れている。
握りこんでいた木剣も折れるのが秒読みだった。
「アアアアアア!」
だが、フレデリカは奇声をあげ、まだまだ剣を振るう。
普通なら泣きわめくほどの怪我。その小さな体にかけていい練習負荷ではない。だが、練習するのだ。
全ては最強の剣士となるために!
「フレデリカ」
「! お父さん!」
フレデリカは腕を止め、父親の元に走っていく。
「今日も練習をしていたんだね」
「うん! だってねだってね! 私、最強の剣士になるのが夢なんだ! だからね、練習するの。誰よりも練習して、誰よりも強い剣士になりたいんだ!」
「そうか……フレデリカはやはり剣士になりたいんだね」
一瞬の間を置き、父親は続ける。
「ほら、魔術士はどうかな? 剣を振るよりも魔術を使うほうがかっこいい。そうは思わないかい?」
「え、思わないよ? だって剣士ってかっこいいじゃん! だから私、強くてかっこいい剣士になりたいんだ!」
「そうか……やっぱりそう言うんだね」
父親は残念そうに言った。
フレデリカはそんな父親の様子には全く気付いていない。何せ、それよりも剣のことを考えていた方が楽しいからだ。
「まぁ、フレデリカもまだ小さい。これから考えが変わることもあるだろうさ」
「? どういうこと?」
「……いいや、何でもないよ。さぁ、お家へ帰ろう」
父親は期待していた。
そのうち剣を振ることに飽きて、魔術の道を歩いてくれることを。
剣より魔術の方が何倍も人の役に立てる。そのことに気づいてくれるのを祈って……。
◆ ◆ ◆
そして数年後。
父親の期待通りの展開になったのだろうか……?
「これで、最後……!」
早朝。
成長したフレデリカが自宅の外で相も変わらず木剣を振っていた。
汗にまみれた全身。木剣を握りすぎて血だらけの手。今にも折れそうな木剣。
ずっと変わっていない。
フレデリカは変わらぬ生活を送っていた。
重ねたのは努力。そして完全に折れて使い物にならなくなった木剣の山。
良い言い方をすれば努力の継続、悪い言い方をすれば狂気の日々を送っていた。
「最後……と見せかけてもう一回だぁー!!」
今度は違う振り方で木剣を振り始めていた。
ここで注目してほしいのは彼女の足元と木剣を振った先の地面だ。
なんと、剣を振った衝撃で、彼女の足元と木剣の先端付近の地面にクレーターが出来ていた。
一体誰がこのクレーターを埋めるのか……? 人力の災害が発生していた。
「っはぁ……! はぁ……! ふー……」
フレデリカはそこでようやく腕を止め、深呼吸を行った。数度行い、呼吸を整えた彼女は近くに置いていたシャベルに手を伸ばす。
「少し休憩をしようかな。もちろん、土を掘りながらだけど」
鼻歌を歌いながら、フレデリカはシャベルでクレーターを埋めていく。
休憩と称しての穴埋めはいつの間にか生まれていた作業だ。
フレデリカは修行中、周りを見ていない。それ故に、気づけばクレーターが出来上がっているのだ。
流石にこのままにしておけないので、フレデリカはその都度、家からシャベルを持ってきていたが、やがて面倒になり、木剣とシャベルを同時に持ち出すようになった。
「うーん、上達している感触が全くない」
穴埋めをしながら思い浮かべているのは、とある少女の顔。フレデリカの一番の友達であり、フレデリカが一回も勝てない少女剣士だ。
その親友のことを思えば、一秒も立ち止まっている時間はなかったのだ。
『でも、それで良いの?』
フレデリカはまた来たか、といった表情を浮かべた。
修行しすぎて気分がハイになった時、いつもソレは現れる。
(良いよ。だって私、最強の剣士になるんだもん)
ソレ――フレデリカ自身の幻影はくすくすと笑う。
『いつまでも剣なんて振ってないでさ。少しはお父さんの言うことを聞いて、魔術のお勉強でもした方が良いんじゃないの?』
(……うるさい、うるさい)
幻影はいつも同じことを言う。そして、必ずフレデリカを嘲笑するのだ。
『本当はお父さんの言うことが正しい。そう思っているはずだよ?』
「うるさい!」
幻影をかき消すように、フレデリカはシャベルを振った。そして、パタリと声が止んだ。
また剣でも振ろう。そう思った時、後ろから声がした。
「フレデリカ、そろそろ朝食の時間だよ」
「あ、お父さん……」
父親はフレデリカ、そして木剣の順に視線を動かした。木剣を見る表情は無であった。
「今日も頑張ったようだね。さ、おいで。メニューはパンとベーコンと目玉焼きだ」
「やたっ! お父さんありがとう!」
父親とフレデリカは向かい合って、食事を始める。
母親はいない。フレデリカが小さなころに病気で天国へ旅立ってしまった。
そこからフレデリカと父親はずっと二人で暮らしていた。
「フレデリカ、今日こそは僕の話を聞いてくれるかい?」
「……お父さん。私、美味しいご飯が食べたいんだけど。ご飯がマズくなる話は聞きたくないな」
「なるべく心がけるよ。僕だって、美味しいご飯に合うおかずのような話にしたいからね」
「……何?」
「フレデリカはいつまで剣を振り続けるのかな?」
「ずっとだよ。最強の剣士になるまで、私は剣を振り続けたい」
父親は笑顔を崩さなかった。諦めているのか、それともフレデリカの話を受け止めていないのか。どちらにせよ、フレデリカには父親の感情が読めなかった。
「僕はお前を一人前の大人にする責任がある。それは亡き妻マリーに誓ったことでもあるんだ」
「お母さんの話を出すのは、ずるいよ」
「ずるくないさ。これからする話と大きな関係があるから、正々堂々と口に出したんだ」
フレデリカはこの後にする話の予想がついていた。
最近、ずっとずっと言われていたことだから。
「フレデリカ、剣士になるのではなく、魔術士を目指さないか?」
「何回言われても、私の答えは同じだよ。私は最強の剣士になりたいんだ」
フレデリカと父親の仲は決して悪くない。
フレデリカはここまで育ててくれた父親を尊敬しているし、父親もフレデリカを愛している。
だからこそ、この一点において、激突してしまう。
「お父さん。私、ずっと言ってたよね? 強くてかっこいい剣士になりたいって。どうしてそんなことを言うの?」
「お前のためを思って言っているんだ。……僕には何も才能はないが、マリーは優れた魔術士だった。だから、お前はその優れた魔術士の血を受け継いでいるはずなんだ」
「そんなの、分からないじゃん」
父親は一度、大きく息を吸って、吐いた。これからのことに対して、覚悟を決めるかのように。
「……これだけは言いたくなかったけど」
そう前置き、父親ははっきりと言った。
「お前に剣士としての才能はない。魔術士になりなさい」
「! 才能がないからといって、置ける剣が私にあるとでも?」
「置かなければならないよ。良いじゃないか、魔術士になったって」
父親は続ける。
「お前には素晴らしい才能があるのだから、そうでもない才能は放っておきなさい」
フレデリカはその言葉で燃えていた心の炎が小さくなっていくような感覚を覚えた。
言い返したかった。ふざけるなと叫び、机を叩き、そしてこの場を去りたかった。
だけど、出来なかった。
自分自身の幻影にも似たようなことを言われていたのだから。
「何度も言うけど、僕は君を愛している。そして愛する娘を一人前の人間に育てることこそが僕の使命なんだ。それを分かっておくれ」
そこからは無言で食事が進み、やがて父親から食卓を離れた。
フレデリカも食事を終えると、気づけば自分の部屋のベッドに潜り込んでいた。
「お父さんの馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!!!」
フレデリカはベッドの中で暴れていた。思いつく限りの悪口を言い、ジタバタと暴れる。
「剣士になるのがそんなにいけないことなの!? 私は黙って魔術を勉強すればいいの!? わっけわかんない!」
ひとしきり暴れた後で、フレデリカは力尽き、ようやく冷静に物事を考えることが出来た。
「私には剣士の才能がない、か。魔術の才能なんていらないのに」
バサリ、と机から一冊の本が落ちた。もともと机の隅に置いていたのが、フレデリカが暴れた拍子に落ちたのだろう。
フレデリカはゆっくりと起き上がり、その本を手に取る。
「お母さん……」
『愛するフレデリカへ』、それが本のタイトルだ。母親が自分に遺した本である。
何気なくページをぱらぱらとめくっていると、気になるページが現れた。
「何これ、戦魂召喚の魔術……?」
書かれていたのは、自分の身体を媒介に、伝説の戦士の魂を召喚する魔術だった。
見るからに危ない魔術。しかし、フレデリカの視線は『伝説の戦士』という一文から離れることが出来なかった。
「伝説の戦士……戦士か」
フレデリカは自分のことを振り返る。剣士の才能はなく、魔術士としての才能はある。
今、剣士としての実力が伸び悩んでいる自分にとって、あっという間に父親を見返すには時間が足りない。
思考が巡りに巡ったフレデリカは、一つの考えに辿り着いた。
「これだ……!」
◆ ◆ ◆
その日の夜。
フレデリカは机の上に置いていたペンを掴み、床に魔術陣を書き始める。
「私には実力が必要なんだ。今すぐにでも最強になれる力が」
本を読みながら、魔術陣を作り上げていく。奇妙なくらいスムーズに出来上がっていく。
こういうところが才能という奴なのかと、フレデリカは嫌な気持ちになった。
「出来た……! じゃあ早速、どうなるか分からないけど、頑張れ私。何とかなるっ」
フレデリカは魔術陣へ手を添え、魔力を流していく。
追い詰められた末にフレデリカが出した考えはこうだ。
「頼むよ伝説の戦士さん。私の代わりに、私の身体を上手く使ってね」
――そうだ、伝説の戦士に自分の身体を乗っ取ってもらえば良いんだ。
右助です。
女主人公ものが大好きなので、また書きました。完結まで書いたので、エタることはありませんので、安心してご覧いただければ幸いです。




