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聖夜のプレゼントは騎士さま?  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
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視察の末

 男がロッテンバーグの護衛に捕縛されている間、誰もが無言でその様子を見ていた。捕縛が完了した後、ロッテンバーグは重い口を開いた。


「ワーゼル王国と言っていたな?」


 ロッテンバーグがギロリとアダンを見ると、心ここに在らずといった様子でぼんやりしていたアダンは慌てて居住まいを正した。


「たっ、たしかに『ワーゼル王国の恨み!』と申しておりましたね!」

「うむ。おそらく、ワーゼル王国が我が国の属国となったことで、我々に恨みを持った者だろう。不運にも偶然、この店を襲ったようだ」


 ロッテンバーグは顎に手を当て、神妙な面持ちで頷いた。それにアダンも「その通りです!」と賛同した。


 しかし、アニェスは内心で首を傾げた。

 ドレグニア王国は絶対王政だ。王族や貴族が絶大な権力を誇っている。それは周知の事実。だからこそ、この国に恨みがあるなら、普通は貴族がいる場所を狙うだろう。平民しか来ないようなこの店を狙うことは、基本的にはないはずなのだ。

 今回、貴族であるロッテンバーグとアニェスたちがこの店に居たのは、たまたま視察中にここを見かけたロッテンバーグが急に立ち寄りたいと言ったからだ。


「たまたま……」


 何かが引っかかった。本当にたまたまなのか。


 しかし、そこでアニェスの思考はロッテンバーグの声に遮られた。


「この者を広場へ! このような不埒者、許してはおけぬ。公開処刑だ!」




 中央広場はいつも通り閑散としていた。石畳には頭が痛くなるほどの夕日が差して、全てを消し去ってしまいそうだった。


 ロッテンバーグの護衛は馬車で男を広場まで運び込むと、石造りのステージ上に乱暴に放り投げた。そして、中央にある鐘を激しく鳴らした。

 すると、それを聞きつけて街の住民たちが何事かとぞろぞろ集まってくる。一番最初に集まってきたのは記者だ。彼らは紙とペンを手にもち、急いで何かを書きつけていた。そして、その近くには似顔絵師がいて、捕らえられた男の姿を目にも止まらぬスピードで描き上げている。さらに野次馬が集まってくると、大きな広場があっという間に人で埋め尽くされてしまった。


 アニェスはグレーゲルとともに広場の端に佇み、ステージに立つロッテンバーグとアダン、そして未だに倒れている男の様子を固唾を飲んで見守っていた。ちらりとグレーゲルを見ると、彼は真剣な表情でステージの方を見ていた。

 グレーゲルは、たしか先ほど男を『ヨーラン』と呼んでいた。


「あの、グレーゲル。ヨーランって、その……」


 アニェスは言い淀んだ。グレーゲルはちらりとアニェスを見て眉間に皺を寄せ、大きなため息をついた。


「ああ……もう隠しては置けないでしょう。わが国の兵士です」


 アニェスは息を呑んだ。グレーゲルは続けた。


「祖国でそれなりの地位にいました。話したこともあります。穏やかで冷静な男でした」


 グレーゲルはそこまで言うと唇を噛んだ。アニェスは何と言えば良いか分からず、押し黙った。


 その時、広場が水を打ったように静まり返った。ステージ上のロッテンバーグが手を挙げたのだ。


「本日集まってもらったのは、他でもない……ここにいる罪人を皆に周知し、注意喚起することで、街の治安維持に貢献するためである!」


 ロッテンバーグは手を下ろすと声をはりあげた。


「ここにいる罪人は、平民向けの服飾店『ファッション・オモロ』に押し入り、剣を振り回してこう言った。『ワーゼル王国の恨み』と!」


 『ワーゼル王国』という言葉が出た途端、広場がざわつき始めた。ワーゼル王国がドレグニア王国の属国となったということは、平民でも誰もが知っている事実らしい。


「つい最近、ワーゼル王国がわが国ドレグニア王国の属国と化したことは、皆も知っていることだろう。しかし、彼らの心はまだ祖国にあり、わが国の民を恨み、根絶やしにしようとしている!」


 広場のざわつきは、前列から波のように広がり、どんどん大きくなっていった。なかには「殺せ!」と叫び出す者までいた。ロッテンバーグはもう一度手を挙げて「静粛に!」とよく通る声で言った。すると、広場は再び静まり返った。

 ロッテンバーグは捕縛された男を見下ろした後、護衛を見ながら男を大げさに指差した。


「この者の衣服を剥げ」


 護衛は有無を言わさず、男の衣服を剥ぎ始めた。広場は大歓声に包まれた。

 アニェスはハラハラしながら男とグレーゲルを交互に見た。グレーゲルは俯き、額に手を当てて首を振った。

 これからあのヨーランという男はどうなってしまうのだろうか。アニェスには検討もつかなかった。


 ロッテンバーグの護衛が男の衣服を全て剥ぎ取ると、ステージ上の皆が息を呑んだ。護衛は男を無理やり立たせ、周囲に男の太ももあたりを見せつけた。そこには、なんのモチーフかは分からないが、刺青が彫られていた。

 ロッテンバーグは、再び手を挙げた。


「なんと、この刺青は……この者はワーゼル王国の兵士である! それも相当な地位にいるものではないか! その名は……ヨーラン!」


 広場は再び喧騒を取り戻した。ロッテンバーグは、民衆が静まるのをたっぷり時間をかけて待ち、口を開いた。


「ああ、なんということだ! ワーゼル王国の地位ある者が市街で殺人を企むなど、これはテロである! 国家反逆の罪である! よって、この男に罰を下す!」


 アニェスは小さく悲鳴をあげた。視界の端で、グレーゲルが息を呑むのが分かった。広場では歓声が上がっていたが、どこか遠くのように聞こえた。

 ロッテンバーグは、しばらく民衆の声を聞いた後、アダンに何事かを耳打ちし、アダンは素早く頷いた。ロッテンバーグは民衆に向き直り、両手を大きく挙げ、おもむろに口を開く。


「この者を死罪に処す!」


 広場からは、よりいっそう大きな歓声が木霊した。

 ロッテンバーグは手を下ろし、広場に視線を走らせた。そして、アニェスたちを視界に捉えると、獲物を捉えた猛獣のように目を細めた。何だか嫌な予感がする。

 はたして、その予想は当たった。


「そこの剣を携えたオーウェンタリアの血を引く男よ。お前がこの者を捕らえたのだ。そなたが首を落とせ!」


 ロッテンバーグが指を差したのは、グレーゲルだった。

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